先進性なるもの
数日後、領地に到着。
城に入るなりジャスミンが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」
「ありがとう、ジャスミン。留守中、なにか困ったことは?」
「なにも。パープルフィールドからの催促もありません」
「結構」
かなり強硬な返事を書いて送ったからな。交渉してもムダだと理解したのかもしれない。それに、アンドルーからの牽制も入ったはずだ。
もし西ミッドランドが圧倒的優勢であれば、パープルフィールドもなりふり構わず寝返ったかもしれない。しかし西ミッドランドは四方と戦争中で、当初の勢いがウソのように押し込まれてしまった。対話で周辺国との戦争を回避している東ミッドランドに属していたほうが安泰と見たのかもしれない。
戦争ばかりしていると消耗するからな。最後は滅ぶ。
俺たちは談話室に入った。モーガンはまだ帰ってきていないし、エリスもどこへ行ったものやら姿が見えない。
ジャスミンが爽やかな笑みで紅茶をすすった。
「交渉はどうでした?」
「大雪山と槍を譲ることになった。どうやら連中は、不甲斐ない勇者の代わりに魔王軍と戦ってくれるつもりらしいからな」
「まさか神命ですか?」
「知ってたのか?」
俺の問いに、彼女はやや苦い笑みを浮かべた。
「ええ。しかしおとぎ話だとばかり」
「実際そうなのかもしれないが、ドワーフは信じてる様子だった。ま、その代わりと言っちゃなんだが、魔水晶ってのを山ほどもらってきた。手ぶらで帰ってくるのもなんだと思ってな」
「魔水晶を? よく手に入りましたね。ボクの銃剣にも小さいのが使われています」
「もう要らないんだとさ。ドワーフってのはよく分からんよ。魔法じゃなくて、酒で自動機械を動かすんだ」
どうでもいいが、ジャスミンの肩にずっとカーバンクルのメグが乗っている。ここ数日の間にずいぶんなついたようだ。
そのメグにグヴェンが指でちょっかいを出すと、例の高速パンチで応じてきた。グヴェンは満足そうににこにこしているが、たぶん受け入れられていない。
さて、しかしこうなると勇者とその従者は用ナシとなる。
ダンに指摘された通り、産業の発展に力を入れたほうがよさそうだ。
ふと、側近が来た。
「お取り込み中、失礼します。東ミッドランドから来たエマという修道女が面会を求めています。なんでも、陛下の要請により参じたとか」
エマ?
ビール婆さんか? そういえば名前を知らないんだった。
「どんな人相だ?」
「年若い娘でございます。院長の代理だと申しておりました」
「すぐ行く」
まあ婆さんも歳だからな。若いのを代わりによこしたってところか。無視しなかっただけ偉いぞ。
*
謁見の間に入ると、若い修道女が胸に手を当てて辞儀をした。
「お会いできて光栄です、陛下。エマ・フリントロックです」
「ん? おお、君か。よくグヴェンと遊んでくれた子だ。おぼえてるぞ」
婆さんがどこかから拾ってきた孤児で、グヴェンよりひとつ上の十四歳。たまに婆さんの代わりに使いに来ていた。穏やかな物腰の、素直そうな少女だ。
「院長の代理で参りました。こちらでビールを製造せよと」
「ひとりで大丈夫か?」
「ええ。全工程を把握しております。お任せください。問題は資金ですが……」
「なんとかする」
うむ。産業を興すにも金が要るのだ。知っているぞ。
堅苦しい謁見を終えると、俺はエマを娘に引き合わせた。
「エマちゃん! エマちゃんだ!」
「ああ、グヴェン。大きくなりましたね」
「エマちゃんも!」
「おっと」
頭から突進したグヴェンを、エマは豊かな胸で受け止めた。
小さいころからよくなついていたな。
「いまは加護を受けた従者でしたね。グヴェンなどと呼んでは失礼かしら」
「いえ! むかしのままで大丈夫です! それより、あっちへ行きましょう! 私たちのペットがいるんです!」
「まあ、どんな子なの?」
