第十一話
鉄炮二番組の組頭 井上佐八郎は浮き浮きとした足取りで紙と硯を取りに兵舎へ走って行き、一人残された誠二は手持ち無沙汰に天窓より洩れる午後の陽光を仰ぎ見ていた。
その光は机上を照らし空中を舞う埃をキラキラと輝かせていた、誠二は物憂にその光に見入り 夕刻に迫る衣笠久右衛門との対峙を想うと心は憂鬱に暮れた。
(真実を暴露すべきか、それとも嘘をつき通すか、もし真実を叫んだとしても久右衛門は信じてくれないだろう、ならば全てを嘘で塗り固めた方が…)
(しかしあの久右衛門に嘘など通じるのか、あの心の深淵を読み取ろうとする鋭い眼差しに長時間 抗うことなど俺に出来るだろうか、先程それに堪えられず白旗を掲げたくせにもう忘れたのか、お前はどうせ夕刻も同じ轍を踏むはずさ)
(ならば真実を吐露するしかないじゃないか、まてよ…誰が聞いてもそれが真実と思える背景を付け加えたらどうだろう…しかしどの様な背景が真実を裏打ちしてくれるというのだ、はぁぁそれにしても時間がなさずぎる…参ったなぁ)
その時バタンと戸が開き足音が聞こえた、もう佐八郎が戻ってきたらしい、何もそう慌てなくてもよいものをと思った瞬間にひらめいた。
(この男が使えないだろうか、彼は銃器に関しては黒田家随一の識者と聞いている、ならばこの日本でも十指に入るだろう そんな彼に驚異的な先進技術を見せつければ俺がこの時代の人間ではないと解ってくれるかもしれない…)
(久右衛門との対峙に彼を同道するのも手かも、彼から間接的にタイムスリップを証明させる方が真実みが涌くというもの…しかしそれは姑息に過ぎやしないか、たとえうまくいったとしても彼が何を言い出すかしれたものじゃない、はぁぁどうする クソゥもう時間が無い)
佐八郎は息せき切って持ってきた半紙と硯を机に置くと「しばしお待ち下され」と墨をすりだす。
(おいおい今から墨をするのかよぉ…)と誠二はめんどくさそうに頭を掻いた。
墨をすり終えると誠二の手元に硯と筆それと半紙の束を押しやってきた。
「どうぞいくらでも描いて下され」そういうと佐八郎は誠二の挙動を見つめだす。
このとき誠二は半分ヤケクソ気分で、もうどうにでもなれとの想いから思いつくまま筆を走らせ始めた。
誠二は半紙の上半分の左側にこの時代で使われている早合と称する一発分の弾と火薬をセットにした弾薬包みと、その右側に誠二がいつも射撃場で使っていたライフルの実包(実弾)の断面図を並べて描き始めた。
図を書き終えると図の要所から引き出し線を引き、弾丸、薬莢、発射薬、抽筒板、雷管と部品名称を書き込み佐八郎に向き直った。
「まずは鉄炮組の皆さんが使われている早合を確認したいのですが」と佐八郎を見つめる。
「現在使われている早合は二寸ほどの長さの木をこのように管状に削りだし、その中に一発分の玉と火薬を入れ封をした こういった封入容器を早合と呼びますよね」
半紙の左上に描かれた早合の断面図を指しながら佐八郎に確認した。
「その通りです しかし木管でなく通常は竹管にござる、ですが黒田家では厚手の和紙を管状に巻き その中に鉛弾と火薬を同封し、その筒の両端は太めの糸で封結びしておりますわい」
「ほぅ和紙を使っておられたか、それならば薄手でかさばりませぬな」
「左様、弾込めの際はこの結んだところを歯で食いちぎり、先に火薬を銃口に注ぎ込み、弾は早合の包み紙とともに銃口に押し込みまする、そうすることで銃口と弾の隙間が和紙によって充填されるため発射の際の威力が増しもうす」
「ほぅ…猟師が鉛玉を鞣した薄皮で包むのと同じですな」
