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第十七話

 昇華院では白兵衛が来るあいだ軍議は兵の配置や人数割り、率いる将の人選など詳細検討に移っていった。


やがて軍議の場に呼ばれた白兵衛(誠二)は何事かと緊張しながら軍議が開かれている松風の間の入口に控えた、それを見つけた衣笠久右衛門は「おお来たか、こちらに参れ」と手で招く、白兵衛は言われるままにお偉方の後をおどおどしながら通り抜け久右衛門の後ろに進んで控えた。


「銃をもって参ったか それをこちらに貰おう、して弾は有るかと」と問うた。


「はっ、弾丸はこの通り」白兵衛は言いながら弾倉を銃から引き抜くと機関銃本体と弾倉を久右衛門に手渡した。


久右衛門は手渡された機関銃を皆が囲む机上に置いた、そして弾倉だけ手に残すとその弾倉から実包を一発抜き取り再び銃を取り上げ弾倉を機関下部へと叩き込んだ。


「この銃でござる」そう言い隣に座る小河伝右衛門に銃を手渡し実包はその前に置いた。

「ほぉうこれが連発銃でござるか、んんなかなかの工作と見ゆる…それにしても儂が愛用の堺の六匁筒よりそうとう軽うござるが ほんにこれが度胆を抜くほどの威力があると申されるか…」

と不信顔で久右衛門と銃を相互に見た。


「弾は…これでござる、実包じっぽうと申し早合はやごうに似てござるが この銃では丸ごと装填して使いまする、その実包はこの弾倉に三十発収納でき、打つごとにカラクリ仕掛けで勝手に銃内に装填され激発致しまする。


銃のこのつまみを“単”に合わせれば引き金一回引くごとに一発が発射され“連”に合わせると引き金を引いている間は連射が出来る仕組みとなっておりまする」

したり顔で説明する久右衛門は あの御披露目の夕刻、白兵衛を部屋に招き深夜まで銃の構造や使用法の説明を受けて熟知していた。


「これが弾でござるか…火薬包みは銅板で造られておりますなぁ、してこの部分が弾ということは鉛じゃのうて銅の玉ということかの」


「いやこれは弾頭被甲と称し銅被甲の中身はやはり鉛でござる、銃腔を覗きますると ほれ螺旋溝が見えてござろうが、この弾頭部が発射されるとこの溝に喰い付き自転力を与えられ飛び出すのでござる、それにより威力が増し射程は優に二町は超えまする」

またもやしたり顔の説明になった、この説明に周囲の重臣らはキョトンとした顔で耳を傾けていた。


こうまで説明されると白兵衛の出番は無い、自分は一体何のために呼ばれたのやらと首を傾げた。


そのとき一老の善助が「衣笠殿の説明ではよう分からぬ、百聞は一見にかずと言うではないか、その朝鮮障子を開け放ち外に向けて数発撃ってみよ」と言った、それに同調するように「白兵衛よ!さぁ撃ってみよ」と皆がざわめきだした。


「この様な夕刻に銃声を発つは兵等が驚きはしませぬかのぅ」と久右衛門が当惑した表情で善助を見ると「かまわぬ、許すゆえ白兵衛撃ってみよ」と叫んだ。


一老善助の承認を得た久右衛門は小河伝右衛門から銃を受け取ると「白兵衛、夕刻ゆえ撃つのは数発だけじゃぞ」と言いながら機関銃を手渡した。


「かしこまりました」と銃を受け取り 外に面した障子まで歩くと朝鮮障子を開け放った。

そして銃のセレクタを“連”に倒し空に向かって機関銃を構えた、「参ります!」そう叫ぶと引き金を引き絞った、瞬時轟音が部屋中に炸裂し衝撃波が部屋の壁や天井をバタバタと揺さぶった。


その衝撃で見物する重臣らは頭を叩かれたように首を引っ込め怯えた、先日とは違い室内での連射は音量の桁が違った、誰もが度胆を抜かされ震え上がってしまったのだ。


一瞬の点射でも二十発ほど撃ってしまったらしい、白兵衛はまずかったと思いながら後方に向き直った、そして皆の顔を見た、その迫力に驚愕したのか皆唖然とした表情で白兵衛を見つめていた。


