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魔力の痕跡

 そこは街道からそう遠くない、ごくありふれた山だった。生い茂る針葉樹の合間に、なんとか道らしきものが認められる。地元の人間は、以前からそこへ出入りしているとかいう話だった。もとは安全な山なのだ。

 少女の父親はそこへ猟をしに出かけ、三週間も帰ってこないのだという。


 俺たちは彼女の村に馬をあずけ、徒歩へ山へ来ていた。

 グヴェンも同行した。事情を説明したら、即座に参加を表明したのだ。鋼鉄の甲冑を身にまとい、先頭に立っての堂々たる行進だ。

 他方、モーガンはひらひらの巫女装束だし、こっちは胴当てしかつけていない。こんな山道をフル装備で移動したら体力が持たない。なにせついさっきまでビールを飲んでいたのだ。横になって寝たい。

「しかし意外でした。伯爵が人助けに参加するなんて」

 グヴェンは振り向きもせずそんなことを言った。

「見くびってもらっちゃ困るな。俺は伝説の勇者だぜ。こうして人々を救済するのも役目のひとつさ」

「家族は救えなくとも、他人は救えるのですか。いえ、失礼しました。いまのは聞かなかったことに」

「……」

 厳しくし過ぎると魔王と戦う前に心労で死ぬからな。責任とれよ。

 モーガンがいたずらっぽく笑った。

「あんまり言うものではないわ。伯爵は、困ってる女の子を放っておけず、どうしても助けたいって言ってここへ来たのだから」

 ナイスフォローだ。脚色がありすぎて完全にウソだけど。見直したぞ、モーガン。最高の仲間だ。

 グヴェンはチラとこちらへ振り返り、考え込むように唇に手を当てた。

「もしかして、あの子と自分の娘を重ねてたりしませんよね?」

 また皮肉でも言うつもりか。

 俺は肩をすくめた。

「さあな。ま、頼んできたのがおっさんだったら断ってたかもしれないが……。それがなんだって言うんだ? 不満があるならお留守番でもいいんだぞ、グヴェンドリン」

「なぜそうなるのです? 誰も不満など口にしていません。ただ、家族にできなかったことを、ほかの誰かにして満足するくらいなら、やめていただきたいと」

「ふん。今後の参考にさせてもらう」

 こんなにムカつくことを言われても、それでも帰ったらパンケーキを買ってやろうなどと考えてしまう。父親になんてなるんじゃなかった。


 山小屋までの地図はもらっている。

 地図といっても、ひょろひょろした川と道と、そして山小屋の場所が描かれただけの心細いものだが。いまとなってはこのひょろひょろのどっちが道でどっちが川なのかさえおぼえていない。


 日が落ちかけてきたころ、山小屋が見えた。最近建て替えられたものらしく、まだ木の匂いがする。

 内部に異常はなかった。少女の父の荷物もそのままだ。

「暗くなってきたし、今日はここで一泊しよう」

 村の人たちが共同で使うものらしく、毛布などが余分に用意されていた。少女の父もここを拠点にしながら、奥まで猟に出かけたのだろう。

 中に入ると、俺たち三人は同時に椅子に腰をおろした。

 誰も食事の用意をするつもりがない。

 いや、押し付け合う気はない。こういうときは協力し合うべきだ。しかし自慢じゃないが、俺に担当させるとひどいものを食うハメになる。得意な人間がやったほうがいい。

 俺は腰にくくりつけていた袋をテーブルに置いた。

「食うか?」

 ナッツだ。誰も料理をする気がないんだったら、これでもいい。こっちは昼間にパブでたらふくビールを飲んだ。

 ビールはただの飲み物ではない。「飲むパン」と呼ばれるほど栄養がある。パブの亭主がいくら水で薄めていようとも、そこそこ腹の足しにはなる。

 グヴェンはしばらく様子をうかがっていたが、やがて「いただきます」と一粒食った。

 育ち盛りの少女が、こんなクソ重い装備で歩いてきたんだ。腹も減るだろう。俺が袋ごと突き出すと、彼女は遠慮しながら一粒ずつ食った。

 かわいい娘が腹を減らしていると思うと、黙って座っている気にもなれない。

「薪を拾ってくる」

「あ、私も……」

「座ってなさい。命令だ」

 グヴェンが立ち上がりそうになったのを、俺は制した。

 薪を集めるだけなら誰も損をしない。ただしメシはダメだ。俺の作ったメシには、みんな顔をしかめる。いや、エリスだけはきちんと食ってくれたな。「これも修行よ」とか言いながら。


