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第七話

 白兵衛(誠二)は普請頭の後藤を見送った後、茣蓙ござの上に無造作に置かれた絵図面を1枚ずつ取り上げては詳細に目を通し机の上に重ねていった。


後藤が描いた絵図面は我流図法のため理解困難な箇所もあるがじっくり見れば彼が伝えたい工夫は見事にクローズアップされ読み手の心に素直に入ってくるから不思議だ。

彼に図法を教え近代の製図用具を与えたら素晴らしい図面を描くだろうと誠二は思った


工事詰所を出て再び工事櫓の下に行き上を見上げた、櫓の上ではいつの間に登ったのか後藤がもう人足らに指図さしずしている大声が聞こえた。


誠二は城壁の要所を見ながら薬房へと足を向けた、そして変わった造りの城壁を見つけては近づきその造りに見入った、しかしすぐに飽きはきた、それは日本の城のように工夫された石積理論などは全く見当たらず何の変哲も無い粗末な土レンガや砂岩を垂直に積み上げただけの城壁に過ぎなかったからだ。


見れば見るほどこれでも城なのかと思えてきた、城壁で見栄えが良いのは正面だけで側面に至っては所々が朽ち果て崩れたままに放置されていた。


城というからには姫路城とか名古屋城のような堅牢優美なものを想像していたが…この城は幾重にもはりめぐらされた城郭やそびえるやぐらなどは無く、城壁とは名ばかりでただ四方を土レンガか土盛りで取り囲んだだけなのだ、また城内には見窄みすぼらしい建屋が無造作に配され、城と呼ぶにはおくがましく見ゆる。


(そうか…考えてみれば日本でもあのような優美な城郭建造は信長以降であり慶長期に開花したと記憶している、とすればこの時代にあってこの山城なら上等といえるのかもしれないな)


文禄・慶長役で朝鮮式城構えに日本軍は脆弱性を憂いたといわれる、そのため占領した朝鮮の城を補強改修したり、またいたる所に日本式築城法を適用し倭城わじょうを造営したと誠二は以前本で読んだことがあった。


それによれば文禄慶長役のおり日本軍が築いた日本式城郭である「倭城」が朝鮮軍に大きなインパクトをもたらし、強固な倭城に手を焼いた朝鮮側は、その防衛力を分析し日本軍が撤退したあとその倭城を再利用したり日本の築城方法を調査し模倣したとも言われている。


その動機はこのえきで朝鮮と明の連合軍攻撃に対し倭城は一城として陥落しなかったからだろう、例えば蔚山倭城にたてこもった加藤清正ら二千の日本軍を朝鮮・明の連合軍は五万七千もの大軍で包囲し、数次にわたる激しい攻撃を加えるも遂に陥落できなかったという。


日本軍が撤退したあと、朝鮮の武官や学者らはその城郭防衛力の高さをこぞって評価し、国防強化のため倭城の再利用や築城方法を精査分析しその技術の高さを積極的に王へ提言したと言う。


実際、戦後に子城台倭城(釜山市)、西生浦倭城(蔚山市)など日本軍が残したこれらの城へ朝鮮水軍の拠点が移されていることからもうかがい知れよう。


ただ、倭城の特徴のうち実際に導入されたのは勾配をつけ斜めに切石を積み上げる石垣構築技術に限られたらしい、それは日本と朝鮮の城郭観の違いのためだ。


朝鮮では古来よりツングース系である靺鞨まつかつ契丹きったんや宋時代の女真じょしんあるいは満州族などにたびたび侵攻された経験から支配地区の住民をまるごと城壁内へ収容保護することが特に重要とされてきた。


それゆえ朝鮮式城郭の造りは、敵が押し寄せたさい庇護ひごする住民をいち早く城内に引率できること、またいかに多くの住民を城郭内に収容出来るかにかかっていた、それは西洋に見られる街ごと城壁で囲むに近いものと言えよう。


それらに対し日本式の城郭造りはその地の支配者を守る事が本意で、城主がたてこもる本丸への短絡突破を防ぐため幾重にも内部城郭を巡らせた、また虎口こぐちを設け屈曲迷路化し敵の侵入を滞留させ高い城郭上部からの弓矢鉄炮迎撃を効果的にする工夫も重要視された。

それゆえ日本式城郭造りは「住民保護」が完全に無視されている点で、朝鮮には受け入られなかったと推測されよう。


では朝鮮が実際に導入したという「日本式石垣構造」の着目点は何だったのか。

文禄・慶長役以前の朝鮮城壁は石を垂直に積み上げた「垂直石垣造り」であったため、城壁を登ってくる最前衛の敵兵しか見えずその下に続く敵兵の全容が掴みづらいといった点、また垂直壁の欠点とされる土圧応力により城壁に膨らみが生じ城壁が高ければ高いほど崩壊しやすいという欠点。


