第九話
鉄砲組頭の井上佐八郎はスパナのような工具を器用に使って銃身後部の尾栓を外した。
次いで針金の先に真鍮細線を毛羽立たせたようなブラシを袋から出すと、目検討でそのブラシ軸を真っ直ぐに修正しブラシ部分に赤粉と少量の脂を付けた。
銃身後部を左手に握ると尾栓穴から内部を覗きゆっくり回していく、そして見当を付けたのかブラシを銃身に突き通すとブラッシングを開始していった。
銃身を左手でゆっくり回転させ右手で強弱を付けながらブラシを往復操作するその小気味良い手並みに誠二はいつしか見とれ治兵衛が部屋に入ってきたのも気付かなかった。
「白兵衛や それは儂の銃だぎゃぁ、もう錆で使い物にならんよって捨てたらすかと放っといたもんを、わざわざ組頭殿を呼んで手入れさせるとは…なんちゅう横着な奴ちゃ、佐八郎殿もうしわけござらんなぁ」
「治兵衛殿か なんのこれしき、この銃の台師の黒書銘は薄汚れて読めぬが国友の名のある名工がこしらえたものと見ゆる、錆さえ無ければそうとう高値で売れるものを捨てるなどとは勿体ない」と佐八郎は治兵衛を見ずに今度は細籤を歯で軽く砕くと赤粉を付け火穴を磨きだした。
「ほうか、まんだ使えるというなら先日の治療の褒美に白兵衛にやるわ、まっ儂なんぞ銃なんぞに興味がにゃぁし邪魔だけの代物やったからのぅ」
「えっ、それがしに戴けるのですか、これは嬉しい いやほんとうに戴いてもよろしいのか!」
と誠二は目を輝かせて治兵衛を見つめた。
「おみゃあこんなもんが欲しかったのか だったら早よ言やぁ、ほんにおみゃあは分からん奴ちゃ、急に医術の凄腕を見せたと思ったら今度は銃かよ…まっやったもんに文句は付けせんが後で邪魔になったつっても勝手に捨てちゃかんぞ、そんなことよりさっきは普請詰所に行くと言って出掛けたが そっちの件は済んだのきゃぁ」
誠二はドキっとするも咄嗟に「詰所に後藤様がお見えにならず、帰りしな佐八郎殿と出会い頭にお会いしこうしてお越し願った次第で…」と佐八郎をチラッと盗み見た。
佐八郎は聞かなかった顔で火口をせっせと磨いている。
「ほうか…おらんかったか、まっ用が済んだなら早よ飯にしてちょうよ、儂は腹ぺこなんやぞ」
治兵衛は首をひねりながら「早よメシ」ともう一度言って部屋から出て行った。
気が付けば陽はとうに西に傾き部屋は暗くなっていた、つい銃に夢中になり夕餉の支度を完全に忘れていた。
「佐八郎殿それがしは夕餉の支度に取りかからねばなりませぬ、申し訳御座らぬがその手入れ道具は預からせてはいただけぬか、後はそれがしがやりますよって、なんの 道具は明日の早朝にもお返し致しまするが…」
「いや先程来より白兵衛殿の息づかいや目の色を見て銃が余程好きと覚えまする、ならばお任せ致すとしよう、道具は予備がありますよっていつでもかまいませぬ、気が向いたら返しがてらまた鉄砲組に遊びに来て下され、南蛮渡来の銃や儂が工夫した銃もありますよって是非にもお見せしとうござる、しかし今度会うときは出会いがしらじゃのうて組の詰所まで来て下されよ」としたり顔でニヤッと笑い佐八郎は「ではこれまでに」と言って銃をそのままにして帰って行った。
誠二は残された銃を手に取った、子供のころ欲しくてたまらなかった金属モデルガンを親にねだって買ってもらったときより数倍嬉しかった、好きなものはいくら歳を経ても変わらぬものと苦笑し、佐八郎の最後の含み笑いを思い出しまたもや苦笑がこぼれ出た。
夕餉が終わり後片付けを済ませると治兵衛は「今日は疲れたわ、もう寝るで後は頼んだぞ」と欠伸を噛みころしながら寝所へと消えた。
誠二は待ってましたとばかりに棚から銃を下ろすと床に布を敷いてそっと置いた。
その銃身は錆びが目立ち銃床は薄汚れていた、しかし名銃と聞いてからは何故か光輝く様に見えるのは不思議だった。
手入用具が入った袋を床に置くと銃の前に座る、この時代に落ちて初めて心躍る一時であろうか、またもや笑みが零れおちた。
銃身を外すと銃腔内の磨き具合を行灯の灯を透かして覗き見る、その腔道の照りは誠二が保有するレミントンの散弾銃と遜色ないほどの滑らかな艶を放っていた。
ガンドリルや高精度リーマーのない時代、真金に瓦金を巻き 叩いて鍛えた手造り銃身にこれほどの真直度を与えるとは…また真円度や穴の仕上程度を見たとき これが人間業かと思わず溜息が漏れ出た。