 城から持ってきた剣を振り回し、俺は倒木から枝をとった。

 名のある剣じゃない。兵士が使ってるのと同じ量産品だ。あの城にはろくな武器がなかった。

 エルフたちと国境を接しているとはいえ、戦争が起こるような場所ではない。エルフだって、あんな痩せた土地はいらないはずだ。戦略上、重要な場所でもないしな。


 薪を集め、一汗かいた俺は思った。

 ビールが飲みたい。

 あの修道女の婆さんが作ったビールが飲みたい。あの寺院で作られるビールにはポタージュのようなコクがある。口当たりはマイルドで、苦味はほのかに感じられる程度。アルコールのアタリも強くない。

 まるで魔法か錬金術だ。

 帰りたい。帰ってビールを飲んで寝たい。婆さんの顔ばかりが浮かぶ。中毒かもしれない。


 薪を引きずって戻ると、グヴェンがそわそわしながら待っていた。

 座っていろと命令したのに、沢から水を汲んできたらしい。

「あの、伯爵、水がいるかと思って……」

「ありがとう。助かるよ」

 俺はかまどに薪を突っ込むと、ずっと座ったままのモーガンへ視線をやった。

「火をつけたい」

「ええ」

 彼女は指先から小さな火球を放ち、かまどへ撃ち込んできた。火はかまどの中で暴れて薪をあぶり、見事に着火。

 だが俺のすぐ脇を飛んだせいで、服が少し焦げた。大丈夫なのか彼女のコントロールは。

「これで湯を煮ることができるな」

 食材は村から少し分けてもらった。そいつを鍋にぶち込めばとりあえずは食えるようになる。

 が、そこでモーガンが立ち上がった。

「食事が出来るまで暇ね。祖国から持ち込んだソーマがあるんだけど、ちょっとキメてみない?」

「なにを言ってるんだ。やるわけないだろ」

 危ない儀式に使うやつだろそれ。なんで持ってきたんだよ。娘がいるんだぞ。

 するとモーガンはつまらなそうに目を細めた。

「じゃあひとりでヤるわ。なるべく窓際でヤるけど、煙が来たらごめんなさいね」

「うん……」

 これに、グヴェンはあどけない表情で尋ねてきた。

「伯爵、ソーマとは?」

「いいか。あのエルフは頭がおかしいんだ。おかしいヤツの趣味ってのはだいたいロクでもない。絶対にマネしちゃいけないぞ」

「もしかして禁制品なのでは?」

「いや、特に禁止されてなかった気がするぞ。なにせエルフが独占してるからな。そもそも国に入ってこない」

 すると向こうから「あ、ヤバ……これヤバい……」という危ない声が聞こえてきた。お前がヤバいよ。

 可哀想にグヴェンも身をちぢこめている。

「は、伯爵、アレは止めたほうがいいのでは……」

「見なかったことにしろ」

 俺はグヴェンを煙から遠ざけた。

 あの女には節操というものがないのだ。きっと下僕のゴブリンともヤってるぞ。なにせ俺ともヤるくらいだからな。


 ひとりで果てているモーガンを放置し、俺は娘と食事をとった。

 ぶつ切り野菜を鍋に突っ込んだだけの薄味の煮物だ。なんだったら煮ないで串に挿して焼いたほうがマシというレベルだが。

「ああ、なつかしい味です……」

 グヴェンはそれでも嬉しそうに食べてくれた。

「マズくないか?」

「え、ええ。それはまあ……。けれども、私にとっては十分です」

 野菜のアクで白く濁ったスープに、火の通りきっていない野菜が浮いている。それだけだ。しかも塩をケチったせいで、味が必要以上に薄っぺらい。自分で食ってもクソマズい。

「そう言って俺の料理を食ってくれるのは、お前とエリスくらいだよ。みんな途中で食うのをやめる」

「けれども、私が作るよりは上手です」

「えっ?」

「私には料理のセンスがないらしく……。宿で働いているときも、調理場に入ることを禁止されていたくらいでしたから」