これに対し日本式城壁の「武者返し」の如く下部の勾配を緩やかにし上部に向かうほど屹立させる「彎曲石垣造り」においては、まず登り口の緩やかな傾斜部で這い上がる敵は背を晒すことになり上からの攻撃に利すること、また這い上がる敵兵の全貌が見通せ、且つそのまとを横方向に分散させる効果もある、そして最大の特徴はマイナス彎曲構造は力学的に土圧を封じ込める効果、つまりアーチ橋効果と同様にヘコみ側(城壁内側)応力を石垣相互の圧縮力に変換できる点にあろう。


日本軍に追われ首都から逃亡した国王でさえも倭城の築城技術を積極的に模範としたのは、それはどう攻めても陥落出来なかった倭城不落への憧憬と、これまでのツングース系異民族とは桁が違う倭人という異民族の苛烈なる侵略に遭い、初めて国そのものが存亡の危機にさらされた経験から防備に於ける城壁技術の重要性があらためて認識されたからだろう。



 薬房に戻ると治兵衛が患者に向かっていつものように口汚くののしっていた。

「おみゃぁこんなになるまで放っといて、ほんなもんどうにもならんぎゃぁ、何でもっと早ようこんの!まっももたから下は斬るしかあるみゃぁ、おみゃぁさんとうぜん覚悟は出来とるわなぁ」


「そげな…足ば切るなんてそげなこつ言わんけんでなんげな治療は出来まっしぇんか、お頼み申するけんね」


「するけんねだとぉ…そんなもん知るきゃぁ!たあけ、儂は殿様か侍大将を治療する殿様お抱えの医員やぞ、おみゃぁみてゃな足軽風情の治療なんぞふつうならやりゃせんのだわ、診て貰えるだけでもありがてゃぁと思え!」


尾張と博多の臭い方言を聞きながら誠二は苦笑を禁じ得ない。

「治兵衛殿、何を怒っておられるのです」そう言いながら部屋の中に入った。


「おお白兵衛か、此奴こやつ虫のええことばかりほざきゃぁがって、そんなことより後藤様の件はあれからどうなったんだ」


「はい、それがしの提案がえらく気に入って頂けましたようで今から早速試してみるとおおせで御座いましたよ」


「おおそうきゃぁ、そんなら儂も紹介のしぎゃがあった、あの方はこれより出世する御方、近づいておきゃぁ後々損はにゃぁでなぁ」と治兵衛らしいもの言いである。


誠二は治兵衛に一礼すると顔をしかめる患者の脚を見た、刀傷であろうかすねに四寸長の深い切り傷がありすね全体が赤黒くただれていた。


一目見て外傷が化膿し壊死えしに進み始めていることが分かった、これまでに五十人ほど同様の患者を診たがこれほど悪化しているのは初めてだ、誠二は今まで六人の四肢切断手術に立ち会ったが…これほど悪化していれば治兵衛の見立てである「切断」は的を射ていると思われた。


しかし切断された当の患者は悲惨だ、麻酔もないこの時代 切り落としたあとの三日三晩はのたうち回るほどの猛烈な痛みをともない、それは狂死覚悟の激痛とも言われていた。


また治癒ちゆしたとしても兵としては使えず後方か本土に返されるが、釜山まではここから500kmもの道のりがある、偶然釜山行きの伝令兵にともなわれたとしても途中敵に遭遇すれば障害者は真っ先に敵の餌食えじきになろう。


誠二は何とか切断せずに治す方法はないものかと以前より考えていた。

(抗生物質でもあれば何とかなろうが、今から作ったとしてもとても間に合わない…)

抗生物質の作り方は以前医学専門誌で読んだ「抗生物質“ペニシリン”生成法」を今でも鮮明に覚えていたが材料調達と生成に今からでは時間が係りすぎる。


(そのほかの治療法ならばマゴットセラピーという治療法を医学誌で読んだことがあったな…)

マゴットセラピーとはハエの幼虫であるうじ(Maggot)の食性を利用し壊死えし組織を蛆に喰わせる治療法で壊死組織切除法の一種だ。


このマゴットセラピーという治療法は古くから知られ、太平洋戦争当時に南方戦線で傷兵の創傷部位に蛆が湧いた者は化膿性関節炎や骨髄炎にはならず下肢切断を免れたという事例も有り、実際に実証したところ有用であったと記録に残っている。


