第四十話
慶長3年(1598年)八月十八日、太閤秀吉が伏見城で死去すると朝鮮半島では休戦交渉が活発化していく、十月二十五日 日本と明の間で休戦が成立すると十一月十五日より日本軍の撤兵が開始され、朝鮮南沿岸に在陣する諸将らは続々と釜山浦に集結、途中 秀吉の死が明側に知られ休戦が反故にされ 各所で戦闘を交えつつも日本軍諸将は半島から脱出、十一月二十五日を最後に小西行長が釜山よりからくも脱出したことで朝鮮遠征はここに終了し慶長の役は終結した。
文禄・慶長の役を通し三十万人を超える兵を渡海させ 数万もの兵を犠牲にして何も得ることが無かった外征、その最後は情けなくも半島からの脱出劇を以て終結、これを境に豊臣家の求心力は衰え戦国波乱の世を終わらせるべく東西が雌雄を決する関ヶ原の戦いへと移行していくことになる。
こうして慶長の役が集結したにもかかわらず誠二郎の心は暗雲に暮れいた、それは役が終息したことで大挙し朝鮮渡海の黒田家諸将らが来月にも豊前中津に帰還してくることだ、それは彼ら上司達が渡海中をよいことに彼らの利権の殆どを奪取したこと、つまりは鬼の居ぬ間にやりたい放題にこれまでの黒田家の因習を廃し、近代の企業形態へと刷新させてしまったことだ。
十二月に豊前中津城へ帰還する黒田家重臣で、誠二郎が怖れる有名どころだけでも以下の者らだ。
右備一番 栗山利安(善助)六千石、母利友信(太兵衛)六千石、※黒田利高(兵庫助)
左備一番 後藤基次(又兵衛)五千石、※黒田一成(三左衛門)五千石
右の二番 井上之房(九郎右衛門)六千石、野村祐直(市右衛門)三千石
左の二番 黒田直之四千石、桐山信行(孫兵衛)一千石
※上記の黒田利高(兵庫助)は官兵衛の弟でこの前年に死去、また黒田一成(三左衛門)は慶長の役には不参加、中津城の留守居城代として誠二郎と共に国元の経営にあたる。
上記武将はいずれも黒田二十四騎・黒田八虎に名が上がる勇猛果敢で知られる武将らである。
誠二郎はこれら黒田家の重臣らを朝鮮で顔だけは見知っている、しかしこの当時は雑兵以下の下人で人間扱いされていない時代だ、ゆえに誠二郎が知っていても彼らは誠二郎のことなど知るよしも無い。
中でも母利友信(太兵衛)は誠二郎が一番「敬遠」する人物だ、この世界に転生したときこっぴどく叩き伏せられ縄できつく縛られた苦い経験があり、また母衣衆に抜擢されたときなどは散々こき下ろされ揶揄された想いなど例をあげればきりが無いほど彼には悔しい想いしか浮かんでこない。
この母利友信(太兵衛)という男…福島正則が豊臣秀吉から拝領した名槍「日本号」を酒の飲量を競う賭けで勝ち、その褒美として貰い受け今に「酒は呑め呑め呑むならば…」と民謡の黒田節に伝えられるほどの剛の者である、ゆえに誠二郎のように頭ばかりの青瓢箪などは最も嫌う下郎になろう。
また上記に名は上がってはいないが長政本隊にも黒田二十四騎・黒田八虎の猛将らは多くいた、中でも衣笠久右衛門は誠二郎がこの時代の者ではないことを知る人物で、彼の切れ味は当時朝鮮で活躍する黒田家諸将の中では群を抜いていた、今でもあの心を射貫く鋭い眼差しを思い出すと肌に粟が生じるほど怯えてしまう。
誠二郎が恐怖するこれら重臣の多くが来月には大挙して中津に帰ってくる、誠二郎と三左衛門がこれまでに好き勝手に変革させた国の経営を見て彼らはどう思うだろう、例えば農政改革である、これまで彼らの利権であった地方知行制という甘い汁を三左衛門を傀儡にことごとく蔵米制に統一させ杜撰勘定などは絶っていった。
黒田家代々の宿老や大将クラスが朝鮮に渡海している隙を狙った改革政策は農政改革に留まらず彼らが有す殆どの利権を奪取していった、これを彼らはどう思うのか…黒田家隆盛のための改革として素直に受け入れるか、それとも留守を狙った空き巣泥棒と断じるか…多分九分九厘は後者と受け取るだろう。