しばし銃腔内の仕上がりに見惚れ、気を取り直して尾栓横の火穴を点検するとこれも綺麗に磨かれてあった、肝心の磨きにくい箇所は全て佐八郎が仕上げてくれていた、誠二は銃床からカルカを引き抜くと先に布を巻いて脂に濡らし銃腔内部に錆止め処置を施していった。
次に火皿・火蓋・雨覆いの順に磨きに掛かっていく、布に磨粉をまぶすと彼は口を尖らせ微にいり細に入り時間を掛けて磨き込んでいった。
仕上げの輝きが気に入るまで磨きこむと額に汗が吹き出ていた、次いで銃床側部の火鋏・弾金を外し鋲を抜いて地金を慎重に外していく。
地金を剥がすと中に平カラクリが見える、このカラクリは弾金が地金外にあることから外カラクリともいわれ、蟹の目と呼ばれる火鋏を引き上げた際にロックする仕掛けで、引金に連動したカラクリだ。
誠二は生唾を呑み込むと だらしなく口を開いてこれら部品を慎重に外し始めた、そして部品を一個づつ丁寧に外すと白布の上に並べていく。
こんな時を至福の時間というのだろう、もう腕が磨きたいとばかりにうずうずしてくる、銃に興味の無い者が今の誠二を見たなら…その含み笑いはさぞ奇っ怪に映ったことだろう。
翌日朝餉を終えると昨夜借りた手入れ道具を佐八郎に返そうと道具袋を携えて薬房を出た。
昨夜は分解した銃の部品を堪能するまで磨き込み、時間をかけて慎重に組上げた、その甲斐もあって最初あれほど薄汚れ錆び付いていた銃は名銃と呼ぶに相応しい輝きを取り戻したのだ。
その仕上がりの美麗さに時間を忘れ誠二は見とれてしまった、それでもなお堪能できぬのか寝床にまで銃を持ち込み、その手触りを楽しみながら横になったがこれがいけない、興奮してなかなか寝付かれず結局眠りについたのは空が白みだした頃だった。
誠二はあくびを噛み殺して鉄砲組の詰め所へ向かった、今朝は一段と冷えこみ 白い息は澄んだ大気へ融けこんでいく、誠二は思わず古びた綿入れの前を握りしめると背を丸め小走りに駆け出した。
鉄砲二番組の組詰所に駆け込むと兵等は朝の調練でもするのか土間の所々で皆 銃の手入れに没頭していた。
誠二は背伸びをして佐八郎を探す、すると土間の向こうでも背伸びをした佐八郎がこちらを見ていた。
「こんな早くにもう返しに参られたか」佐八郎は言いながら破顔で駆け寄ってくる。
「白兵衛殿申し訳ござらぬ、儂らはこれより調練があるゆえ御約束の工夫銃はすぐには見せられぬ、どうであろう昼過ぎ未の刻(午後二時)頃に出直してはくれまいか」
「いえ、今朝はお借りした道具を返しに参っただけで、銃を見せていただくのはまたの機会で、それより…この樽は何でござろうか」
昨日には無かった入口を塞ぐほどの樽を指差しながら佐八郎を見た。
「おぉ昨夜届いたばかりの玉薬の樽でござるよ、昨夜は時間がのうて取り敢えずはここに積み上げたが、御奉行に見つかるとうるさいゆえ早々に火薬庫に仕舞わねば…」
言うと佐八郎は周辺の兵 数名に声をかけすぐに片付けよと命じた。
「佐八郎殿、ちなみに現在この城には如何ほどの火薬が備蓄されてござろうか」
「そうですなぁ、正確なところは鉄炮玉薬は既に早合に造られておるゆえ、胴乱に収納した量なども合わせると樽換算で十三樽ほどの量と覚えまするが」
「一樽の量は何キロ…いやどれほどの量でござろう」
「樽は百斤入りでござる、十三樽のほか大筒用の火薬樽が十樽に 昨日届きましたこの予備の煙硝・硫黄などの薬樽が六樽、合わせて三十樽弱はこの城に備蓄しておりましょう」
(百斤が60kgだから60×30で1.8トンもの量になるのか…)
「白兵衛殿そのようなことを聞いて何となさる」
佐八郎は考えに耽る誠二を怪訝な顔付きで見ながら聞いてきた。
「いやなに、普請頭の後藤様が敵の攻撃に効果的な仕掛けを案出して欲しいと申されて…ここ最近はその事ばかりを考えておりまする」
「ほぅ、おぬしは医術以外に仕掛けにも精通して御座ったのか、これは良いことを聞いた、いやそれがしも仕掛けを工夫することが好きでのぅ、昨夕お見せしたいと言ったはその事よ、銃を少し工夫しての…。
そうじゃ今日の昼過ぎにもぜひ見て下され、解る者に見て貰うのが一番じゃて」
そういうと佐八郎は誠二が携えた道具袋を嬉しそう引き取った。
手入れ道具を返すと薬房へ とって返した、途中の道すがら寒さも忘れ仕掛けのことを考えながら歩いた、それはまるで以前工作機械の機構アイデアを考えるときと同様の眼差しである。
