第四十四話
この数年の間 工廠西側の化学肥料・農薬工廠は別として 兵器工場の内部を見せたのは如水が最後であった、それでもいずれ多くの家臣らが見学に訪れる日も来るであろうと工廠内には自動車工場とは行かないが簡易の見学コースを設けていた。
見学コースの始点は製鉄工場の入口である、以前より倍の面積となった製鉄場には見上げるほどの高炉やコークス炉、それに耳を劈く篩機やクラッシャーの騒音に混じり 大型鍛造プレスによる床を震わせる衝撃にまず見学者は驚かされるだろう、それと真っ赤に焼けた巨大な鋼塊が圧延される光景は圧巻で飛び散る火玉を見ながらの見学は慣れた者でも肝を冷やす迫力である、案の定 長政も太兵衛も怯える様に周囲を窺い、足早に誠二郎の背中に隠れるよう後に続いていた。
次ぎに訪れたのは工作場だ、敷地一杯に整然と並べられた最新鋭の工作機械群は今やモーターを動力として硬い鋼をみるみる内に削っていく、それを見た長政や太兵衛は目を見開き喰い入るようにその光景を見ていた、旋盤・フライス・プラノミラーー・ラジアルボール盤と どの工作機械を見ても初めて見る巨大なカラクリである、その精緻な造りや動きにただ呆然と見とれ四半時もの間 その場を離れなかった。
次ぎに案内したのが実包工場だ、ここはほぼ自動化が進み無人工場と呼べた、銅板ロールから自動的に引き出された薄板が順送プレスにより薬莢へと変化していく様、それに雷管が圧入され火薬が装填されると自動的に弾頭が装着されカシメられる、これが毎刻七千発の生産速度で箱に詰められていくのだから、この専用機群は機械好きでなくても 見ていて飽きないカラクリと言えよう。
また人為作業ではあるが迫撃砲弾やRPG砲弾など、砲弾という使い捨てにもかかわらずその精緻な造りや鮮やかな赤や黄色に塗り分けられた弾頭・羽根の組立風景は見ているものを飽きさせなかった。
最後に組立場へと案内した、ここでは拳銃・小銃・短機関銃など生産予定数に達した銃器は昨年の夏に生産を終え、今は予定数に満たない重機関銃と迫撃砲、そして新たに無反動砲を加えた大型火器の組立に生産ラインは切替えられていた、しかし先の実包工場の後に見学すればその風景は地味に映り見栄えはしない、案の定 長政も太兵衛もすぐに興味無げに組立が終わった迫撃砲の砲身を覗き込んだり無反動砲を担いで構えたりして所作無げに組立場を彷徨しだした。
誠二郎はこれを見てそろそろ昼飯にするかと壁に掛かった時計を見た、針は午刻昼九ツ前を差していた。昼飯には少し早いが この時間なら食堂も空いていると思い長政と太兵衛を食堂に案内しようかと考えた。
昼食を食べる習慣は以前この黒田家にはなかった習慣だ、しかし工廠が出来て二年目のとき 職人らが腹が減ると言いだし作業効率が今一上がらぬとの佐八郎の訴えで誠二郎が昼食時間を設ける事を許したのだ。
(職人らが食べる粗末な食事を殿に供するは機嫌を損ねるかもしれない…)
誠二郎はどうしたものかと躊躇したが朝鮮での不味い雑炊や飢餓の苦難を経験した者らであれば社員食堂の飯でも馳走に過ぎるであろうと 行くことに決めた。
工廠の食堂は昨年の初め職人らの憩いの場としてオープンさせたものだ、この食堂は朝から晩まで開いており、朝飯・昼飯・晩飯また休憩時の甘菓子や茶なども供しており、いずれも食券制で禄から天引きされるシステムである、誠二郎はこの社員食堂とも言うべき場はこの時代に於いては画期的な福利施設と自負していたし職人らもその利便性に賞賛を惜しまなかった。
この場所は以前は武器庫として使っていた場所でもあり、増大していく備蓄量に手狭となったため武器庫は他所へ移し 空いたスペースを食堂としたのだ、故に空調は完備され夏涼しく冬は暖かかった。