また主税処理も同様である、これまで諸将らが権威を笠に好き勝手に行ってきた御家の収支を今や主税部を通さなければ一文たりとも自由に出来ない管理システムに接したらどうだろう、つまり支給される禄以外に自由裁量出来る金などびた一文無いと知ったとき彼らはどう出てくるのか。
当然彼らは誠二郎と三左衛門を排除する動きに出るは必至、排除程度で済めばよいが命さえ危ないと誠二郎には思えた、なんせ彼らは朝鮮半島で幾百の朝鮮人を惨殺してきた殺人鬼なのだから。
それなのにいま目の前にいる三左衛門はどうだろう、まるで熱に浮かされた子供ように殿の帰国を手放しで喜んでいる、この情けないほど頼りにならぬ肥満児を暗い想いで見つめるしかなかった。
慶長三年、歳が押しつまった十二月中頃、長政ら朝鮮布陣の将兵五千が豊前中津に帰還し城内や市街合わせての盛大なる歓迎セレモニーが催され その慶事は三日間も続いた。
誠二郎はこの間 極力目立たぬよう下働きに徹し、呼ばれぬ限りは本丸や二ノ丸には行かず主税部で黙々と仕事にうち込んだ。
そして数日が経ち、ようやく帰還者歓迎のざわめきも消え日常と変わらぬ静けさとなった、それでもこの狭い中津に人口が一気に五千人も増えたのだ、城中や市街には人が溢れ消費は伸び中津近郊から毎日野菜や魚が運び込まれ市中には多くの市が辻々に出来ていった。
その後も長政や善助からの御呼びはなかった、そんな鬱々とする中 長政と善助は朝鮮役の後始末と今後の豊臣政権の行く末を談合すべく急遽家康に呼ばれ兵百程を連れると大阪へ発ってしまった。
この六年に渡り留守居で黒田家を守り、種々改革を進め御家を隆盛せしめた誠二郎に一言ぐらい御言葉があってもよさそうなもの、それをまるで無視するかのように会おうともしないで不意に大阪に旅立った、そうなれば残された誠二郎など虎や狼の群中に放り出されたのも同然、帰還した諸将らがいつ牙を剥き襲いかかってくるか知れたものではない。
頂点に立つ者であれば誠二郎の置かれた立場に配慮し何らかの手を打って然るべきであろうも、彼らの態度は自分の身は自分で守れと言わぬばかりである、誠二郎の心に燻る暗雲は次第に暗闇へと転じ、いつしか怒りへと変化していった。
年が改まり慶長四年の新年を迎えた、そんなある日 三ノ丸の主税部にあの衣笠久右衛門が突如訪れた。
それは案内も請わず奉行部屋にずかずかと乗り込んできたという表現が妥当だろう、誠二郎は久右衛門が部屋に「ぬっ」と現れたのを見るや小さく「ヒェィ」と悲鳴を上げたほどだ。
久右衛門は怯える誠二郎の前に「ドカッ」と座ると深々と平伏した、そして緩やかに面を上げるとあの射竦める眼差しで誠二郎を正面より見据えた。
「永きの無沙汰、いまここに御目通り叶い嬉しき限りで御座りまする、あれから六年…今や国元では六千石の御中老に出世あそばされたと聞き及び それがしお喜びの慶賀に罷り越しました」と再び平伏した。
しかし久右衛門に対し誠二郎の想いは江陰城の昇華院で米搗きバッタのように這い蹲って接した頃と何ら変わってはいない、久右衛門の平伏に誘われ誠二郎の方がなお深く平伏してしまったほどだ。
「安田様、きょうそれがしが罷り越したは御挨拶もさることながら御相談もちと有りましてな…」
久右衛門は言ってから二つほど咳払いし再び誠二郎を見据えた、そのとき久右衛門は誠二郎から放たれる雰囲気が刹那に変化したのを感じ訝しる様に二の句を言い澱んだ。
このとき誠二郎は久右衛門を怖れる心の隅で奇妙な怒りの炎を感じていた、それは傍若無人に押しかけ「御目通り叶い嬉しき限り」とは何という言い草だ、六千石の御支配筆頭中老の自分に面会を求めるなら事前に面会の旨を知らせるべきであろうものをこの久右衛門の態度は端っからこの俺を「成り上がり者」として嘗めてかかっている。
