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観光

 パープルフィールド領を抜け、小さな宿場町に入った。

 旅は順調だ。互いに距離を取っているから、無闇な衝突が起きていないだけだが。

 宿につくと、娘はすぐさま部屋に入った。

 パブに残ったのは俺とモーガン、そしてジャスミンだけだ。

「もうすぐ王都か。寄り道さえしなければ、数日でつけるかな」

「お金は大丈夫なの?」

 モーガンの小馬鹿にしたような問いを、俺は鼻で笑い飛ばした。

「問題ない。なにせ娘から二千ポンドも借りたからな。余計な出費さえなければこのまま行ける。馬小屋で寝るようなハメにはならんさ」

「もしそうなったら、わたくしがあたためてあげるわ」

「いや結構」

 もうやだこのエルフ。

 俺がジョッキからビールを飲むと、ジャスミンも薄い笑みでレモネードのグラスに口をつけた。こうして見ていると品のある麗人なのだが……。


 ふと、いかつい顔をした大柄な男が入ってきた。山賊ではなさそうだが、どうせ似たようなものだろう。そいつは店内をキョロキョロ見回したかと思うと、こちらへ向けてまっすぐに歩いてきた。

 厄介事は勘弁だぞ。

 俺は目をそらしたが、そいつはテーブルまでやってきた。

「おう、あんたが勇者か」

「人違いでは」

「えっ? それは困るな、頼みたいことがあったんだが」

 そいつは急に困ったような顔になり、頭をぼりぼりと掻いた。

 面倒な親父だな。

「じつは人違いじゃない。まずは名乗ったらどうだ」

「おっと失礼。タイタスだ。鍛冶屋をやってる」

「それで? 俺たちは、山と川、どっちに行けばいいんだ?」

「はっ? どこにも行かねぇでくれよ。頼みたいことがあるって言っただろ」

「そいつはビールを飲むより重要なことなんだろうな」

 するとタイタスはきょとんとした顔になった。

「ビールを飲むより重要なことなんかあるかよ。だが、あんたが飲み終わるのを待ってたら、この世が終わっちまうだろ」

「ごもっともだ。聞かせてくれ」

 すると彼は断りもなしにデカいケツを椅子に置いた。

 だが許そう。ビール好きなら、すでに仲間みたいなものだ。

「さっきも言ったと思うが、俺は鍛冶屋だ。武具のデキにはうるさい。で、あんたらが町に入ってくるのを見かけたんだが、じつにひでぇ装備で、俺は目を疑った。伝説の勇者さまが、あんな粗悪品を持ち歩いてるなんてな」

「な、なんだ押し売りか!? 俺は王都に行ったら神槍『紫電』を借りるからいいんだよ」

「待て待て。金を取る気はねぇよ。ただ、あんな装備で王都に入るくらいなら、俺の装備を使ってもらおうと思ってな」

「悪いがそのための予算は組めない」

「タダでいい。その代わり、このタイタスさまが用意した装備で大活躍して欲しいんだ。そしたらいい宣伝になる」

「けど、こないだ買ったばっかなんだよなぁ」

「ケチケチするな。下取りしてやるからよ。どうせたいした額じゃないんだろ」

「一式で五百ポンドってところだ」

 借りた二千ポンドのうち、五百ポンドを装備にあて、残りはビール代として計上した。まあちょっとした錬金術みたいなものだな。娘の金でビールを飲んでるってことは、娘に癒されてるのとイコールだ。こんなに素晴らしいことはないぞ。

 タイタスは目を丸くした。

「五百!? 一式で? そこらの兵士でもそんな安物使ってないだろ」

「いや、中古だったから……。しかもかなり値切ったし……」

 店主にイヤそうな顔をされたのをおぼえている。

 金属製の防具ならなんでもよかった。あのときはキメラを相手にする予定だったのだ。尾に毒がある。絶対に噛まれたくなかった。

「あんた、本当に勇者なんだよな?」

「自分を勇者だと思い込んでるサイコ野郎でなければな」

「そういや、こういうヤツだったな。ああ、じつは前回の活躍も遠くから見たことがあってな。あんときはスカしたヤな野郎だと思ってたが、まあ、いまもたいして変わってねぇってことだな」

「これでも少しは大人になったつもりだが」

「ま、ビール好きに悪いやつはいないと信じてるよ」

「同感だ」

 タイタスはそこで立ち上がった。

「よし、じゃあ明日うちに来てくれ。用意しておく。場所は誰かに聞けばすぐ分かる」

「オーケー。明日だな」

「今日はもう店じまいだからな。帰って一杯やるんだ。ガハハ」

 手をひらひら振ってタイタスは店を出た。

 しかし下取りまでしてくれるとはな。ビール代がさらに増えるぞ。じつに素晴らしい。


 *


 翌日、俺たちは鍛冶屋へ向かった。

 町からやや離れた場所であったが、煙がもくもくとあがっていたのですぐに分かった。

「おう、よく来たな。自由に見てくれ。好きなのを持っていっていいぞ」

 弟子たちが作業中らしく、カンカンと金属を打つ音がひっきりなしに響いた。耳がおかしくなりそうだ。しかしこうして力強く打つからこそ、武器や防具も強くなる。

 倉庫へ案内され、俺たちは山のように置かれた武具に出くわした。

 いくつかは事前にタイタスがピックアップしてくれたらしく、手前のほうに揃えて置かれていた。

「オススメはこいつだ。小さなプレートを重ねたスケイルアーマーだな。動きやすくて、斬撃や刺突に対応できる。打撃には弱いが、神の加護を受けたあんたらにはちょうどいいだろう」