誠二郎は二人に「飯にしましょう」と言い二人を案内して食堂へと向かった、そして食堂の入口近くまで来たとき長政が「はて…ここは武器庫ではなかったのか」と誠二郎に聞いた、そう言えば長政が以前この工廠に来たときは武器庫の夥しい銃器郡を見て腰を抜かしたように驚き、他の工場は見ずに帰ったことを思い出した。
「はっ、現在ここは食堂としておりまする」
「食堂?…食堂とは何の事じゃ」
「巷にある飯屋のようなものでござる」
「ほぅ…工廠内に飯屋を造ったのか、これは面白い事を考えるものよ」
この食堂は誠二郎が行きつけの飯屋である瓢屋の親爺に「工廠に出店する気は無いか、職員五百人分の飯代ともなれば月の売上げは莫大なもの、お前の店に毎日五百人もの客が押し寄せると思ってみよ」と持ちかけたところ「日に五十人も来ればてんてこ舞いの有様…その十倍なら到底無理でございまする」と断られた、仕方なく中津に散在する飯屋を数軒を当り、売り上げの最低保障をするからと交渉しようやく五軒がこの話に乗り 瓢屋を含めた六軒が合同してこの社員食堂を発足したのだ。
誠二郎は先導して食堂の大きな扉を開け殿と太兵衛を食堂内に案内した、長政はさも珍しそうに中を見渡すと一歩足を踏み入れた、するとすぐに「おおっ」と奇声を発した。
「殿、どうかなされましたか?」
「い…いや天井が光っておる…」
「あっ、あれは電灯というものでござる、元々ここは武器庫ゆえ窓は少なく昼間でも真っ暗なため電灯を多く新設いたしたのでござるが…」
「ふむぅ何という明るさよ、外と変わらぬほどじゃ、しかし工廠内は大きな行灯が数カ所有るのみであったが…ここは小さな行灯が無数に有る、んん光の源はロウソクとは思えぬし…油にしては明るすぎる、一体何を燃やしているのか…」
「殿、光の源は「電気」と称し先ほど見学されたカラクリの動力源と同じものでござるが…説明しますと長うなりますよって またの機会にでも御話し致しまする」
誠二郎は長政を配膳所の前まで案内した、その後に続く太兵衛は天井に無数に連なる電灯の群れに見とれ不思議顔に首を捻っていた。
「殿、今日の昼の献立はこの見本の中から御選び下され」見本は蝋細工ではなく昼前に調理した実物が展示されていた。
見本は焼魚定食・天麩羅定食・饂飩定食の他に炒飯やラーメンも展示され、いずれの見本も出来たばかりか旨そうな香りと湯気を立ち上らせていた。
この中で炒飯とラーメンは誠二郎の発案によるもので、特にラーメンが大の好物であった誠二郎はどうしても作りたいと試行錯誤を繰り返し、何とかそれらしき味が出せ献立に乗せた麺物である。
「ほぉぅこんなに種類があるのか、迷うのぅ…そうじゃ昨夜は飲み過ぎて胃の調子も悪いよってこの細い切り麺を所望しようか」
「ラーメンで御座るな」言うとカウンター内で忙しく振る舞う料理番に「ラーメン二つに」…「母利様は何になされますか」と大声で聞いた、すると太兵衛は慌てるように見本に駆け寄り「麺も食いたいがこの米を炒った様な物も旨そうじゃ」と照れたように応えた。
「ではラーメン二つとチャーラー定食一つ頼む」そう言いつけ食券を数枚切って料理番に渡した。
「殿、あちらの椅子にかけて待ちましょうぞ」
食堂内には対面十人掛けの長机と長椅子が三十セットほど設えられ、それぞれの机の上には箸置きや醤油瓶が置かれてあった。
幸い時間が早いせいか食堂内は長政・誠二郎・太兵衛の三人以外は早番の職人十人ほどが飯をかき込んでいた、暫く待つ内に配膳係が大きな盆に三人分の注文品を載せて持ってきた「おまちどうさま」言うと皆の前に注文品を置き深々と誠二郎だけにお辞儀をして立ち去った、まさかここに殿と二番老中がおられるとは思ってもいなかったのだろう。
