戦場に咲く花
戦場は大混戦であった。
といっても最前線にあるのは東ミッドランド勢であり、我が軍は距離をとって矢の雨を降らせているだけだが。
「陛下!?」
俺の登場に、まずは兵士たちが気づいた。
そしてジャスミンがこちらへ来ようとすると、それより先に嫁が来た。
「ちょっと説明しなさいよ! なんで突撃を許可しないわけ!?」
「説明しただろう。あの時点では、俺たちは主力じゃなかった」
「じゃあなんで槍なんか持って来たの?」
「簡単だ。いまこのときをもって俺たちが主力になった」
「それを先に言って」
エリスは長剣をぶんと振り回し、鞘を放り投げた。いつもこうだ。敵が全滅するまで剣を収めないから、鞘を持ち歩く必要がない。
俺は兵たちに告げた。
「これより勇者の戦いを見せる。あくまで勇者の仕事だから、諸君らはこの場で作戦を継続するように」
するとジャスミンが不満そうに尋ねた。
「ボクもですか?」
「悪いが兵たちの指揮を続けてくれ。現場での全権を委任する」
「かしこまりました」
統率する人間がいなくなったら困る。これは信頼しているからこその采配だ。
*
俺は神槍を肩に担ぎ、エリスと並んで激戦区へ向かった。
「思い出すわね、あれから何年経った?」
「さあな。十以上は数えてない」
「ねえ、私と勝負しない? どっちが多く殺せるか競争よ」
「君はいつもそう言うけど、結局、数えてないじゃないか」
「フニャフニャしてるわね。気分の問題よ」
相変わらずの口の悪さだ。娘の教育によくない。
俺は神槍に魔力を注ぎ込み、バチバチと稲妻をまとわせた。レプリカだが、やはりそこらの武器よりは魔力のノリがいい。
俺は彼女の横顔を見た。
「もし俺が勝ったら家に帰ってきてくれるのか?」
「いいわ。その代わり、私が勝ったら国をもらう」
「う、うむ……」
大丈夫だ。どうせ互いに数なんて数えない。うやむやにすればいい。こんな危ない状況で無職のまま追い出されるのはごめんだぞ。コマネチみたいに亡命するしかなくなる。
俺たちが近づくと、ゴブリンやハーピーがギャーギャーと騒ぎ出した。強い魔力に反応したのだろう。
まずはエリスが駆けた。身を低くし、前傾姿勢での疾駆。修道服をはためかせながら信じられないようなスピードで群れに飛び込んだかと思うと、その中央からザバと赤い波を立てた。
まさに旋風。
ミッドランド兵からも「おお」と歓声があった。
見せつけてくれる。
俺のほうはまだ距離があったが、槍を振りかぶって真上から叩きつけた。雷光がムチのように伸びて一直線に大地を叩き、敵の群れを襲撃。鋭い閃光と高熱は延長線上の草木ごと大地を裂き、一瞬で対象を炭にした。
ゴブリンもハーピーも、なにが起きたか理解さえできず沈黙。
つい力を入れすぎてしまったようだな。
前方の敵がほぼ消し飛んだから、一時的に見晴らしがよくなった。奥にゴーレムが見える。足が遅いからまだ兵とは接触していないようだ。
俺はその空いたスペースを駆け抜け、岩のゴーレムまで一気に詰め寄った。デカい。三メートルはある。こんなのを南東の転移門から連れてこられるわけがないから、おそらく途中で召喚したんだろう。となれば、召喚したヤツがどこかにいるはずだ。
俺は跳躍し、ゴーレムのど真ん中を槍で突いた。硬すぎて先端しか入らない。が、そこへ稲妻を注ぎ込み、大爆発で木っ端微塵にしてやった。
砕け散った岩石が周囲に落ち、近隣のゴブリンを叩き潰した。こうなればただの岩だ。
どうだ、兵士たち。これが勇者の戦いぶりだ。
きっと拍手喝采だろうと思って振り向いたが、連中の視線はエリスに釘付けだった。
修道女が駆けると、やや遅れて蒼穹に鮮血が舞い散った。ゴブリンだろうがハーピーだろうが関係ない。どちらからも血液を奪い、そして死を与えた。青いカンバスに、赤い絵の具をぶち撒けて走る芸術家のようであった。
こっちもそれなりに派手にカマしたつもりなんだがな。
まあ分かるぞ。彼女の戦いぶりには俺も見とれた。
エリスはじつに美しく戦う。当時はさらに若く、髪も長く、踊るように戦場を駆けたものだ。その姿を、俺はいちばん近くで見ていた。
付近をじりじり囲んでいたゴブリンを槍でひと薙ぎし、俺は次のゴーレムに標的を定めた。ゴーレムってのは無闇に堅い。だからエリスの技とは相性がよくない。そこで俺の出番というわけだ。槍をねじ込んで内部から爆発させれば死ぬ。
かくしてエリスがザコを切り裂きまくり、俺がゴーレムを叩き壊しまくり、日の暮れる前には魔王軍を一掃できた。召喚師が見当たらなかったのは気になるが、まあ、あれだけの大物をポンポン召喚できるわけもないから、しばらくはおとなしくしていてくれることだろう。
「さすがです、ギンズバーグ陛下!」
アンドルーがやってきて、即座に下馬した。
「助かりました。あなたの活躍のおかげで、大切な兵を失わずに済みました」
「なんの。これまでのご恩に報いたまで。しかし魔王軍がエルフ領からくるとは予想外でしたな」
「そのことですが……」
アンドルーはこちらに近づき、声をひそめた。
「あのゴーレム、じつはエルフが召喚したのではないかと」
「エルフが……」
「ご存知の通り、すでにダークエルフとドワーフが侵攻を開始しました。ドワーフに出動を依頼したのは我が国ですが、どうやら私が依頼せずとも攻撃の予定があったようなのです」
