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プロローグ②


「……ん? 一体何が……」


 暫くして、虚は意識を取り戻した。


 爆音と閃光で五感が麻痺したせいか、あるいは頭部を強打した後遺症か、立ち上がろうとするも、視界はグニャリと歪み、キーンと甲高い音で耳鳴りがする。


「確か、閉じ込められ、処刑される直前でおかしなことが起こって……ていうか、ここは一体どこだ?」


 ようやく視界の歪みが消え、辺りを見回した虚の視界に映った景色は、さっきまでいた四方をシャッターに囲まれた研究室ではなかった。


 そこは、見た事もない深い森の中。樹齢百年くらいありそうな大木が数多く生い茂り、その大きな枝葉が唯一の光源であるはずの月の光を完全に遮っている。けれど、森の中は暗闇というわけではない。木々の奥から溢れてくる赤らんだ灯りによって燃えているみたいに怪しく照らされているおかげで、むしろ視界は月明かりよりもはっきりしている。


(夢の中でも、死んだわけでもないみたいだな)


 目を瞑り、己の内に意識をはっきりと向けて、虚はこの光景が幻覚ではない事を確認する。職業柄そういう現象を引き起こす薬への耐性や、幻覚が起きたときの対処法も心得ている。だから虚は即座にこれが幻覚である可能性を捨て去る事が出来た。


(どうやら連中はまだ俺を手放す気はないらしい)


 これが現実であるならば、さっき閉じ込められた部屋から眠っている間にこの場所に運び込まれたと考えるのが妥当だ。


(とにかく周囲を探索してみないことには何もわからないか)


 虚がそう思い立ち上がった、その時だった。


「い、いやあぁぁぁぁぁ!」


 突然、森の奥から女性の悲鳴が聞こえてきた。それは幽霊に遭遇したか、あるいは強姦魔的な犯罪者にでも襲われない限り、こうまで取り乱しはしないだろうと思われる程の、悲痛な叫び声だった。


「何か知ってるかもしれない……行ってみるか」


 右も左も分からない森の中で、初めて聞こえた人の声。それを逃すなんて選択肢はない。虚は女性の悲鳴がした、森の奥の、赤い光が溢れてくる方へと向かって駆け出した。


 奥に進むにつれて、徐々に赤い光は強まっていく。そして視界を大きく遮っていた大樹の横を抜け、光の出処へと到着した虚が見たのは──、


(どういう事だ? ここは、さっきの研究施設の近くじゃないか)


 森を抜け、光が溢れる先にあったのは、工場から五百メートル程移動した所にある住宅街だった。虚はこの近くに乗ってきたバイクと予備の装備を置いてから移動したので、ここの事ははっきりと覚えている。


「一体どうなってるんだ……」


 背後を振り返れば、確かに今しがた抜けてきた森林がしっかり存在している。しかも、住宅街と森林との境目は不自然な程に同化していて、どちらも以前からそこに存在しているようにしか見えなかった。


「赤い光の正体はこれだったのか」


 夜だというのに森の中を明るく照らしていた赤い光。その正体は住宅街に立ち昇る火災の炎だった。炎はそこかしこで上がっており、まさに火の海と呼べるほどに、街を覆い尽くしている。


(おかしい。本来ならこの森林のある場所には、さっきまで俺がいた研究施設があったはずだ)


 腕時計を確認すると、時刻はまだ午前零時半。虚が研究施設で意識を手放してから三十分くらいしか経ってない。


「って、そうだ。悲鳴の方に行かないと」


 どう思考を巡らせても、たった三十分程度の間にあの工場を森林に変え、街一つを火の海に沈める方法が、虚には分からなかった。だからひとまず、森を抜けてきた理由である女性の悲鳴にヒントを求めるべく、虚は住宅街を奥へと進んでいく。


(空気が重い……)


 住宅街を進むほどに、いつもとは明らかに異なる、体を地面に押し付けるような重たい空気を感じる。まるで、一呼吸毎に体が鉛を飲んでいくようだ。


「いやあああ!」


 虚が空気の重さに飲み込まれかけて、世界の全てが狂ってしまったような感覚に襲われて背筋を冷たい不安が駆け巡った矢先、再び女性の悲鳴が聞こえてきた。


(くそっ! 間に合ってくれよ……!)


 虚は全力で声のした方へ駆ける。大通りを抜け、狭い路地を全力疾走のままに危うげなく曲がり切る。


 辿り着いた先で現れたのは巨大なシルエットだった。薄っすらと夕焼け色揺らめく火災のお陰で、辛うじて道の先に何者かがいることだけは分かるが、それ以上は逆光の作り出す影が視界を阻んでいて、それが何であるかは分からなかった。


「いや! 離して!」


 たっぷり三秒ほど、虚は固まってしまっていた。それは、明らかに女性の声を発しているのに、声に似つかわしくない巨大なシルエットが、視界の先に浮かび上がったからだ。


「おい! 大丈夫か!?」


 虚が声を掛けたのと、気まぐれに揺らめく炎が影の先を照らしたのは同時だった。炎の明かりに照らされて映し出されたのは、存在する事を疑う、醜悪な姿。


「お願い……助けて……」


 ──そして、次の瞬間。


「いや! いやあああああああぁぁぁ……あ……かはっ」


 痛々しいまでの、絶叫ともいうべき声を上げて、そのまま女が永遠に動かなくなる様を、虚はただ固まって見ていた。見ている事しか、出来なかった。


「なんだ、お前は……」


 驚愕のあまり、虚の口から声が漏れ出ていた。


 炎によってオレンジ色に照らされ現れたのは、人にしてはあまりに歪すぎる姿形をした『怪物』。全長は約二メートル以上。距離があり、暗がりでは分かり辛いが、明らかに人より大きく、肌の色は薄い緑色。


「……ゴブリン、か?」


 そこにいたのはRPGなんかでは定番の、人型の醜悪な悪鬼。現実には存在しないはずの、人ならざる魔物。ゴブリンだった。


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