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グリーンスクール - 翼をください  作者: 辻澤 あきら
5/9

翼をくださいー5

 ひと月ほど前のことだった。松本は夜の繁華街を歩いていた。別に遊び歩くつもりはなかった。松本の家が繁華街のすぐ近くで、気分転換にマンガでも買いに行こうと出掛けてしまい、そのままふらついてしまっただけだった。そこで、黒田・・・さっきまで悪態をついていた少女・・・に会った。


「ひさしぶりねぇ」と黒田は一見して松本をそれと見つけて話し掛けてきた。松本の方は、誰だったかわからず、不審そうな顔で見つめた。それでも特徴のある話し方で、黒田とわかった。


「なんだ、サッチャンか」


「覚えててくれたぁ?」


黒田は同じ小学校で2・3・5・6年と同じクラスだった。5年の終わり頃から中高生の連中と付き合い出して、派手なかっこうをし始めた。目の前にいる黒田は、高校生と言えばそう見えなくもないような雰囲気をしていた。


「いい学校に入ったんだってね。あたし知らなかったぁ。中学に入ったら、いないんだもん、驚いちゃったわ」


「別に、たいしたことないよ。親が、さ、受けてみろって言ったから、受けてみたら、受かったんだよ。それだけ」


「でも、あっこの学校いいんだろ。授業料も安いんだってぇ。それでいい高校に入れるんだから、いいよね。あたしなんか、行ける高校なんかない、って言われてるのよ」


「そんなこと……」


 その日、返却された松本の試験結果は散々だった。担任の山元に呼び出されて職員室に行くと、居合わせた国語の近田と英語の松原と伴に、懇々と説教をされた。長々と説教された後で、ぽつりと言われた台詞、それが松本に思い出された。


「時々、こういう生徒もいるけどね。ついてこれないようなら、公立へ行ったほうが楽だよ」


何だか自分が場違いな所にいる気分になった。まぐれで受かったんだとはっきり言われたほうが楽な気になった。


 夜になってもむしゃくしゃして宿題も進まず、ふらふらと『散歩』に出たのだった。


「ねぇ、ちょっと、そこ行かない?ジェネシスって言って、いつもあたしが行ってるトコ」


「……ン、少しなら」


 ジェネシスで何をしたのか、思い出せなかった。薄暗い部屋に派手なミラーボールがきらめいて、重いビートのBGMと客の喧騒が何もかもわからなくしていた。黒田に紹介された政岡が、快く松本を受け入れ、見慣れない食べ物とアルコールとを提供してくれた。政岡は、この店では顔らしく、近くを通りかかる誰彼も挨拶していった。いま、停学中らしかったが、


「退学にするものならしてみろ、学校くらい潰してやる」と豪語していた。


そんな政岡に圧倒され、初めて口にするアルコールのせいかもしれないが、何となく憧れのような気分で、話している姿を見ていた。


 何時になったかわからなくなった頃、突然慌ただしく何人もが駆け出した。


「警察だ」


叫びながら駆け出す連中につられて立ち上がった松本は、酔いのせいで足が動かず座り込んでしまった。


「何やってんだよ、早く逃げなきゃ」という黒田の声も喧騒の中で何を意味しているのか理解できず、上下の認識もできないまま、ソファにもたれかかったところを、強い力で引っ張っていかれた。


 結局、ほとんど全員が補導され、松本もその中にいた。


 両親に引き取りに来られ、帰ってから叱られ、翌日二日酔いのまま学校に行くと山元に呼び出されて、一週間の停学を言い渡された。停学が明けてからも、周りの見る目が何となく冷たい気分がして、次第に輪からはみ出していった。学校にいてもやる気がしない、勿論、家でも。皆が、自分のことを失格だと言っている気がしてくる。まぐれで受かったんだろと言っている気がしてくる。


 ある時、英語の時間に指名されて、答えられず立っていた。それを見て、松原は言った。


「居眠りしてたのか。夜は、お遊びで忙しいだろうからな」


くすくすと笑い声が聞こえてきた。恥ずかしいとも思えず、ただバカバカしくなって座った。すると、仕方ないヤツだ、と聞こえてきた。幻聴だったかもしれない。それでも、もう何も聞く気がしなくなった。何もする気がなくなった。




 「それからは、見ての通りだよ。あんたくらいだよ、あたしに話し掛けるヤツなんて」


「でも、裕美さん、すごくいい人だと思う」


「ありがとね。あんた、お嬢さんだから、そう思えるのかもしれないよ。あたしと付き合ってると、バカになってどんどん成績が悪くなっちゃうよ」


「そんなことないよ。みんなだって、きっとわかってくれる」


「ムダだね。ここじゃあ、成績がモノ言うんだよ。あたしみたいなのは、もうすぐ退学にされるんだよ」


「そんなこと……」


「できるのか?って。できなきゃ、追い出すのさ。ここにいられなくするんだよ、居場所をなくしてしまうんだよ」


「そんな」


「先公なんて、そんなもんさ。自分らの気に入らないヤツは、追い出すのさ。都合の悪いヤツは追い出すのさ。名門校の名を汚すヤツは、要らないのさ」


「そんなこと、ない」


「そうさ。あたしがいなくなったほうが喜ぶ連中の方が、たくさんいるからね。あたしがいなくなったほうが皆嬉しいんだよ」


松本の勢いに由美子は何も言えなくなった。松本の憎しみは、どこに向けられているのだろう。由美子は、ただ松本について教室に入った。席に着いた松本の横に立ちながら、ひと言だけ言わずにいられなかった。


「でもね、あの……、あたしのお兄ちゃんがね、言ってたの。この学校は、いい学校だって。だから、あたし、ここに転校してきたの。来てよかったって思ってるの」


「あんたは人気者だから、みんながいて欲しいって思ってくれてるんだよ」


「違うの、あの、裕美さんが同じクラスで良かった、って思ってるの」


「何言ってるの、あんた」


「初めの日のソフトの時、あたしを応援してくれたの、応援じゃないかな、励ましてくれたの、裕美さんだけだったよ。みんな、あたしが打てないと思って声援をくれたけど、あの時期待してくれたの、裕美さんだけだと思う。裕美さん、ファイトのある人だと、あたし思ったの。だから」


「いいよ、そんなの、あんたの勘違い。あたしは何もする気はしないの」


「でも、やる気があるから、受け入れてもらえないのが、辛いんじゃない」


「うるさいな、ごちゃごちゃ、言うな」


松本の激した声に周りが静まり返り、みんなが注目した。松本は由美子の席と反対方向を見て座った。由美子は静かに席に着いた。


 その日は一日松本が由美子の方を見ることはなかった。終業後も松本はさっさと帰ってしまった。由美子も風見の誘いを断ると、公衆電話で迎えを呼び、帰ってしまった。



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