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第三十一話

 興奮冷めやらぬまま一行は銃火器工廠を出ると もと来た道を城に向かった。

その帰途 官兵衛は「誠二郎、ようも短期間であれほどの工廠を造ったものよ この通り礼を申す、儂は明朝早く名護屋に向かわねばならぬ、それでおぬしに少々頼みたい事があるよって昼八ツに先程の奥書院まで来てくれぬか」


「かしこまりました、では昼八ツに参上致しまする」


「頼んだぞ」そう言うと官兵衛らは二の丸に続く通りを去って行った、誠二郎は一行と別れ右に折れ三の丸の主税部へと向かった、いつしかみぞれは止み微かながら陽が射してきた、暫く三の丸に続く小径を歩くと陽に照らされた椿の赤い膨らみを生け垣に見つけた。

(そういえば尾張小牧の実家にも これと同じ椿の生け垣があったな…)


椿の膨らみを見てフワっと故郷の景色が瞼に浮かんだ、すると妻や子の貌も脳裏を流れる。

誠二郎はここ豊前中津に来てから多忙な日々が続き過去を思い出すことは殆どなくなっていた、しかしこんなふうに何か故郷に似た風景や匂いなどが引き金になり不意に思い出す事は時折あった。


以前朝鮮にいたとき、もし日本に帰れたら是が非でも尾張小牧の在所を訪ねようと考えていた、しかし行ってもそこは四百年前の世界で自分の知る故郷ではない、それでも山河は今も未来も変わらぬだろうと一目見たい想いは色褪せず今も心の片隅に燻っている。


故郷の景色は田舎ゆえ四百年前であろうとそれほど変化は無いだろう、今の身分であれば誰に咎められることなく帰郷出来るだろうが…行ったとて何になろう 悲しみが増すだけだろう、そんな想いが逡巡を誘い尾張小牧行きを躊躇ためらわせていた。


誠二郎は若い頃 心が傷つき悲しみに沈んだとき、殻に閉じこもり周囲の喧騒から己を遮断し旅に出た。

「悲しみ深く海に沈めたら この旅終えて街に帰ろう」そんな歌の文句にあるようなセンチメンタルな想いで旅に出たものである。

それは自分を取り巻く喧騒の中にあっては己を取り繕うばかりで悲しみに終止符が打てず、ゆえにそれら喧騒より逃れ個となったとき 初めて悩み悲しみが冷静に分析でき、また旅先で誰にも知られず流した涙の等量だけ心は軽くなるという経験則に基づいたものだ。

そして悲しみが薄らいだとき…またあの喧噪の中に再び帰りたいと思うのも人間本来は孤独には生きられないからだろう。

(やはり行ってみるか…だがあの頃のようにバスは無い、徒歩距離800kmも歩いて行くのかよ…)


思えばこの時代に落ちてもう四年近い、ようも戦国の世で今日まで無事に生きてこられたものよと想う。

(生きてこられた…いや俺はあの日たしかに死んだはず、それなのに今は四百年前の世界でこうして生きている…生きている、本当に俺は生きていると言えるのだろうか)


この四年のあいだ何度考えても理解出来ないこの奇妙な世界、一時期は人間は死ぬと誰しもがこういう異世界に飛ばされるのだろうと考えた、死後の世界など誰も知りはしないのだから死んだ後は何でもありと考えても不思議はなかろう。


そんな思いからこの異世界を深く考える事は無意味で、いま与えられた命をただ黙って享受すればいい、そんな納得で誠二郎は今を生きている。


(確か四十五歳で死んだから…そろそろ四十九歳になるのか、この時代の平均寿命は五十歳と言われるからもう命は尽きる頃、いや俺の肉体は西暦二千年のままならあの時代の男性平均寿命は八十歳だったはず、ならば病気や事故にさえ遭わなければあと三十年は生きられるのか?)