長政は目の前に置かれた湯気が立ち上るラーメンを見て「これは旨そうじゃ、しかし初めて見る麺料理じゃが…確かラーメンと言っておったが 何処の郷土料理かのぅ」と箸置きから箸を摘まみ誠二郎に問うた。
「はっ、この料理は元々は中華で発案され日本に渡ったもので、今から四百年後に日本式ラーメンの形となり普及したもので御座る、ゆえにこの時代には有りませぬ」
「そうか…四百年後にのぅ」言いながら長政は珍しげに陶製レンゲでスープを掬うと一口啜った。
「んん これは旨い、日干し魚の出汁がよう効いておる」と絶賛し箸に持ち替えると麺を旨そうに啜り始めた。
一方太兵衛の方も炒飯とラーメンがよほど口に合ったのか一心不乱に口へと運び出した、誠二郎はこの工廠で昼飯を食べるときはいつもこのラーメンと半炒飯を食していたため味には自信が持てた。
ただ魚介系スープもいいが欲言えば豚骨スープも用意したかった、しかしこの時代 食用家畜は皆無で、特に馬・牛・豚の肉は忌み嫌われ肉系は鳥のみである、ゆえにラーメンの具はシャモやカモの肉を凧糸で縛り甘辛く煮付けた煮豚ならぬ煮鳥チャーシューとワカメを入れ、炒飯の具は卵とチャーシューの細切れを白飯と共にネギ油で炒め、塩で味付けし醤油で香り付けしたものだ。
ゆえに元世の化学調味料になれた誠二郎には「うまみ」が若干足らぬと思っていた、だがこの時代の大雑把な味付けからすれば繊細なる旨味を抽出した二品であろうとも感じていた。
三人とも昨夜の大酒で胃は荒れているはずだが、配膳から食べ終わりまではほんの数分で平らげてしまった、太兵衛に至っては「誠二郎よ、ここに来ればいつもこんな旨い飯が食えるのか、でっ食券とやらは何処で求めればよいのじゃ」と聞いてきたほどである。
三人が飯を済ませ茶を啜っているとき使い者が進み寄り「試射の用意が調って御座る」と伝えにきた。
「殿、試射の用意が出来たようでござる、ではこれより試射場へと案内仕りまする」と立ち上がった、試射場はこの食堂の北側に位置し歩いて数分の所だ。
二人を案内し試射場に赴いた誠二郎は、殿と太兵衛を試射場の板の間隅の長椅子で暫し寛いでもらい本日の試射予定の火器品目を佐八郎に確認した。
「佐八郎殿、本日の試射火器はこれだけか」と板の間に設置された迫撃砲と機関砲それと銃架に立てられた無反動砲に目を向けた。
「はっ、本日は迫撃砲で川向こうに並ぶ右の小屋を標的とし、無反動砲は左の小屋、機関砲は川手前の煉瓦塀を標的といたしまする、なお小型火器は本日は省略致しましたが…」と確認するように応えた。
「そうよなぁ…小型火器まで試射するとなれば時間はかかるか、しかし殿や母利様は小型火器も見たいと言うじゃろうから…試射後に御二人には小銃と拳銃を直に撃って頂くというのはどうじゃ」
「そうですな、では小型火器にも実弾を装填し用意致しまする」そう言うと隣りに控える若い係員に佐八郎は細かく指示し始めた。
暫くして試射員二名が正面の板の間に置かれた機関砲に取り付いた、一人は砲手もう一人は弾帯補助員である、誠二郎は「殿、母利様これより試射を始めまするゆえこちらにお越し下され」と呼んだ。
二人はいよいよ始まるかといった顔で機関砲の後方に立った、機関砲とはあの重機関銃のことである、口径は1/2インチで弾は12.7x99mm NATO弾を使用する、この弾は発射される初速はマッハ2.5の超音速であり肉厚鋼板をいとも簡単に貫くほどの威力を発揮する。
佐八郎は誠二郎の射撃合図を待った、誠二郎は殿と太兵衛が砲手後方に身構えたのを確認すると佐八郎に向かい「撃ってよし!」と声をかけた、すると佐八郎はすぐに「撃てぃ」と叫んだ、と同時に猛烈な炸裂音が辺りに轟き、後方に身構えた殿と太兵衛はその凄まじい衝撃波に弾かれるように尻餅をついた。