 俺以下の人類がこの世に存在したのか……。エリスは料理が得意だったのに。ということは、俺に似ちまったということか。なんだか無性に申し訳ない気持ちになってくる。

 グヴェンはスープをすすり、ほっと息を吐いた。

「とてもなつかしい……」

「そういやエリスがしばらく空けている間、俺が料理したこともあったな。なにせあの城には料理人さえいないんだからな」

 エリスはたびたび「武者修行に出ます」と言い残し、城を空けることがあった。浮気を疑ったことはない。なにせ必ず巨大な動物を引きずって帰ってきた。当時はイノシシだとかワニだとかであったが。最終的にドラゴンまで殺していたとはなぁ……。


「あー、キマったわぁ……」

 着崩れた巫女服を引きずりながら、モーガンがダルそうに戻って来た。品のいいエルフの顔が台無しだ。

 しかも食卓のメシを見てから、彼女はうっと立ち止まった。

「ああ、そうよね。忘れてたわ。ミッドランド人の食の貧しさを」

「おい、撤回しろ。ミッドランドの問題じゃない。これは俺個人の問題だ」

「同じよ。どこへ行っても、野菜を塩水で煮ただけのものしかないんだもの」

「ムリに食わなくていいぞ。エルフが普段どれだけ上等なメシを食ってるのか知らないが、いまここにはこれしかないんだからな」

 するとモーガンは朦朧とした様子で、椅子へどっと身を預けた。

「いいわよ。エルフはもともと少食だもの。それに、ソーマがキマってる間は空腹も忘れられる」

 服がはだけているせいで、首筋があらわになっている。のみならず、テーブルに寝そべっているせいで、その曲線は俺の目の前に来た。流れるようなラインが、エルフ特有の尖った耳の先まで完璧に続いている。

 グヴェンがイライラと眉をひそめた。

「伯爵、部隊の規律について新たな提案があります」

「あとで聞く」

 俺はマズいスープをすすった。


 *


 翌朝、探索の開始。

 モーガンは俺の料理には手を付けず、国から持ってきた仙糖とかいう丸薬を口にしていた。

 まあいい。ミッドランドにはミッドランドのやり方がある。


 朝もやの中、山道を行った。

 少女の言う「おっきな鳥」の気配はなかったが、父親の気配もまるでなかった。というより、生き物の気配がほとんどない。

 小動物はいる。虫や小鳥たちも。しかしイノシシやシカみたいな中サイズの動物を見かけない。

「あ、ウサギ……。かわいい」

 グヴェンが小さくはしゃいだ。

 すぐに見えなくなってしまったが、たしかにウサギがいた。

 娘のほうが百万倍かわいいけどな。

 思えばエリスも小動物が好きだった。動物を見かけ次第殺していた彼女も、ネコやウサギは襲わなかった。少しは女の子らしいところもあったというわけだ。

 首をさすりながらモーガンがぼやいた。

「なんだか体がダルいわ。ヤりまくったあとみたい」

「ソーマなんてやるからだ」

「ところで気づいてる? この辺、魔力の痕跡があるわ」

「はっ? 全然分からんぞ」

「こっちよ」

 もうほとんど道のない場所ではあったが、モーガンはさらに奥のほうへ歩き出した。

 しかし彼女の性格はともかく、実力は信用できる。


 しばらく行くと、おんぼろの小屋に出くわした。

 手前の山小屋とは違い、こっちはかなり年季が入っている。ほとんど廃屋だ。

「気をつけて。中から強い魔力の気配がするわ」

「なんだって? 危ないじゃないか。もっと離れよう」

 俺の率直な感想に、モーガンはこちらを二度見した。

「中に彼女の父親がいるかもしれないのよ?」

「けど、魔力だろ? つまりは魔術師がいるんだろ? こんな山奥にこもってる魔術師なんて、どう考えたって変態に決まってる。中は悲惨なことになってるぞ。今日の晩飯を賭けてもいい」

