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国の終わりを〝みる〟娘

 国家予算を横領し、平和だった国内で内乱を起こしたとして、歴史ある〝盾の一族〟シルト大公家は、長年ライバル関係にあった〝剣の一族〟シュヴェールト大公家から粛清しゅくせいされる。


 身を隠していた滞在先に、当主であるクラウスが乗りこんでくる。

 黒い髪に赤い瞳を持つ、〝悪魔大公あくまたいこう〟の名にふさわしい、恐怖と威厳に満ち溢れた姿だった。

 手には、シュヴェールト家に伝わる伝説の剣〝レーヴァテイン〟が握られていた。

 レーヴァテインは勝利の剣と呼ばれており、どんな怪物でも切り伏せ、勝つことができる最強の武器である。

 それを持ち出したということは、クラウスが本気で私達を殺しにやってきたというわけだ。

 悪魔のような形相で迫ってきたので、逃げ惑っていたクズな夫ウベルは最終的に私を盾にしながら叫んだ。


「わ、悪いのはこの女、エルーシアなんだ! 俺は彼女に唆されて、さまざまな罪に手を染めてしまったんだ!」


 彼を唆したのは私ではなく、父の後妻であるイヤコーベと連れ子のジルケだ。彼女達は我が家に災難を招く天才で、ウベルを使って想像を絶するほどの悪事に手を染めてきたのだ。

 父だけでなく、兄バーゲンも彼女達の陰謀に引っかかり、命を落としてしまった。

 ウベルも、ある意味では被害者なのだ。ただ、すべて乗り気で実行していたので、情状酌量の余地はまったくない。


「俺は悪くない!!」


 保身に走るウベルだったが、クラウスは聞く耳なんて持たなかった。

 クラウスは悪魔と見紛うほどの世にも恐ろしい表情を浮かべ、ウベルに問いかける。


「おい、〝ヒンドルの盾〟はどうした?」


 ヒンドルの盾というのは、我が家に伝わる家宝だ。

 どんな攻撃も防ぎ、傷を受けたら回復するという最強の防具である。


「あ、あんなの、偽物だ! ちょっと持ち上げただけで、ボロボロになってしまったんだ」


 クラウスは信じがたい、という表情で見つめていたが、嘘は言っていない。

 逃走資金を稼ごうと、ウベルがイヤコーベやジルケとヒンドルの盾を持ち出そうとした瞬間、亀裂が入り、あっという間に朽ちてしまった。正統な後継者でない者が触れたので、そうなってしまったのだろう。 


 ちなみに、イヤコーベとジルケは支援してくれる者達を見つけ、さっさと国外へ逃亡した。ウベルはさんざん利用された挙げ句、あっさり捨てられたのだ。


「この女こそ、正統なシルト大公家の娘であり、諸悪の根源だ! 殺すなら、この女だけにしてくれ!」


 本当に、心の奥底からのクズ男である。三百回以上生まれ変わっても、汚染された魂は浄化されないだろう。どうしようもない奴なのだ。

 もうこれ以上、みっともない姿を見せることもないだろう。私は最期の復讐とばかりに、クラウスに懇願こんがんした。


「わたくしごと、彼を斬って、殺して」

「エルーシア、お前、何を言って――!!」


 間髪を入れずに、クラウスはレーヴァテインで私とウベルを斬り伏せる。

 平和だった国に起きた大きな争いは、シルト大公夫妻の死をもって終結となった。

 めでたしめでたしで終わるわけがなく、盾の一族を失った国は、他国に攻め入られ、滅びてしまう。

 剣と盾で始まった国らしい最期だった――。


 ◇◇◇


「――はっ!?」


 まだ、太陽が昇らないような時間帯に飛び起きる。

 慌ててお腹を押さえたが、レーヴァテインでクラウスに貫かれた風穴はない。


「ゆ、夢、だったの?」


 クラウスのぞっとするような迫力や、ウベルのクズな物言い、レーヴァテインに斬られた痛み、血の臭いは今でも思い出せるくらいだった。それなのに、夢だったようだ。


「最悪」


 思わず、独りごちる。

 これまで〝みて〟きた中でも、私自身が死ぬという残虐極まりない内容だった。

 どうして、そんな運命を辿ってしまうのか。頭を抱え込んでしまう。

 これは、ただの夢ではない。

 私は幼少期より、夢が現実となる予知夢を見る能力があった。

 最初はどれも偶然だと思っていた。

 けれども、メイドの死を予知してしまったのをきっかけに、信じるしかなくなってしまったのだ。


 それは何年前だったか。私が六歳か七歳の頃の話である。

 予知夢については誰にも打ち明けたことがなかったのだが、よく見かけるメイドの死を夢にみてしまい、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。