殺気を依然漂わせ傲慢顔で誠二郎を睨み付けて居座る久右衛門。
誠二郎の怯えが頂点に達したとき「窮鼠猫を噛む」という表現は間違いかも知れないが、なぜか怯えが怒りへとすり替わっていったのだ、その豹変振りは自分でも驚いていた。
何の因果かこの時代に落ち、これまで汲々として保身に努め何とか生きてきた、強いものには巻かれ平身低頭に身を処してこそ生きられるとあの飢餓の中で泣きながら学んだのだ。
その弱者の心が六年経った今でも心に染みつき誠二郎の行動を無意識下で規制していた、しかしこの時ばかりは誠二郎の心の最奥で何かが弾けた、それはこの数日にわたる鬱積が積もりに積もっての臨界が一気に破裂したような感覚でもあった。
誠二郎はこの弾ける感覚を過去にも味わったと刹那に感じた、それは誠二郎が四十二歳の若さで抜擢され本部長になったときのことだ、最年少本部長として周囲を驚かせたがそれを快く思わぬ者も当然多くいた。
中でも八年先輩の河合という男が急先鋒で誠二郎が入社したときの技術系新入社員の研修担当になった男だ、河合は新入社員に対しての口癖は「そんなことも知らんでようも我社に来たもんだ」であり、何故か誠二郎だけを目の敵のように虐めた男だ。
その河合は上司としてその後も誠二郎を何かに付けては虐めたり重要なプロジェクトから外し能なしと蔑んだ、だが誠二郎が係長になった頃から妨害工作は散発的になり、その後 誠二郎は勢いを取り戻し精力的に活動するなか河合の存在など次第に忘れていった。
しかし誠二郎が本部長になるやそれまで陰で働いていた妨害工作は急に露骨となり、誠二郎より年上の課長や主任ら四人を仲間に共謀し当時開発中の次世代CNC制御の試作工期を遅延させる妨害工作に打って出た。
誠二郎はこの事を同期の課長から耳打ちされたとき怒りは心頭に達し、積年の恨みもあったが今なお仕掛けるこの男の陰湿さに肌に粟が出来るほど憎悪し、彼を即座に本部長室に呼び付けた。
「貴様何をやってるんだ!能無しとは思っていたがここまで阿呆とは思わなかったぞ!」
河合が部屋に入った瞬間の誠二郎の一喝である、さすがにこの怒鳴り声に一瞬河合はたじろいだが古参の古株である「本部長!私が何をしたというのですか」と即答に返してきた。
「白々しい!分からぬと言うなら残りの四人もここに呼んでやろうか」
この一言で彼は理解し温厚だった誠二郎の怒髪天を衝く豹変ぶりに怯え竦んだ
「私は何も…」
「まだ言うか!これまで散々我慢してきたがもうお前なんぞこの部ではいらぬ、この責任はきちんととって貰うからそう思え!」と畳み込んだ、その10日後河合は会社を辞めた。
いま久右衛門の人を嘗め切った態度にあの時と同様の怒りが喉を衝いて込み上げてきた。
(この衣笠久右衛門といい如水・長政・善助もしかりだ!、こいつらこの俺を何だと思っていやがる!)しかしその暴発を誠二郎は藻掻くように呑み込んだ。
そう…ただの思い込みから来る被害妄想ということは自分でも分かっている、しかし何故か理不尽極まるこの「時代」に無性に腹が立ったのだ。
誠二郎は余りの怒りに目眩さえ覚えたがそれに耐えた、この怒りの程は死をも超越するほどのものだったのかもしれない、刹那に(一旦は死んだ身、そんな亡霊のような身がそれほど可愛いのか、戦場では敵に怯え逃げ惑い、飢餓に瀕しては子供の様に泣き…今は殺人集団である帰還者に怯える毎日、お前はそんな怯えの環境に耐えながらもまだ生きていたいのか!)と次第に冷静さを取り戻していく。
(死んでもなお不可思議な時代に落とされ苦しめられる…これが地獄というものなのかもしれぬ、ならば死してなお怖いものなど有ろうか)と吹っ切れた。