「この通りの威力でござる、白兵衛今何発撃ったのじゃ」と余裕を見せたのは久右衛門だけだった。


「申し訳御座いませぬ数発のつもりがつい指に力が入り二十発も撃ってしまいました」


この時我に返った小河伝右衛門が「何とまばたきする間に二十発も撃ったというのか…ふむぅ衣笠殿の言う通りこれは凄い銃でござるのぅ…これがもし一千丁も有ったなら戦の形態は土台からひっくり返りましょうぞ、何と恐るべき工夫よ」と絶句する表情で眼をいた。


「そうよのぅ、この銃の存在は絶対知られぬよう秘匿ひとくすることが肝要よ、よいか皆の衆この銃のことは黒田家以外には絶対知られてはならぬ、各々持ち場の部下らには厳重なる箝口令かんこうれいを敷いて下され、よいな!」と善助は釘を刺した。


「白兵衛、そちはもうよいから席を外してくれぬか、それと一刻ほどしたら再びここに来てくれ、ちと相談したき話があるでの」そう言うと善助は皆の方に向き直り軍議に熱中していった。



 鉄炮二番隊の兵舎に帰ると早々に佐八郎が飛んできて「師匠!御重役の御用は何だったのでござるか」と聞いてきた。


「いや…あの機関銃をこの度の守城戦で実戦使いしたいという話でござった、それと一刻後に再び来てくれと申されたが…はて何でまた呼ぶのかはよう分かりませぬが…」と思案顔で応えた。


「先程機関銃の連射音が鳴り響き驚きましたが…あれは師匠が撃たれたのでござろうか」


「左様それがしが撃ちもうしたが…」


「いやあの時は皆が飯の最中で、すわ敵の来襲かと皆で鉄炮担いで外まで走りましたぞ、それにしても夕刻に機関銃を連射するとはいやはや…そう言えば昇華院では馳走は出なかったようですな。


今頃師匠はさぞ旨そうな馳走に舌鼓したつづみを打っておられようと皆でうらやましく話しておりましたが…残念でござりましたなククッ、では部屋に飯を用意させますよって部屋の方でお待ち下され、今宵は戦になるということで何と米飯ですぞ!」そう言うと佐八郎は奥に引っ込んだ。


米とは!と誠二は驚いた、この地に落ちて初めて口にする米飯、さてどんな味だったのかと考えた、その時何故か昔 母が遠足の時に持たせてくれた海苔で包んだ握り飯を思い出した(あぁぁあの時の味かぁ…)と涙が零れそうになった(そう言えば秀吉様が釜山に送ってくれた兵粮には米俵が多く混じっていたと聞いたが…御重役方は兵等にも米を食わせると言うことは…この度の守城戦はただ事では無いようだ)


部屋に戻ると描きかけの図面に見入った、今度は歩兵が携行けいこうする自動小銃と将が携行する自動拳銃を造ろうと考えていた、両方とも実包は標準弾の9x19mm実包が装填できる銃だ。


誠二は図面を見つめながら今宵の守城戦は危ないかもしれないと思えた、敵は平壌に籠もる一万五千もの一番隊を壊滅状態に追い込み遁走せしめたという、その明・朝鮮連合軍は戦勝に乗じ三万余もの軍勢を一気呵成にこの城へ殺到させるだろう。


それを老朽化したこんな繋ぎ城で防ぎきれるのだろうか…全軍で圧し包まれれば二千七百そこそこの守備勢などひとたまりもなく握り潰され城中は屠殺場と化すはず。


そう考えたとき誠二はブルっと震えた、あながちこの部屋の寒さばかりではない、己は一度死んだ人間ゆえに死などは怖れないと思ってはみるものの、飢餓で情けなくも泣き喚いた過日を考えれば与えられた訳の分からない今の生でも無くすのはやはり怖いのだ。


見知らぬ朝鮮人に寄ってたかって殺されるのは惨めすぎるだろう…そう考えると視線は図面から離れて宙に泳いだ、誠二は頭の後ろに両手を添えるとそのままゴロンと仰向けに寝た、そして天井を見つめると不意に妻や子の顔が脳裏を過ぎった。


(あの高度がら海面に叩き付けられたなら俺の肉片は海の藻屑と消えたはず、ということは遺体の無いひつぎで葬儀などは済ませたのだろうか、志津江の悲しみは途方もないものであったろう。


今頃志津江はどうしているのか、あの小牧城の麓の家で子供らと共に暮らしているだろうか…今年四月に高校三年生になる恵里菜と中学二年になる拓人は学校にちゃんと行けているのか、実家の父や母は志津江らが困らないよう生活の面倒は見てくれてるだろうか…)

