第十話
誠二は鉄砲組詰所から薬房に戻る途中 寒風にあおられブルブル震えていた。
その震えは寒さばかりでなくこれから我が身に起こる厄災を感じての震えも手伝っていた。
(この年の暮れにわが命はつきるかもしれない…敵数万に攻められればこんな痩せ城なんぞひとたまりもあるまい、押し包んでそれこそなぶり殺しにされるだろう…。
ひとおもいに殺してくれればいいが奴らも報復に燃えてるから 痛いことしてくんだろうなぁ…クソォ俺が一体何をしたというんだ、一度殺しておいてこんな劣悪な環境に飛ばしまた殺そうという、これじゃぁ長阿含経の八熱地獄と同じじゃないか、何でそんな報いを受けなきゃならんのだ…あっ、そうだ散弾銃で鴨を撃ち殺したことがあったなぁ…。
ふん、ならば猟師や畜産業者なんぞは何百回も殺されなきゃ勘定が合わんだろう。
って…俺はなに苛立ってるんだ、いや待てよ…史実ではたしか栗山善助や母利太兵衛らは日本に帰り活躍してるいるはず…ということは全滅なんかしてないんだ。
撃退したか城を落ちのびたかどちらにしろ長政以下黒田家臣団はその後も生き続けたということは俺も死なないということ?…。
いや…もしこの戦いで俺が画期的な仕掛けかなんかを作って敵を撃退したというように歴史は既に塗り変わっている?てなことはないよなぁ、いかん頭がゴチャゴチャしてきた、ふぅ 頭を冷やし最初から考えてみよう)
そう思ったときすでに薬房の入口に立っていた。
(どおせ暇なんだからこの際じっくりと考えてみるか…)そう思い薬房に上がった。
診療部屋に入ると治兵衛が武将とおぼしき偉丈夫と対面し診察を行っていた。
誠二は治兵衛の背後に回り正座して「ただいま戻りました、何かお手伝いすることはござりましょうか」と声をかけた。
「おぉ白兵衛か、桶に湯をくんできてちょ それと手拭いもな」
言われて「承知しました」と座を立つさい診察を受ける男の顔を一瞥した。
衣笠久右衛門であった、名の久右衛門は通称で本名は衣笠景延といい 黒田二十四騎の一人でこの文禄の役では後藤基次と先鋒を争う剛の者だ、人柄なのか兵の皆より慕われる黒田の重臣である。
この薬房が重臣らが詰める昇華院の隣に有るためか重臣の黒田直之・母里太兵衛・後藤又兵衛・衣笠久右衛門らそうそうたるメンバーと朝な夕なに顔を合わせる機会も多く儀礼上の挨拶は交わしていた、だがその中で久右衛門だけは威張ったところもなく気さくに声をかけてくれた。
湯を汲んだ手桶と手拭いを治兵衛の横に置くと誠二は少し離れたところで正座して控えた。
久右衛門は控えた誠二に視線を移すと「聞いたぞ白兵衛、おぬし切り落とさねば危なかった兵の刀傷を摩訶不思議な術で治したそうじゃな、母利太兵衛殿なんぞはあの気失せがようやるわと驚いておったぞ、してそのような凄い術をおぬしはどこで学んだのじゃ」
「衣笠様、申し訳ございませぬ それがし御承知の通り気失せは未だ治ってはおりませぬ、たぶん若いころ本か何かで読んだのでござりましょう」
「ほぅ、そのような医書が古今東西どこに有ったというのか…儂はこう見えても医術には明るい方と自負しておったが今日までそのような医書が存在するなど聞いた事もないが…治兵衛おぬしは知っておったか」
「とんでもにゃぁ、師匠の弦斎様でも知らぬ治療法だぎゃ、知ってりゃこれまで何十人もの手足など切ってはおりませんわ」
「だろうなぁ、まっそれでも有り難い話よ、これで兵の多くは悲惨なめに遭わずとも済む、実に嬉しい話ではないか、何か褒美でもとらせんといかんのぅ」
「衣笠様、此奴 少しは昔を思い出したらしく何でも京で大工の図師をやっとったげな」
「ほぅ図師とな…ははぁじゃからか、儂の手下の後藤が白兵衛は凄い奴よと言っておっての、訳を聞いたら仕掛けの不具合を看破した高等算術には舌を巻いたと申しておったわ。
後藤の奴、医療班の見習いなんぞさせるには惜しいゆえぜひ我が配下に欲しいとだだをこねおってのぅ、この度の優れた医術の手並みを聞いてなかったら危うく後藤にくれてやるところじゃったわ」
久右衛門は はだけた襟を元に戻しながら快活に笑った。