「ドッドドド・・・」と腹に響く重低音が流れたのは数秒間であろう、そのあいだに猛烈な数の薬莢が床に吐き出され殿や太兵衛の尻辺りにも転がってきた、その焼けた薬莢が太兵衛の手に触れたのか「熱い!」と悲鳴を上げた。
わずか十秒で百発の弾を撃ち尽くし砲声は止んだ、すると薄気味悪い程の静寂が試射場を包む、殿と太兵衛は依然 後ろ手を床につき呆然と一町先に微かに見える煉瓦塀の残骸を見つめていた。
太兵衛は(あの厚き煉瓦塀を瞬時に粉砕するとは…恐るべき威力)と怯えた眼差しで煉瓦塀と機関砲を交互に見ていた、あの音といい 煉瓦を瞬く間に粉砕する威力は…もし人に当たれば腕や脚は引き千切れ、頭に当たれば西瓜の如く破裂するだろうと思えた。
今まで弾込めに時間ばかりかかり撃ってもまともに当たらぬ火縄銃を馬鹿にし弓矢の方がよほど使えると思っていた太兵衛だったが…今この未知なる機関砲に接し想像を絶するそのその威力に驚愕し ただ震えるばかりであった、また長政とてその想いは同じだろう。
二人は我に返ると試射員の視線を感じ何事もなかったように袴の尻を叩きながら立ち上がった。
「殿、次はこの迫撃砲で前方五町先に見えまする右の小屋を標的にして撃ちまする、今度はもそっと後方に控えて頂けまするか」そう言うと佐八郎に目配せした。
「用意!」の佐八郎の声で二人の係員が迫撃砲の左右に立ち、一人は砲の基部を抑え 一人は砲弾を砲身内に尾部だけ装入し控えた。
佐八郎は殿と太兵衛が後方に移動したのを確認すると「撃てぃ!」と叫んだ、それを受け砲手は砲弾から手を離しその場にしゃがんだ、すぐに「シュポーン」という花火の撃ち出し音にも似た音が弾け砲身から炎と煙が勢いよく吹き上がった、そして凄まじい速さで何かが天空に飛び立っていった。
暫くすると川向こうの小屋に閃光が放たれ一瞬で粉々に砕け散った木片が天空に噴き上がるのが見え、遅れて破裂音と地響きが試射場まで伝わってきた、それは一瞬の出来事で ほんの先程まで見えた四間大の堅固に見ゆる小屋は跡形もなく消え去っていた。
手で抱えられるあんな小さな砲弾にこれほどの威力を有するとは…長政は誠二郎という人間が生み出すもの、そしてそれらをいとも簡単に作り得る彼の能力に底知れぬものを感じ震撼した。
製鉄所や工作所を見たとき長政は正直足が竦んだ、それらは得体の知れぬ恐るべきものとして長政には映った、鉄塊を造作なく溶かして形を造る、またそれをいとも簡単に削って銃器を作る…こんな神業とも言える所行で恐るべき威力の銃火器を大量生産してのける男、この想像の埒外なる男が二十歳以上も若い我が前では礼を尽くし従ってくれる…それはまるで神を相手に主客転倒を演じたが如く恐怖さえ感じたのだ。
長政は小屋を破壊し納得顔で頷く誠二郎の横顔を見つめ(この男は一体何なのだ…)と思った。
続けて長政は無反動砲とかいう肩に担いで撃ち出す簡易砲の試射を見た…砲の後方から吹き出される煙と火柱には驚くばかりで標的に向かって飛んでいく砲弾も着弾も見てはいなかった、もうそれらは長政の想像の埒外の世界だろう、ただ言われるままに呆然と見つめるしかなかった。
戦というものを根本から覆すこれら新鋭兵器は今後の戦の形態そのものを変えてしまうだろう、そのとき「何が家康か、何が三成か!」と思った、今やこの凄まじい火器がこの工廠奥に数万と犇めいており、実弾備蓄に至っては全国の大名衆全員を二回殺してもまだ釣りが来るという…こうなれば天下など向こうから勝手に転がり込んでくる…と昂揚した長政にはそう思えたのだ。