「そのとおりです、しかし紙製早合の欠点は作って日がたち過ぎますと湿気で不発が多く、やはり竹管早合にはかないませぬ、しかしながらいざ戦ともなれば弾数は万を超えまする、それをいちいち竹を乾燥させ定寸に切りそろえて作るには手間がかかりすぎて…結局は紙の方が量産には適しましょうか」
「そうでしたか…やはり防水という観点から早合は気密性が重要となってくるのですね」
誠二は言いながら早合の防水手段を先に教示しようかと考えたが、やはりこの時代の紙早合より現代のライフル実包の方を先に紹介した方がインパクトは高いと考えた。
「では右の図を説明しましょう、これは早合よりさらに弾込操作を早く且つ簡便に行うことができる新式の早合…いやこれより“実包”と呼びましょうか。
この実包は、ここに描かれた通り筒部は紙薬莢と言い筒の片方には抽筒板をはめ込んで膠で固定します。
この抽筒板の中心には雷管という衝撃で発火する固形火薬を装填します。
そして薬莢のもう一方の口からは火薬(発射薬)を注ぎ込み、そのあと椎実形の弾丸を図の向きで押し込み抜けないように膠で接着します、そして実包そのものの気密性を上げるため最後に弾丸接合部分と紙薬莢部分を漆で塗り込めます」
誠二は早合の筒が和紙で出来ていることを知り、銅製薬莢をこの時代でも製造可能な和紙に変えて説明していった。
「この新式実包は銃控先より火薬と玉を別々に装填する先込め火縄銃とは異なり、尾栓側から“実包”そのものを装入する“後装銃”専用の新式早合と考えて下され」
「白兵衛殿、尾栓側より弾を装填すると申しても…尾栓が邪魔ではござらぬか」
「はい尾栓の無いただの筒と考えて下さい」
「ふむぅ…ようわからぬ、ちょっと待って下され いま銃身部のみを持って参るよって、それで説明願えれば分かりやすいのかも」
佐八郎は座を立ち棚奥へ行くと尾栓が外された筒だけの銃身を一本持ってきて机に置いた。
「これで説明して下され」
「承知した」誠二は銃身を受け取ると尾栓口を指で示しながら
「この尾栓口から図の向きで実包を挿入します、そして実包の後部(抽筒板)の中心に装填されたこの雷管を先の尖った釘のようなもので叩いてやれば雷管は発火し抽筒板中心のこの小穴から火が通り薬莢内の発射薬に火が移りドカンと行くわけです。
それに対し今使われている早合では、まずは早合の封を破り 中の火薬を銃の筒先より注ぐ、次に鉛玉を筒先より落としカルカで鉛玉ごと火薬を突き込んで固めます、そして火皿に口火薬を注ぎ 火鋏に火縄を挟んでようやく引金を引いてズドンと発射。
これに対しこの実包は、銃身後部より実包そのものを挿入し蓋をして雷管を叩くだけで即座に発射できます、撃ち終わったら蓋を外し残った空薬莢の抽筒板肩部を爪で引っ掛け銃控から引き抜けば すぐに次の実包が装填でき発射できます、これなら火縄銃の弾込めと発射に係る時間の十分の一の速さで次弾を撃つことができましょう」
「………ふむぅ凄いと言うか何と言おうか、装填・発射が早くなることだけはおぼろに分かりもうした、しかし先程言われた後装銃、つまり尾栓側から実包を装填するまでは分かりもうしたが、発射反動で薬莢が後方に飛び出すのを止める構造がいまいち思い及びませぬが…」
「分かりました、では簡単な後装銃の断面図を描いて説明しましょう」
言うと誠二は半紙の下半分にボルトアクション式ライフルの断面図を描き始めた。
特にボルトスライド部と撃針部分の構造を分かりやすく大きく描いた、このボルトアクション機構は日本帝国陸軍の主力小銃であった三八式歩兵銃に採用されたアクション機構で構造が簡素なため元込銃の構造を説明する上で最適と考え描いていった。