「衣笠様、儂の診立てではややこしい病じゃにゃぁで安心してちょ、衣笠様が言っとらせた通り傷寒だぎゃ、すぐに麻黄湯を煎じてくるで待っとってちょぅよ」言うと治兵衛は洗場に薬を煎じに行った。
衣笠久右衛門は治兵衛が去ったのを見とどけると膝を崩し「白兵衛よ 近う寄れ」と手招きした。
誠二は何事かと膝でにじり寄り久右衛門の正面に対座した。
「儂がここに寄ったは傷寒気味もあったが…実はおぬしのことが気がかりで寄ったのよ。
おぬしがいないあいだ悪いとは思ったが治兵衛にいろいろ聞いた、あやつが言うにはおぬしの気失せは既に治り 今はそれをよそおっておるのやもしれぬと言っておった、これは四ヶ月おぬしと寝食を共にした者のみぞ知る感働きと治兵衛は言うとったが…正直なところはどうよ」
「………………」
白兵衛はこの部屋に入ってきたときから自分を観察する鋭い眼差しのこの衣笠久右衛門が気になっていた、顔は笑っていても目は笑っていない、まるで人の心を見透かすような眼差しだったからだ。
「儂はこう見えても人を見る目はいささか鋭いと自負しておる、先程来より見る おぬしの挙動や目の配り、何よりもその品性は隠せぬわ。
どう見ても治兵衛の様な戦国の世のすさんだ気配は微塵も感じられず、ましてや大衆に埋もれる大工の図師風情とも思えぬ、後藤も言っとったが「あやつはただ者ではない」とな。
後藤は自分では謙遜しておるがこの日の本では一番の造城図匠じゃろうて、肥前名護屋城の築城のおり、縄張りを黒田官兵衛様が担当し、黒田長政様、加藤清正様が普請奉行を仰せつかったが、その際に造城図匠に誰を招聘するかを論議した際、異論無く即座に後藤にと決まったのよ。
その後藤をもって“凄い奴”と言わしめるそなたを大工の図師風情とは到底思えぬ、また治兵衛も先程 医術の知識はとうてい素人とは思えぬし、夜中寝言で伴天連もどきの言葉を時折発するとも言っておった。
そなたが気失せを演じ続けるにはそれなりの理由があろう、たとえ伴天連の信者とてとがめはせぬし、何処ぞの隊から逃亡してきた武将とて送り返す様なひどい真似はせん、じゃから真実を言うてみよ」
心の奥底を覗き込むような眼差しで衣笠久右衛門は見つめてきた。
その眼差しの奥に 一刀両断の気迫が感じられ視線をそらすことができない。
やがてこらえきれず誠二は視線を外した、それは負け犬のような惨めな屈服だ。
「久右衛門様が看破された通り気失せはだいぶ以前から良くなってきており 今では八割方は思い出しておりまする。
弦斎先生から思い出し次第知らせよと言われており、皆様にお知らせせねばと焦っておりました、しかしそれがしは皆様ご存じのごとく空より裸で落ちてきた奇っ怪者にござる。
まずそこからして荒唐無稽感漂う怪しげな者と申せましょう、ゆえにどうお話したら分かっていただけるか…それを考えるとついつい無為に日を重ね今日に至った次第にござります」
「そうかやはり思い出しておったか、確かに空から落ちてきた下りは儂とて眉唾の話と聞き流した、しかし母利太兵衛殿が検分されたうまやの屋根にあいた大穴や、弦斎様の肩や腰の打撲と頭傷の程度はまさしく高所よりの落下挫傷に相違無しとの所見からこの世には奇っ怪なことがあるものよと思うておった。
ゆえに最初から奇っ怪極まる話じゃから儂は多少のことを聞いても驚かぬつもりよ、のぅ忌憚なく話してはくれぬか」
「承知しました、そこまで仰せられるならお聞かせしましょう、しかし話は長くなりますゆえ後刻…夕方までには昇華院に伺い そこでお話し申し上げましょう」
「夕方になるのか…仕方ない、では待っておるゆえその時は嘘かくしなく聞かせてもらうぞ」
「衣笠様お待たせ致しました、麻黄湯を煎じてきましたよって飲んでみてちょ、熱や喉がいてゃぁ場合は傷寒か温病かを見極めることが最も大事なんだわ、ひでえ寒けや肩・背中のこわばり、汗が出にゃぁとか鼻水や痰が水っぽく透明だとかそういった症状がはっきりしとる場合を傷寒病と呼びまする」
緊張の場面で治兵衛が登場し話は腰砕けに流れた。