そんなことが頭を過ぎる、そのとき腹が鳴った(あぁ腹が減ったな)と情けなくも現実に引き戻された。


(晩飯には米飯が出るのかぁ…クゥッさぞ甘いだろうな)そう思った刹那、死の恐怖も家族のことも忘れ炊きあがった米の艶などを思い浮かべ食への想像を膨らませる誠二だった。



 晩飯を済ませると誠二は昇華院に急いだ、久々の米飯が勿体なくてゆっくり味わうように咀嚼そしゃくしたため刻限ギリギリになってしまった。


昇華院に着くと馴染になった若い門衛に白兵衛が来たと一老に取り次いでもらい早々に松風の間に案内された、部屋の中には黒田直之、栗山善助と母里太兵衛、それに衣笠久右衛門の四人が何やら声を潜ませ密談の最中にも見えた。


四人は白兵衛が部屋に入ってきたのに気づくと取り繕うように笑い「おお来たか、ここに座れ」と久右衛門の隣りに空いた席を指差した。


白兵衛は席の前に立つと「お呼びにより参上致しました」と言い、一礼してから席に着いた。


口を開いたのは一老の栗山善助である。

「おぬしの事は衣笠殿より子細は聞いた、にわかには信じられぬ話じゃが…世の中には不思議な事もあろうよ、儂らはそちが造った連発銃なるものを見て堺や国友中の鉄砲鍛冶や日本中の銃匠らを探そうともあのような銃を考案できる者などはいない事ぐらいは分かる、発想工夫の原点からして桁が違うのよ。


ゆえに取りあえずは信じてみようと先程来よりこうして三人で語らっておったのじゃ。

何でもそちは四百年も後の時代から落ちてきたと言っておるようじゃが、今から四百年前に置き換えれば鎌倉幕府創建の年にあたり、その時代に比べれば文明もいくさの方法も現在とは桁違いよのぅ、鉄炮大筒さえ無かった時代じゃから。


そう考えると今より四百年後などは儂らの想像を絶する文明であろうと驚くばかりよ、よってその時代の文明や戦の仕方、武器の工夫などをじっくり聞きたいのじゃが今宵はもうすぐ戦が始まり余裕とてない、よって後日改めて聞くとしてそちは黒田家にとって貴重なる御人、黒田家のために今後是非とも必要になる御仁よ、こんな辺境の地で朝鮮人ごときに殺されては勿体のうて後悔しきれぬわ。


それでの、今より兵を十名ほど付けるよってこの書状を持ち急ぎ白川城の殿の所へ避難してはくれぬか、儂らは奴等を叩けるだけ叩き 追い払って後 白川へ走るよっての」栗山善助はそう言うと書状を白兵衛の前に差し出した。


「それとその襤褸着ではいかにも見窄みすぼらしい、すぐにも一角ひとかどの武将に恥じぬ装いなど用意させるよってそれに着替え直ちに出立するように」

そう言うと廊下に控える上級兵を呼び、用件を伝えると「白兵衛殿、後はこの者に従うように」と言った。


白兵衛殿…善助なる黒田家の最重鎮が白兵衛に対し「殿」を付けた、誠二は一瞬聞き間違いかと耳を疑った。


「ではこちらへ」と上級兵に言われ白兵衛は席を立った、その時あの母里太兵衛が「白兵衛殿も何とか帯は結べるようになったようじゃなぁ」と白兵衛が腰に巻いた継ぎぎの帯を見ながら一際大きく笑った。


白兵衛が部屋を出るとき後ろから「これ太兵衛、おぬしはいつまでたっても子供が抜けぬ、白兵衛殿はいずれはおぬしの目上に立つ御仁ぞ、言葉を慎まぬか!」と叱り声が聞こえた。


「善助殿、そうは言ってもあの男は素っ裸で儂に戦いを挑んできた豪傑ですぞ、今でも奴が土間に延びた時 小便まみれの一物が情けなくも縮みあがっていたのを覚えておりますわい」その言葉に複数の失笑が洩れた。


