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第3話 最弱無敗の魔導士


「グオオオォォォォォッ!」


 回りを山に囲まれた平野に、脳を震わす巨大な雄叫びが木霊する。そのあまりの大きさに、大地はさざめき揺れる。


「あいつが標的か……よし、今調べるからちょっと待ってて──」


「ちょっと、邪魔」


 虚が虚空に手をかざして、魔力を込める。すると眼前に幾何学的な紋様が現れ、平野の奥で雄叫びを上げる標的を捕捉。虚の視界に、標的の情報を映し出す。

 だが、折角情報を調べたというのに、唐突に後ろから押し退けられ、虚は横跳びに尻餅を着く。


 ──直後。視界には、美しい金色の揺らめきの残滓が淡い輝きを放つ様が映し出されていた。


 揺らめきは閃光となって、一直線に平野を駆け抜ける。


「おい、紅坂!」


 虚は閃光を生み出した少女を呼び止めようと、その背に向かって必死に呼びかけるが、止まる気配は見られない。むしろ声に反発するように、初速より遥かに勢いを増して平野を駆け抜けていく。


「はっ!」


 威勢のいい気合一閃。拳を構えた金色の髪をした少女が突っ込んでいくのは、先刻大地を震わせるほどの咆哮を上げていた魔物、"サイクロプス"。体長は五メートル以上、目は一つで角が生えていて、大木みたいな棍棒をいとも容易く振り回している巨人だ。


 そんな、本来人間が到底敵うはずもない怪物に、見た目は華奢で普通そのものの少女が一直線に突っ込んでいく様は、どう見たって自殺行為だ。この後、少女が巨大な棍棒に蟻みたいに簡単に潰されてしまう未来がありありと思い浮かぶだろう。


 だがむしろ、虚の頭に浮かんだのは全く逆の未来だ。美しく気高い金色の閃光と化した、視界の中の少女が死ぬ様なんて、虚には想像すら出来ない。


 少女はあっという間にサイクロプスとの間にあった数十メートルの距離を詰める。そのまま自分より遥かに大きな巨体を目の前にしても一切動揺せず、ただ無言で二メートル近くもの跳躍をし、サイクロプスのどてっ腹に一発。ビルみたいな巨体が思わずノックバックするほどの強烈な蹴りを叩き込んだ。


「──ったく、わざわざ人を蹴散らしてから行きやがって」


 数百メートルは離れているというのに、戦いながらも清流のように美しくなびく金髪が特徴的な少女──紅坂蓮(こうさか れん)が巨人を圧倒している事に安心してからようやく、虚は突き飛ばされた事に対して悪態をつく。

 サイクロプスを圧倒する奮闘ぶりと、険しい表情からキツい印象を与えがちだが、時折見せる爽やかな表情は、体育会系にいそうな美人を思わせる。黒髪にしてポニーテールにしたら似合いそうだ。


「戦ってる蓮が怖いのは御影も分かってるんだから、邪魔しなきゃいいのに。でも、あれなら楽勝そうだね? 雪菜」


 サイクロプスを圧倒する蓮の様子を前に、ふらふらと左右に体を揺らしながら楽観的に笑うのは、深雪のように美しく煌く銀色の髪をした少女──霧崎歩美(きりさき あゆみ)

 間違いなく美少女なのだが、美人というよりは可愛い系の印象を与える彼女の整った目鼻立ちは、その軽快な性格と合わせて魔性の魅力を放っている。

 

「油断は禁物だといつも言っているでしょう。ほら、早く貴方も蓮の援護を」


 適当な物言いの歩美を咎めるのは。澄んだ空気の中の、一点の曇りのない夜空のように深い黒髪を長く伸ばした少女──涼川雪菜(すずかわ ゆきな)

 雪菜の場合は歩美とは違って可愛いというよりは美人だ。一つ一つの仕草が流麗で品があり、育ちの良さが窺える。和服を着たらとても似合いそうだ。


「ちょっと、怒んないでよ雪菜……しょうがない、私も参戦しようかな」


 軽い口調で言うと、歩美は華麗に空へと飛び上がっていく。──そして、


炎熱の雷線よ(フレア・ボルト)


 銀鈴のように聞いていて心地良い声音で詠唱すると、彼女の周囲に紅く輝く十門の魔法陣が展開される。一つ一つが一撃必殺の威力を持った魔法陣は、指揮者もかくやという程の優雅な動作で歩美が手を振り下ろすと同時に、次々に超高温の熱線を発射する。

 熱線はサイクロプスへと一斉に着弾し、高い魔力耐性を誇るサイクロプスの皮膚を容易く貫通すると、関節に致命的なダメージを与える。


「グオオオオオォォォォォッ!」


 痛みに耐えかねたサイクロプスは先刻よりも大きな咆哮を上げると、見境なくあちこちへと棍棒を振り回し始める。


 そして、予測出来ない不意の動きのその先には、ちょうど攻撃を終え、着地する直前で慣性をいなす蓮の姿があった。


「やばいっ!」


 虚は思わず叫び声を上げる。いくら人間離れした身体能力を誇る蓮でも、あの巨体から繰り出される重たい一撃をまともに食らえばただでは済まない。そう、思われた。


 ──だが、塞がれたのはサイクロプスの棍棒の方だった。勢いよく振り抜かれた棍棒は、空中で何かに阻まれて、その反動でむしろサイクロプスの方が軽くよろめく。


「涼川か」


 見ると、前方で複数の白く、複雑に折られた人型の紙を自分の周囲に漂わせた雪菜が、その紙を蓮の方へと向けて、魔法陣を展開していた。彼女が得意とする結界魔法で、サイクロプスの攻撃を防いだのだ。