実包図の下にボルトアクションの機構図を描き終わると説明を開始した。
「この様に銃身後方の筒を上半分切り取って半割とし、この“遊底”と称する栓棒をこの半割部に組み込みます、そして遊底棒の側部にハンドル…いや 掛け棒が組付けられ、この掛け棒は横に倒すとこの溝に引っ掛かり後退できない仕掛けになっております。
実包を装填する際はこの遊底の掛け棒を上に回し溝から外して後方へ引きます、すると引いた分だけ半割筒に隙間が空き そこへ実包を置いて遊底を元の位置に戻すと実包は銃身奥の この薬室と称する部分へ押し込められ、次いで掛け棒を横に倒し遊底が発射薬の爆発反動で後退せぬよう この溝に掛ければ発射準備は整います。
なおはじめに説明した掛け棒操作の際、遊底内部のこの撃針は連動仕掛けで後方へ撓たわめられ蟹目ラッチに引っ掛かります、これで引金を引けば撃針は蟹目から外れて前方に突出し、実包の雷管部を叩いて発射薬が爆発する、これが後装銃の仕組みです。
発射後、この掛け棒を起こし遊底を引くと遊底先のこの掛金が薬莢の肩部を引っ掛け空薬莢を薬室から引き抜くと同時に外へはじき出すことが出来ます、さすれば即次弾が装填でき 連射が可能になりますが…ご理解はいただけたでしょうか」
「………んん凄い…いや凄過ぎる、こんなものを貴殿は短時間で工夫したというのか…」
佐八郎は絶句し、半紙に穴が開きそうなぐらいの眼力で見つめたまま固まってしまった。
誠二は天窓を見つめながら(あぁぁとうとう喋っちまったか…後は野となれ山となれ)と想いながら視線を佐八郎の視線先に移した。
血走った目を皿の様にしてなおも図を見続けている佐八郎の肩は、僅かに震えさえ帯びていた。
暫く無言の対峙が続き、互いの呼吸音だけがおびただしく並んだ銃架の中で静かに息づいていた。
いま佐八郎の頭の中では技術者特有の能力であろうか、新式後装銃と実包は立体と化し、さっき誠二が説明した通りに装填と発射が繰り返し行われているのだろう。
彼の脳内では今 新式機構の動作確認の検証が丹念に行われているはず、彼が真の技術者ならその考察のうちに疑問点を見つけ必ずや誠二に質問してくるはず、誠二は彼の能力程度を見極めるつもりで佐八郎の開口を待っていた。
この佐八郎という男、この時代における銃器の一流と言われるならばこの図と説明だけで誠二がわざと残した疑問そして改良点も見つけるはず…彼の質問次第では銃に限らず二十一世紀の工学までをも彼に教えてやろうとこの時思った。
以前設計管理をしていたころ、誠二はこれと同様の試しを若い技術者に何度も行ってきた、それは設計者にとって勘働きや工夫・洞察力の無い者は設計など何十年やっても大成できないことを人材育成の経験から身に滲みて感じていたからだ。
確かに名門大学を卒業した者は受験競争を勝ち抜いただけあって頭も良く所定のレベルに達するのは早い、しかしその先にある創意工夫の壁を乗り越え 技術深淵と最適工夫が手に取る様に見えてくる者はほんの一握りしかいなかった、天性というかそれは持って生まれた感性の差とでもいうのだろうか。
“アーティストの感性とは努力だけでは報われない”このことを身を以て体験し理解しあきらめた者は幸せと言えよう、だがそれを理解出来ずいつまでも燻り続ける者らは悲惨な人生を送ることになろう。
誰でもが一流の画家や音楽家になれるわけではない、それを志す者らの殆どは絵が上手 或いは楽器や歌がうまいと言われそれでしまいなのだ、建築や機械の設計者もそれと全く同様で努力や勉学だけで行ける高みなどはたかがしれている。
佐八郎がようやく口を開いた、しかしその声は教えを請う謙虚な声音に変わっていた。