「おお……」

 文字通り、金属片で鱗を模した鎧だ。

 手にとってみると、意外と軽い。しかもガッチリし過ぎていないから、動きも阻害しない。

「よかったら試着してみてくれ」

 するとタイタスはざっと俺たちを見回した。

「ほかに防具が入り用なのは誰だ?」

 するとグヴェンが歩み出た。

「私は、動きやすさよりも頑丈さを追求したいと思います」

「変わったやつだな。だが子供用だと軽装しかないぞ」

「子供ではありません!」

「じゃ、あんたには武器を出したほうがいいか。ずいぶんボロいのを使ってるみたいだしな」

 グリフィンとの戦いで借りた剣だ。だいぶ年季が入っている。聞くところによると、エリスに買ってもらった練習用をずっと使い続けているらしい。

「こ、これは母からのプレゼントです! 手放すつもりはありません!」

「そうは言うがな。武器や防具ってのは、使う人間の命を左右するモンなんだ。あんたの母親も、あんたを危険にさらすために買い与えたわけじゃないだろう。ま、手放したくないって気持ちも分からなくはないがな。せめて手入れくらいさせてくれないか」

「ええ、それでしたら是非……」

 安物にしか見えないが、グヴェンにとっては思い出の品ということか。こちらとしては実用性を重視して欲しいところだが。

「そっちの姉ちゃんはいいのかい?」

「ボクは大丈夫。銃士なんだ。鎧はつけない」

「そうかい」

 モーガンには聞きもしなかった。まあ一目瞭然だからな。

 タイタスはこちらへ向き直った。

「その鎧でいいかい?」

「ああ、すごくいい。思ったより頑丈そうだ」

「少し強めに鍛えてある。そのぶんカサは増したかもしれないが、騎士さまの鎧に比べれば軽いもんだろう。そのアーマーで魔王を倒してくれとは言わないが、せめて大物は仕留めてくれよな」

「俺は物持ちがいいほうなんだ。きっとこのアーマーを着たまま凱旋することになるぜ」

 なによりデザインがいい。よく磨かれた金属片は鏡面のようだし、最小限の装飾にも品がある。この男、見た目からは想像もできないほど繊細な仕事をする。

「あの嬢ちゃんの装備を手入れするのに五日ほどかかりそうだが、時間はあるか」

「問題ない。特に期日は指定されてないからな」

 こちらは国のためにグリフィンやキメラを退治したのだ。少しくらいの遅くなっても構うまい。

「じゃ、五日後だ。なにもない町だが、くつろいでいってくれ」


 *


 かくして自由時間を得た。

 それはいいのだが、宿場町は観光するような場所ではない。ま、仮に観光スポットがあるとしても、俺のやることは決まっているんだが。

 タイタスが下取りしてくれたおかげで百ポンドも返ってきたのだ。本来なら引き取りたくもなかったろうに。鋳潰して材料にでも使うのかもしれない。

「モーガン、一杯どうだ」

「いいわね。昼から飲むワインは最高よ」

 放っておくと部屋でずっとソーマを吸ってそうだからな。酒のほうがまだ健康にいい。

 ジャスミンがこちらへ来そうになったので、俺は手で制した。

「ふたりは町でも観光してくるといい。俺たちの酒に付き合わされるのも退屈だろうしな」

「そういうわけでは……。しかしお言葉にあまえて、ありがたくお出かけすることにしましょう」

 ジャスミンの言葉に、グヴェンもぱっと表情を明るくした。

 このあと王都に入ったら、休む間もなく魔王軍との戦闘になるのだ。いまのうちに休息しておいてもバチは当たるまい。

「ただし危ないところには行くなよ。日が暮れる前には帰ってくること。あと、見知らぬ男に声をかけられてもついていかないように」

「仰せのままに」

 ジャスミンは礼儀正しく応じてくれたが、グヴェンは顔をしかめてうるさそうな態度だ。まあジャスミンがいれば大丈夫だろう。


 *


 五日後、俺たちは鍛冶屋に来ていた。

「どうした、顔色がよくないぞ? 悪いものでも食ったか?」

「いや、ちょっと酒を飲みすぎて……。ここのパブ、薄めずに酒を出すとはな」

「……」

 タイタスも閉口してしまった。

 しかも例の伝令兵が宿まで来て、早く王都に来いと直接催促されてしまった。今後は少しも寄り道できない。

「モノは出来上がってる。こいつだ」

 倉庫に剣と甲冑が置かれていた。どれもよく磨かれて、ピカピカに輝いている。

 グヴェンも小さく跳ねた。

「わあ、新品みたい……」

「ほとんど手を加えちゃいないが、そのぶん前と同じ感覚で使えると思うぜ。いじったのは表面だけだ。ただ、剣だけは早めに買い替えたほうがいいかもしれないな。なんならそこにあるのを一本持っていってくれ。うちに寄った客が怪我したなんてことになれば、鍛冶屋の面目丸つぶれだからな」

 それでもグヴェンが気の進まなそうな顔をしていたので、代わりに俺が剣を受け取った。

「ありがとう。予備として頂戴しておくよ。タイタス、とても世話になった。俺はこのあと魔王の首を刎ね飛ばして、君が世界一の鍛冶屋だということを証明してみせる」

「ああ、そうしてくれ。もし勝手に死んだりしたら、防具代を請求するからな」

「結構」

 前回も、防具は店で買ったものをそのまま使っていた。勇者向けの槍みたいに、特別な防具もどこかの遺跡に眠ってるのかもしれないが。それを探索している時間はなかった。

 ま、国王陛下がお待ちかねのようだからな。今回もその手の大冒険はナシだ。とっとと仕事を終わらせて、領地に帰って婆さんのビールを飲むんだ。


(続く)

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