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第八話

 誠二は創傷患者の覚悟の程を見極めたことで俄然と挑戦する思いに奮い立った。


「よし!わかった、では蛆を取ってくるゆえ暫し休んでおれ」

そう言うと部屋を出て土間のたたきで湯を沸かす治兵衛の元に行き「治兵衛殿、申し訳御座りませぬが治兵衛殿の切開技術を頼み、あの兵のうみと腐敗部をできるだけ多く切除していただけませぬか、それがしはこれより蛆を急ぎ取ってきますのでどうか御願い致しまする」


「よし分かった、腐ったとこだけ取りゃぁええんだな、白兵衛よ蛆は炊事場外のドブ付近にたんと涌いておたから そこに行きゃぁよ」と力強く言ってくれた。


それを聞いて誠二は小振りのつぼを手に炊事場の裏へ一目散に走った。

治兵衛が言ったとおりそのドブ沿いにはミミズや蛆が無数に湧いていた、誠二はゆっくり歩きながらドブ沿いに伏せられた腐りかけの溝板を見つけた。


誠二はその板をそっとめくってみた

「……………」

案の定そこにはおびただしい数の蛆がうごめいていた、ここだけでこの壺は一杯になるほどだ。

以前であれば蛆を手で触るなど誠二には気の遠くなる所行、しかし今は自然と手が動き何の躊躇もなく両手で蛆を掻きあつめては壺に運んでいる…そんな己にも驚いていた。


瞬く間に壺は蛆で満たされていった、その壺を抱えると元来た道をとって返し部屋に飛び込んだ、すると部屋中は腐った肉臭に満ち溢れ誠二は思わず鼻と口を手で覆った。


その異臭の中で治兵衛が汗を垂らしながら真剣な顔で小刀を動かしている、兵の傷口からは黒い液体に混じった膿や腐った肉片が次々に掻き出されていく、その優れた手並みについ夢中になり見入ってしまう。


「白兵衛!何をボーと突っ立っとるの、もうすぐ終わるで蛆はきれいに洗ってりゃぁ」と汗を拭きながら言う。


誠二は我に返り洗い場へと走った、そしてざるを二つ探すとその一つに壺内の蛆をぶちまける、その笊を水が満たされたおけに漬け込み手で蛆をかき回しはじめた。


何度も笊と水を交換しながら洗う内に蛆は真っ白になっていく、だが鼻を寄せると臭いは若干残るもこれ以上洗えば蛆が死んでしまうような気がして洗いを終えた。


次に太って勢いよく動く蛆だけを箸で摘まみ白い鉢に移し替える、その量は手の平一杯ほどに減少したがそれでも充分な量と思えた。


部屋に戻ると治兵衛は腐敗部の切除が終わったのか綿で患部を拭いていた。

「本来は濃い焼酎で消毒するんやがせっかくの蛆が死んじまうといかんからそのまんまやぞ」と言う。


「有り難うございました後はそれがしがやりますので治兵衛殿は休息して下され」と場を交代した。


「そう言わんで儂にも見せてちょぅよ」治兵衛は一旦立ち上がったが向かいの正面に座り直すと誠二の手元を興味げに覗いた。


手元にははちに入った蛆と綿布・和鋏、それと弦斎の工夫で作られた松脂とにかわ明礬みょうばんを練って麻布に塗った「松脂絆創膏」と称した粘着テープが置かれてあった。


まずは絆創膏ばんそうこうを適当な幅と長さに切り、接着力は今一であったがその絆創膏で傷口を開くように貼り付けた。

次は蛆を匙ですくって傷口へ適量ばらまいていく、量までは医学誌に書いてはなかったから眼検討としたが 足りなければ後から足せばよいかと次に目の荒い綿布一重で傷口の蛆ごとおおった。