「この図で分からぬところが二つ三つございまする、是非にも御教え戴きとう存じまするが」
こんな言い方をされたのはこの時代に落ちて初めてのことで誠二の方こそ緊張してしまう。
「まず一つにこの雷管でござる、先程衝撃を与えると発火するともうされたが…そのような煙硝などこの世に無いと存ずるが…」と首を傾げ聞いてきた。
「そうです この時代には有りません、しかし作り方は至って簡単で、ざっと説明しますと銃器の磨粉で昨日も使われていた弁柄ですが、あの赤粉は印度のベンガル地方で天然に産するもので南蛮貿易により日の本に入ってきたものでしょうが。
しかしあれは人工的にも作れ、製法は鉄鉱石を砕き粉にして焼き、硫黄分を除いて不純物を沈殿させ緑礬という結晶を作ります、以降焼いたり何度も精製し弁柄に仕上げるのですが。
その途中工程の緑礬を取り出し乾留し生じた気体に水を反応させると緑礬油(硫酸)が出来ます、この緑礬油はそのほかの製法として種々有り、銅の精錬中に炉の下に溜まる液体も不純物の多い緑礬油なのです。
これに昨日見た予備樽内の硝石を加え蒸留したものを硝酸と言い、これに銀粉を入れ溶解させ焼酎を蒸留した酒精液を加え慎重に加熱すると自然に反応が始まり白煙が発生したところで加熱をやめると白色の沈殿物として雷酸銀得られます。
この雷酸銀こそ雷管に封入する特殊煙硝です、この煙硝は非常に敏感で衝撃により簡単に発火するため取り扱いには充分なる注意が肝要でしょう」
「そんなこと…それがしさえ知らぬことをどうして貴殿は知っておられるのか」
と驚き呆れ顔で誠二を見つめてきた。
「まっそれは後ほどお話しするとして、他に疑問は有りませんか」
「は、はっ…ではこの玉…いや弾丸ともうしたか、この形状がどうして球ではなく円筒形で先尖りの方が良いのか分かりませぬ」
「それも後でお話ししようと考えておりましたが、疑問が出ましたので今お答えしましょう、説明は少々難しくなりましょがまずは聞いて下さい。
弾丸が銃身より撃ち出される際、弾丸が球体だと銃腔内の筒内面に玉がこすれ 著しい回転が与えられます、その場合 撃ち出された球体の飛翔軌跡はその回転方向に曲がって進むという定理があるのです。
たとえば軽い玉に回転をかけて強く投げると玉の飛ぶ軌跡が何故か曲がってしまうといった経験はありませんか?、この現象をさらに突き詰めると鳥はなぜ空を飛ぶことができるのか、また凧は風が有る内はなぜ落ちてこないかの現象と原理は全く同じなのです」
誠二はこれをベルヌーイの定理で流体の速さと圧力・外力のポテンシャルの関係で説明していけば至って簡単に説明できると一瞬想った、しかし気体の粘性や気圧の説明が必要となれば この時代に空気という概念や空気に質量が存在するなどは知るよしもないと気付き言葉が詰まってしまった。
「その原理はまた後からとして、弾丸を球形から椎の実形にする理由は 簡単に言ってしまえば先端が球よりとがっていた方が風(空気)の抵抗が少ないからです、しかし発射されてから勝手に横を向いてしまえば球よりかえって抵抗が増えてしまいます、そこで弾丸が銃控を通り抜ける際、弾丸に軸廻りの回転を与えると コマと同様に向きが勝手に変えられないという原理が有るのです。
それはコマを回したとき、回転中は軸脚一本で立って倒れませんね、またそのまま空中に放り投げたとしてもその向きは普遍です、これをジャイロ効果と言いその原理も後から説明致しましょう。
つまり、銃控の腔道にゆるい螺旋溝を掘り、弾丸直径より銃腔内径を若干細くすることで狭い穴を無理矢理通らせ螺旋溝にならわせる、これで弾丸に回転(自転)を与えることが出来るのです。
