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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第三章 想定外の社交界デビュー

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19/84

しばしの安寧、そして――

 それから数日もの間、私はミミ医院で入院した。

 父へはイェンシュ先生が手紙を書いてくれたらしい。父からは数日反省するように、という返信が届いた。


 看護師のユーリアは看護するだけでなく、親切にしてくれた。

 私がシルト大公家の娘だと知ると、ありえないと憤ってくれる。


「貴族のお嬢様の手がこんなにもボロボロで、背中に傷があるなんて……酷いです!」


 彼女は私のために、ボロボロと涙を流してくれた。

 その涙は、私の中にあったどす黒い感情を浄化してくれる。


「なぜ、助けを求めなかったのですか?」

「助けを、求める?」


 私はクラウスと結婚する以外の、助ける術というものを思いつかなかったのだ。


「家に帰りたくないのであれば、ここにいてもいいのですよ」

「ミミ医院に?」

「ええ。一緒に、イェンシュ先生のお手伝いをしましょう」


 ミミ医院の院長イェンシュ先生は、とても穏やかな人だ。まるで、物語に登場する優しいお祖父さまのよう。


「イェンシュ先生が、シルト大公に手紙を書いてくださるはずです」

「でも、いくらイェンシュ先生の言うことでも、お父さまは聞いてくださるかしら?」

「イェンシュ先生は国王陛下の侍医だった御方です。きっと、シルト大公も無視できないでしょう」

「でしたら――」


 しばらく、ここにいよう。

 もう、実家には戻りたくないし、父や意地悪親子の顔なんて見たくもないから。


 そんなわけで、私はミミ医院でイェンシュ先生の助手をするようになった。


 ◇◇◇


 ミミ医院に運びこまれてから、一ヶ月経った。すっかり元気になり、今は働いている。

 肌触りのよい清潔な綿の白衣に袖を通し、紺色のワンピースにエプロンを合わせた姿で毎日働いている。

 個人の部屋も与えられ、シーツや枕カバーは毎日取り替えてもらえるという、待遇のよさであった。三食食事が用意され、ミミ医院で働くユーリアや他の看護師と食べるのがお決まりである。

 ここはそこまで大きくない病院だが、患者は毎日大勢いる。貴族と平民、分け隔てなく治療をしているようだ。

 私は看護師の補助として、毎日せっせと働いていた。

 実家で働いていたときよりも仕事は少ないのに、しっかり賃金が発生するのだ。

 自分で働いて得たお金をというのは、なんとも尊いものである。

 さらに、週に二回も休みがあるのだ。

 休日は本を買って読んだり、ユーリアと一緒に街に出て喫茶店に行ったり、何もしないで一日中ゴロゴロしたりと、好き勝手に過ごした。

 ただ、そろそろ現実を見ないといけないだろう。

 実家から、イヤコーベの名前で荷物が届いていた。

 それは、例の破れたドレスである。これを着て、社交界デビューのパーティーに参加しろ、と言いたいのだろう。

 ご丁寧に、招待状まで添えられていた。


「はあ……」


 王妃殿下の招待は無視できない。今回のパーティーに参加するのを最後に、貴族であることを止めよう。そう、決意する。

 最近、予知夢をみないのでどうなるかわからない。

 けれども私は、ミミ医院での充実した暮らしを知ってしまった。もう二度と、元の暮らしには戻れない。


 社交界デビューのパーティーは、十日後だ。ひとまず、ドレスをどうにかしよう。

 幸いと言うべきか、預けていたお金があるので、新しいドレスを買おう。

 破れたドレスはどこかで買い取ってもらえる可能性がある。一緒に持ち出した。


 まずは新しいドレスを入手しなければ、なんて思っていたのに、白いドレスはどのお店も売り切れだった。

 今から注文しても、完成するのは一年後だという。

 フィルバッハのお店は行列と人だかりで、近付くことすら困難である。裏口のほうも、弟子の志願者が押し寄せ、入る隙はないように思えた。

 なんてことだ、と頭を抱え込んでしまう。


 とぼとぼ街を歩いていたら、背後からぶつかられてしまった。

 体の均衡を崩した私は、そのまま転んでしまう。

 袋に入れていたドレスが飛び出し、馬車に牽かれてしまった。

 

「あ!!」


 スカートは裂けているし、装飾のパールは引きちぎられているし、血まみれだし、馬車に牽かれて車輪の跡がくっきりついているし――最悪だとしか言いようがない。


 ドレスを牽いた馬車が停まる。怒られるだろうと身構えていたら、目の前に手が差し伸べられた。


「わたくしは平気――」


 顔を上げた瞬間、ギョッとする。

 私に手を貸そうとしているのは、クラウスだったから。


「あ、あら、奇遇ですね」

「人を跳ねたのかと思った」

「馬車が牽いたのは、ドレスですわ」


 牽かれたドレスを見たクラウスは、顔を顰める。


「馬車で牽いただけで、ああなったのか?」

「いえ、スカートの破れと装飾の破損、血はもともとの特別仕様オプションですわ」 


 クラウスは盛大なため息をつき、見るも無惨なドレスを拾い上げる。

 それだけでなく、私の腕を掴んで立ち上がらせ、ぐいぐいと手を引き始めるではないか。


「あ、あの――!?」

「いいから乗れ」


 背中を押され、馬車に乗る。

 御者に合図を出すと、馬車は走り始めた。


 いったいどこに連れて行くというのか。

 腕を組み、不機嫌な様子でいるクラウスに質問できるような空気ではない。前回、彼に結婚を申し込んで断られるという別れ方をしたので、気まずくもあった。


「お前、どうして侍女も付けずに、その辺をホイホイ歩いているんだ?」

「わたくしは……」 


 今の状況をなんと説明していいものか。言葉が見つからない。


「ドレスも、何をどうすれば、このような状態になるのか」

「最初から最後までご説明したら、三日くらいかかってしまいそうです」

「だったら、言わなくていい」


 馬車は貴族の住宅街のほうへと進んでいく。

 そして、青い屋根のお屋敷の前で止まった。


「あの、こちらは?」

「母方の祖母の家だ」


 訳もわからぬまま、私は馬車を下ろされる。

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