次にその綿布周囲を絆創膏で隙間無く止めた、これで蛆は逃げられず また粗い綿布ゆえ酸素も取り入れることができよう。


「治兵衛殿、患者を風通しの良い縁側に移動したいのですが手伝ってくれませんか」


「何だ、もう終わったのきゃぁ、しかしおみゃぁの手並みは大したもんよ、大工とはにわかに信じれん 心底おみゃぁを見直したわ、どれ患者を起こさんといかんな」

患者はといえば先の切開と膿の掻き出しの強烈な痛みでとうに気絶していた。


「こいつ重てゃぁなぁ」言いながら二人がかりで患者をなんとか縁先へと運ぶ。


「ふーっこれでええか、白兵衛よ儂はこれから高尾様の傷の具合を診んといかんからちょっとばか出かけるが手伝いに小者でも呼ぼうか」


「いえ、もう私一人でなんとかなりますから、治兵衛どの本当に御助成ありがとう御座いました」

「いやなんの」治兵衛は少し照れながら薬箱を携え部屋から出て行った。


誠二は患者の足元に腰を下ろした、患者は気絶から覚めたものの余りの痛さに体を捩ってうめいていた。


この痛さは誠二にもおよその想像はついた、いま蛆が傷口を貪り食いながらうごめいているのだろうが患者にはそんな掻痒感そうようかん以前に傷口の深部を刃物でえぐられた鋭い痛みの方がはるかに勝っているのだろう。


 

 しかし患者の壮絶な痛みとは裏腹に縁側には午後の穏やかな陽射しが降りそそいでいた、気付けば蛆を患部に植える己がここにいる…なんということだろう機械技術者の自分がまるで医者気取りに治療をしているなんて。


こんな事になるのなら、あの時もっと医学書を真剣に読んでおけば良かったと思う、医療機器開発のヒントになればよい程度に己の興味の引いた箇所だけを間引いて読んだことを今更に悔やんだ。


考え始めると、またもやあの時代に戻りたいいう想いにさいなまれていく。

(あぁぁどうしたらあの世界に戻れるのだろう)これまで幾度も考えた帰還への想いに胸が痛み始める。

(俺は確かに死んだはず、高度一万米で空中に放り出されれば酸欠か凍死、運良く死なずとも海に叩き付けられ肉体は四散し魚の餌になっているはず、では今のこの世界は夢なのか…しかし余りにもリアルに過ぎないか、こうして頬を叩いてもつねっても痛い、この感覚をどう説明したら納得がいくのか、しかしあの世界にたとえ戻れたとしても俺は既に死んでいるんだ…)


「白兵衛殿!」

その声に飛び上がるほど驚いて誠二は振り返った。


「おっと驚かしてすまぬ 考え中でござったか、白兵衛殿 石落としの用意ができましたぞ!」

小男の後藤がいつの間にか背後にチョコンと立って微笑んでいた。


「もう出来ましたか、ならばさっそく見に行きましょう」

そう言うと患者の頬をたたき「これおぬし、患部がどんなに痛かろうが絶対に触るでないぞ、すぐに戻ってくるゆえじっとしておれ」そう言うと立ち上がった。


後藤にうながされ城門に向かって歩き出す、途中 誠二は城壁補修の本格工事はいつ頃より始めるかなど聞いても仕方ない話で間を繋ごうとした、しかしこれがいけなかった。


後藤は誠二が城の守備に関心ありやと思ってか意気込んで話しを継いできた。

「白兵衛殿、それがしはこれより石落としの仕掛けを城壁の全周に張り巡らそうと工事を進めておるが…本当にそれで良いのかと疑問を持っておるのよ、と言うのは仕掛けは一度切ったらそれでしまいじゃ、落とした後の城壁はがら空きとなり もし敵が数万もおれば何の役にも立たぬとな」


「それより石を小出しに落とす方法を模索するか…思い切って全く別の方法に変更するかなど迷いが出てのぅ、ちなみに母里太兵衛様にお伺いを立てたら、「籠城策など羞恥の極み儂は城より出て戦う」と仰せられるし、一老の栗山善助様は「石落としなど端っからあてにしておらん」と言われるし…実に困っておるのよ」


「後藤様、今更迷うなどと、敵は年末にも攻めてくると申されたではありませぬか、もう日は残ってはおりませんぞ」


「それよ、あと二月足らずで今更悩むなど恥ずかしい限りよ、白兵衛殿 他になにかうまい策はござらぬものか」


「そうは申されても…それがしは城攻めや守りに関してはズブの素人、良い策など思いつくわけも御座りませぬ、とは言うものの拙者なりに一度は考えてはみますが…」


「そうか それは助かる、頭脳明晰なるそなたが工夫すれば眼から鱗の妙案が浮かぶやもしれぬ、日がないゆえ急ぎ頼みまいる」


またいらぬ事を言ったと誠二は悔いた、空気を読んで話を合わせただけのつもりだったが…この時代はまともに受け留められてしまうのか(はぁ何か工夫しなければ)と誠二は城門を望んだ。


城門をくぐり石落としの仕掛け下より十五間ほど遠ざかったところへ案内されると 城壁の下にはすでに普請関係者や門の衛兵らおよそ三十人ほどが興味深げに上方を眺めていた、後藤は「お前達、落ちた石が転がってくるかもしれんのだぞ もっと後ろに下がらぬか!」と怒鳴った。