「カーバンクルのメグです! とっても賢くて、なんでもできるんです?」
「ん? なんでも?」
「ほら、行きましょう!」
エマの手を掴んで、グヴェンはぐいぐい引っ張って行ってしまった。
まあよかろう。
*
ある日、俺は自室にこもって文官からのレポートに目を通していた。資金繰りは非常に厳しい。何度見ても数字は変わらない。
そもそも、領内はまだ魔王軍の攻撃から回復し切っていないのだ。北側の被害は特に甚大で、いまだ救貧院に保護されている住民も多い。のみならずドワーフとの戦果を逃れてきた難民までも保護してしまった。これに金がかかる。かといって支援をカットするわけにはいかないのだが、税を上げれば民の反発を招くのは必至。
やはりモーガンの言う通り、手っ取り早くソーマで稼ぐか……。ドワーフ相手にサバけば、連中の力を削ぐこともできて一石二鳥だろう。しかし長期的に見れば、必ず問題となる。
コンコンとドアがノックされ、もごもごと名乗るのが聞こえた。
「入ってくれ」
「失礼します……」
やはりとは思ったがモニカだ。いつものように頭からローブをかぶり、重たそうに木箱を抱えている。
「どうした?」
「これ……使い方を考えてみました……」
「使い方?」
「はい……」
すると彼女は木箱を床に置き、中から魔水晶を取り出した。
手のひらサイズの魔水晶を等間隔に置いてゆき、最後は俺の近くまで来た。
「あの……この魔水晶に手を近づけてください……」
「うん」
それで彼女はまた向こうへ戻り、最初の魔水晶のところへしゃがみ込んだ。
彼女の身体に、ふっと魔力が湧き上がった。かと思うと力が魔水晶に伝わり、それがさらに隣の魔水晶に伝わり、最後は俺の手までやってきた。
「つめたっ」
冷気が来た。
石同士はくっついていないのに、魔力を伝達したということか。じつに不思議な現象だ。手品なんかに使えそうだ。
モニカは不敵な笑みを浮かべた。
「分かりました……?」
「ああ。なかなか面白いな。見世物にして金を稼ぐのは難しいかもしれないが、なにかに使えそうだ」
「その『なにか』です……。水車や風車で触媒を叩かせて……その力を遠くまで運ぶことができるんです……」
「ほう。ん? うむ……」
つまりはどういうことだ? 近くに水車がなくとも、遠くまでひやっとさせることができるのか。俺に仕掛けるのはやめてくれよ。
モニカはすると、今度は俺の側に触媒を置いた。
「次はこの近くに手を……」
「うん」
なんだろうな。また冷たいのが来るのか? それとも痛いやつか? せめて一言くらい説明して欲しいものだが。
モニカが力を込めると、今度は冷気ではなく熱が来た。
「あっつ」
「ふふふ……」
「えっ? なんで?」
「触媒を変えることで……いろんな力に変換できるんです……たぶんドワーフも知らない……」
「えぇっ……」
なんなのこの子。単にいやらしい本の愛好家じゃなかったの。
けど遠くのヤツを熱がらせてなんになるんだ。いたずらに使うくらいしか思いつかんぞ。
モニカは満面の笑みだ。
「農作物の育成に……使えそう……」
「それだ!」
一部の農作物は寒さに弱い。特に霜が降りたりすると大変だ。しかしこれで熱を与え続ければ、決定的な対策になるかもしれない。
氷雪の神は、加護を与えるべき相手を見誤らなかったようだな。
「モニカ、君は天才だ! すぐに導入しよう! 本来ならここらで育たないような作物も育てられるかもしれない」
「あとこれも」
ブサイクな木彫りの人形が出てきた。モニカがぺちんと頭を叩くと、ヤギのような声で「ベェー」と鳴いた。
「な、なんだそれは……」
「触媒を通じて力が発生します……。それで空気を送り込んで……鳴き声が……」
「うむ……」
これは後回しでもいいかな。
俺は人形を手にとり、何度か叩いてみた。間の抜けた声が繰り返される。
「それにしても、これはなんなんだ? キメラか? 見れば見るほどファニーなツラだな」