あと三十年で何が出来るのかと考えながら誠二郎は三の丸に入った、頭はその想いのまま無意識で廊下を渡り自室に入ると座卓に座った。


そして青磁水差を手に取り硯に水を零す、次いでゆっくりと墨を摺り始めた。

(三十年後と言えば江戸時代 寛永の頃か、確か三代将軍家光の時代だよな…しかし残念ながらその歴史は覆るだろう、あと数年後の1599年 秀吉が死ぬまで銃火器工廠がこのまま他国に知られず銃火器を作り続けたなら1600年の関ヶ原の戦いで黒田家に敵う大名など皆無だろう…)


朝鮮釜山の東莱邑城で誠二郎が初めて官兵衛に会った時、誠二郎が差し出した拳銃を握った官兵衛はその後の歴史を聞くや熱に魘されたように昂奮し、長政や善助そして誠二郎の面前で関ヶ原の戦いが始まるまでに四百年後の最新鋭武器を造れるだけ造れと命じられた。


(だがこの時代であれば…黒田の精鋭部隊五千に短・重機関銃や野戦砲、迫撃砲やバズーカ砲を持たせよく訓練すれば十万どころか百万の敵さえ蹴散らせよう。

そう考えれば最大限 日本中の大名家来の半分ほども爆死させるか撃ち殺すほどの武器数と弾薬を用意すればよいのか…)


以前 誠二郎はなぜ黒田家に肩入れするのかと考える事が有った、あの厩に落ちたとき助けられたからか、しかしその後は飢餓と虐めに何度も遭い生死の境を泣きながら己の力でこうして生き残ってきた、そして今この地位にあるのは官兵衛・長政の慈悲などではなく彼らが誠二郎の能力を自分のものにしたいがための代償に過ぎぬ。


これがもし黒田家でなく加藤家・小西家・石田家の陣中に落ちたならどうなっていたのか、やはり同じ結果となり、このように領地で諸役改革を行い武器を造っていただろう。


そう考えれば歴史は一本だけの道筋でなく、パラレルに幾条もの道筋があるのだろうと誠二郎は考えた、ならばどう歴史を変えようがその瑕疵は数千数万の内のたった一条の道筋に残るのみで憂うにも値しないと結論した。


そうであれば資金面に悩むこと無く工作機械や好きな武器を造らせてくれる裕福な大々名に就いた方が楽だろう、つまり貧乏黒田家に拘る必要などないはずだ、しかし黒田家の多くの人に会い頼られ愛されると不思議なものである、この黒田家に愛着が湧きその発展に寄与したいと思ってしまう。


現世でも入社する会社が何処であれ、時と共に愛着が湧き会社発展に寄与したいという思いにもなろうし、その中枢に席を置きたいとの出世欲も涌きあがる、それは四百年前でも同じだろう。


ただ誠二郎が他とは違うのは出世はしたいが経営者になろうとは思わない点だ、技術者以外の者は入社し出世し最後は経営に携われる高みが到達点であろう…しかし技術屋は違うと思っていた。


技術屋にとっての出世とは造りたいものを作るがための地位獲得であろうと、技術欲求が上司に左右されず全うできれば経営などには興味は無い、それは高い技術さえ持っていれば生活は自然と後ろから着いてくる、そう考えており それが技術馬鹿たる所以だろうが、実際はこの世はもっと切実でやりたいように生きてこれたとは思うは誠二郎の奢りに過ぎず、厩の屋根に落ちてからの惨めさをもう忘れてしまったようだ…。


誠二郎は墨を擦りつつ起承転結も無く 思いつくままに今と元世を駆け巡り、何の足しのもならない夢想に遊んでいた、そのとき危惧感もその想いに侵入してきた。


黒田家で誠二郎の諸役改革や武器造りを邪魔する者はとうに排除した、それは与えられた地位と誠二郎を庇護する大殿や善助の働きによるものであろう、だがこれから朝鮮は慶長の役が始まるまでの間は日本に一時帰国する武将らも多くなるだろう、そんな時 何処の馬の骨かも知れぬ者が家を牛耳っていたらどう思う。