一同はその声で慌てて後退し後藤の横に並んだ。

「白兵衛殿、どうよ こうやって石が満載されると圧巻に見えるものよのぅ、石落としはまだ一枚に過ぎぬがあれが城壁に隙間無く配されれば敵は近づきにくいと思うじゃが…どうかのぅ」


「そうですねぇ…それがしなら梯子を掛けて一番乗りをしようなどとは絶対に思いませんが、狂気が取り憑いた敵兵の感情まではわかりませぬゆえ何とも…」


「左様か…狂気のぅ、まっ取り敢えずはつっかい棒がうまく外れるか試してみようぞ、今後のことは石の落下状況次第ということで…」


後藤は自信なさげに言うと城壁上に向かって「さぁ始めよ!」と大声で怒鳴った。


すると「ゴン!」という音と共に石落としの突っ張り棒が手前にガクンっと外れた。

その刹那、仕掛けの戸板は叩かれた様に倒れ 満載された大石は一気に地上にぶちまけられた。


地面に叩き付けられた石の衝突音は重低音で破裂するが如く耳をつんざき土煙を噴き上げた、また地面を震わせる恐ろしいまでの振動は見る者の腰を砕けさせ尻餅をつかせるほどの恐怖を与えたのだ。


「こ、これは凄い…」誠二は思わずうなった、その衝撃波は想像を遥かに超えた破壊力だった。

(5トンの石をたかが10mの高さから落しただけでこれほどのエネルギーが放出されるのか、これが城壁全域に設えられたなら怖ろしい威嚇兵器になるだろう…しかし1回きりで終わりでは…)


「白兵衛殿これはえらい破壊力ですなぁ、これなら石落としもまんざら捨てたものではない。

しかし落とした後はご覧の通りその石を踏み台にして敵は城壁を登ってこよう、やはり問題じゃのぅ。

それにしても白兵衛殿の慧眼の極み、みごとにつっかい棒は外れましたなぁ」

後藤は言うと誠二を畏敬するかのようにうやうやしく頭を下げた。


「白兵衛殿、貴殿の能力には舌を巻きもうした、貴殿ならば儂らが考えもつかぬ妙案が出るやもしれぬ、何か浮かびましたなら早々に知らして下されよ、儂は取り敢えずこのまま石落としの工事を進めるよって待っておりまするぞ」

そう言うと後藤は慌ただしく部下を引き連れ、落ちた石の見聞へと向かった。



 そんなことがあってのちは誠二は後藤の要求などすっかり忘れ ただひたすらに傷兵の看護にあたった、それも殆ど徹夜状態で 蠢く蛆を観察したり動きが緩慢なものは元気な蛆と取り替えた。


だが一日が過ぎても鼻を刺す肉臭は消えず、脛の腫れは一向に引かなかった。

患者は熱と痛みにうなされ半狂乱に傷口を掻きむしろうとするため誠二はしかたなく患者の両の手を縛った、そして患者の上に覆い被さり抑え込むのが必死でとうとうその夜は一睡とて出来なかった、それを見かねた治兵衛は「白兵衛よ、もう脚を切断しよう」と言いはじめた。


「あと一日、一日だけ待って下さい」と治兵衛に懇願し患者の上に覆い被さったまま離れようとはしなかった、だが刻々と迫る足切断の限界時機に恐れ戦き 治療成果が現れるのをひたすら天に祈った。


三日目の朝、誠二は患者の上に腹ばいになったまま寝てしまったようだ、気が付くと部屋の異臭は希釈され患者は死んだように動かなかった。


驚いて患者の頸動脈に指を当て脈を確認する(あぁぁ生きている、生きている…)

患者はいつになくすやすやと眠っていた、誠二は患者の上から降りると脛の綿布をそっとはぐった、すると蛆は傷口のひだで勢いよくうごめき、少なくなった腐敗部を争うように貪っているようにも感じられた。


そして四日目、腐敗部を食い尽くした蛆を始末すると焼酎で患部をよく洗い、男手四人で患者を抑え込むと患部を開き、焼いたコテで隈無く焼消毒したあと縫合ほうごうを終えた。


