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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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一日の終わり

 イヤコーベとジルケがだらだらお酒を飲んでいる間に、部屋を掃除する。

 使用人がいなかったからか、ふたりの部屋も酷いありさまだった。鼠とこんにちはしたときは、ゾッとしてしまう。廊下で待っていたアルウィンに助けを求めたが、無理だと言わんばかりに「にゃ~~」と鳴いていた。結局、クラウスが尻尾を掴んで、窓から投げてくれたのだ。

 私は掃除を行い、クラウスは証拠品がないか探った。

 クラウスは長年鉄騎隊で活動していただけあって、瞬く間に確認していく。

 私宛に届いていたお茶会の招待状や、煙草のカスなどは発見されたものの、父の殺害に関する証拠は発見できなかった。


「今日のところはこんなもんか」

「ええ」


 酒に酔ったイヤコーベとジルケは眠っていたのだが、清掃が終わったと声をかけると「遅い!!」と詰られる。

 眠っていたのだからいいのでは? と思ったものの、口答えせずに「ごめんなさい」と謝った。


 顔も見たくないと言われてしまったので、今日の仕事はこれにて終了というわけである。

 労働時間は半日だけだったが、ドッと疲れてしまった。


「ロビン、お風呂にしましょう」

「ああ、わかった」


 お風呂はクラウスが用意してくれた。井戸から水をせっせと運び、外にある窯に火を熾して湯を沸かすのだ。


「もしかしてこれも、学校で習ったの?」

「そうだ。年に一度、林間学校があったからな」


 林間学校というのは山や高原に行って、自炊や炊事洗濯などの普段は人任せにしている作業を自分で担当し、人と人が協力して暮らすことへのありがたみを経験する授業だという。


「ということは、ロビンは食事を作ったり、洗濯したりもできるのね」

「まあ、そうだな」


 鉄騎隊の潜入任務中、食堂で働いていたことがあったらしい。

 なんでもターゲットが食堂のオーナーで、従業員と親しくなって噂話を聞くのが目的だったようだ。

 厨房に立つクラウスというのは、なんだか想像できない。


「スープにパンケーキ、肉団子にパイ……ある程度は作れる」

「ロビンの作るパンケーキ、食べてみたいわ」

「今度作ってやろう」

「楽しみにしているわね」


 アルウィンは湯を沸かす窯に興味津々のようで、じっと覗き込んでいる。


「おい、アルウィン。あまり近付くと、髭を焼くぞ」

「にゃあ」


 なんて話をしているうちに、お風呂が沸いたようだ。


「マリー、先に入れ」

「わ、わたくし!?」


 驚きすぎて、元の口調に戻ってしまう。ここの会話はイヤコーベとジルケには聞こえていないだろうが、気を付けなければボロが出てしまうだろう。


「俺は二回目でいい。外から湯加減を調節するから」

「わかったわ」


 もたもたしていたら、睡眠時間が短くなってしまう。急いで入らなければならない。アルウィンも一緒にやってきて、不思議そうに浴槽を覗き込んでいた。

 服を脱いで、湯に浸かる。

 壁一枚挟んだ向こう側にクラウスがいると思うと、なんだか落ち着かない気持ちになった。


「マリー、湯はどうだ?」

「ちょうどいいわ。ありがとう」


 浴槽の中で、石鹸を使い全身を洗う。

 石鹸で髪を洗うときしむのだが、平民はこうやって体を洗っているというので、実行するしかない。お風呂に入れるだけ、まだありがたいのだ。

 十分くらいで入浴を終わらせると、急いで体を拭いて寝間着を纏う。その後、泡だらけの湯を抜き、浴槽をしっかり洗った。


「ロビン、もういいわよ」

「わかった。マリーは寝室で休んでおけ。湯上がりは体が冷えるから」

「え、でも」

「いいから」


 クラウスの好意に甘え、アルウィンと一緒に先に部屋に戻った。

 買ってきた布団はすでに運びこまれ、寝台の上に広げられている。

 今日、布団や毛布を干したばかりだったので、眠るのが気持ちいいはずだと店員が話していた。

 清潔なシーツに、干したてふかふかな布団、暖かい毛布――いつもは使用人が用意してくれる物だ。日頃から感謝しているが、今日はこれまで以上に彼らの存在をありがたく思ってしまった。

 アルウィンはすでに寝台の上に横になっている。ふたり用といっても余裕があるので、巨大猫の彼がいても大丈夫だろう。

 ここで気付く。クラウスと一緒の寝台で眠るのは気恥ずかしいと思っていたのだが、アルウィンを真ん中に挟めばいいだけの話だった。


「アルウィンを連れてきて、正解だったわ」

「にゃあ?」


 髪を乾かしたあとは、アルウィンのブラッシングに情熱を注いだ。


 しばらくするとクラウスが戻ってくる。まだ髪が濡れていて、雨の日に散歩に出かけた犬のようだと思った。


「ロビン、髪を拭いてあげるわ」


 自分でできると言うかも、なんて思ったものの、クラウスは素直に私の隣に腰を下ろした。

 大判の布で髪をわしわし拭っていると、大型犬を拭くのはこんな気持ちなのか、と思ってしまう。

 きれいに髪が乾いたら、丁寧に櫛を入れてあげる。


「よし。こんなものかしら?」

「ありがとう」


 クラウスはぐっと接近し、耳元で「エルーシア」と囁く。

 そういう不意打ちは止めてほしい。熱が引いた体が、再度火照ってしまうから。


「もう、眠りましょう」

「そうだな。明日も早起きしなければならないし」

「ええ」


 寝台を振り返り、ハッとなる。

 今現在、端っこにアルウィンが眠っていた。いつもは寝台の中心で寝転がっているというのに、今日に限って端に避けているなんて。


「ねえ、アルウィン。アルウィンは真ん中に眠りなさいな」

「にゃう」


 彼はすでに熟睡していて、うわごとのような鳴き声しか返ってこない。

 耳を引っ張っても、尻尾を撫でても起きなかった。


「アルウィンは一度寝入ったら起きない」

「みたいね」


 アルウィンを真ん中に挟んで眠る計画は、儚く消え去ったのだった。

 

「眠らないのか?」

「眠りますとも」


 アルウィンの隣に横になると、続けてクラウスが寝転がる。

 思っていた以上に密着する形となり、なんだか落ち着かない。

 いつものようにアルウィンを抱き枕にしていたら、背中をぽんぽんと叩かれる。振り返ると、拳ひとつ分もない距離にクラウスがいたので驚いた。布団の中なので、普通なのだろうがソワソワしてしまう。


「どうかしたの?」 

「おやすみ、と言おうと思って」

「そ、そう」


 彼は改めておやすみと口にすると、そのまま目を瞑る。瞼を縁取る長い睫が閉ざされた。 クラウスの貴重な寝顔を見つめつつ、睫が長いな、と思ってしまった。

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