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ウベルがやってきた

 兄の帰宅から三日後に、ウベルがやってくる。

 客間に案内された彼は、我が物顔で長椅子に腰かけていた。

 彼のために紅茶を淹れるよう、兄から命令される。なぜかジルケまでいて、「あたしの分もお願い」、と尊大な態度で言ってくる。無視すると仕返しされるので、彼女の分も用意してあげた。

 ジルケは恋する乙女のような表情で、ウベルを見つめている。

 それも無理はないだろう。

 ウベルは濃褐色ブラウンの髪に、琥珀色アンバーの瞳が輝く、すらりとしたスタイルのよい爽やかな青少年である。

 彼はヒンターマイヤー伯爵家の次男で、宮内府で働くことを夢見ていると兄からの手紙にあった。

 彼が夢見ているのは、そんな可愛らしいものではなかった。

 ウベルは王権に匹敵する権力、〝護国卿ロードオブプロテクター〟の座を狙っていた。

 それはかつて、盾の一族であるシルト家と、剣の一族であるシュヴェールト家がひとつの一族だった時代に任命されていた官職であった。


 長年にもわたり、ライバル関係にあったふたつの家門は、もともとはひとつだったのだ。

 なんて話を、兄はウベルを交えつつ、ジルケに語っていた。

 ジルケは酷くつまらない、という表情を浮かべている。興味がないのは見て取れた。


「なあ、ジルケ。盾の一族と剣の一族の、始まりの物語は知っているか?」

「知らなーい」

「仕方がないな。聞かせてやる」


 兄は自慢げに、話し始める。それは、私が幼少期にさんざん聞かされたものだった。


「我が国はその昔、取るに足らないような小国だった。けれども、最強の剣〝レーヴァテイン〟と最強の盾〝ヒンドルの盾〟を持つ英雄ひとりの力により、大きく発展した」


 国王は英雄の活躍を賞賛し、護国卿の地位を与えた。英雄は王女と結婚し、子宝にも恵まれる。

 ただ、英雄は短命だった。三十五歳という若さで、命を散らす。

 英雄にはふたりの息子がおり、兄はレーヴァテインを、弟はヒンドルの盾を託される。

 その後、順風満帆とはいかず、兄弟は仲違いし、継承したレーヴァテインとヒンドルの盾を使って三日三晩戦うこととなった。

 結局勝負はつかず、兄弟はいがみ合ったまま。

 喧嘩の原因は、継承権についてだった。兄弟は双子で、父親の後を継ぐのは長子のみ。弟はそれに対し、どうしても納得いかなかったようだ。

 さすがは英雄の息子と言うべきか。兄弟が戦ったあとは、焼け野原となる。

 これ以上、国を内側から荒らされてはならない。

 国王は兄と弟、それぞれに新たな爵位を与えることとなった。

 レーヴァテインを継承した兄は、〝シュヴェールト大公家〟を。

 ヒンドルの盾を継承権した弟は、〝シルト大公家〟を。


 以降、兄弟は争うことを止めたものの、一族同士は何年、何百年と経ってもいがみ合い、仲が悪いまま今に至る。


 話の途中でジルケは眠っていた。唯一、ウベルのみが興味津々とばかりに聞いていたようだ。


「ってことは、バーゲン、シルト大公家とシュヴェールト大公家は親戚関係にあるのか?」

「まあ、そうだが、建国から千年以上経っているから、双方の家の血はかなり薄まっているだろうよ」

「なるほど」


 今はもう、親戚なんて言えないだろう。王族のほうが、まだ近しい存在と言える。


「バーゲンとクラウスの野郎が親戚関係だったら、面白かったのにな」


 クラウスの名が出た瞬間、胸がドクンと脈打つ。

 彼に斬り裂かれたときの光景は、今でも鮮明に思い出すことができた。

 突如として話題に上がったクラウスの名に、私だけでなく兄も反応する。


「クラウスが親戚だって? ゾッとする。あいつはシュヴェールト大公の甥で、爵位も財産も継ぐ権利がない、お先真っ暗な人生を送っているんだ。そんな奴と親戚だって、絶対に知られたくないな」


 兄の言った軽い言葉に、ジルケは楽しそうに笑う。一方で、ウベルはぴりついた空気を放つ。

 それも無理はないだろう。

 彼は次男で、継承権も財産も引き継ぐ権利がない。クラウスへ言った言葉は、そのままウベルにも突き刺さるのだ。


 相手がどういう立場にいるのかおもんぱかれない兄は、シルト大公家を継ぐ器の持ち主ではなかったのかもしれない。だからといって、ウベルやイヤコーベ、ジルケが計画した兄の暗殺を正当化するつもりはこれっぽっちもないが。


「ウベル、どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。そうだよな。クラウスは大公の甥ってだけで、気にするような存在ではない」


 夢でみたクラウスはシュヴェールト大公家の当主だったが、現在は大公の甥である。

 そんな彼がなぜ、一族の当主を務めることになったのか。

 これについても、夢でみたのだ。

 現在、シュヴェールト大公家には、五名の爵位継承者がいる。

 第一位から第三位までは、大公の息子である。第四位はクラウスの父親であり、大公の弟でもある者。第五位にクラウスとなる。

 彼が爵位を継承する確率は極めて低かったが、ある偶然が次々と働いたのだ。

 継承一位であった長男は人妻と駆け落ち、次男は病死、三男はしばらく大公位にいたのだが、財産の一部を持って行方不明に。

 クラウスの父親が大公を務めることとなったのだが、事故で亡くなったのだ。

 そして、シュヴェールト大公の座は、二十五歳となったクラウスのもとへ舞い降りてきた、というわけである。

 今現在、クラウスが大公になるなんて、誰も予想していないだろう。


「しかし、クラウスの奴、もったいないよな」


 ウベルはニヤニヤと嫌らしく笑いながら、クラウスについて話し始める。


「剣技の成績は学年どころか、歴代一位。成績は常に首席で、性格は多少愛想がないものの、悪くはない。完璧としか言いようがない奴なのに。それに比べて、バーゲン、お前は剣技の成績だけはいいけれど、クラウスに及ばず、成績は赤点続きで、性格にも難ありとみた。シルト大公家の爵位は、クラウスに譲ったほうがいいんじゃないのか?」


 兄は拳でテーブルを強く叩く。ティーカップが倒れ、せっかく淹れた紅茶が零れてしまった。

 ウベルは兄を怒らせるために、クラウスと比べるような発言をしたのだろう。

 兄の失言に対し「なんでもない」と返したものの、しっかり怒っていたようだ。


「ウベル、お前がうちに来たいって言うから招待してやったのに、ふざけるなよ!」

「悪かった、悪かった。怒らないでくれ。謝るから」


 ウベルが反省した様子を見せると、兄の怒りはあっさり治まる。

 一見して相性がよくないように感じるふたりだが、絶妙なバランスで友達付き合いをしているのだろう。


「それでバーゲン、美人の妹を紹介してくれるんだろう?」


 ウベルの言葉に、ジルケが瞳を輝かせた。 

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