その翌日、患者の熱は下がりれも次第に引いていった。

「白兵衛おみゃぁは凄いやっちゃ、弦斎様でも出来んことをいとも簡単にやりやがった、おみゃぁをほんに見直したよ、んん凄げぇやっちゃ」


「いえ治兵衛殿の協力があったればこそでござる、この始末は詳細に医療控えに書き記しておきまするゆえ 今後の刀傷治療に役立てていただければ嬉しい限りにござります」と結んだ。


しかし誠二は正直まぐれと思っている、あの患者の頑健さというか 現代人と違い寄生虫や雑菌への抵抗力がただ単に高かったからにすぎないと、患者がもし誠二であったなら脚を切断されているかまたは敗血症か多臓器不全でとうに死んでいただろう。


それから数日間、城内では白兵衛が凄い名医であったという噂でもちきりとなった。

これでたとえ腕や脚に刀傷を負ったとしても切断は免れるとばかりに兵等は沸き立ったのだ。


それはこの時代、不衛生極まりない戦場にあっては浅手の刀傷や矢傷であっても下手をすると命取りの羽目に陥ったからだろう。



 日が暮れるのも早くなり医療班では患者も少なく平穏な日々が続いた、誠二はすることもなく再び憂鬱に暮れるのを憂い、棚に長いこと放置されていた火縄銃を手に取ると床に座って眺め始めた。


その火縄銃は釜山上陸時の攻城戦で治兵衛が治療した将が礼にくれたものらしい、だがなぜ医員に銃など与えるのか…あの治兵衛のこと嘘か誠かはしれたものではない。


その使いもしない銃は錆がそこかしこに浮き出ていたが治兵衛は銃には関心がないのか棚に放置されたままになっていた。


誠二は以前よりこの錆びに気付いていたが出過ぎたことはしない方がよいとこれまでは我慢していた、しかし銃口内にも錆が及んでいるのを見つけ辛抱堪しんぼうたまらず手入しようと思い立ったのだ。


誠二は子供の頃より銃なら何にでも興味がわいた、なぜそれほどまで興味がわくのか自分でも分からない、たぶん徒手空拳では為し得ない殺傷・殺戮をいとも簡単に可能にするからだろうか…それとも技術好きとしてこの銃という凄い物を創造した技術者への畏敬いけいの念からか…。


現に猟など好きでもないくせに自宅に散弾銃やライフル銃を数丁所持していた、それは撃つために買ったのではなく分解・組立を楽しむためだった。


高校生のころ有名どころの拳銃や小銃そして機関銃の仕様や構造は既に熟知しており、いつか工作機械を手に入れ自分の手で設計した実銃を造ってやろうと考えていた。


その想いが高じて工作機械会社に入ったのかもしれないが、入社し設計を覚えたてのころに子供の頃から憧れだった銃器の設計製図を当時自室に設えた製図器でどれほど描いたやら…。

だが現実として図面や工作機械がこの手の内にあろうとも法律に抵触する実銃など製作できるはずもなく、その捌け口からか猟をするわけでもないのに免許を取り散弾銃やライフル銃を購入し家族を呆れさせた。


またその捌け口は半端なく、会社の傘下に防衛省に納入する小銃や小口径銃弾を製造する会社があると聞き、上司に無理に頼み込んで数年間技術者として出向したほどだ。


ゆえに今ここで銃の設計をせよと言われたなら、数日あればアサルトライフルや軽機関銃であれば組図や部品図などは造作なく引けよう、また銃弾製造にも技術者として携わった経験から無煙火薬・雷管・薬莢の製造にも長け、また大型小型の火器製造にも拘泥こうでいの自負さえ持っていた。


そんな誠二だからこそ錆び付いた武器を見ると放ってはおけない、治兵衛に文句を言われてもかまわぬとばかりに分解を始めた。


火縄銃はこれまで何度も見たがこうして直に手に触れるのは初めてだ、何故かライフルを分解掃除するときと同様に心が震えた、それは銃器好きにしか分からない感慨であろう、まるでいつくしむように目釘・胴金を外すとそっと銃床から銃身を抜き出していった。


つぎに銃腔内と火穴の錆を取ろうと尾栓を外しにかかった、しかし手では硬くて外れない、万力と専用スパナが必要だ(困ったなぁ道具やブラシ、それにソルベントがあればいいが…この時代銃火器の清掃手入れはどのようにやってるのか誰かに聞かないとなぁ…)


仕方なく分解にかかった銃を元の姿に戻し どうしたものかと手に持ったまま銃を見つめていた。

その時ふと傷の手当てをした鉄砲組頭の井上佐八郎を思い出した。

(彼なら手入れ道具を貸してくれるかもしれない、ダメ元で今から訪ねてみようか)そう思うと我慢たまらず外出の用意をし治兵衛に「普請詰所に出掛けてきます」と嘘を言い許可を貰った。