白兵衛は太兵衛にこっぴどく土間に叩き付けられた事を思い出した、あの時は確かに素っ裸で小便を漏らしていたと顔が赤らむ想いで急ぎ足で廊下を歩いた。


宵五ツ(19:20分)を過ぎたころ兵十名に囲まれるようにして江陰城の正面門を出た白兵衛は、白川街道に出ると一路南東の白川城を目指した。


街道に出ると辺りはすでに漆黒の闇に覆われ、松明たいまつを掲げた三名が先導し誠二の足元を気遣って照らしてくれた、兵等はどう善助に言われたのか知らないが、まるで重臣を案内する気遣いにも見えた。


全員急ぎ足で東へと向かう、誠二は初めて着せられた真新しい裁着袴たっつけばかまや冬羽織などで歩きにくかったが悪い気はしなかった、白川城までおよそ四里の道のりと聞き、三時間ほどかかるのか…と思いながら真新しい草鞋のきつさに顔をしかめた。


暫く行くと先行した兵ら三人が走り寄ってきた。

「この先 半里周辺に敵は見えず、まずはご安心のほど」そう誠二に言うと再び三人は闇に消えた。


供の兵らは白川城に向かう誠二の安全によほど心を配っている様子、善助に誠二を確実に護れと命令されているのだろう、現に誠二を囲む七人の兵らは見ていていじらしいほど辺りに気を配り、常に刀柄に手を添えて歩いていた。


(そんなにこの俺が大事なのか…)分からぬでもないが、この地に落ちて虐げられた日々や死ぬほどのひもじさを強いられたあと 俄に大事にされても戸惑うばかりだ。


幸い今日の戦禍は免れた、しかし未だ敵中に有り この先どんな厄災が待ち受けていようかなどは知るよしもない、だが今の装いや善助が言った「そちは黒田家にとって貴重なる御人、こんな戦でそちを失ったら勿体のうて後悔しきれぬ」の言葉、そして誠二に対し殿付けの敬称などを鑑みれば 今よりはイジメやひもじさから多少なりとも解放されるのでは思えた。


(善助様やあの場の重臣らはこの俺に何を期待したのか、俺を黒田家の貴重なる御人と善助様は言われた…俺の能力を必要とするのはこの文禄の役で「日本軍を勝利に導く」ではなく今後の黒田家のみにとって必要と考えたから…。


あの席上で「この銃の存在は秘匿ひとくすることが肝要、この銃のことは黒田家以外には絶対知られてはならぬ」と善助様は仰せられた、ということは俺の能力を黒田家が独占したいからに他ならない、日本は現在豊臣家が頂点にありそれに従う大名衆がどれほどいるか知らないが、黒田家が筆頭でないことは確か、俺の持てる能力…いや四百年後の超先進技術を黒田家が独占し、それをもって他の大名衆を圧倒し豊臣家の筆頭となりたいがためか。


それは違うだろう、下克上が横行するこの戦国時代にあってたとえ相手が太閤殿下であろうと隙あれば転覆させ己が頂点に立とうとするが道理、現にその後の時代であれほど豊臣家に忠誠を尽くした家康でさえ無慈悲にも天下を横取りしたではないか。


黒田家の重臣らはあの機関銃を目の当たりにし誰もが天下取りの可能性を考えたはず、ならばその手段としてこの俺の能力は喉から手が出るほど欲しいはず。


んん何となく分かってきた、あの木田専務も己の出世のため俺の能力を最大限活用してきたし、俺はそれと引き換えに会社では誰に遠慮をすることなくこれまでやりたいようにやってきた、また出世も思いのままだった、ならばこの黒田家につかえ 造りたくてしょうがない武器などが思う存分造れ、また出世や衣食住にも困ることがないとなれば、いや…飢餓感やこの惨めさから脱することができるなら魂でさえ売り渡せるだろう、そう需要と供給が完全に合致するとはこのことだ…)


誠二はここまで考え独りごちた、ただこうまで考えながら己がその頂点に立とうとは毛筋ほども思わないのはサラリーマン根性が身に染みついたせいか、それとも技術屋の性なのか、いずれにしろこの一瞬より誠二は黒田家の重臣として生きていくことになろう…しかしすんでの所で命拾いし将来の見通しさえ立った今、その喜びは未だ米の握り飯一個分の価値ほども感じなかった。


やがて後方の空がわずかに明るくなった、どうやら戦支度の篝火かがりびかれたようだ。

誠二は怖いもの見たさなのかそれとも身の安全が確保されたからこそ想うのか、機関銃の威力が実戦でどの程度の働きをするのか現場で一目見たかった…そう思い拝領し初めて腰に差した備前長船の刀柄を強く握り江陰城をもう一度振り返った。


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