第2話 世界の謎
戦いが終わると再び部屋は応接室に戻り、虚と玄二はソファーに腰掛けて話を始めた。
「さっき現実は把握していると、お前さんは言ったな? まあ確かに、あの実力なら色々誤魔化して情報を得る事は難しく無かっただろう。だが、実際の所お前さんは何もしていない。だから、情報なんて全く得ていない……違うか?」
「……よく分かったな、その通りだ。魔法がどれだけの物かわからない以上、動くのは危険だったからな。……そして、その判断は間違ってなかったみたいだ」
虚は今しがたこの部屋の空間を変質させた魔法を思い浮かべて、そう付け足した。
「やっぱりか。賢い者ほどこの状況で下手な動きはしないだろうからな、……それじゃ、まずは何がどうなっているのか、そこをお前さんに説明するところから始めようか」
予想通りだと言わんばかりにニヤリと笑い、玄二は「沢野、説明頼む」と部屋の隅に控えていた彼女を手招きした。
「俺は色々と適当なところがあるんで、説明とかはこいつを交えた方が円滑に進むんだ」
がはは、と豪快に笑いながら玄二はポンポンと明美の肩を叩く。
「改めまして。私は沢野明美と申します。普段はこの人の補佐をしています。……もうお気づきかも知れませんが、この人、実力は確かですけどそれ以外の部分が少し……いや、かなり適当なんです。軍の業務も大半は私が管理していますから、わからないことは私に聞いてください」
「……まさに今尊敬し始めた所だったからショックだよ」
「おい沢野、余計なこと言うなよ」
叩かれた手を振り払い、冷ややかな視線を送ると、玄二の本性を一気に暴露する明美。
虚はさっきの模擬戦で玄二の強さに尊敬を抱き始めていたので、目の前の、明かに明美の尻に敷かれている様子に幻滅した。
「それよりも、現状を彼に説明するんじゃ無かったんですか?」
「お、そうだった。突然魔物が溢れたせいで、国家が正常に機能していない。この一月ずっと放置されてたんだ。そのくらいの状況予想はついてるよな?」
「ああ、国家機関だからな。国民への情報開示がないのはそういう状況以外ないと思っていた」
“何の情報も与えられない“という情報は与えられていたので、虚はそれが一番可能性が高い状況だと予想していた。
「その予想は概ね正しい。尤も俺もさっきそれを知ったんだがな」
「……どういうことだ?」
「何だ、お前さん気付いてなかったのか。今、この世界じゃありとあらゆる電波が使えないんだよ」
「電波が……?」
虚はその事実に驚愕をあらわにする。
電波が使えなくなるということは、この世界の通信技術の全てが使えなくなるということだ。スマホやパソコンはもちろん、軍用の無線機だって使うことはできない。軍は、情報を開示しなかったのではなくできなかったのだ。何故なら自分たちだって情報を持っていないのだから。
(そういや、あの日は潜入任務の最中だったから、電子機器は全部バイクの中だったな。持っててもデメリットしかないし)
虚は今更ながら、スマホで調べる、という選択肢自体を思いつかなかった自分に呆れる。
「保護された人たちだって馬鹿じゃない。今の時代、スマホで何が起こったかは簡単に調べられる。そうじゃなければ情報を開示しろ、なんて抗議はしてしてこないさ。電波が使えないから、彼らは俺たちに情報を求めるしかなかったんだ。……そこに気づかないとは、お前さんも案外抜けてるのな」
「……いろいろ面倒だから、避難所では人となるべく関わらないようにしてたんだよ」
虚と同じ街から保護された者なら、あの時、虚の全身が魔物の血に濡れていた事実も知っている。だから虚は人と接触することは面倒にしかならないと考え、避けて動いていた。
「ま、あんな状況を見られれば当然か。とにかく電波がないから俺たちも上層部と連絡が取れないし、車もヘリも、あるにはあるが、魔物がひしめいている中を進むにはあまり適していない。そういうわけだから、俺たちも情報は持ってなかったんだよ。……さっきまではな」
「……さっきまで?」
ニヤリと笑い勿体ぶる玄二。その楽しげな様子にため息をついて、明美が動いた。
「隊長、変に勿体ぶるのはやめてください。虚君、安心してください。一月前、周囲の人々の保護に目処がついたあたりで一個小隊を連絡役として派遣しています。そして、既に彼らはこの基地に帰還し、ある程度の情報を得ることには成功していますから」
「何だよ沢野、せっかく俺がこいつを驚かそうと思ってたのに」
さっさと言い切ってしまった明美に対して拗ねた様子の玄二。
「……段々分かってきたぞ。あんたが適当だって言われてるわけが」
こんな緊迫した状況でわざわざ虚を楽しそうにからかってくるあたり、いかに玄二が適当で、面倒な人間なのかが窺い知れる。
「分かっていただけたようで何よりです……真剣な話の最中でこれなのです。本当に、普段私がどれだけ苦労していることか」
