第2話 魔王は戦う
魔王たちの姿はヘルト勇者学園のグラウンドにあった。これから行われるのは魔王の入学試験であり、相手を務めるのはヘルト勇者学園の教師の一人であるハマル。
この時点で勇者学園に入れたのだから戦う必要はないはずなのだが、なぜか魔王たちはやる気だった。
「フハハ、まずは貴様が相手という訳か」
「そうが小僧。私がお前を倒せば受験料はすべて私が戴く」
誰もそんなことは言っていなかったのだが、まあ置いておこう。とりあえず両者が戦うことは避けられなかった。
「私も大人だ。先手は譲ってやろう」
「ほう。余を相手にその余裕、貴様相当腕に自信があるようだ」
「当たり前だ。名門中の名門であるヘルト勇者学園の教師を務める私が実力不足な訳があるまい」
「面白い。ならその実力、とくと見せてもらおう」
その言葉とともに思いっきり地面を蹴った魔王は拳を握ると教師ハマルに殴りかかる。だが単純な正面からの攻撃では当然ハマルを倒すことはできなかった。
ハマスは身体の前で腕を交差させると魔王の握り拳を受け止める。
「この腕力、中々の身体強化だ」
「ふん、貴様も様子見とはいえ余の攻撃を防ぐとはやりおる」
「身体強化が使えるなら遠慮はいらないようだ!」
ハマルは全身に聖なる力を送り出し、その身体能力を底上げする。これは勇者を志す者なら誰もが習得すべき術であり、身体強化が使えなければ勇者になれないといっていい。
しかしもちろん魔王は聖なる力なんて使えない。魔王が使えるのは主に破壊するための術であり、勇者のような能力を向上させる力は微塵も使えない。
その代わり生まれつき魔王の身体能力は秀でており、ただの人間と比べればその差は歴然だ。だからハマルが魔王の腕力を身体強化と勘違いするのも仕方のないことだった。
「はぁ!」
身体強化をしたハマルはその腕力で魔王の拳を押し返すと同時に身体を右に回転させて回し蹴りを試みる。けれどもハマルの攻撃を魔王は右腕一本で弾き、回し蹴りを弾かれたハマルは僅かにバランスを崩す。
だが流石はヘルト勇者学園の教師。バランスを崩されるや、ハマルはすぐに左回転をして魔王の正面に向き直る。そして腰に差していた剣に手をかけると躊躇うことなく抜刀し、魔王の首元を斬り裂こうとする。
「フハハ、実にいい動きだ」
魔王は抜刀した直後のハマルの柄頭を右足で思いっきり蹴るとハマルから距離をとる。その動きに試合を見ていたヘルト勇者学園の教師陣が感嘆の声を上げる。
「凄いな」
「ええ。ハマル先生の剣術は一級品だというのに、まるでその剣技を嘲笑うかのような諸行です」
「よくあの速さで抜かれた剣の柄頭を的確に捉えた」
「かなりの身体強化の使い手ですね」
やはり他の教師陣から見ても魔王の生まれつきの身体能力は身体強化によるものだと誤解したらしい。
「小僧。剣は抜かないのか?」
「剣? なぜ余がそのようなものを使う?」
「勇者なら剣を使うのが道理だからだ」
「フハハハハハ。面白い、実に面白い。これが勇者か」
「その余裕もすぐに無くしてやる」
ハマルがさらに身体機能を上昇させて、両手で構える剣には聖なる力を纏わせる。全身から黄色い光を発するハマルの姿はまさに絵本で見た勇者そのもの。
物凄いスピードで魔王に迫るハマル。その速さはどんな優れた新入生でも対応はできないほど早く、そして無駄のない動きだった。
さすがにやりすぎだと言いたげな傍観する教師陣たちだが、今から止めに入るのは手遅れである。だからこそ彼らは次の瞬間言葉を失う。
「フハハ、確かに勇者は面白い。だが、貴様の剣技はもう飽きた」
「なに……!?」
信じられないといった表情を浮かべるハマルだが、彼が絶句するのも無理はない。なぜなら魔王はハマルの渾身の一撃を親指と人差し指だけで止めたのだから。
目に移る光景はハマルの剣を親指と人差し指で挟む魔王の姿。