「傷寒病の治療は、麻黄湯や葛根湯がええ、なかでも麻黄湯は症状が強ぉて咳を伴う場合に適しとる、葛根湯は うなじや肩のこりがひでえ場合にええ、衣笠様は咳をしとらっせるから麻黄湯にしといたわ、これらん薬は熱を強制的に下げるのではのうて発汗とともに穏やかに下熱させる薬なんだわ」
「あぁもうよい、おぬしの話はいつも長ごうなる、どれ薬はこれか」
言うと丼に入った麻黄湯を手に取り口を付けた、しかしすぐに不味そうな顔に変わり、それでも一気に呷った。
飲み終わるとフゥッと息を吐き、さぞ苦かったのか渋い顔を作ると「それでは白兵衛、夕刻待っとるでな」と言い、座を立ち部屋から出て行った。
治兵衛は丼を盆に載せると「おみゃぁ久右衛門様に呼ばれたんか…悪りぃ、聞かれたもんで ついいらんことまでしゃべっちまった、これでもしお咎めみてゃなことになったら抗弁したるで勘弁してちょ」治兵衛は盆を持って立ち上がるとそそくさ逃げるように洗場へ消えた。
治兵衛の背中を見ながら(早かれ遅かれいつかはバレること いまさら治兵衛を恨んでも致し方なし、さてどうしたものか)とにがい顔で考え始めた。
先程問い詰められたときは自暴自棄も手伝い理解されようとされまいと真実を吐露するしかないと開き直ったが…いま冷静に考えれば吐露しても相手は到底信じてくれないだろう。
(もし俺が衣笠様で白兵衛という怪しげな小者が、四百年後の世界から落ちてきましたと言ったらどう思うか…こいつ俺をなめてるのか それとも狂ってるのかと思うが当然の成り行き)
(こうなったら嘘でつき通すしかない…しかし出自やこの朝鮮に来る前の職業や住んだ地域などを根掘り葉掘り聞かれたらどう答えるのだ、あの久右衛門を誤魔化しきれるのか…いやこの時代の機微や人情が分からなけりゃ必ずボロが出る、ほんの小さな嘘の欠片さえ久右衛門なら看破しそうだ、たとえば戦国時代の侍が現代に現れ その侍を尋問するとしよう、その侍が俺は現代人だと言い張ってもたぶん数分もあれば看破できよう)
(結局本当のことを言わなきゃならなくなる…だが言えばまた嘘をつくのかと言われるだろうし、一体どうすりゃいいんだ、こうなったら嘘ではないという証をみせるしかない、でっ何を見せるんだ…はぁぁ見せるものなど何もない)
(いやまてよ…この脳には最先端の工学知識が詰め込まれている、その内の何かを目の前で実証できれば納得させられるかもしれない、しかしどんなものを披露したら分かってもらえるのか…)
未の刻、誠二は鉄砲二番組の組詰所を訪れた、朝 入口を塞ぐ様に積まれてあった火薬樽はもう片付けられていた、入口から中を窺うと土間を掃除する小者が「何の用きゃぁ」と怪訝な顔付きで近づいてきた。
「医療班の白兵衛と申すが、井上佐八郎殿に呼ばれ罷り越した お呼び戴けますかな」
「佐八郎様はどこぞかに出かけられたはず…ちょっとここで待っとってちょう」
いうと小者は奥へ駆けていった。
暫く待つうち小者が奥から小走りに出てきた。
「佐八郎様はここを出て…ほれ あれに見える火薬庫右の武器庫で待っとらっせると」
小者が指差す方向を見た。
「分かりもうした」頭を下げると指をさされた土煉瓦造りの小屋に向かって歩き出す。
広場の端を歩きながら右手奥で槍の調練をしている兵らの鮮やかな動きが見えた、この江陰城に入って既に二ヶ月はたとうとしているが兵の士気に衰えは見えなかった。
武器庫と火薬庫の入口にはそれぞれ歩哨が一名ずつ立っていた、交代制であろうが日がな一日いつ来るともしれない敵の侵入を警戒する任務はさぞ辛かろうと誠二には思えた。
武器庫の入口に寄ると、仏頂面でこちらを警戒する歩哨に向かい「白兵衛ともうすが…」と用件をきり出そうとしたとき、歩哨は言葉を遮り「井上佐八郎様は中でお持ちです」と言い扉を開けてくれた。
中へ入るとすぐに扉は閉められた、すると中は真っ暗になり入口近くで暫し佇み目がなれるのを待った。
その時バタンという音とともに武器庫の中が急に明るくなった、誰かが明かり取りの天窓を開けたらしい、すると右手奥から「白兵衛殿か!」と声が発せられた。
「はい!白兵衛にござる」と姿無き方向に向かって応えその方向に歩を進めた。
