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ドワーフの総督

 せっかく国を手に入れたのに、一瞬で玉座から引きずり降ろされた人間の気持ちが、少しは分かった。

 ドワーフの態度はじつに強硬だった。文書によるやり取りでは決着がつかず、直接会って話し合おうということになった。

 連中は我が国から三つもぶん取るつもりでいるのに、こちらへはなにもよこす気がない。なんならコマネチの身柄は渡してもいい。しかし神槍と大雪山は困る。


「というわけで、ドワーフの城へ向かうことになった。留守中、全権をスティンガー将軍に委任する。よろしく頼むぞ」

「かしこまりました」

 またしてもジャスミンはお留守番だ。

 しかし分かってくれ。ほかに城を任せられる人材がいないのだ。サポートにエリスもつけた。

 モーガンはすでにエルフの国へ向かっているから、俺の護衛はグヴェン、マリア、モニカの少女三名となる。

 本来であれば、すでに我が国はルーシの屈強なる諸将を従えているはずなのだが……。なぜか連中はいまだにグレイフィールドでの戦闘を継続していた。本国がドワーフに制圧されたにも関わらず、だ。そこに新たな国でも作るつもりなんだろうか。戦闘民族の考えはまったく分からん。


 馬車を用意させ、俺たちは旧ルーシ領へ向かった。

 すでに冬の気配が迫っているらしく、馬たちの息も白い。

「このクソ寒い中、わざわざお出かけとはな……」

 せめてビールでもありゃいいんだが、なにせ領内にはビール職人がいない。めぼしい寺院も覗いてはみたのだが、密造酒を作っている気配もナシ。

 馬車にワインはある。しかし娘の視線が痛いのでやめておくことにしよう。なにより、これからドワーフの総督と会わねばならんのだ。一国の王が酔って出ていったら末代までの恥だ。


 *


 指定されたベロ宮殿までは二日かかった。

 もとはタマネギのような屋根を持つ立派な宮殿だったのだが、砲弾の雨を食らってそこが完全に陥没してしまっている。こんな崩落しそうな場所で会談とは正気の沙汰ではない。

 ドワーフは俺たちよりも背の低い種族で、男も女も筋肉でガッチリしている。酒が入っていないときは無口で、俺たちの馬車が横を通ってもチラと見るだけで済ませた。あまり他者への干渉を好まない連中だ。

 俺たちは馬車を臨時の停車場におき、徒歩で宮殿へ向かった。

「こちらへ。国王がお待ちです」

 案内の兵士は、やや特徴的なアクセントのミッドランド語を使った。普段はドワーフ語なんだろう。しかし地理的条件から、ミッドランド語が一応の共通語と定められていた。

 とはいえ、俺もドワーフの言葉はいくつか知っている。理由はともかくとして。


 歩いていると、煉瓦倉庫の壁に赤い塗料でデカデカとドワーフ文字の書かれているのが見えた。力に任せて書き殴ったものらしく、その筆致には怒りが込められていた。

「あれはなんでしょう?」

「さあ、分からんな」

 怯えた様子のグヴェンに、俺はウソをついた。

 いちおう知ってる言葉だ。連中はこう書いている。「ここで金属メタルとヤるな!」と。文字は読めるが意味が分からない。

 案内の兵士に尋ねると、彼は無言で首を振った。

 なんか言えや……。


 それにしても、ドワーフというのはなんでも金属でモノを作るらしい。

 空を飛んできたと思われる金属製の乗り物をはじめ、金属製の馬車、金属製の戦車、金属製のゴーレムなどなどがそこらに置かれていた。噂には聞いていたが、とんでもない技術力だ。こんなのを相手にして勝てるわけがない。

