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トリガーハッピー

 飲んでいると、ひとりの若者がやってきた。

「あ、あの、突然失礼します。勇者さまですよね」

「いかにも」

 俺は口についたビールを拭い、なるべく神妙な表情を作って応じた。

 意欲に燃えた若者が、かつて世界を救った高名な勇者に挨拶したくなる気持ちは分かるぞ。

 彼はこう続けた。

「じつはお願いしたいことがあるのですが……」

「待ってくれ。この近くに山があって、そこに危ない爺さんが住みついてるって話じゃないよな?」

「えっ?」

 なに言ってんだこいつという顔をされてしまった。

「いや、ちょっと確認したかっただけだ。続けてくれ」

「はぁ。ここの南に川がありまして、その向こうの森に、どうやらキメラが住みついたようなのです」

「そうか。では近寄らないようにし、くれぐれもエサはやらないようにな。勇者との約束だ」

「えっ、退治してくれないんですか?」

 来たよ。

 勇者は無料のモンスター退治サービスじゃねーぞ。

 俺は尋ねた。

「どんな実害があるんだ?」

「だって、危ないじゃないですか……」

「いいか、若者よ。この世界に危ないことなんて山ほどある。酔っ払ってバルコニーから落ちたりな。キメラなんて、近寄らなければいいだけだろう」

「えぇっ……」

「地元の兵士にでも相談するんだな。連中、君たちからぶんどった税金で暮らしてるんだぞ。こういうときに働く義務があるだろう」

「兵士が聞いてくれないからここへ来たのに」

 それは領主が悪い。

 この近辺は、ミッドランド東部でも広大なエリアをおさめるパープルフィールド伯の領地だ。悪い人物ではないのだが、細かい実務は部下に任せている。その部下が適当こいてやがるから、統治もすこぶる適当だ。

 ふと、ジャスミンが口を開いた。

「しかし伯爵、このまま捨て置いてはいずれ民の生活に支障が出ます。お命じくだされば、この従者ジャスミンがキメラ討伐へ向かいます」

「わ、私も! 私も微力ながら助太刀いたします!」

 グヴェンまでもがやる気だ。

 ふたりきりにするわけにはいかない。断じてな。

 俺は神妙な顔のまま、こう告げた。

「よく言った。いまのは君たちの誠意を試したのだ。伝説の勇者に随行する名誉ある従者が、魔物をのさばらせておくことなどできるだろうか。いやできまい! ゆえに、キメラは必ずや討伐せねばならぬ。もちろん俺も行く。ここへ来る途中にもグリフィンを屠ってきたばかりだ。キメラなぞ物の数ではない。若者よ、安心するがいい」

 この大演説にもかかわらず、全員が白い目でこちらを見ている。

 やるって言ってるんだからいいじゃねーか。なんなんだよ。


 *


 部屋に入った俺は、ひとり頭を抱えていた。

 戦うのはいいが、短剣しか持ってねぇ。

 また娘の剣を借りるか。魔力もまだ回復しきっていない。ベストコンディションとは言いがたい状態だ。胴当ても捨ててきちゃったしな。

 買うか。けど資金が足りるだろうか。

 いくら金欠とはいえ、伯爵の俺が路銀を稼ぐってのもな……。世界を救った勇者が宿で薪割りとか皿洗いなんて、ありえないだろ。いや、家ではやってたけど。


 俺は部屋を出て、グヴェンの宿泊する部屋の戸を叩いた。

「グヴェン。俺だ。お父さんだ。少し話がある」

「なんです?」

 グヴェンは面倒臭そうな顔で、顔だけ出した。

 さすがに甲冑はとっている。着ている部屋着は、なんどもほつれを直したものらしく、かなり年季が入っていた。伯爵なのに、娘に服も買ってやれないなんて……。

 俺は溜め息混じりに言った。

「お前、無一文じゃないよな? いくらか余裕ないか?」

「えっ?」

「いや、戦うにあたって、装備を整えたくてな。剣と胴当ては前回の戦いでダメにしちまったし……。いや、くれって言ってるんじゃないぞ。貸してくれればいい」

「何ポンドですか?」

「二千ほど」

「はぁ、構いませんが……」

 これはもはや親を見る目ではない。ゴミを見る目だ!

