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第4話 唯一残ったもの


 魔導軍の士官学校があるのは、開発都市と呼ばれる、融合した後の日本の中心地だ。人口の九十九%を失い、一度は国として崩壊しかけた日本は、魔導軍の奮闘によって徐々に再興して来ている。まだまだ災害の爪痕は大きいが、中心地であるここでは商業が行われ始めるくらいまで、国力を取り戻してきていた。


 仲間に置いていかれた虚は、そんな開発都市に一人でとぼとぼと歩いて戻って来ると、とある道場へと足を運んだ。


「よお、玄さん。来たぞー」


 引き戸を開けると、中から乱雑に聞こえるが、聞くものが聞けば洗練されていると分かる武人の足音や、地面を擦るスキール音が大きく響いて来る。こういう中に入ってみると煩くて、遠くから聞くと懐かしく感じる独特の雰囲気が虚は好きだ。


「お、坊主。今日は任務なんじゃなかったのか?」


 道場の入り口で靴を脱いでいる虚に声を掛けてきたのは、二年の激務ですっかり老けて、気怠さも一層増しに見えるものの、なぜか茶髪だけは辞めない胴着姿の男。二年前、怪物共に襲われていた虚を助けてくれた軍人、唐沢玄二だ。


 ちょうど三ヶ月くらい前に、玄二達の駐在先が虚達士官学生が住む開発都市へと移された。その際挨拶に行った虚は、玄二達が魔法を使わない身体技能を鍛える為の訓練を行なっている事を知り、以来、度々この道場に足を運んで訓練に混ぜてもらっていた。


「や……まあ、そこは察してくれよ。いつも通りだ」


「任務で何も出来なくて、悔しさからやけ稽古ってか?最近多いな」


「……俺に出来るのはこれだけ、だからな」


 寂し気に笑う虚に、玄二もまた、一瞬寂しそうな表情を浮かべた。けれど、それは本当に一瞬で、すぐに普段の気怠そうな表情に戻ると、


「ん―じゃま、久々に俺が付き合ってやりますかね」


「お、いいな。手加減抜きで頼むぜ?」


「端から坊主相手に手加減なんざするつもりもねえよ」


 と虚を誘い、二人は道場の中心で向かい合う。


 先に組み手をしていた者達は、二人の登場に割れるように空間を空けると、訓練の手を止めて対峙する二人へと視線を向ける。


 ──そして、数舜の逡巡の後に、二人は激突した。


 まず先に仕掛けてきたのは玄二だ。中段から繰り出される様子見の突き。威力こそ乗っていないため捌くのは容易いが、虚はそれを敢えて大きく避ける。それを避けなければ畳みかけるような追撃が来るのが分かっているからだ。だが、それを避けても追撃が来ないわけではない。

 戦闘において、実力差の拮抗した二人が戦えば、先に仕掛けた方が攻め続け、もう一方は防戦に回りながら隙を伺う、という状況に必ず陥る。攻めに自信があれば先手を取ってもいいが、そうでなければフェイントを織り交ぜた隙の探り合いが続いていく。武道などの試合で両者が中々仕掛けに行かないのは、そうして相手の隙を窺っているからだ。


「──っと」


 今回防戦側に回った虚は、玄二の猛撃をひらりひらりと躱し続ける。時に捌き、時に避け、相手に隙を与えない。逆に攻撃側である玄二は細心の注意を払っていないと攻撃後の隙を簡単に突かれてしまう為、攻撃の手を休める事が出来ない。


(……そうだ、俺はここなら強くあれる)


 魔法が絡んだ戦闘ではもう、虚は強者でいる事は出来ない。自分の才能の無さは自覚している。けれど、この場所でなら、虚は誰よりも強くあれるのだ。かつて最強であった自分は、まだここに存在している。そうして過去の栄光に縋り付いて、虚は何とか心の平静さを保っていた。


(さて、どう反撃したものか)


 虚はここまでずっと防戦一方だ。玄二の攻めは暗殺者時代にも中々経験できなかったくらいの一級品で、怒涛の連撃を見せたかと思えば、その中には幾重ものフェイントも入り混じっており、虚とて捌くのは一苦労だ。しかも、しっかりと技を見極めなければ隙を晒し、一気に畳み掛けられてしまう。それを警戒するあまり、どうしても攻めに転じるポイントを掴めずにいた。


「やっぱ、玄さんは一味違うな」


「年季が違えんだよ。ついでに心構えも違え。こちとらお前みたいに逃げの手段として戦闘訓練してんじゃねえんだからな」


「──っ、言ってくれるじゃねえか」


 玄二に図星を突かれて虚は激昂する。その直後、玄二の攻撃の後に大きな隙が生じた。それを見逃す虚ではなく、隙を認識した瞬間、虚はほぼ反射的に玄二へと正拳突きを放っていた。