死を刹那に覚悟したせいか視界は開け悟りに近いものさえ感じたのは不思議だった、そして気が付けば余裕を持って久右衛門を正面から見据えていたのだ、この間僅か数秒だったろうか。
久右衛門は瞬時に誠二郎が変わったと感じた、(この男…先程までの無様な怯えは微塵もない、此奴の本性はこれなのか…)
久右衛門はこの瞬間まで誠二郎を嘗めてかかっていた、それは六年前自分の膝下に這い蹲った下郎がどうやって殿や大殿を籠絡したか知らないが、国元で諸将が留守をよいことに御家を私物化した卑賤なる奸物と思っていた。
それゆえ恫喝すれば以前のように己の前に這い蹲るとそう思いここに来たのだが…今正面に座るこの男、以前の卑小さは微塵も無く今や威厳の風格さえ漂わせこの俺を睨め付けている、この御人はほんに白兵衛なのか…。
久右衛門が二の句を言い澱んだのは誠二郎から放たれる威圧に気圧されたからであった。
半信半疑にもう一度誠二郎の目の奥を覗き込んだ(間違いない此奴ただ者では無い…)
朝鮮ではマゴットセラピーを成功させ、これまで見たことも無い短機関銃とやらを期日まで造り上げ、その猛烈な連射威力で衆人を驚嘆せしめた男、確か未来から来たと言っていたが久右衛門は未だ半信半疑であった。
もし仮に未来から来たとしても この卑小さからせいぜい職人風情で、少し恫喝すればどうとでも操れると高を括ってこの場に臨んだが…久右衛門はその威圧に晒され瞬時に怯えてしまった、ゆえに先の小馬鹿にした物言いからトーンを変えた、そしてへりくだるような声音で語りを継いだのだ。
「相談と申すは殿の為されようで御座る、いくら徳川様に呼ばれたとは言えこの度の朝鮮の役の論功行賞も発せず急ぎ大阪に発たれるは不信の極み、我等帰国した諸将らは何の恩賞や御役も与えられぬまま毎日登城し二ノ丸や三ノ丸でほったらかしに二十日も過ぎようとしておりまする。
我等業を煮やし何か御手伝いする事なきやと各部署に願い出ても間に合っているとの返答ばかり、どうやら御貴殿と三左衛門様がこの城の全てを仕切られておる由、ここに来てようやく判りもうした。
これを知り諸将らの中には論功行賞を差し止めているのは貴殿ら御二人と名指しで非難する者も出ておる始末、彼らはいつ不穏な動きに出るやもしれず それを慮ってこうしてそれがしが代表し本日ここに罷り越したので御座る。
どうでござろう 論功行賞は殿の御帰国を待つとしても せめて御役の計らいだけでも安田様のお力で何とかならぬものでござりましょうか」
この困窮と恫喝を綯い交ぜにした久右衛門の語りに暫し耳を傾けた誠二郎はようやく今日 彼が乗り込んできた背景を理解した。
(何だ…殺しに来たんじゃないのか)そう思うと肩に入った力が抜けていくのが分かった。
しかし明らかに筋違いだろう…彼らに御役を割り当てる力など誠二郎に有るわけが無いし、当の殿様にはそっぽを向かれ今後の身の処し方さえも分からぬ己が彼らに職を世話する余裕など有るはずも無い。
それに彼ら戦に長けた猛将らが誠二郎が差配する事務方などに到底勤まるとは思えないし、ソロバン勘定も然りであるが帳簿一つも記帳出来ないだろう、もし彼らが就けるとするなら侍所、つまり軍事管理関連であろうがそれは三左衛門の担当だ。
それよりも誠二郎の所に来る前に留守居城代の三左衛門の方を先に訪ねるべきではないか、これから推量しても黒田八虎の一人である猛将で聞こえた三左衛門などは避け、卑小なる誠二郎に的を絞ったのだろう(ほぅ、嘗められたものよ)誠二郎はそう思い含み笑みを浮かべ久右衛門を見た。
その含み笑いの目の奥には「本来の目的は別のところにあるのだろう、さぁどうとでも恫喝してみろ」という余裕の光さえ宿っていた。