 だが仕方ないだろう。他人に借りるよりは、身内に借りたほうがまだいい。きちんと返すアテもあるし。

 娘は渋々といった様子で、コインの入ったポーチを持ってきた。

「どうぞ」

「悪いな。倍にして返すからな? 怒るなよ?」

「怒ってません」

「すぐ返すからな? ホントだぞ?」

「分かりましたから。ご用はそれだけですか?」

「うん」

「それでは失礼します」

 パタリと戸を閉められてしまった。

 はぁ、親としてダサすぎる。

 だからイヤだったんだ。力があるからって片っ端からモンスターを退治してたらこうなるに決まってるんだ。金なんて誰も払う気がないのに。そう考えると、先日の少女は金を払う気があっただけまだマシだったな。


 部屋へ戻ると、ベッドの上でモーガンが謎のセクシーポーズをキメていた。

「いや、いまはマズいって」

「なにを想像しているのか分からないけど、ただストレッチしてるだけよ。あなた、わたくしに相談がありそうね。乗ってあげるわ」

 なんなんだよこの女は。

 いまはそっとしておいて欲しいってのに。

「金がなくてさ」

「それで娘から借りたのね」

「聞いてたのか」

 モーガンは巫女装束の袖で口元を覆い、目を細めた。

「久々に笑えるネタだったわ。けど、そんなにイライラしないで? ソーマでもキメて忘れましょ?」

「断る。明日はキメラと戦うんだぞ? 俺はけっこう君の魔法をアテにしてるんだからな。またコントロールを外されたら困るぞ」

「ふふ。わたくしをアテにしているの? 気分がいいわ。もっと言って?」

 からかうように、彼女はか細い指で輝く金髪をもてあそんだ。本当に、さらさらしていて上質な絹糸のような髪だ。

「君は最高の妖術師だよ」

「妖術師じゃなくて、魔法使いって言って」

「なにが違うんだ?」

「はぁ、飲みすぎたみたい。このままここで寝てしまいたいわ」

 そのとき娘が、ドアをガチャリと開いて入ってきた。

 無表情だ。

「あ、お気になさらないでください。さきほどのお金、二百ポンド足りていなかったので、残りの分を持ってきました。ここへ置いておきますね。それでは」

 事務的な態度で、さっさと部屋を出ていってしまった。

 誤解されたぞ絶対。

「あーもー、どうしてくれんの? ただでさえ嫌われてんだよ? なんでこういうことするの君は?」

「面白いからよ。もし怒ったなら仕返ししてもいいのよ? 全部受け止めてあげるから。ふふ」

「いいから出て行ってくれ。これ以上なにも失いたくない」

「あらら。重症ね」

 彼女はつまらなそうな顔をして、裸足のまま部屋を出て行った。

 朱塗りの下駄が置きっぱなしだ。

 本当に気持ちが落ち着かない。


 *


 翌日、装備を揃えてから俺たちは宿を出た。

 ジャスミンは美しい白馬をともなっていたから、モーガンもそこに乗せてもらうことにした。

 こちらは槍を携えての行軍だ。もともと俺は剣が得意じゃない。やはり槍でなければな。長いから魔力の乗りもいい。安物だから、また力を入れすぎるとぶっ壊れると思うが。

 この胸のもやもやは、すべてキメラにぶつけるしかない。槍なら前回よりはマシな戦いができる。その勇姿を見れば、娘も少しは俺を見直すだろう。モンスターを殺すことでしか存在を示せないのが歯がゆいところだが……。

 それにしても、世の父親はどうやって娘の尊敬を得ているのだろうか。誰も得ていないのか。もしそうなら、もうなにも考えたくないな。神がこの世界に酒をもたらした理由が分かった気がするよ。


 川付近に行くと、すぐにキメラと出くわした。

 獅子の頭部にヤギの胴を持ち、尾は毒蛇。模範的なキメラだ。魔王軍もここまでは来ていないはずだから、きっとどこかの錬金術師が作ったものだろう。責任持って最後まで飼えないなら、作らないで欲しいな。

 川はかなり大きい。キメラはそれを越えることができず、ぐるぐる唸りながら威嚇して歩き回っていた。

 こちらの岸では、女たちが洗濯をしている。

「なんだか最近物騒ねー」

「怖いわぁー」

 ずいぶん気楽なものである。

 先導をつとめてくれた若者が、彼女たちに告げた。

「それも今日までだぜ。見てくれよ、こちらは伝説の勇者さまだ。キメラを倒してくれるってよ」

 すると女たちの表情が変わった。

「あらイケメン!」

「あたし、応援しちゃう!」

 いやそっちは従者だぞ。勇者はこっちだ。

 クソ、どいつもこいつも……。

 するとジャスミンは爽やかな笑みを見せた。

「馬上から失礼。私は従者ジャスミン。勇者さまは、そちらのギンズバーグ伯爵です」

「あらそうなの? なんかイメージと違うわね」

 勝手なイメージを押し付けるな!