それが模造刀なら理解できる。ハマルが体の小さな子供なら理解できる。振られた剣がとってもゆっくりだったなら理解できる。しかし魔王が片指二本で受け止めたのは本物の剣を持った勇者学園の教師が本気で振るったものだ。
同僚の教師にさえこんな芸当は出来ない。一同があまりの衝撃に絶句する中で魔王の進化であるアロガンシアとルクスリアだけは微笑する。魔王の実力を知る二人からしてみれば魔王の所業は納得の結果だった。
「余を楽しませてくれた褒美として命までは取らん」
「……うっ」
破滅の力を纏った魔王の掌底がハマルの腹部にめり込むと、ハマルは苦痛に表情をゆがめながら倒れ込む。彼の意識は既に失われており、その聖なる力も魔王の破滅の力によって余すところなく消失させられてしまった。つまりハマルはもう勇者として剣を振るうことができない。
あまりの出来事に何も言うことのできない教師陣。魔王たちは至って普通のことだといった態度だ。
アロガンシアが教師陣に確認する。
「これで入学を認めてくれますね」
「ま、待ってくれ。確かにご子息の実力はわかった。だが肝心の聖なる力が身体強化だけというのはどうにも……」
「ですが先に提示した条件はクリアしましたよ? それに入学金の話だって済んでいるじゃないですか?」
「だ、だが……」
正直に言うなら教師陣たちは魔王のことを扱いきれないと考えていた。だから急に入学を拒否しようとするも、傲慢なアロガンシアを口で任すことはできない。
「入学を認めてもご子息の実力ではすぐに落第生扱いになってしまいます。この学園の評価基準は聖なる力のみで、その他はあくまで補助程度。それでも構わないというのですか?」
「ええ、構いません。もし受け入れてくださるなら更に十倍の額を用意しましょう」
「な、なんと……」
信じられないと言いたげな教師陣たちだが、アロガンシアは本気だ。そもそも魔王軍の金庫には無限の資金が用意されており、湯水のように使っても問題はない。
「もし受けていただけるなら今後の寄付も約束しましょう。ですから是非うちの魔王様をよろしくお願いします」
「わ、わかりました……」
取り留めのない金額に納得してしまった教師陣。人間はやはり金で動かすことができる存在だった。
しかしそこで待ったをかける人物がいた。アロガンシアの上司である魔王だ。
「待て。余は勇者と戦いに来たのであって入学するつもりはないぞ」
「魔王様、ちょっとこちらへ」
文句を言う魔王を呼びつけるとアロガンシアは教師たちには聞こえない声量で魔王に言った。
「魔王様。ここは入学すべきです」
「なぜだ?」
「魔王様、よく聞いてください。余の中にはその人の力量など見ずに学歴で判断する不逞な輩が数多くいます」
「ふむ。それがどうした?」
「魔王様の最終学歴はどこですか?」
最終学歴と言われて考える魔王。しかし思えば魔王は学校というものに通ったことがなかった。
「余の最終学歴は私設保育園だな。それも余が入園すると同時にできて余が卒業すると同時に廃園した」
「そうです。加えて魔王様には同級生というものは一人もいません」
「うむ」
「いくら魔王様に実力があってもトップに立つ者の最終学歴が保育園では部下たちに示しがつきません。ですがこの学園ならこの国でもトップの中のトップ。魔王様の最終学歴にこれほどふさわしい学園はここ以外にはありません」
確かに魔王の最終学歴が保育園というのは格好悪いかもしれない。だが魔王の最終学歴が国内随一の勇者学園というのもどうなのだろうか。
などと考える魔王ではなかった。
「うむ、学歴は必要だ。よかろう、余はここを卒業して最終学歴を確かなものとする」
「さすがは魔王様です!」
こうして魔王は今年のヘルト勇者学園の補欠合格者として入学を許可された。同時に能力不足で落第生の烙印を押されてしまうのであった。