お前さえ居なければ
今年の年末は何をして過ごそう?
クレイと、みんなで、くだらない番組と歌番組を交互につけて、
「来年はこれがしたい」とか他愛ないことを話したい。
あったかいおうちで過ごせたら、きっと幸せ!
夢を見る。
それは、私と、クレイの夢。
あまあまじゃなくって、ずっと苦いビターでダークな、嫌な夢。
クレイは、死神らしい大きな鎌を私の首筋に当てて、
冷たい表情でこちらを見る。
その表情を、よく知っているが故に、その夢は現実味を帯びて行く。
冷や汗が背中を伝っていく。身体は動かない。
何する気なの、
答えは、ない。
ただ、可哀想に、と呟いて鎌を振り上げる。
そのグレーブルーの瞳に、優しいクレイが居るんじゃないかと思った。そんなことは、なかった。
《クレイ・コラソンのメモ》
必要なのは、
少しの憎しみと嫌悪、そして立ち去る勇気だ。
少しでも隙は見せてはいけない。
でも、彼女を嫌うための理由が、見つからない。
* * *
嫌な感じがして目が覚める。
頭が脳を締め付けるようで、
目の前の視界は歪んでいて、フラフラする。
喉が酷く渇いて、息が荒くなる。
昨日の内にSpicaに診てもらうべきだったと後悔する。
カーテンの隙間から差し込む、朝の光も鬱陶しくて、カーテンを閉める。
水を、飲まなきゃ、
リビングではクレイが朝のニュースを見ている。
助けを求めたかったけれど、声にならなかった。
今日は、やけに起きてくるのが遅いな…
骸の為に作っていたスクランブルエッグの火を止めて、起こしに行く。
「そろそろ起きろ〜、お寝坊さん」
彼女の部屋の扉を開けた時、事態の深刻さに気付く。
すぐに電話を掛けて、Spicaを呼んだ。
そっちの方が、能力者を異端視する病院なんかよりもずっと手っ取り早いし、何より、手を尽くしてくれるだろう。
Spicaは、彼女が眠っている間に出来る限りの治療と診断を施してくれた。
「クレイ、落ち着いて、聞いてくれるか?」
心臓がん、彼女が、15年前に患った病気。
それが脳に転移して、病状は進行していたとのこと。
当然、進行した病気は、治る見込みもなく、
無事に年を超えられるかどうか。
そう説明するSpicaは、まるで仕方がないと言うように諦めていて、酷く落ち着いていた。
声色はまるで子供に向けて話すようで、それがまた俺を苛つかせた。
「Spica、何で言わなかった」
その問いかけに、Spicaは答えない。
代わりに、
「もう、骸には近付かないで貰えるか…?」
頭に血が上って、隣に彼女が眠っていなければ殴るところだ。
「何でそんな必要があるんだよ」
出たのはそれだけで、びっくりするほどその声は低かった。
「お前がいなければ、もっと早く病気を見つけられた!こいつを治せたはずだった!」
その手には一冊の本、日記が握られている。
「どこを見てもお前の事ばっかりだ!"クレイを心配させたくない"だの何だの、1番大事なのは、自分の体だってのに!」
その言葉一つ一つは、当て付けのようにも聞こえる。
手に持っていた日記を地面に投げると、その日記のページがバラバラと崩れて、長く使ってきたものだとわかる。
そしてやっと我に帰ったようで、
悪かった、と前向きをしてから、
「今日はもう、帰ってくれないか…?」
憔悴しきった声でそう言った。
「ごめん、骸、煩かったよな?」
まだ眠っている骸の髪を撫でる。
これからどうするか、2人で考えなくてはならない。
彼女が、延命を望むのか、
それとも、安楽死を選ぶのか。
クレイ(あいつ)さえ居なければ、そうは言ったものの、俺だって彼には救われているのだ。
悪いことをしてしまった。
「んー…そっか、分かった。教えてくれてありがとう、Spica。」
当の本人は、思っていた以上にあっけらかんとしていた。
元から鈍感な奴だとは思っていたけれど、これは多分、死に対する感覚が鈍っているのだと思う。
「ねぇ、Spica。そんなことよりさ?」
窓際の写真立てを指差して
「あの女の子と、男の子は、だあれ?」
その言葉に、気付かされる。
まだ、解決していない大きな問題があると。
《過咲骸の日記》
今日が何日か、わかんなくなっちゃった。
Spicaに言われたの、私は×んじゃうらしい。
どうせ長く生きてても、
無駄なお金がかかるだけだから、
いっそ今すぐにでも×んでしまえたら良いのに。
隣にクレイが居てくれたら、それで良いと思うの。
でも、あの女の子たちは誰だろう?
どこかで、見たことある気がするんだけど…
こんなの、あんまりじゃないか。