当然誠二郎は排除の動きに晒されるは必至、帰国者が誠二郎より御役が上の者であれば手も足も出ないし、肝心な善助は朝鮮に行き大殿官兵衛は名護屋に缶詰状態、ここにきて主税部より捻出される武器製造予算が止められ、銃火器工廠の運営権を奪取されれば計画は根底から覆る。


そんな危うさにブルっと震え誠二郎は我に返った、気づくと墨を摺りすぎ 硯の陸と海はドロドロ状態だった。



 昼八ツ、誠二郎は官兵衛に指定された二の丸奥書院の部屋前に行くと片膝立ちで「安田誠二郎 罷り越しました」と中に声をかけた。


「入れ」の声で襖を開け躙るように入ると襖を閉めて振り返った、部屋中央の座卓には官兵衛、善助、それにあの黒田一成(三左右衞門)の姿が有った。


「おお来たか、そこに座れ」と黒田一成の横に座るよう指示された。

「儂は明朝発つゆえ時間が無い、集まって早々じゃが話を進めるとしよう」そう言うと官兵衛は身を乗り出した。


「誠二郎、おぬしの出自は先程 三左衛門にも話をした、おぬしが予言したと言っては何じゃがこの文禄の役終息や儂の秀吉様からの叱責やその顛末、また御拾様(秀頼)の誕生などそちが申した通りとなり、また関白秀次様が切腹を申し付けられるは大方おぬしが言った通りになろう。


それらよりそなたが四百年前より参った者という事実は紛れもないことよ、今日の工廠を見 また先進武器や工作機械を見て儂は確信を持った、善助も三左衛門もそれは同様であろう。


二年後に太閤殿下が死去し三成と徳川殿が関ヶ原で天下分け目の戦いを行い、徳川殿が勝ち豊臣から徳川の世へと代わり三百年の安定政権を築くということもその通りになるであろう。


あの日、儂はそなたから歴史を聞き即座に豊前に行き先進武器を造れと命じた。

それは儂と長政が徳川殿を差し置き天下を取るための備えとはあの時は考えてはいなかった、黒田家は知っての通り元は姫路の一介の土豪に過ぎぬ。


それが祖父の代に金貸しが図に当たり土地の集積を行い小寺氏の配下となった、永禄十二年信長様に破れた小寺氏は信長様の配下となり儂は秀吉様に見いだされた、言うなれば小者に過ぎぬ黒田家など徳川殿に比ぶれば出自からして違いすぎる、とても天下を狙うなど想像の埒外じゃ。


しかし…秀吉様の御不興を買い蟄居謹慎を命ぜられた一年余り、暇過ぎたからであろうか…入らぬ事ばかりを考えてしもうた、出自を言うなら秀吉様など尾張の百姓上がりではないか、儂の方がまだ少しばかりはましというものよ。


正直今日の朝までは半信半疑であった、じゃが先程の工廠を見て、また試射を見たとき確信めいたものを得た、儂でも駿府左大将とまで呼ばれる二百五十万石の徳川殿を敵に回したとてそうやすやす遅れは取らぬとな。


故に今ここで儂は宣言しよう、今より黒田家は天下を狙う!、先程長政にも書状を送りその旨を伝えておいた、秀吉様死後 即座に九州全域を平らげ我が手中に収める、それからが天下取りじゃ。


誠二郎、その為には武器造りも必要じゃが家臣の数も増やさねばならぬ、今の五千足らずでは九州平定もままならず天下取りなど夢の又夢、いくら武器が優れていようと完全勝利に導くはやはり将兵の数に依存しようぞ、そこでじゃこの三左衛門は来月より善助に従って朝鮮に渡る予定じゃったが それをここに留め、将兵増員に専念させようと思おておるのよ。