 だがそれをいじくっている技師たちは一様に渋い表情だ。忌々しげに蹴りを入れているものまでいる。整備が大変なのか。


 宮殿内は瓦礫まみれで、なんとか通路が確保されているだけというありさまだった。

 謁見の間は崩落していて立ち入ることができない。その代わり通路の奥に金属製の玉座が設置され、そこにドワーフが腰を下ろしていた。若いのか爺さんなのか分からない。

「来たか。伝説の勇者ってツラじゃないな」

 流暢なミッドランド語で失礼なことを言って来やがる。

 俺は槍を携えたまま、構うことなくそいつの前に立った。

「ギンズバーグ国王レオンである」

「大ドワーフ帝国ルーシ総督のダン・ブラックスミスだ。歓迎するぞ」

 なにが帝国だ。辺境の蛮族ではないか。

 俺は肩をすくめた。

「で? 貴国の流儀では、王に立ち話をさせるのか?」

「焦るな。いま椅子が来る」

 すると脇から、足のついた金属の玉座がガチャガチャとやってきた。玉座は重すぎるらしく、足は苦しそうに傾いていた。

「掛けてくれ」

「ふん」

 用意されたのは俺の椅子だけだ。後ろの淑女たちは立ったままでいろということらしい。

 ま、俺は王だから遠慮なく座らせてもらうが。

「貴国からの『お願い』には目を通した。しかし支離滅裂だ。ミッドランド語があまり得意ではないようだな」

「内容は理解できただろう。でなければ、ここへは来ていないはずだからな」

「そもそも外交というものを理解しているのか?」

「泣き言を聞くために呼びつけたわけじゃない。返答を聞こう」

「結論から言えばいいのか? 答えはノーだ。ただよこせと言われて、従うわけがあるまい」

「物資を節約したかっただけだ。貴国を焦土にしていいのならそうする。交渉する時間が省けるからな」

 軍事力にモノを言わせて大上段からズケズケと……。

 どう考えても戦って勝てる相手じゃない。

 やむをえんな。ボロを出させて弱点をつくか。

「なんにせよ、まずは互いのことを知る必要があるだろう」

「世間話の相手など求めてはいない」

「いいか。俺はいざとなったら三歳児のように駄々をこねるぞ。世間話に付き合ったほうが早い」

「なにを話すことがある?」

「ルーシに攻め込んだ理由を聞かせてくれ」

 この言葉に、ダンはふっと噴き出した。

「本当に知らんのか? あるいはしらばっくれてるだけか? 東ミッドランドの国王に依頼されたのだ」

「されずとも戦争するつもりだったと聞いているが」

「太古の神命も知らぬとはな」

「知らぬのだ。教えてくれ」

 なにせこちらは最低限の教育しか受けていないのだ。ガキの頃はかろうじて読み書きができる程度だった。引退してからはあまりに暇すぎて、読書が趣味になってしまったが。

 ダンは盛大な溜め息をついた。

「かつて神が告げたのだ。ミッドランドが魔王軍に対処できぬようなら、代わりに魔王軍と戦えとな。それで、ぐうたらなノーム以外は神命に従って動き出したというわけだ」

「ミッドランドと力を合わせようとは考えなかったのか?」

「そう思ったときにはすでに国が割れていたのだ。是非もなかろう」

「うむ……」

 すまんが完全にドワーフの言う通りだ。

 身内で争ってる場合じゃなかった。

 彼はふたたび嘆息した。

「我々は魔王を倒す必要がある。ゆえに転移門のある大雪山を欲するし、神槍を欲するのだ。単に利益のためではない。貴殿の代わりを務めてやろうというのだ。いまだに馬にまたがって移動しているようでは、神出鬼没の魔王軍に対応できまいしな」

「コマネチの身柄はどう関係してくるんだ?」

「ああ、アレは単に戦果として捕虜にしたいだけだ。敵の大将を逃したままでは、祝杯もあげられんのでな」

「それは問題だ。正直、彼のことは持て余している。引き渡してもいいのだが、しかしタダくれてやるというわけにもな……」

「王の権威に関わるか。では希望を言うがいい。可能な範囲で応じる」

「……」

 なんだこいつ。意外といいヤツじゃないか。

 言えばくれるのか。

 だが、いまコマネチを引き渡せば住民たちの機嫌を損ねる。もし応じるにしても、可能な限り引き伸ばさなければ。

 俺は咳払いをし、大穴の空いた天井を見上げた。曇天だ。この地方では、冬が近づくと曇りの日が増える。山の向こうはもっと寒いんだろう。

「もう少し舌のまわりをよくしたいんだが、酒はないのか」

「スピリタスでよければ」

「なんだそれは」

「蒸留した酒だ。うちでは自動機械の燃料にしている」

「燃料? そんなもの飲めるか! ビールはないのか、ビールは」

 これにダンは不快そうに顔をしかめた。

「これだから未開人は……。嫌ならムリに飲まずともよい」

「いや待て。ドワーフは本当にそれを飲むのか? 燃料を?」

「基本的には酒だ。ただ、燃料にも使えるというだけだ」

「怪しすぎる。やめておこう」

 交渉は決裂した。

 それに、あまり酒の話を続けるわけにもいかない。グヴェンが横で嫌そうな顔をしているからな。

 ダンもそちらへ目を向けた。

「しかし趣味の悪い護衛だな。若い娘ばかりではないか」

「愚弄する気か? 彼女たちは、神の加護を受けた従者たちだ」

「ほう? しかしずいぶん歳が離れているな」

「俺のせいではない。紫電が仕事をサボったのだ。アレが新たな勇者を用意しなかったばかりに、引退した俺が引っ張り出されるハメになった。でなけりゃ、いまごろ気楽にビールでも飲みながら暮らしていたものを」

