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虐げられる日々

 予知夢は時系列を無視して、さまざまな未来を私に見せてくれる。

 みたものは忘れないように、日記帳に記録していた。

 かじかむ手を摩りつつ、インクを節約しながら書いていく。

 今日はいつもより寒い。暖炉に使う薪なんて許されているわけがなく、毛布を体に巻き付けた状態でいた。

 これまで酷い夢ばかりみてきたが、殺される夢は初めてである。

 夢は毎回、高いところから見下ろすように傍観していた。そのため、私の姿もはっきり見えるのだ。

 殺されたときの年齢は、二十代後半くらいだった。今、私は十五歳なので、十三、十四年後の未来の話なのか。

 盛大なため息が零れる。絶望でしかない未来なんて、早く終わればいいのに。

 インクが乾くのを待って、日記帳を閉じる。しっかり鍵をかけて、引き出しの隠された収納にしまう。

 記録した予知夢は、日記帳の三冊目になっていた。整理したいと考えていたのだが、そんな暇はない。

 なぜならば――。


「エルーシア、いつまで眠っているんだい!?」


 イヤコーベに仕えるメイド、ヘラが、まだ夜明けと言っても過言ではない時間帯なのに、私を起こしにくるのだ。


 しぶしぶ扉を開くと、唾を飛ばしながら罵声を浴びせてくる。


「まったく、どんくさい娘だね! 仕事はたっぷりあるんだよ!」


 今日、着る予定のメイド服が床めがけて投げられる。

 朝から炊事、洗濯、掃除をするのが私に命じられた、貴族女性としての行儀見習いらしい。

 これはイヤコーベが考えたもので、父は私がきちんとした淑女教育を受けていると思い込んでいる。

 水仕事で酷使したボロボロの手を見せながら酷い目に遭っていると訴えても、イヤコーベが「年頃の娘はこんなものですわ」なんて言ったら信じてしまうのだ。


「十五歳の娘だというのに、手も足も肉付きが悪くてガリガリだねえ。こんなんだったら、結婚相手なんて見つからないよ!!」


 余計なお世話である。

 今日はただでさえ、自分とクズな夫が仲良く串刺しにされて殺されるという夢をみて、頭がズキズキ痛むというのに。


 来年、私は社交界デビューを果たす。

 結婚相手はそこで見初められるか、父親が探すかの二通りある。

 私の場合は、特殊な例かもしれない。

 兄が年末の休暇に未来の夫であるウベルを連れてきて、私達は出会ったのだ。

 ウベルは私を見初め、父に結婚させてほしいと乞うたのである。

 夢でみたウベルは優しくて、爽やかで、かっこよくて、私は一刻も早く会いたいと思っていた。

 けれども、予知夢の回数を重ねるにつれて、彼の鍍金めっきが剥がれていくのだ。

 女好きでお金にだらしがなくて、お酒好きで、ジルケと体の関係を持つようになる。

 そして、最終的に私を盾にして、クラウスに命乞いをするというクズっぷりを披露してくれるのだ。

 そんなウベルと出会うのが、今年の冬である。

 一度も会ったことなどないのに、すでに会いたくなかった。


 ゴワゴワと肌触りの悪いブラウスに袖を通し、メイド用のワンピースを着る。エプロンの紐を腰に回し、しっかり結んだ。最後にメイドキャップを被り、私は使用人達が働く階下に向かった。


 イヤコーベとジルケ母娘がやってきてからというもの、使用人は総入れ替えとなった。

 というのも、古くから働く使用人達は、女主人であるイヤコーベに従わなかったのである。

 イヤコーベは貴族の娘だと主張していたようだが、言葉や態度は軽薄で品がない。お金で爵位を買ったどこの馬の骨かもわからない男の娘であろうことは、明白であった。

 そんな彼女がただ偉そうに命令するので、使用人達は言いなりになりたくなかったのだろう。

 腹を立てたイヤコーベは全員解雇し、どこから連れてきたのかわからない使用人達を雇い集めたのだ。

 イヤコーベやジルケの侍女をしたいと望む者は見つからなかったらしい。

 何人か面接をしたようだが、向こうから辞退されてしまったようだ。

 侍女というのは、女主人の手足となり、母のような、姉のような優しさで従ってくれる、既婚の貴族女性である。生粋の貴族女性が、あの母娘に従うわけがなかった。

 そんなわけで、貴族の家で乳母を務めていたという真偽は謎でしかない経歴がある、ヘラがイヤコーベの専属メイド兼腰巾着として傍にいるというわけだ。


 少し前まで働いていた使用人達は、私に敬意を示してくれた。

 皆、優しかったし、働き者だった。

 けれども今の使用人達は――驚くほど怠け者ばかり。

 厨房に料理人は誰もおらず、窯に火すら入っていなかった。

 またか、と思いながら火を熾す。

 イヤコーベとジルケが起きるまでに朝食がなかったら、私を責めるのだ。

 彼女達に捕まって朝の時間を無駄にしたくない。そう思い、朝食の準備を進めておく。

 昨日の残りのスープにトマトの水煮を加え、味を調える。少し変えるだけで、新たに作ったスープだと騙せるのだ。

 あとはゆで卵にベーコン、サラダを用意し、お皿に盛り付けておく。

 パンは配達されていたが、朝の気温でカチコチだった。

 窯で焼き直すと、焼きたてみたいにふっくら仕上がる。

 これらの料理を、休憩室からやってきたヘラと共に運んでいくのだ。

 すでに、父は出勤していていない。朝食は職場の食堂で食べているのだ。

 イヤコーベとジルケは寝間着のまま、食堂へとやってくる。

 だらしがないが、注意する人なんているわけがなかった。


 ジルケは私を見るなり、ニヤリと笑いながら話しかけてきた。


「ねえ、昨晩頼んでいたトマトのスープ、きちんと早起きして、しっかり作ったでしょうね?」

「もちろんですわ、ジルケお嬢様」


 姉妹なので呼び捨てでいいのだが、ジルケはお嬢様と呼ぶように強いるのだ。

 無視すると頬を叩くので、従う他ない。


 ジルケは食前の祈りをせずに、トマトのスープを食べ始める。


「んー! やっぱり朝はトマトのスープね!」


 昨日の残りをアレンジしたとはバレていないようである。

 イヤコーベはパンを指さし、私に質問してきた。


「このパンは、朝からしっかり生地をこねて、窯で焼いたものでしょうね?」

「当然です」


 外でカチンコチンになっていた出来合いのパンだが、彼女が違いになんて気付くわけがない。


「大公夫人、焼きたてですので、火傷をしないように気を付けてくださいね」

「わかっているわ」


 イヤコーベも、ジルケ同様に大公夫人と呼べと強要してきた。

 まったく呆れたとしか言いようがない親子である。


 イヤコーベはパンを手でちぎりもせず、そのまま食いちぎる。


「やっぱりパンは焼きたてでないと、喉を通らないわ」


 なんとも残念な喉である。

 朝から付き合っていられない。そう思いつつ、会釈をし、食堂から去った。 

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