「つまり……示し合わせたように、ミッドランドを攻めるつもりだったと?」
「ええ。ですのでいまは、南方のノームがどう出るか警戒しているところです」
「魔王軍の動きとなにか関係が?」
「分かりません。特使を派遣して確認をとっている最中ですが、まともな回答が得られるかどうか」
「難儀ですな」
そう考えると、みずからは乗り込んでこずに、ゴーレムを送り込んできたエルフは狡猾と言える。勇者の俺だから倒せたが、兵士が相手をしていたら大きな損害が出ていたはず。手ぬるい攻撃ではない。
王と分かれた俺は、エリスのもとへ歩み寄った。
彼女は砕け散ったゴーレムの残骸に腰をおろし、はるか遠方の夕日を眺めていた。
「見て、レオン。じき日が落ちるわ」
「綺麗だな」
「ええ」
秋の夕暮は濃くて美しく、そして寂しい。
俺が手を伸ばすと、彼女はその手をとって岩から降りた。
「帰ろう、みんなが待ってる」
「そうね。今日はきっといつもの三倍は食べられるわ」
「勝負はどうだった?」
「引き分けよ。あんた、ゴーレムの相手してたんだもの。数字だけ競っても意味ないでしょ」
「どうせ数字なんて覚えてないだろう」
「最初の一撃でもう数えてらんなかったわ」
「あまりの手際に見とれたよ」
「当然よ、私はあのエリスだもの。世界でいちばんうまく戦うわ」
俺は反論もせず、笑顔でうなずいた。
彼女の主張は全面的に正しい。
*
その後、俺たちは数日かけて城へ戻った。
念願の祝勝会だ。しかしその前に、ロープでぐるぐるに巻き取られたグリゴリー・コマネチを処分しなければならない。
大雪山のふもとでうろうろしていたのを、グヴェンたちが捕まえたらしい。
俺は玉座につき、床に転がされたコマネチに尋ねた。
「釈明は?」
「くどい! 道に迷っただけだと言っただろう!」
「迷うもなにも、塔から出た時点でアウトなんですよ」
「私を殺せば民の怒りを買うぞ」
「……」
実際そうなるだろう。
だから殺せない。
それを分かっていて大胆な行動に出る。
「コマネチどの、国家に対する反逆なのです。私は死罪にすると言った」
「す、すればいいだろうっ! できるならなっ!」
するとモニカが寄ってきて、悪い笑みを浮かべた。
「陛下……歴史によれば……病死に見せかけて毒殺するという手もある模様……」
じつに物騒だが名案だ。
俺は聞こえよがしに言った。
「素晴らしい! それなら民をあざむくことができる。しかも、病床にてコマネチどのからこの国の未来を託された、などというストーリーをでっちあげれば、正統性は私のものとなる」
「ズルい! それはズルい! 絶対にダメぇ!」
コマネチは縛られたままビチビチと暴れた。
自業自得だろうに。
「でもなー、もし助けても、どうせまた脱走するんでしょうし……」
「しない! 道に迷っただけだから! これもう何度も言った!」
「口ではなんとでも言えますよ。誠意ってのを見せてもらわないと」
「これだから学のない人間は困る! 形而上の概念を可視化するなどできるわけなかろう!」
「なんです? ミッドランド語で喋ってもらえます?」
「わ、分かった! 分かったから! 私の秘蔵の埋蔵金の場所を教えるから!」
「ではそれを聞き出してから毒殺ということで」
「待って待って待って!」
交渉するだけムダなのだ。
俺は彼を処刑できない。彼は何度でも脱走する。だから交渉ではなく、もっと具体的な対策がいる。なのに俺は対策を用意できない。このループだ。コマネチの意見は必要ない。
毒殺というのはひとつの解決策ではあるが。
「分かりました。ではいちどだけ見逃しましょう。あなたは今度こそ、本当に、絶対に塔から出ないこと。約束できますか?」
「するする! 何度でもする! 氷雪の神に誓う!」
神のほうが信用ならんのだが……。
まあよかろう。
「衛兵、連行したまえ」
「はっ!」
まあ気持ちは分かる。ミッドランドの搾取に耐え抜き、ようやく自分たちの国を持つことができたのに、それがあっけなく奪われてしまったのだから。
しかしこちらにも立場というものがある。何度も反逆を許していては、国の秩序に関わる。
*
祝勝会では、俺はスピーチをごく短く切り上げ、とっととメシの時間とした。話の間にメシがさめたらもったいない。なにより、まだ秋だというのにこの辺はもう寒かった。冬はもっと寒くなるだろう。
食事の席では、俺はグヴェンの隣になった。
「グヴェン、大雪山はどうだった?」
「魔物が少しだけ現れました。けどみんなで力を合わせて、町の人たちを守ることができました」
誇らしげな顔をしている。
満足のいく結果だったようだな。
「偉いぞ、グヴェン。さすが俺の子だ」
「えへへ」
魔王軍が来たときは焦ったが、無事でなによりだ。ま、モーガンも一緒だったし、最悪の事態は避けられると信じていたが。
グヴェンはこちらを見つめてきた。
「伯爵……じゃなかった、陛下のほうはどうだったのですか? 魔王軍が来たという話を聞きました」
「ああ。だが俺と母さんで片付けたぞ。問題ない」
これに対面のエリスも無言で親指を立てた。
なにもかもがうまくいった。ひとまずは、だが。
しかし数日後、さっそく問題が起きた。
パープルフィールド卿とスティンガー家当主が、連名で親書を送りつけてきたのだ。内容はジャスミンの帰国の要求。いったいどういう意図があるのかは不明だが、俺たちはこの問題に対処せざるをえなくなった。
(続く)