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未来を変えるために、今は耐え忍ぶ

 私に唯一許された有意義な時間は、ジルケのために父が呼んだ家庭教師との学習時間である。

 ジルケは勉強したくないようで、私に授業を受けさせるのだ。

 リッケルト先生は八十七歳の現役教師で、私をジルケだと思い込んでいる。

 騙していて申し訳ないと思いつつも、将来のため、知識は蓄えたい。

 そんなわけで、私は意欲的に勉強していた。

 成人したら、家を出てひとり暮らしをする予定だ。

 明るい未来のために、お金と知識を貯めている最中である。


 学習時間が終わると、ジルケが大声で私の名を叫びながらやってきた。


「エルーシア! これからお茶会なの! ドレスを寄越しなさい!」


 まるで盗賊のようだ、と思いつつ、彼女を部屋に招き入れた。


「見なさい。今日はヴェルトミラー伯爵家の招待を受けているの」


 ジルケが見せてくれたのは、私宛の招待状である。勝手に開封し、呼ばれてもいないのに参加するつもりらしい。しかも、相手は私と仲がよかったマグリットからだ。


「あの、それはわたくしのお友達、マグリット様からのお手紙では?」

「そんなわけあるか!」


 ぽっと出の、名家の生まれでもないジルケに、お茶会の招待なんて届くわけがないのに。 

 ずんずんと部屋を闊歩し、クローゼットの中にある服を物色する。


「この前、フィルバッハが作った新作ドレスが届いていたでしょう? あたし、知っているんだから!」


 フィルバッハというのは、王都で大人気のドレスブランド店を経営するデザイナーだ。

 亡くなった母の友人で、新作ができるとかならず私に贈ってくれるのだ。

 私を可愛がってくれる、数少ない大人のひとりである。

 ドレスは弟子が直接私のもとに運んでくるので、私のクローゼットに収められているわけだ。

 ジルケは父が地方視察に行った際、私宛に届いた品も奪ってしまう。

 私が大切にしているものは、なんでも欲しがる困った悪癖があるのだ。

 ここにやってきたときも、ドレスを持っていないからと父に泣きつき、私が持っていたドレスのほとんどを持って行ってしまったのだ。

 彼女が欲しがるのは、ドレスだけではない。私が使っていた部屋をまるごと欲しがり、父の前で駄々を捏ねたのだ。

 イヤコーベが「ジルケは父親がおらず、不幸な娘だった」と泣きついたら、父は妹に部屋を譲るように言ったのである。

 姉は妹のために犠牲になるのが普通らしい。

 バカバカしいと思ったものの、予知夢で彼女らの邪悪な気質を把握していた。

 部屋を譲るくらい、なんてことないと思ってしまったのだ。

 それから私は、日当たりがよすぎる部屋を押しつけられた。部屋を移動したあとの面倒を父が見るわけもなく、質素な寝台にテーブル、椅子、クローゼットがあるばかりの部屋で過ごすこととなったのだ。

 メイドの下働きとしか言えない行儀見習いも始まり、忙しい日々を過ごす中で、ジルケはさらに私から何か奪おうとやってくる。


 ジルケはクローゼットの中にあった唯一のドレスを掴み、体に当てる。

 それは袖口がふんわりと膨らんでおり、スカートには星みたいに宝石が縫われているドレスであった。


「あたしのサイズぴったりだわ。あんたにはもったいないから、貰ってあげる!」


 瞬間、私はジルケに泣きついた。

そんな反応を見たジルケは、満足げな様子でほくそ笑む。

 彼女は私が泣いたり、苦しんだりする姿を見るのが、何よりも楽しいのだ。


「酷いですわ! それは、フィルバッハがわたくしのために、仕立てたドレスですのに!」

「これはあたしのほうが着こなせるの! 時間に遅れるから、離れて」


 ジルケは私を蹴り上げ、ドレスを握ったまま部屋から去って行った。


「うっ……ううっ……ううう……はあ」


 演技はここまでにしよう。熱を入れすぎると、疲れてしまうから。

 はーーと盛大に息をはき、床の上に転がる。


 あまりにも上手くいったので、にやける口元を手で覆う。

 先ほどジルケが奪っていったドレスは、フィルバッハの新作ではない。

 中古のドレス店で購入した、二十年ほど前のドレスだ。

 フィルバッハのドレスは、その店で売ってしまった。

 申し訳ないと思いつつも、着て行く場所なんてないし、今は少しでもお金が必要なのだ。

 フィルバッハのドレスは高値で売れる。将来のための貯蓄となっていた。


 お茶会から戻ってきたジルケは、怒りの形相で私のもとへとやってくる。


「ちょっと! どう責任を取ってくれるのよ!」


 ジルケは私の頬を叩き、呆れたとしか言いようがない怒りをぶつけてくる。


「これ、フィルバッハのドレスじゃないって言うのよ! どうしてあたしを騙したのよ!」


 騙してなんかいない。私は一言も、クローゼットにあるドレスはフィルバッハから贈られたものだと言っていなかった。

 ジルケが勝手にフィルバッハのドレスだと信じ、奪っていったのだ。


「あんたのドレスのせいで、お茶会で無視されたんだから!」


 それは、私が招待されたお茶会にジルケが勝手に参加したからだろう。

 貴族は相手の洗練された態度に対して敬意を払う。

 淑女教育を終えていないジルケが、受け入れられるわけがないのだ。


 ジルケから何度も叩かれ、その後、イヤコーベからも呼び出しを受ける。

 彼女は服に隠れるような場所を鞭で打つのだ。

 今日は特別酷い目に遭った。

 けれども、予知夢を利用し、フィルバッハのドレスが奪われるという事態は回避できた。

 その影響か、夜、熱を出してしまった。咳き込むと、一緒に血を吐いてしまう。

 未来を変えた代償が、私に襲いかかってくるのだ。

 こういう状態になっても、夢でみたように何もかも奪われて惨めな気持ちにはなっていない。

 私の手元には、お金が残っていた。

 このまま上手く立ち回れば、いつか家を出て、ひとりで楽しく暮らしていける。


 そう信じて疑わなかったが――私はその日の晩、夢にみてしまった。


 成人するまでお金を貯め、家を出た私がのんびり平和に暮らす中で、突然襲撃を受ける。

 ウベルが私を探しだし、家に連れて帰るのだ。

 家に戻された私はウベルと結婚させられ、いいように利用されてしまう。

 いくら逃げても逃げても、かならず見つかって連れ戻されるのだ。

 地獄のような毎日である。


「――エルーシア、いつまで寝ているんだい!!」


 ヘラの叫びで覚醒する。最悪な目覚めだった。

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