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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第二章 クラウスとの出会い

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賭博場への潜入

 賭博場は没落貴族から買い取った、瀟洒しょうしゃなお屋敷であった。

 そこの大広間サルーンを改装し、賭博する場として提供しているらしい。


 案内された大広間に進むと、薄暗い中で大勢の人達が賭博に興じていた。

 女性の数は想像していたよりも多い。この中から、シスターカミラを探すのは困難だっただろう。


「これは、調査がしにくかったでしょうね」

「まったくだ」


 裏社会と繋がった賭博場は賑やかだったけれど、普段の社交場とは異なる殺伐とした空気が流れていた。

 ゲームを行う台には金貨が積み上げられており、負けた者と勝った者の明暗がひと目でわかる。

 カードゲームを行う台がもっとも多く、端にルーレットやダイスなどの台が置かれていた。

 各台にディーラーがいて、不正行為がないか目を光らせている。

 場に馴染むために、クラウスはいくつかのゲームに参加する。

 やる気はまったくなく、適当に賭けていたようだが、彼は勝ち続けていた。

 運がいいというか、なんというか。

 こういうのは、欲がない人ほど勝ってしまうのかもしれない。


 一時間ほど経っただろうか。ダイスで三枚の金貨を三十枚に増やしていたクラウスだったが、すでに飽きたらしい。

 集中力が切れたから帰るか、なんて話しているところに、菫色の髪を靡かせて歩く、四十歳前後の女性を発見する。

 彼女はシスターカミラに見えなかったのだが、なぜか引っかかりを覚えたのだ。

 クラウスの服の袖を引くと、すぐに察してくれた。


「どの女だ?」

「菫色の長い髪の――」

「ああ、あれか」

「でも、近くで見ないとわかりませんわ」


 瞳の色を見たら、わかる。シスターカミラは芥子色の瞳をしていた。

 菫色の髪の女性は普段のシスターカミラよりずっと若く見える。けれども、地味な修道服姿から、化粧をし、ドレスを着たら別人のように見えるのだろう。

 今はとにかく確認するしかない。菫色の髪の女性がいたルーレットの台に、クラウスは堂々たる態度で参加する。

 先ほど得た三十枚の金貨を出すと、周囲は大いに盛り上がった。

 ディーラーがルーレットのウィールを回し、小さなボールが投げ込まれる。

 皆の視線がルーレットの番号に集中する中、私はただひとり、菫色の髪の女性に注目した。


 芥子色の瞳を確認した瞬間、胸がどくんと脈打つ。

 シスターカミラに間違いない。

 気付いたのと同時に、ルーレット台を囲む人達が沸いた。

 シスターカミラが番号を的中したようだ。

 金貨はすべて彼女のものとなる。クラウスは悔しそうな演技をしていた。


「今日のところは、これでお暇いたしますわ」


 声を聞いたら、間違いないと思ってしまう。

 クラウスの袖を引いて、彼女がシスターカミラであることを暗に伝えた。

 すると、クラウスは何を思ったのか、声をあげる。


「これはディーラーと結託したインチキだ」


 振り返った菫色の髪をした女性の顔は、引きつっていた。


「おい、逃げるな!」


 クラウスが立ち上がろうとした瞬間、私の脳裏にある光景が浮かび上がる。

 それは菫色の髪をした女性の腕を掴んだ瞬間、クラウスが腹部を刺されるというものだった。

 すでにクラウスは立ち上がり、菫色の髪をした女性に腕を伸ばしていた。


「あなた、お待ちになって!」


 クラウスの腕を引いた瞬間、ナイフを握ったディーラーが目の前に飛び出してきた。

 あのまま菫色の髪をした女性の腕を引いていたら、クラウスは確実に刺されていただろう。

 菫色の髪の女性は人込みをすり抜け、出口を目指す。

 ディーラーは周囲の者に指示を出し、クラウスを襲うように命じた。

 私は逃げて行った菫色の髪の女性を追いかける。


「シスターカミラ! シスターカミラなのでしょう!?」


 体力作りをしていたのに、急に激しい咳に襲われる。喉からぬるりとした血の味がじわじわ広がっていた。ここで血を吐くわけにはいかないので、ぐっと我慢する。

 それにしても、なぜ血を吐きそうになっているのか。

 目の前がグラグラ回り、目眩も覚えた。

 先ほど脳裏を過ったのは、予知夢でみた内容だったのか。

 こんなときに、血を吐いている場合ではないのに。


 だんだんと後ろ姿が遠ざかっていく。このままでは逃げられてしまうだろう。

 外に飛び出していった瞬間、私は叫んだ。


「シスターカミラ! 菫色の髪をした、シスターカミラ!!」


 すると、付近に潜伏していた騎士達が出てきて、菫色の髪の女性を取り押さえる。

 その様子を確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。

 賭博場に行く前に、外に騎士隊を配置してあると聞いていたのだ。

 安心したら、咳き込んでしまう。きっとハンカチは血だらけだろう。今にも倒れてしまいそうなくらい辛かった。


「お嬢さま、大丈夫ですか!?」


 駆け寄って手を差し伸べてくれたのは、マティウスだった。

 ホッとしながら、彼の手を掴もうとした。

 その瞬間に、背後より引き寄せられる。


「よくやったじゃないか」


 クラウスだった。襲いかかってきた者を倒し、ここまで戻ってきたらしい。

 彼は私を小麦の大袋のように担ぎ上げてくれる。

 普通の貴公子であれば、横抱きにするような場面なのだが。

 さすが、悪魔公子としか言いようがない。


「お前には借りができたな」 

「ええ! 今すぐ返してくださいませ!」

「どうやって?」


 私はここだ! とばかりに口にする。

 それは、私の悲願でもあった。


「わたくしと、結婚してくださいませ!」

「は?」


 いったい何を言っているのか、という声色であった。

 担ぎ上げられているので、彼がどんな表情かはわからない。


「どうか、お願いいたします。わたくしには、あなたしかいないのです」

「わけがわからない」

「それは、結婚してからお話ししますので」


 馬車がやってきて、扉が開かれる。クラウスはその馬車に詰め込むように私を乗車させた。


「あの、返答は?」

「お断りだ」


 そう言って、クラウスは扉を閉める。

 女性からの懇願を断るなんて酷いとしか言いようがない。

 やはり彼は、悪魔公子の名に恥じない、冷酷で血も涙もない男なのだと思ってしまった。

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