このように銃腔内に切った螺旋溝を施条あるいは腔線と言い、弾丸に自転運動を与えそのジャイロ効果により弾軸の直進安定を図る、つまり弾丸の直進性を高める工夫でござるよ。
球弾体より椎実弾体の直進性は遠距離射撃においてその効果は著しく、数倍もの命中精度が期待できます、またこの施条の“ねじれ率”も弾体の初速・弾径・弾長・比重から より直進性の高いねじれ率を算術で求めることも出来るのです」
又もや佐八郎は自失呆然のていである、誠二の説明がどこまで理解出来たかは判らないがその目つきからある程度は理解はできただろうと感じた。
しばらくして佐八郎は深い溜息をつきながら
「鉄炮・弾丸の造りだけでこれほどの工夫があろうとは…儂の銃身六本を並べた工夫など貴殿にはあほらしゅうてさぞ愛想も尽きたことでござろう。
それにしても いやどう申したらよいか、貴殿を凄いと形容する以前に余りにも浮き世離れをしているというか…うまい言葉が出てきませぬ…」
佐八郎はうなったまま二の句が継げなかった、銃器に関しては三十年の長きに渡ってたずさわり、知識や工夫で人に負けた事など一度として無く、日本一の博識と自他共に自負していたはずなのに…。
それが門外漢の医療見習いふぜいに赤子の手を捻ねじるが如く軽くあしらわれ、質問はありませぬかとまで言われるとは…。
佐八郎のプライドは無残なまでに叩き潰されていた、白兵衛の語りを聞く内に疑念は驚異に変わり、途中からは嫉妬からか怒りへと変化し、今はあらがうことも叶わぬ絶望の淵に立っている。
どう挑んでも勝てない相手…この世にそんな人物がいるんだとこの時初めて経験した。
彼が何気なく語った工夫は、これより自分が工夫という仕事に一生明け暮れたとしても絶対届かぬ、そんな気の遠くなる高みに思えたのだ。
ゆえに佐八郎は、これほどの学者がなんで朝鮮くんだりに来て医療見習いなんぞやっているのか、またこれほどまでに浮世を超越した人物がこの世に存在するのはおかしいとまで思えてきた。
(しかし彼の能力はまだほんの一端を垣間見せたに過ぎない、その真の能力に至っては一体どんな学者なら知り得るというのだ…俺にしたらそれはもう神の領域でしかない、この白兵衛という男…本当に人なんだろうか、それとも昨夜の夢の続きか…)
佐八郎は目を擦り掌で顔を叩いて まじまじと目の前の摩訶不思議なる男を見つめ直した。
それから二刻(四時間)余り、誠二は各銃器の紹介や自動銃の機関工夫、特に機関銃の構造説明には時間を掛け佐八郎が納得いくまで図を描き腑に落とした。
また手造りでなく工作機械を使った銃身加工法などを紹介し、施条ブローチ・銃控ラッピング・薬莢の深絞り成形法なども端緒程度を語っていった。
併せて理解は難しいかとは思ったが流体力学の触りや弾道学より投射体の力学、またニュートン運動の第一から第三法則まで語り終えたころ、気付けば天窓の明かりは既に消え武器庫の中は相手の顔も見えぬほどの暗がりになっていた。
その頃には白兵衛という人物がこの世の者ではないということは佐八郎にも朧に解りつつあった、しかしそれ以上に白兵衛の説明や語りは面白く、理解困難でもあっても興味は尽きなかった。
特に火薬燃焼によるガス膨張速度や膨張量を算出し弾に加わる圧力を求め、それに銃身内径の締め抵抗値を算入すれば撃出す弾の初速が導き出せるという算術法、また弾の初速と銃身迎角で着弾距離が計算出来るといった下りは実際に鉛玉をいろいろな角度で投げて説明してくれたおかげで理解出来た。
この様に今まで不思議と思えた現象や人為では決して解けないと思っていた諸問題さえも白兵衛の手に掛かればいとも簡単に解きほぐされていくのを目の当たりにし、いつしか驚異から深い畏敬へと変わりつつあった。