 これにダンは鼻を鳴らした。

「そんなにビールがいいか? あんなもの、どれだけ飲んでもちっとも酔いが回らんではないか」

「機械の燃料を飲んでる連中には理解できんだろう、永遠にな」

「なんだと……」

 男には譲れない一線というものがある。

 ダンは太い指先に力を込め、金属の肘掛けをひしゃげさせた。

「弱小国でもいちおうは王と思い、宴の用意までさせたというのに。機械の燃料などと……」

「宴とな?」

「わざわざトナカイを空輸させたのだぞ! アレはとてもうまい。火を通さずに食える」

「いや、火は通してくれ」

「火を通してもうまい」

「酒にも合うのか?」

「合う。だが貴殿は、機械の燃料など飲みたくないらしいからな。我らだけで食うことにする」

 なんと卑劣な……。こっちは朝から一滴も飲んでいないのだぞ。食ったのもハムとチーズをパンに挟んだものだけ。

 俺は神槍を握り、ダンの足元に放り投げた。

「こいつはくれてやる。その代わりと言っちゃなんだが、トナカイを食わせてくれ」

「神槍を!? 正気なのか?」

「ご希望とあらば大雪山もつける」

 そもそもこの条件を飲まないと上から爆弾を落とされるのだ。セットでメシを食ったほうがお得というもの。

 ダンはしかし困惑した顔のまま、首を縦には振らなかった。

「後ろの従者は納得していないようだが」

「見ないフリをしてくれ。俺も見ない」

「であれば構わんが……。よもやトナカイのためにこれほどの譲歩を」

「しかしコマネチの身柄はいまは渡せん。我が国の治安に関わるからな」

「確約さえあれば、いずれで構わん。だがよいのか? 宴ごときのために、すべてを手放すなど」

 それもそうだな。空腹に任せてついクソみたいな判断をしてしまった。

 俺はこう応じた。

「ではトナカイを頂戴するついでに、輸送に使った自動機械ごともらい受けよう」

「いいところに目をつけたな。だが承諾するのは難しい。アレは我が国の最新兵器なのだ。手放すことはできない」

「なにを言う。貴国には最新兵器しかないではないか。つまりは俺がなにを望んでも、同じ理由で断るということであろう」

「ふん。貴国は燃料を生成できるのか? 整備はどうする? 我々でさえ試行錯誤しながら飛ばしている状態だ。ミッドランドの技術力で運用できるとは思えん」

「それもそうだな。じゃあどんなものなら渡せるのだ?」

 この開き直った態度に、さすがのダンも複雑そうな表情を浮かべた。

「開発を放棄した試作品であればいくらか提供できるが……。そうだな。動力と魔力を変換する技術はどうだ?」

「動力とは?」

「なんでもいい。風車でも水車でも。とにかく魔力以外の力だ。それを魔力に変換できる。あるいは魔力を動力にもできる」

「ドワーフはその技術を使わんのか?」

「スピリタスで自動機械が動くのだ。いまさら不得手な魔法に頼ることもあるまい」

 エルフやダークエルフとは違い、ドワーフは魔法が苦手だった。そのおかげで自動機械などの技術が発達したのかもしれない。

「分かった。交渉成立だ。その技術をもらい受けよう」

「ただし過剰な期待はしないことだ。エネルギー効率はあまりよくないからな」

「うむ」

 難しい話は分からんが、頭のいいやつに渡せばなんとか使いこなしてくれるだろう。どんなに効率が悪かろうが、ミッドランドでその技術を手にしたのは俺たちだけだろうし。

「で、トナカイはいつ食えるのだ?」

「まだ早い。少しは待てんのか」

「……」

 母親みてーなこと言いやがって。こっちは国王だぞ。もう少し敬ったらどうなんだ。

 まあいい。

 とにかくトナカイだ。俺はトナカイが食いたい。


(続く)

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