「カーバンクルです……グヴェンが作りました……」
「そ、そう……」
よく見ると愛嬌があって可愛いじゃないか。うん。まあ、あの子は手先が器用じゃないようだしな。頑張って彫ったんだろう。だいぶよく出来たほうなんじゃないだろうか。
いや待て。もし実用化するときは職人に彫らせればいいんだ。グヴェンを責めるべきじゃない。
モニカはさらに木箱から人形を出した。
「こっちは火が出るタイプで……」
「ここで火を出すのか!?」
「しません……」
ニヤニヤしている。意地が悪いな。
しかし彼女の発想には助けられそうだ。実際、動力を熱に変えるのはいいアイデアだ。ここら北方では、冬になるととにかく一面が雪で埋まってしまう。農作業も大変だ。もしそれらが改善されれば、食糧事情はぐっとよくなる。
なにせメシを食わないと勇者でさえ死ぬからな。大雪山と槍をくれてやったのは正解だったかもしれん。
「よし。では開発庁を置き、その長官に君を任命する。あとで人員を確保するから、農業用の設備について構想を練っておいてくれ」
「はい……やった……ふふふ……」
テンションは低いままだが、とても嬉しそうだ。
魔水晶で熱を確保できるなら、薪を燃やして暖を取る必要もなくなるかもしれない。とすれば切り出した材木をほかのことに使える。
さいわい、ここらには風車も水車もいくらでもある。
ずっと叩かせておけば、永遠に温かいままでいられるかもしれない。
様々なことに応用できそうだ。
麦があまればビールも飲めるぞ。
*
だがもうひとりの修道女は首を縦には振らなかった。
巨大なトカゲを引きずりながら帰ってきたエリスは、エマの姿を見かけるや俺の部屋に乗り込んできた。
「ちょっとあんた! なに考えてんの!」
「うごっ」
尻尾のフルスイングでぶん殴られて、俺は数メートルほど転がった。かなり痛い。
「エリス、いきなりなにをするんだ! 国王だぞ!」
「なんでまたビールなの? 私やグヴェンよりビールのほうが大事なの? 答えなさい!」
「待て。違うんだ。話を聞いてくれ。あとその……デカい尻尾も置いてくれ」
まさかドラゴンじゃないよな。いったいどこで狩りをしてきたんだ。
彼女は尻尾を放り投げ、倒れた椅子を起こして、そこに腰をおろした。
「聞いてあげる。言いなさい」
「はい。あのね、この国には産業が必要だと思ってね。それでビールを……」
「だったらワインでも作ればいいじゃない」
「えっ、いいの?」
「ビールよりはマシよ。だってあんた、アレがあったら一日中飲むじゃない」
「いや、でもワインはさ、もうそこら中でいっぱい作られてるんだぜ? あとから参入しても競争力がさ……。だから、ビールで新しく産業を興そうと思って……」
「エマだって地元を離れたくなかったはずよ」
「用が済んだらすぐに帰すさ」
するとエリスは深い溜め息をついた。
「あんたさ、なんで私が出て行ったか理解してる?」
「動物を殺すためだ」
「それもあるけど、二割はあんたのビールのせいよ! 家族でハイキングに行ったときのことおぼえてる? あんた、ずっとビールばっかり飲んでたでしょ? ああいうのが私の心を傷つけてることに気づきなさいよ!」
「ちょっと待て。ハイキングだと? そんな楽しいお誘い受けたことはないね! もしかして、山に入ってモンスターを血祭りにあげるのがハイキングだとでも?」
「食材も確保できて一石二鳥じゃない!」
「あんな血みどろのハイキングがあってたまるか」
「なによそれ。今日だって、せっかくみんなのためにサラマンダーを狩ってきたってのに! 今日はあんた、肉抜きだから!」
「えぇっ……」
「お酒でも飲んでお腹いっぱいにすれば?」
さすがに国家反逆罪だぞ!
産業発展のために進めた計画だというのに。いつの時代も、先進的な思想は理解を得られないものだな。
しかしサラマンダーなんてどこにいたんだ。
(続く)