 ──だが、それは罠だった。


「だから、心構えが違えって言ってんだよ!」


 虚が放った一撃はそれを見切っていた玄二によって見事に流され、それにより僅かに上体を崩した所に、思い切りのいい上段右回し蹴りが直撃。虚を左胴から一メートルくらい吹き飛ばした。


「一本、だな」


 尻餅をついた虚に、玄二が手を差し伸ばす。


「──くそっ」


 だが虚はその手を取らなかった。……取れなかった。


 (はっ、俺はここでも弱いのか? 最初余裕をかましてた割にまんまとやられて……ほんと、馬鹿みたいだ。自分にほとほと嫌気がさす。いつから、こんな風に弱くなった──)


「ったく、いいから手くらい借りとけって、おら」


 俯き、負の思考に沈む虚の手を掴み、玄二は無理矢理俺を立ち上がらせる。


「お前はよ、十分強えよ。確かに近接戦じゃ俺以外はお前に太刀打ちも出来ねえ。けど、そういうんじゃねえ。お前には大事なもんが致命的に欠けてる……まずな、組手中に他のこと、考えてんじゃねえよ」


「──っ」


 玄二の顔に浮かんでいたのはかつてない怒りだった。否。浮かんでいたのは、ただの怒りではない。玄二の顔に浮かぶそれは、悲しみを孕んだ、痛々しい程の激情だった。


 それを見て、虚は雷に撃たれたように気付かされた。……己が、何をしたのかを。


「……悪い、今日は、帰るわ」


 虚にはもう、その場を後にするしかなかった。これ以上玄二の顔を見ていることが出来なかったのだ。


「おい、坊主──!」


 引き止める玄二の声も無視して、虚は道場を後にした。

 外に出ると、未だ少し冷たい春風が強く吹きつける。それはまるで、虚を叱咤するかのようだった。


「俺、最低だな……恩人にあんな顔させて。もう、顔向け出来ない」


 任務では役に立たず、恩人は悲しませた。全て自分に原因があると分かってはいるものの、何をやっても上手くいかない現実に、虚は嫌気が刺していた。


「……帰るか」 


 桜舞い散る春の夜道は、壊れかけの街灯とどんよりした空模様のせいで、まるで桜が襲い掛かってくるかのような恐怖の道のりへと変わり果ててしまった。

 それはまさに、今の虚の感情が現れているようで、虚は桜を見上げて自虐的な笑みを浮かべると、唯一の"居場所"へと、重たい足向け、歩き出す。


 どれだけ苦しくても、こうして虚が戦い続ける理由の全てが詰まった、その場所へと。


***



「隊長、よかったんですか? 虚君にあんな言い方して。彼だって、色々抱えているでしょうに」


 虚の去った後の道場にて、艶やかな黒髪ロングの豊満な身体をした美女が、玄二にジト目を向ける。


「いんだよ。最初は心身共に鍛えてやれたからよかったが、今じゃここはあいつにとって逃げ場にしかなってねえ。……あいつはそろそろ、本気で自分の問題と向き合うべきだ」


「それなら、何も喧嘩別れしなくたっていいでしょうに。これをきっかけに疎遠になったらどうするんですか。彼を気にかけているのは隊長だけではないのですよ?」


「うっ……ま、まあ、そうなったら、良くはねえが、仕方ねえ。とにかく、今選ばなきゃ、あいつは後悔する。どっちにしろ、な」


 美女の言葉に若干狼狽える玄二だが、虚の身を憂いて、噛み締めるように言葉を紡ぐ。


「ま、そうなったら一番落ち込むの、隊長でしょうけどね」


「うるせえ。それより、万一、あいつが選んだ場合には根回し頼むぜ?副隊長さん」


「全く、面倒な作業はいつも私任せなのですから……」


 はぁ、と深いため息を吐き、今回だけですからね、と副隊長こと沢野明美は了承するも、そうなった場合の面倒な段取りを頭に思い浮かべ、頭を痛める。


「悩め坊主。どちらを選んでも俺は構いやしねえが、後悔はするな。……ま、片方は本気で地獄だろうけどな」


 先刻虚が出て行った出入り口を見ながら、玄二は彼の将来に苦言を溢す。


「副隊長、隊長が何か浸ってます」


「放っておきましょう。今絡むと面倒ですよ」


「うるせえ、てめえら聞こえてんだよこら!ていうかな、てめえら坊主に手も足も出ないとか軍人として情けないんだよ!」


 玄二たちのやり取りに、道場内で笑いが起こる。


 それは、日本魔導軍最強部隊の一角“炎魔神“率いる“第三旅団”の中に存在する、たった一人の少年の行く末を憂う、隊員達にとっての温かい日常だった。

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