外に出ると風が強く思わず襟を押さえる、風は既に冷たく冬の兆しを感じさせた、北朝鮮の冬は知らないが天津ではマイナス20℃まで下がった記憶があり、そろそろ冬支度をせねばと歩きだした。


鉄砲組の組詰所は城の西奥にあり、行くと幸い井上佐八郎が他の者と談笑しながら銃の手入れをしていた。

「佐八郎殿、傷の加減はいかがでしょう」とその談笑の輪に入って行った。


「これはこれは白兵衛殿、あの時はお手数を掛けもうした ほれ傷も殆ど消えお陰さんでこの様に手が動きますわい」と笑顔で手を回しながら歓待してくれた。


「佐八郎殿、実は火縄銃を手入れをしたいのだが道具が無くて困っておるのよ、おぬしの道具を少しの間 貸してはくれぬか」


「いやまた金傷医のお偉い先生が銃の手入れなどと、聞きましたぞ先生の凄腕ぶりは、じゃからそんなもんは当方でやりますよって何なら今から伺いましょうか」そう言うと佐八郎は立ち上がり手入れ中の火縄銃を銃架に架けると手入れ道具を袋に詰め始めた。


「やって頂けますか、それは有り難い では同道していただけますかな」

言ってから(あぁ自分でやりたかったのに…)と思った、しかし使い慣れた手入れ道具を人に貸すなど自分でも拒否するようなたぐい…致し方なしとあきらめ組詰所を出た。


佐八郎を伴い土埃が舞う城廊縁の石畳を薬房に向かって歩きだした。

「白兵衛殿もうすぐ冬ですなぁ、なんでも年末までには朝鮮と明の連合軍が南下し、暮れ辺りにはこの城に肉迫するかもしれんと皆噂しておりまするが貴殿はご存じでしたか」と聞いてきた。


「さて…そのような話は私のような小者の耳には届きませぬが…あぁそう言えば先日 普請頭の後藤様が年の瀬までには城壁の修復を急がねばならぬと申しておられたが、その事があったからでござろうか」と恍けた。


「そうでござろうよ、しかし城壁の修復を急ぐということは敵の攻撃に対し籠城するということ…ふむぅ我が隊が籠城に回るなどこの朝鮮に来て初めてのことでござるよ。


我が隊もしかりでござるが 他の隊も今や戦線を縮小し南下する朝鮮・明連合軍に対抗するため主要街道沿いの城を修復し防戦の構えを見せておりまする…しかし防戦と言えば聞こえは良いが籠城策ではござらぬか。


籠城策といい、秋口からは北の戦線も膠着状態と聞きまする…勇んで朝鮮くんだりまで来て何を足踏みしておるのやら それがしにはとんと合点がいきませぬわい」

佐八郎は自分の言に怒りだしたのか急に石畳を叩くように踏みしめ歩き出した。


「白兵衛殿は気失せでご存じないかも知れぬが我等が名護屋を出る時、殿から何と言われたとおぼしめさる“朝鮮などは明への通過点に過ぎぬ!蹴散らして明へ雪崩れ込むぞ”と聞いて意気を上げたものでござったが…。


確かに平壌攻略までの日本軍は破竹の勢いであった、しかしそれも四ヶ月が限度で今はどうであろう、明軍が出てきたと知るやこの様に防備に明け暮れる始末、明が出張ってくるなどは初めっから知れたこと、殿は本気で明を征服する気があったのか疑わしい限りよ」


「佐八郎殿…声が大きゅうござる、人に聞こえますぞ」

誠二は喋りながら激昂していく佐八郎の言動を危ぶんだ、この時代組頭風情が軍略批判するなどは死に値することくらいは誠二でも知っていた。


「ふん 誰も聞いとりゃせんよ!聞いとったとしても御上は恥ずかしゅうて何も言えんわさ」

うそぶく佐八郎である。


誠二は佐八郎の憤慨を聞きながら、来年の春過ぎには朝鮮と一旦講和の合意を得て日本軍は釜山まで後退、その後日本軍の大半は本国に帰れることを佐八郎に言って聞かせたかった。


しかし言えば何を寝言をと笑い飛ばされるのがオチ、ここは黙って相づちを打った方が無難であろう、しかしいつまで続くか知れない佐八郎の激昂話に少々嫌気がさすも時折頷きながら彼を薬房へといざなう誠二であった。


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