 まあたしかに、金がないからそこらの兵士以下の装備をしている。馬も農耕用だ。しかし毎回勘違いされるのもシャクであるな。いかにも「私が勇者です」といった格好でもしてやろうか。どいつもこいつも見た目で判断しやがるからな。


 さて、しかし問題だぞ。

 予想以上に川がデカすぎて、馬を使っても渡河できそうにない。

 ジャスミンが銃剣を構えた。着剣したまま射撃するタイプなのか。

「伯爵、狙撃はこの従者ジャスミンにお任せください。ご命令くだされば、すぐさま討ち取ってご覧にいれます」

「うむ、任す」

 なんてデキた子なのだ。人々が見守る中、この勇者を立てつつも、その命によって怪物を討ち果たすと宣言している。グヴェンは「なんか偉そう」と文句を言ってきたが、聞かなかったことにしておこう。

 遠距離だからモーガンに任せてもいいのだが、対岸は森だ。火事になったら目も当てられない。ジャスミンがいてくれてよかった。

 白馬はおとなしくその場にとどまり、場上のジャスミンも真剣な眼差しで狙いを定めた。彼女の身体に魔力が満ち、それが銃剣へと注がれる。

 キュインと甲高い音が鳴った。

 弾丸が射出され、うろうろしていたキメラの片目を撃ち抜いた。かと思うと二発目が前足をくじき、転倒したところをさらに撃ち抜いた。六発撃ち込んだところで、ジャスミンは弾丸を込め始めた。

 キメラはまだ死んでいない。体から血を流しながら、起き上がろうともがいては転倒を繰り返している。痛々しい動作だが、しかし容赦してはいられない。確実に殺さねば、村人たちだって安心できない。

 ジャスミンはふたたび銃剣を構え、キュイン、キュインと弾丸を撃ち込んでいった。

 キメラは転倒し、「アォン」と力なく唸って痙攣を始めた。だがジャスミンは残弾を撃ち込んでゆく。動かなくなったのに、また弾丸をリロードした。

 弾が発射されるたび、彼女の表情には愉悦が浮かんできた。

 もはや死体となったキメラに、さらに弾丸を撃ち込んでゆく。弾が切れてはリロード。表情が危なくなっている。

「ジャスミン、もうよいのではないか?」

「いえ、死んだフリかもしれません。近ごろの魔物は狡猾ですから」

「……」

 麗しき銃士の活躍に、はじめは観衆もワクワク顔だったのだが、いまは誰もがドン引きしていた。もちろん俺もだ。娘もさすがに困惑顔になっている。

「フフ、まだ死んでいませんね。まだです……」

 キュイン、キュインと、奇妙な発砲音だけが響き続けた。


 終わったころには、キメラは見るも無残な肉片になっていた。

「はぁ、終わったようです。今日も最高だったよ、ボク……」

 ジャスミンは恍惚とした表情で、呼吸を荒げながらこちらへ振り向いた。じつにやりきった顔をしている。眺めるだけならいいが、しかし仲間として旅するのはちょっとな……。

 ふと、ワーワー騒ぎながらちょびヒゲの男が駆け寄ってきた。

「すみません! すみません! ちょっといいでしょうか! ここらでキメラの目撃情報があると聞いたんですがね!」

 なんだこの親父は。

 若者が対岸を指差した。

「キメラならあそこに」

「あ、あれは……キメラに襲われた動物の末路……」

「いや、あれがそのキメラだよ」

「えぇっ……」

 まさかこいつが無責任な飼い主か。

 俺は馬上から尋ねた。

「危険と判断したため、こちらで処分した。なにか問題が?」

「ああ、いえ……。うちのサーカスの目玉商品だったんですが……。いえ、いいんです。はい」

 ちゃんと管理できていないばかりに、また罪もないモンスターがミンチになってしまったぞ。まあ、キメラの肉なんて食う気もないからいいけど。

 ちなみにグリフィンはそこそこうまかった。ありふれたトリ肉って感じだな。

 ともあれ、使命は果たした。

 ジャスミンは自分の体を抱きしめて、快感に打ち震えている。

 えーと、これからどうしようかな……。


(続く)

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