「どうしちゃったの? むかしのあなたなら、話を聞く前に小屋ごと叩き壊してたでしょ?」

「大人になったんだよ。それに、この剣じゃそこまでの力が出せない」

 するとグヴェンが一歩前に出た。

「まさか、引き返すのですか? あの少女はどうなるのです? ずっと父上の無事を信じて、帰りを待っているのですよ? 見捨てるのですか?」

「いや、見捨てるっていうか……。訃報を届けるより、謎は謎のままのほうがいいじゃない?」

「信じられないっ! 見損ないましたっ! 少しは人間らしい心を持っているかと期待したのに、やっぱりこういう人だった……」

「あ、いや、そうじゃなくてね……。そのー」

 べつに怖くて逃げ腰になっているわけではない。モーガンがいれば戦闘はなんとかなる。俺はグヴェンを危険にさらしたくないのだ。なにせ戦闘用の魔法ってのは、わりと広範囲に炸裂する。

 すると勢いよく小屋の戸が開き、老人が怒鳴り散らしてきた。

「うるさいぞ! 家の前でなにを騒いでいるのだ! 中に怪我人がいるのだぞ!」

 偏屈そうな爺さんだ。俺たちの声の何倍もデカい。

 俺はグヴェンをかばうように前に出た。

「これは失礼。ちょっと人探しをしておりまして」

「村のものか? ピーターなら中にいる。入れ」

「はぁ」

 いったいどういうことだ? まったく話が見えない。

 まず老人が中に入り、声をかけた。

「村のものが迎えに来たぞ」

「え、マジで? よっしゃラッキー! って誰? 知らない人なんだけど!」

 チャラい若造がベッドに寝かされていた。足を怪我しているらしく、添え木されている。

 俺はつい溜め息混じりに尋ねた。

「あなたがピーターさん? 娘さんから依頼を受けて救助に来たんだ」

「マジで!? マギー、やるじゃん。さすが俺の娘だわ」

「なにがあったか聞かせてもらっても?」

「はっ? 見れば分かるっしょ? 足やっちゃったんだけど! あ、でも、なんかデカい鳥がいて。マジヤベーと思って見てたら沢に落ちちゃったんだよね。そしたらそこのチャンジーが助けてくれて、マジで神に感謝したわ」

 チャンジーとは……この爺ちゃんのことか。

 その爺さんは苦々しい顔で俺を見ながら、「少しいいか」と外へ向かった。俺も言われるまま小屋を出た。


「じつはお願いがあるのじゃ」

「お願い?」

 すると老人はしわだらけの顔をしかめ、盛大に溜め息をついた。

「知っとるぞ。あんた、伝説の勇者じゃろう。わしはかつて、宮廷で召喚士をしておってな。まだ若かったあんたを見たことがある」

「なんだ、知ってたの……」

「お願いというのは、じつはピーターの言っていた鳥のことなのじゃ」

「デカいの?」

「グリフィンじゃ。わしが召喚した」

「えっ?」

 彼は口をへの字にした。

「数年前に隠居してここへ来たはいいが、あまりに暇だったのじゃ。それで召喚術をしていたら、なぜかグリフィンが出てきてしもうてな。なんとかしようと思っていたのじゃが、なにせこの歳じゃろ? 手に負えなくてな……」

「なにやってんの……」

「頼む。わしの代わりにグリフィンを始末してくれんか? あと、わしが召喚したことはくれぐれも内密に!」

「いいけど……」

 どちらにしろ大きな鳥を退治するつもりで来たのだ。それはいい。

 しかしこの爺さんは、いい歳してなにをやっているんだ。せっかくの才能をくだらないことに使って……。


(続く)

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