(籠城戦であれば高い城壁越えの大筒撃ちなどは少なかろう、そうなれば大筒用十樽と薬樽六樽は使えるかもしれん、目方にすれば1トン弱か…もしこれで3kgの地雷を造ったら三百個は出来るな。
対人破片地雷1個で十人殺傷できるとして三百個で三千人か、しかし敵が数万なら…この量なんぞ焼け石に水だよなぁ、それに火薬量1トンといっても戦国時代の黒色火薬、配合量と比重分布が理想的な黒色火薬でさえ1トンではTNT換算で200kg程度の爆発力しかない、これでは三千人の殺傷は計算に過ぎず実際は半分の威力にもならないだろう。
ふむぅ…石落としから火薬応用の地雷という手立てを考えたが、たった1トンでは少なすぎるし地雷を破裂させるといっても急作りでは導火線ぐらいしかないだろう、まさか敵中に幾本もの導火線火花が走れば足で消されるがオチ、雨が降ったらそれこそオジャン、何かもっと効果的な策を考えねば…。
地雷がダメなら空からの攻撃とか…となれば面制圧に優れる迫撃砲がいいだろう。
迫撃砲…これなら造りは簡単だが今からではとても間に合わない、待てよ…迫撃砲などという大袈裟なものでなく打上花火と考えればどうだろう。
打上花火であれば打上筒は木製筒にタガを強固に嵌め込んだもので充分だし、砲弾も黒色火薬3kgなら比重0.7として多少の混ぜ物を入れれば25cmぐらいの球形弾になる、これなら尺玉以下のサイズで紙さえ有れば何とか作れそうだ…。
球形弾の中身が火薬だけでは殺傷力に乏しいから古クギや鉄片それと小石など混ぜ地上より10~20m上空で破裂させればその広がりは大きく 破壊力は地雷以上に効果を発揮するだろう。
球形弾に短い導火線を付け繰り返し打上げて地上10mほどで爆破するよう調節すれば何とか行けそうだ…よし打上花火にするか、たしか戦国時代に鉄砲や火薬とともに鑑賞用の花火も伝来したと聞く、ひょっとしたらこの城中に花火職人がいるかもしれない…早々に調べてみるか)
誠二は歩きながら次第に構想が固まっていくことに夢中になった、だがそれも束の間で寒さが現実へと引き戻してしまう、後藤様に何とか考えてみるとは言ったもののせいぜい打上花火ぐらいが限度、本音を言えば機械技術者らしく機関砲とかRPG-7無反動砲を造りましょうと言いたいところ、しかし上質な鋼や銃職人がいない辺境の地で現実的に目の前にあるものは火薬以外に何もないということ、そう想うと安易に請け負ってしまった己に腹が立ってきた。
そんな腹立ち紛れだろうか、もしここに秀吉がいたなら…朝鮮や明を相手に侵略戦争を仕掛けるぐらいならそれなりの装備・兵站を整え、明征服までの勝てる戦略を携え出征させるべきだろうと言いたかった。
国内の統一戦争の延長気分や家臣団内部の対立紛争を回避や統制下におくための「明国平定」であるならば、意味も分からず荒波を越え朝鮮の地に送られた十三万六千に及ぶ兵等はたまったものじゃない。
穿った見方をすれば…長く続いた戦国動乱により武士や足軽の人数が過剰になったことで将来の内乱や反乱を誘発する可能性を憂い、古来より独裁者の常套手段である「外に敵を作る」つまり朝鮮・明国を敵国として征伐(征朝・征明論)を企て、もし勝てば余剰人員はそのまま駐屯・移民化させ権益拡大を図る、負ければ初期の思惑通り。
そう考えれば誠二らが数ヶ月前に経験した いい加減な兵站による飢餓、そして最近の場当たり的な戦略と秀吉の顔色ばかりを窺う朝鮮奉行らの責任転嫁の噂は腑に落ちよう。
誠二は大局で考えていく内に何だか馬鹿馬鹿しくなってきた、来年の春過ぎには日本に帰れるというに、何でこんな見窄らしい城に籠もって朝鮮や明の大軍と戦わなくちゃならならんのだ。
こんな脆弱極まりない城郭なんぞ一瞬で突破され城内は屠殺場と化すだろう。
とここまで考えてから誠二はアッ!と思った。
(今まで他人事の様に考えていたが自分も屠殺される側の人数に入るんだった、おいおいヤバイじゃない、白川・江陰城の戦いは昔 黒田如水の小説に出ていた記憶はあるが内容とか戦いの結末なんぞ覚えていない、あぁこんなことならもっとよく読んでおくんだった…)
誠二は他人事ではなく今まさに己の身に起きようと迫りつつある厄災に思わずブルッと震えた。
(やはり何か凄い武器を作らねば…)