明美が苦々しげな視線で玄二を見る。その目は明らかに上司へ向けるものではない。
(この人、相当振り回されてるんだろうなぁ)
目の前の美しい女性の苦労を忍んで、虚は少しばかり心が痛んだ。
「それで? その小隊が持ってきた情報ってのは一体どんなもんなんだ?」
「彼らはこういう時に情報が集まるはずの都内の朝霧駐屯地まで行って、他の基地の奴らと情報を共有してきた。それによると、日本は人口の九十九%が死んだか、行方不明かになってるみたいだ」
「九十九%ってそんな数字どうやって……」
「そこに集まった各基地で保護されている人数を、日本の人口から引いたらそうなったんだよ。お前さんだってこの基地で保護できてるのがせいぜい二百人にもいかない程度だっていうのは知ってるだろ?」
「だからってそんな、日本が壊滅したみたいな人数、信じられるかよ……」
ほんの一月前まで、日本には一億以上の人口がいた。だというのにそれが一%、約百万人しか生き残っていないというのだから、流石の虚もすぐには受け入れられない。
「何だ、伝説の暗殺者さんも人の生き死にを気にするのか?」
「いやまあ、正直見知らぬ人間が何人死のうがどうでもいいが……それでも驚くだろ、これは」
暗殺者として人の生き死にには誰よりも多く触れてきた虚だから、“驚く“くらいで済んでいるのだ。普通の人間なら卒倒しているだろう。その辺りの倫理観は思い切り欠如しているのだ。
「お前さんもあの日に体感しただろうが、無限に湧く魔物に対して従来の火器では力不足だ。だから、魔法を使える部隊がいない基地は、戦車や戦闘ヘリが多く準備出来てる大型のところ以外はワイバーン数匹で壊滅する。……国を守ろうと敵わない敵に挑んだ同胞達を思うと、俺は少し、心が痛むよ」
イージス艦や高速戦闘機など、対外国武装しかしていない日本の軍事力では、次から次へと湧いてくる魔物から住民を守り切ることはできない。だからできたのは、魔法が使える者だけだという。
「ていうかちょっと待てよ。何で唐沢さん達は一体どうやって魔法を覚えたんだ? そもそも魔法って何だよ」
魔法なんて、従来の日本においては創造上の力だったはずだ。だというのに、玄二達はあの日既に魔法を使う事ができていた。それはおかしい。
「……俺も沢野も詳しいことは分からないんだ。ただ、あの災害が起こる半年くらい前に、俺たちは軍のとある施設で魔法の訓練を受けた。いつかこの力を使う時が来るって言われてな。そして魔導軍として各基地に配属した。ただそれだけなんだよ」
つまり玄二達は一体世界に何が起こったのかはわからないけど、魔法の訓練だけはしていたから人々を助けてまわっただけ、ということになる。それが、突如現れた“日本魔導軍“の真実だった。
「だが、そんな訓練をさせ、数百人が一月過ごしても尚余りある物資を備蓄した人物がいるんじゃないのか? 唐沢さんって軍の中でも偉い方だろ? それでも分からないのか?」
「誰か、それを予見していた人物がいるんだとすればそれは、国のトップよりもさらに上の存在だろうよ。少なくとも軍の中だけの話じゃないってのは分かる。お前さんの言う通り、俺もそれなりに偉いからな」
「そうか……」
そう簡単に真実にはたどり着けないらしい。人口のほとんどが死んでいるんだ。もしかすると、真実は永遠に闇の中、なんてことも十分にあり得る。
「なるほどな。ま、置かれてる状況については大体分かったよ。悪いって事だけだがな。……それについては俺がどうこうする事じゃないし、あんたら軍にお任せだ。最初にも言ったが俺の目的はただ一つ。……その魔法という、未知の力が欲しい」
日本の状況とか、被害とか、知りたいとは思っていたが、何よりも虚が手に入れたいのは魔法という力だ。それ以外は最悪どうでもいい。
かつて最強の座にいた時には、虚が見ている景色に誰も追いついて来てはくれなかった。だが今は、目の前に自分よりも強い相手がいるのだ。それは強さに誇りを持っていた虚にとって、全てを否定されつつも、何よりも求めていた競争相手を得たという複雑な状況であった。
「力が欲しい、か。……なら、提案がある。部下が持って帰ってきた話の中に、魔導軍の士官学校を作るって話があったんだが、俺の推薦でそこに入ってみないか。きっとそこが今、日本で最も魔法を学ぶのに適した環境のはずだ」
「士官学校……いい話だ。是非乗らせてもらいたい」
玄二の話に、虚は迷う事なく即断した。最初は玄二達に魔法を教わる気でここにきていたが、教えるのが専門の場所ができるならその方が話が早い。
何より虚のプライド的に、負けた相手に教えを乞うのはなんとなく癪だった。
「じゃ、決まりだな」
そうして虚は、魔導軍の士官学校に入学することが決まった。
***
──それから二年後。
最強の暗殺者“死の影”と呼ばれていた虚は現在、士官学校の中で“最弱無敗の魔導士”という何とも不名誉なあだ名で呼ばれていた。