しばらく歩くと棚奥からヌッと影が現れ「白兵衛殿参られたか」と佐八郎が姿を見せた。
「こちらへ」と棚奥の少し広い土間にしつらえられた机の前へと案内される。
その机上は天窓から差す午後の陽光に明るく照らされていた。
机上には黒い鉄の塊と木の渋い茶が陽光に映えている。
「お見せしたかったのは これでござるよ」と佐八郎は自慢げに鉄の塊を指さした。
見ると細めの銃身六本が円盤二枚に円環状に配され、それに続く後部はなにやらカラクリじみた機構が備わっている、それはまるで映画で見た西部開拓時代のガトリング砲に似ていた。
「ほぅ…これが佐八郎殿考案の銃で御座るか、いや素晴らしい出来でござるな」
誠二はたまらず手が出た、六本の円環状銃身の中心には回転軸が通り、銃口前にその軸を受ける二脚の支柱が銃前部を支えていた、その銃身の滑らかな肌に触れ立ち位置を変えながらカラクリ機構へと触れていく。
「六連発銃ですか…この銃の操作はどうやるのござろうか」とカラクリに触れながら聞いてみた。
「これを連発銃とすぐに看破するは さすが白兵衛殿でござるな、なんの 操作は至って簡単で一発撃つごとにこの握りを手で回転させるだけござるよ」と言いながら佐八郎はカラクリに繋がるハンドルらしき握りを一回転させた、すると環状銃身が1/6回転割出されその回転に連動した火鋏が一旦起き上がると新たに割出された銃身火口を叩いた。
「ふむぅ、回転割出しと着火の工夫もなかなかのものでござる、それよりも火蓋を無くし火穴に 短き導火線を装填する工夫には驚き入った、佐八郎殿これはたいした工夫ですなぁ」
「……白兵衛殿、どうして火口に導火線を使うことが分かったのでござろうか」
佐八郎は驚きを隠せぬ顔で誠二を見つめた。
「この銃には火皿や火蓋が付いてはいません、それゆえ本火薬への導火には導火線装填以外は考えられぬゆえそう申したのでござるが…それと銃身の回転に連動する火鋏一式のカラクリはたぶん貴殿の最大の工夫と見えましたが違いますかな」
「そ、その通りで御座る…いやはや白兵衛どのにかかったら全てお見通しじゃなぁ、いや恐れ入った」
「しかし佐八郎殿…一人の兵で六銃の連発操作を可能にするその着目点はよいが、弾込めも一人で行うとなれば次の発射までいかほどの時間が係りましょうや。
これなら六人の兵が順次発射し、打ち終わった兵から順次玉込めした方がよほど間欠なき連射が可能と覚えまするが、いやなに高速に撃ちたいとか兵の数を減らしたい工夫であれば着目点は素晴らしいと思いますよ」
「白兵衛殿も人が悪い、全て分かった上での嫌味とは…その通りでござる、この銃の仕掛けは工夫倒れで御座った、言われる通り弾込めには気の遠くなるほどの時間が係りましての、一度兵に試射させてみたが六発連射まではよかったが…いざ弾込めになると重き銃を二人がかりで縦にしなければならず、また六本の銃身に火薬と弾を装填する作業は面倒極まりなく兵は阿呆らしいとばかりに途中で放棄しましたわい、じゃから今日は白兵衛殿に良き連射仕掛けの工夫はなきものかと御足労戴いた次第です」
「佐八郎殿、お気にさわったならお許し下され、それがし仕掛け工夫のたぐいになると歯に衣を着せぬたちでござっての、悪気は無きゆえお許し下さい」誠二は以前部下のアイデアの拙劣さを見るやよく叱り飛ばしたことを思い出していた。
「この時代なら致し無きこと」と言ってから…ドキッとした。
「白兵衛殿、この時代とは…」
「いや何でも御座らぬひとり言ですよ、佐八郎殿 紙と硯は御座いませぬか、それがしが今しがた思いつきました工夫をお教えしとうござるが」
「ほぅ、もう連射の工夫を思いつかれたのか、これは早い えぇと紙と硯でござったな すぐに取ってきますよってしばらくお待ち下され」
そう言うと佐八郎は満面の笑みを浮かべ小躍りのていで駆けていった。
(さて自動小銃とその銃弾の製造法でも教しえようか…いやマズイかな、しかしこれから衣笠様の前で全て吐露すると決めたなら もうどうにでもなれ!かぁ…)
誠二は午後の陽光が差し込む天窓を見上げ深い溜息をついた。