よってそなたは彼を財政面で支えて欲しい、たかが十八万石の小大名が兵を五千以上に増やすなど今の時勢・財政では苦しい事は充分に分かっておる、じゃがそこを無理にでも達成してほしい。


その大役の代わりと言っては何じゃが、今の奉行職では身分が低すぎてやりにくかろう、故にそなたの身分を引き上げる、これは予てより長政からもそなたの身を案じせめて支配役にと書状が来ておった、ゆえに今日よりそなたを侍大将として「御支配筆頭」に任じ併せて主税奉行は兼任として俸禄六千石を与える。


これからの黒田家は そなたの存在無しでは先は知れたもの天下取りなど画餅となろうぞ、ゆえに老職にとも考えたが…そこまで行くと古参組から反発が出て逆にやりにくかろう、天下を取った暁にはそなたの処遇は充分に致すゆえ、どうじゃ困難な役となろうが引き受けてくれぬか」


それを聞いた誠二郎は十寸も座を引くと「その御言葉畏まって承りまする、全身全霊を持ってその御役を成し遂げましょう」と深々に平伏した。


しかし内心は(ただでも財政逼迫の折、何処からそんなリクルート費や俸禄予算など捻出できようか、何と脳天気な大殿よ…)と裏腹でもあった。


「そうかやってくれるか、ならば心を安んじ名護屋に赴けよう、三左衛門そちも誠二郎を助け兵を増やしてくりゃれ」


「黒田一成承知仕りました」そう言うと誠二郎の方を向き肩をたたいて「ともにやりましょうぞ!」と微笑んだ。


(はぁ…とっちゃん坊やの肥満児に言われてもなぁ…どぉせ御鉢はこちらに廻ってくるんだろう、これで尾張小牧行きは当分無理か)と思わず溜息が漏れるのを堪えた誠二郎である。

翌日大殿官兵衛は名護屋へと発ち、その月の終わりに善助も将兵三百を率いて朝鮮に渡海した。



 その年の七月十五日、誠二郎が官兵衛らに語った通り 豊臣秀次に賜死の命が下った、即日 山本主殿助、山田三十郎、不破万作、虎岩玄隆の小姓衆が殉死切腹すると秀次自らが介錯し、秀次も雀部重政の介錯により切腹して果てた、享年二十八歳の若さである。


その翌日、秀吉は秀次の首を検分したがこれだけでは憂いは収まらず係累の根絶をはかっていく、それは死にゆく老人が己の血筋を残そうと足掻く様にも見え無様極まりないと誠二郎には思えた。

八月二日の早朝、三条河原に二十二間四方の堀が設けられると鹿垣を結んだ中で処刑が行われることになった。


その掘り横には10尺ほどの塚が築かれ秀次の首が西向きに据えられた。

その首が見下ろす前でまず子供たちが処刑され、最も寵愛を受けた一の台は前大納言菊亭晴季の娘であり北政所が助命嘆願したが叶わず真っ先に処刑された。


幼い若君四人と姫君、そして側室・侍女・乳母ら三十九人全員が斬首され、掘に横たわる子供らの遺体の上にその母や侍女らの遺体が無造作に転がされ折り重なったという、その余りにも無残な仕打ちに奉行衆らに対し観衆の多くは罵詈雑言を浴びせたと聞いた。


数刻かけて行われた秀次眷族の処刑が済むと大量の遺体は哀れにも一つの穴に無造作に投げ込まれ、穴を埋め立てた上には秀次の首を収めた石櫃が置かれ首塚が造られた。


首塚の石塔の碑銘には「秀次悪逆」の文字が彫られ、殺生関白の悪評もあって人々はこれを「畜生塚」とか「秀次悪逆塚」と呼んだ、しかし鴨川の洪水で首塚が流れた以降はそのまま放置され人々の記憶から消えていった。

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