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絶望に襲われる

 今、頑張って乗り切ったら、どうにかなる。私の未来は明るいと信じて疑わなかった。

 けれども、思い描いていた未来は、真っ黒に塗りつぶされてしまった。

 どうあがいても、私はシルト家やウベル、イヤコーベとジルケから逃れられない。

 一生、彼らに利用されて、最期は無惨に死ぬ運命なのだ。


 ◇◇◇


 あっという間に降誕祭のシーズンとなる。

 ジルケは父から山のように、贈り物を買ってもらったらしい。これまで貰っていない分すべて注文したようだ。

 イヤコーベは下品な宝石商から、高額の首飾りや耳飾りを買ったと自慢してくる。

 値段を聞いたのだが、ずいぶんと法外な値段で購入したのだな、としか思えなかった。

 平民育ちの貴族だと思って、足元を見られてしまったのだろう。

 イヤコーベは高い物はいい品に違いないと信じているようで、明らかに安っぽい宝石を得て、嬉しそうに微笑んでいた。


「貴族の夫人はこういう宝石をたっぷり持っているのですって。そういえば、エルーシア、あんたの死んだ母親も、たっぷり持っていたんじゃないの?」

「わかりません」

「探しに行きましょうよ」


 イヤコーベは私の腕を掴み、連行するように歩き始める。

 母の部屋は生前のまま。暗くて不気味な部屋だと言って、イヤコーベは使いたがらなかったのだ。


 こうやって、イヤコーベに手を引かれ、母の遺品が奪われる様子はすでに夢でみている。

 母の遺書に、遺品はすべて私に遺してくれた物だと訴えても、聞く耳なんて持っていなかった。

 抵抗したら暴力を振るわれることはわかっているので、今は唇を噛みしめ、耐えるしかなかった。


「まあ! こんなにたくさん品物があるなんて!」


 イヤコーベは途中で会ったヘラと共に、母の遺品をかき集める。

 ドレスに宝飾品、靴に帽子、化粧品など、寝台の上に並べていった。

 

「エルーシア、これはすべて、あたしの部屋に運んでおいてちょうだい。どれも古くさい品ばかりだけれど、困ったときにお金にできるだろうから」

「かしこまりました」


 ヘラが片方しかなかった耳飾りを掲げつつ、イヤコーベに懇願する。


「大公夫人、こちらの片耳しかない耳飾りを貰ってもいいでしょうか?」

「仕方がないわね」

「ありがとうございます」


 母の遺品は箱に詰め、手押し車で移動する。

 運ぶ先は――私の部屋である。

 絨毯を剥ぎ、地下収納に収めると、代わりに別の品を入れていく。

 それは、中古のドレスやガラスの宝石である。いつもの作戦であった。

 どうせ、見る目がないイヤコーベにはバレやしない。

 片方だけの耳飾りも、偽物の宝石でできたものを仕込んでおいたのだ。まんまと引っかかったわけである。

 ドレスや宝飾品を丁寧に収め、収納の蓋を閉じる。見つからないように絨毯で覆い、上から戸棚をずらして置いて剥がれないようにした。

 母の遺品は、さすがに売る気にはなれなかった。


 ガラクタとしか言いようがない品々を、イヤコーベの物置へ運んでおく。

 これで、夢でみたように母の遺品が奪われる、という事態は回避した。


 その帰り道で、くらりと目眩に襲われる。未来を変えた代償が襲ってきたのだ。


「う……げほ」


 手を押さえつつ、咳き込む。エプロンに、血がポタポタと滴ってきた。

 目眩を覚え、その場にくずおれる。

 使用人がすれ違ったが、誰も私なんか気にも留めない。

 これまでは将来のためあと少しの我慢だと耐えていたが、最悪の未来をみてしまったので、心が折れそうだ。


「あら、エルーシアじゃない。そんなところに座り込んで、何か楽しいことでもあったの?」


 ジルケが楽しそうに覗き込んでくる。

 私が血を吐き、顔を青くさせ、今にも泣きそうだと気付いたら、彼女を喜ばせてしまうだろう。

 エプロンで血を拭い、ぐちゃぐちゃに丸めて見えないようにする。

 前を向いて、具合の悪さなんて悟られないようにした。


「ボタンを、落としてしまいまして」

「あんたって、不幸の塊みたいな娘ね。おかしいったらないわ」


 本当に、ジルケの言うとおりだ。

 予知夢の能力がなければ、今頃私は、兄が手紙で寄越してきた「いい男を紹介してやる」なんて言葉に心を躍らせていただろう。


 今、私に残っているのは、ひと欠片の希望なんかではない。

 ジルケに惨めな姿を見せたくないという、虚勢心だけである。


「あなたのその真っ赤な口紅、きれい。あたしにちょうだい!」

「……あげられるものなら、とっくの昔にあげていますわ」


 彼女が珍しく褒めた真っ赤な唇は、血で染まったものである。


「何よ! エルーシアのけち!」


 ぎゃあぎゃあと叫ぶジルケを無視し、部屋に戻った。


 ◇◇◇


 屋敷の住人だけでなく、使用人までも浮き足立つ降誕祭のシーズンに、とうとう兄バーゲンが帰ってきた。


 今日、初めてイヤコーベとジルケと顔を合わせたようだ。

 猫を被った母娘にちやほやされて、満更でもない、といった様子である。

 メイド服を着た妹に対する違和感など、これっぽっちもないようだ。


 兄は寄宿学校に在籍しており、年に四回ある休暇期間にしか戻ってこない。

 ふたつ年上というだけで無駄に偉そうで、高慢で、鼻持ちならない男である。

 予知夢では、イヤコーベが差し向けた女に毒を盛られ、腹上死だったか。どうしようもない女好きだったようだ。

 妻がいる身分で、女遊びをするからそんな目に遭うのである。同情なんて欠片もできない最期だった。

 父が亡くなり、シルト大公家の後継者であった兄が死んだのと同時に、私と結婚したウベルが当主を名乗るようになる。

 国の決まりでは、シルト大公家は血族以外継げないのだが、勝手に大公気取りをしていたようだ。


 この未来は、変えられるのか。

 父はともかくとして、兄の運命など変える価値などないのでは、と思ってしまうのだが……。

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