「だから気を抜くなと言っているのに……!」


「ちっ」


 聞こえなくても雪菜に非難されたのが分かったのだろう。蓮は軽く舌打ちをすると、ふっ、と小さく息を吐いて立ち上がった。座った目で見据えるのは、たった今雪菜に怒られる原因を作った巨体の怪物。


「遊ぶのも大概ね……全く、あんたのせいで後で雪菜に怒られたんだから。まあいいわ、もう、終わりにする」


 突如、蓮の体を紅蓮の蒸気が包み込む。それは可視化できるほどの濃密な魔力だ。内包した魔力を身に纏い、攻撃力を爆発的に上昇させる蓮の魔法、《紅蓮纏繞(ぐれんてんじょう)》を発動したのだ。


「はああっ!」


 地面を深々と抉るほどの威力で蹴ると、斜め上方向に飛び上がった蓮は、紅蓮の蒸気を纏った飛び膝蹴りを先ほどと同じ、サイクロプスの腹へと思い切り放つ。その威力は巨体を仰け反らせるに過ぎなかった先ほどとは比べ物にならない。蓮の一撃はサイクロプスの腹に大穴を空け、辺りには青黒い気味の悪い色の血飛沫が舞う。


「グォォォォッ?」


 たった一撃喰らっただけで、サイクロプスは断末魔のような咆哮を上げ、後ろ向きに地面に倒れ込む。すると本能が死を感じたのか、まるで赤子が駄々をこねるが如く、尻餅を付いた状態でやみくもに棍棒を振り回し続ける。最後の悪あがきだ。


「そろそろ、決着ね」


「蓮も十分暴れただろうし、私がとどめを刺すよ」


 蓮が勝負を決めに行ったのを見て、歩美と雪菜も目配せをして、構える。


炎熱の雷砲よ(フレア・カノン)


 歩美が手を振り上げると、先ほどと同じく魔法陣がいくつも展開される。しかし、その様式は先程とは全く別物。展開された魔法陣は一直線に並び、歩美が手を振り下ろすと、一斉に熱線を放ち、それらは収束して一つの真紅の巨大な砲弾となり、サイクロプスに向かって打ち出される。


 複数に別れていた先程の魔法の威力を一点に収束したそれは、まさに砲撃と呼ぶにふさわしい威力で、サイクロプスの全身を飲み込むと、派手に爆裂する。


 歩美の砲撃により、サイクロプスは悪あがきも虚しく絶命した。その焼け焦げた胸部から、嫌そうな顔をした蓮が人間の頭大の、紫色に怪しく光る魔石を回収する。


「さ、帰るわよ」


 いつの間にこちらに戻って来たのか、巨体が倒れる光景に圧倒されていた虚の横を蓮が颯爽と通り過ぎた。その手には戦利品であるサイクロプスの魔石が軽々と抱えられている。


「あ、蓮! 待ちなさい! あなたには話が──」


 雪菜も蓮を咎めながら、追いかけていく。


「ほら、御影も行こう? さっさと来ないと置いていかれちゃうよ?」


 歩美も虚のことを気にしたように声を掛けながらそれに続く。心配しているようだが、そもそも声を掛けてきているのが上空からで、虚の事は振り返りもせずに飛び去ってしまうので、むしろ嫌味にしか聞こえない。


 まあ、なんにせよ。こうして無事虚たちの任務は終わったのだった。


「……って! 俺なんもしてねえじゃねえか!」


 結局三人の戦闘力に圧倒され、眺めていただけ。調べた情報など全くもって役に立たなかった。


 しかし、虚の悲痛な叫びに反応するものは誰もいない。虚には使えない飛行魔法を使って、全員もう視認出来ないくらい先へと行ってしまっている。


「……なんで、俺だけ」


 取り残された虚は、もう何度も思ったか分からない悔しさを口にする。


 玄二に推薦されて意気揚々と士官学校に入学し、魔法を学んだ末に、虚を待ち構えていたのは最悪の現実だった。

 ──"固有魔法"の攻撃適正がゼロだったのだ。

 一定以上のレベルに至った魔導士は、“固有魔法”と呼ばれる各個人に与えられた唯一無二の魔法を使うことが出来る。それは魔導士にとって他の何より重要で、剣士を目指す者の剣術の才能くらい、固有魔法の強さは魔導士の強さに直結する。

 だが、虚はその固有魔法の攻撃適正がゼロだった。虚の固有魔法は、情報を調べたり、それを纏めたりできるだけの、戦闘においてはなんの役にも立たない便利魔法だったのだ。


 周囲が皆、固有魔法を成長させてどんどん強くなっていくというのに、もう一年程ずっと、虚は同じ場所で足踏みをしているだけ。


 ただ、蓮達という優秀な仲間には恵まれたから、士官学校での成績だけは悪くない。


 そんな虚の状況に対してつけられたあだ名が、”最弱無敗の魔導士“。


 もう、かつて“死の影”と恐れられた最強の暗殺者の面影はどこにもない。


 才能という現実を前に今日も惨めな思いをしながら、虚は一人、徒歩で帰路へと着くのだった。


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