しかしこの二刻に渡っていろいろ語ってくれたその先進の知識や工夫も…彼がこれまで語った言動から推量すれば 彼のほんの一握りの知識に過ぎないと佐八郎にも判った、そして彼本来の知識の深淵は…先にも感じた通り神の高みにあろうと感じられたのだ。
そして最後に彼はこう付け加えた
「もう薄々と佐八郎殿にはお分かりと思いますが、私はこの時代の者ではありません。
これより四百年も後の時代からこの地に落ちてきた者です、なぜそうなったのかは今以て解りませんが姓を安田 名は誠二と申し先程お話しした工作機械を設計製作する技術者でした。
さて衣笠久右衛門様にお会いする刻限になりました、今から私がこの時代の者ではないと久右衛門様にお話ししなければなりません、もしその結果が悪ければもう貴殿にお会いできなくなるかもしれませんが…しかし一時でも己を知るものに出会えた喜びはけして忘れは致しませぬ。
もう少し早うに貴殿にお目にかかることができたなら、もっと多くの工夫をお教えできたものを…残念でなりませんが これまでとなります、それでは御免」
そう言うと白兵衛は深く頭を下げ、座を立って入口の方に歩き始めた。
そのときふと足が止まった、入ってくるときには気付かなかったが…今目の前には夥しい数の火縄銃が整然と棚に列びその棚は武器庫全空間に隙間無く立ち並んでいた。
(ここには一体何千丁の火縄銃があるのだろう…あっ、良質な鋼は目の前にいくらでも有るじゃないか、ならばあとは銃工匠と火床や鞴さえあればすぐにでも機関銃が造れるやもしれぬ…)
佐八郎は暗い静寂に身を置き、それとは対照的に心は熱に浮かされていた、知識を一度に詰め込まれた感覚…これが知恵熱というものかと想った。
そして白兵衛が最後に言った“この時代の者ではない”という言葉を何度も反芻していた。
(この“時代”の者では無いということは…この“世”の者では無いということ、幽霊か何かのたぐいとでもいうのだろうか、しかし脚も有りここにこうして彼が描いた先進的な絵図面や機構図が存在しているではないか、これをどう解釈すればいいのだ)
(それにしてもこれから衣笠久右衛門様に全てを吐露してくると出て行ったが…久右衛門様はすでに彼をこの世の者ではないと見抜かれていたのか…。
まだ疑いだけであれば わざわざこの世の者ではないなどと吐露するは危険に過ぎる。
俺とて数々の技術を聞いたればこそ彼がこの世の者ではないと理解できた、それは俺がこの世に存在する銃器を知り尽くしてなお それをはるかに越える彼の銃匠学に触れたからこそ解ったこと…。
しかし技術門外漢である久右衛門様に己の素性を暴露し、今の世にはない先進技術などいくら語ろうが 理解出来るはずもなく下手すれば狂人として捕らえられるがオチ。
もし何らかの成り行きで白兵衛があやしいと見抜かれた末の詰問であるなら、嘘を突き通せば済む話なのに、それを真正直に語ろうとは…)
佐八郎はその危うさに心が痛んだ。
あの想像もつかない先進技術のほんのわずかでも理解出来た今、これまで一所懸命にやってきた火縄銃の工夫など稚戯に等しいと思えた、もっと彼に学びたい そうすれば僅かながらも彼に近づき、彼が何気なく言った「手元から落ちた石が地に付くまでの僅かな間に十発速射が出来る」という機関銃とやらが造れるはず、いや彼に学べば絶対に造れると思えた。
(白兵衛、いや師匠を助けなければ…)
そう思うと佐八郎は居ても立ってもおられず、座を蹴るように立ち上がり机上の絵図面を掴んで武器庫を飛び出していた。