 彼女とは話したことがなかったのだが、勇気を振り絞って伝えた。

 今日の夕方、四頭の葦毛の馬車を引く馬に牽かれて死んでしまう。それを聞いたメイドは私に感謝するどころか、気味が悪いと言って信じなかったのだ。

 その日、メイドは死んだ。四頭の葦毛の馬車を引く馬に牽かれて。

 やはり、予知夢は本物だったのだと、気付いた日の話である。

 そして、予知夢は知らない人からしたら不気味な能力で、必死になって伝えても信じられないのだ。

 それからというもの、私は予知夢について誰にも打ち明けていない。

 メイドの命は助けられなかった。夢でみる運命は、絶対に変えられないものなのか――なんて、疑問を抱くようになる。

 私は予知夢でみた内容を変えられないものか、行動に移してみた。

 雨や嵐などの天候は絶対に変えられない。洪水や地震などの天変地異も同様に。

 けれども、夕食のメニューや物の破損などは、私の立ち回りによって予知夢でみた内容を変えられる。

 馬車に牽かれたメイドも縄でぐるぐる巻きにしてでも引き留めたら、死なずに済んだのかもしれない。

 ただ、予知夢でみた出来事を変えると、私に異変が起こった。

 未来を変えてしまうと、なんらかの力が働くのか、吐血してしまうのだ。大きく変化したときは、寝込んでしまう。

 きっと、能力を利用した対価なのだろう。


 ある日、最低最悪の夢をみる。

 それは父の愛人、イヤコーベが連れ子であるジルケとともに我が家にやってきて、これから一緒に住むと宣言する、という内容だ。

 父はイヤコーベの肩を抱きながら「新しいお母さんだ」と紹介し、嬉しそうに微笑んでいた。

 母は一年前に亡くなったばかりなのに、喪が明けた途端、結婚するようだ。

 夢から醒めた瞬間、猛烈な吐き気を催す。間違いなく悪夢であった。


 その日から、毎日のようにイヤコーベとジルケが登場する夢をみるようになる。

 彼女達は父のいるところでは全力で媚びを売り、いないところでは私をいじめ倒す。

 母のドレスや宝石はひとつも残さずに売り払い、母が私に遺したエメラルドのペンダントですら取り上げてしまったのだ。


 イヤコーベは父が仕事でいない隙を見計らい、愛人を大勢招いていた。

 ジルケは私の婚約者であるウベルに色目を使い、ふたりは恋人関係になっていた。

 暇さえあれば私をいびり倒し、贅沢三昧の暮らしをする。

 シルト大公家の財産がなくなると、勝手に土地を売ったり、領民を攫って奴隷商へ受け渡したり、と悪逆の限りを尽くしていたのだ。


 あの親子がやってくることだけは、絶対に阻止しないといけない。

 たくさん血を吐いて、何日も寝込むことになったとしても。


 幸い、父は私に優しかった。

 新しいお母さんなんていらない。ふたりで仲良く暮らしていこうと必死になって訴えたのだ。

 父は私の頭を撫でながら、「わかったよ」なんて言ってくれた。

 安堵したのもつかの間のこと。

 舌の根の乾かぬうちに、父はイヤコーベとジルケを連れて帰ってきたのである。

 裏切り者、と心の中で父を罵ったのは言うまでもない。


 どうして再婚したのか聞いたところ、私が心の奥底では寂しがっていると感じたそうだ。

 なぜ、そういう勝手な解釈をしてしまうのか。

 父は優しい人で間違いないが、お人好しで、相手の気持ちを勝手に推し量ってしまう悪癖があるのだ。

 それだから、イヤコーベとジルケに騙されて、死んでしまうのだ。


 そう、彼女らは、父を亡き者にし、シルト大公家の財政を握ろうと企んでいるのである。

 とんでもない悪女母娘であった。

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