治療法はいたって簡単で、ハエ(ウジ)を傷口にばらまくだけだ、蛆は腐肉は食べるが健常肉は食べないという食性を利用しただけの至って簡易な治療法といえよう。


また蛆が分泌するアンモニア分泌液は抗菌作用があり病原菌の滅菌にも適する。

だが反面 分泌液により当該細菌が取り除かれると他の菌が台頭する弊害もあり治癒時の消毒には充分なる配慮が肝要だ。


誠二は以前工作機械業界の不振時に医療機器の下請けで凌いだ経験があり、その際 知識や雑学として医学関連書を片っ端から読み漁りそれらを記憶に留めていた、それがこんな所で役に立とうとは…。


(よしマゴットセラピーを試してみよう、さいわい蛆はこの時代どこにでもいる、しかし無菌蛆を培養している時間は無いから一か八かにはなるが致し方ない)


創傷そうしょうから菌が侵入すると早いものでは数時間で傷の痛みが強くなり発赤の範囲が広がるという、最初は赤くはれ次に壊死によりそうは褐色から黒色となり鼻を刺すような独特の腐敗臭を発する、この患者はその一歩手前であろうと誠二には所見された。


症状が進めば壊疽えそ及び脱疽だっそと呼ばれる多量の毒素や壊死物質が分解され血中に流入する、そして貧血・血尿・黄疸(おうだん)などの症状が現れ敗血症・多臓器不全症を発するのだ、その頃になれば救命は極めて難しくなってくる。


誠二は以上のことを思い出し早期に施術に移らねばと治兵衛に向き直った。

「治兵衛殿、切断する前にそれがしにこの兵を一時あずからせていただけませぬか」


「あずかるったって…おみゃぁさんこの兵に何をするのきゃぁ、このまま時が経てば死ぬんやぞ」


「分かってます、しかし体に毒が回るギリギリまでは何とかして切断せずに済む方法を探りたいと思うのです…」


「切断せずにっつたって切る以外の方法なんぞ聞いた事がにゃぁが、おみゃぁは知っとるのきゃ」


「はい、蛆に腐った肉を食わせる治療法ですが…」


「それは以前弦斎先生から聞いたことが有ったが、先生も詳しい方法は知らんし治療法も確立しとらで無理と言っとったが、ほんでも一度は試してみてゃぁと言っとったなぁ…」


「どおせ切り落とすならまぐれでも一度挑戦してみたいのです、もし助かれば今後の刀傷治療に大いに役立つと思いませんか」


「そりゃぁそうだが、弦斎先生に相談もなしにやるのはなぁ。

まっあぶにゃぁとなったら切り落としゃええか、ならおみゃあがそんなにやりてゃぁならやってみやええが、だけど引き際だけは誤るなよ、死なしたら元も子もにゃぁでな」


そう言うと治兵衛は立ち上がり、誠二の肩を叩くと「おみゃぁがやる気出したはこれが初めてだな、しょうがにゃぁで消毒湯でも涌かしてやるか、まっ今度ばかりは儂が助手に回ってやるわ」そう言うと笑いながら部屋から出て行った。


当然治兵衛から「素人はだまっとれぇ!」と殴られるのを覚悟で言ってみたが…こうもあっさり受け入れられたことに誠二は拍子抜けした。


治兵衛の頑固さの裏にこんな開明さを隠し持っていたのかと正直驚き、誠二は部屋を出て行く治兵衛の後ろ姿に深く一礼すると患者に向き直った。


患部の脛は全体が赤黒く腫れ創中央部は既に爛れていた、切開をしてみないと患部の深さは分からないがその異臭から毒が広がるのは時間の問題と思えた。


痛みに顔をしかめる兵に向かって微笑ほほえみながら「何とか切断せずに済む方法をこれから試してみるが…余り当てにせぬようにな」と優しく言った。


「しゃきほど蛆に食わしぇるっち言うておったの…ほんにうちん脚ば蛆に食わしぇるけんか」と兵は弱々しく誠二を見つめた。


「そうだ、この方法は古来より金傷壊疽きんそうえそに効くとされてはおるが余り知られてはおらぬ、よってそれがしも医書を読んだのみで実際は知らぬ、努力してはみるがあてにするな、駄目なときは躊躇ためらわずに切断するから覚悟だけはしておけ」と兵に断りを入れた。


「わかったんやけん先生のそぉゆうならばお任しぇするけんね、どげんぞ治してくれんね、もしでけんやったら脚ば切り落っちして下しゃっちも先生ば恨むこつなく我慢せんとねら」と兵の眼差しは一縷いちるの望みに賭けたのか覚悟の眼差しに変わっていった。


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