表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

レコンキスタ

 世界情勢はとても入り乱れている。

 北からはドワーフが急襲してルーシランドが壊滅寸前となり、西からはダークエルフが乗り込んで西ミッドランドが対応を迫られた。

 そして東ミッドランドは、ルーシランドとアラクシャクの南進に耐えていた。戦線を支えているのはグレイフィールド伯。緒戦はまくられたものの、すぐに押し返して膠着状態へと持ち込んだ。そこへアンドルーが私兵を率いて加勢するというので、俺たちも便乗して恩を売ろうと画策していた。


 翌日、俺たちは丸テーブルを囲んで打ち合わせに入った。

「誰か、兵法の心得のあるものは?」

 これに挙手したのはジャスミンのみ。

 彼女は、しかし苦い笑みを浮かべた。

「ただし机上の学問として、ですが」

「俺よりはマシさ。もし戦になったら指揮をとってもらえるか?」

「構いませんが、兵が女の言葉を聞くでしょうか」

「そこは厳しく律しておく。だいたい、上の命令を無視すれば困るのは兵自身だからな。それに、ほら、ミッドランドを建国したのも女じゃなかったか」

「それは物語の中のお話にございましょう」

「王家は史実だと言い張っていたぞ。それに、君は加護を受けた従者だ。もっともらしい噂を流せば、一時的な信用は得られるだろう」

 イメージ工作というやつだ。実際にどういう結果が出るかは、ジャスミンの腕次第だが。

 彼女はふっと小さく笑った。

「ご命令とあらば従います。ただしひとつお願いが」

「なんだ?」

「陛下も現場にいらしてください。ご威光をお借りしながらであれば、兵たちもボクの言葉に従うでしょうから」

「分かった」

 ジャスミンの言うことももっともだ。それに、王は城にこもっていてもいいが、現場に行けば兵の士気も上がるらしいからな。

 しかしそうなると、大雪山への対応が手薄となる。なにせ俺とエリスとジャスミンが戦争に出る。残りはグヴェンとマリアとモニカ、それにモーガンだ。

 うーむ。

「グヴェン、大雪山攻略の指揮を任せたい。できるか?」

「は、はい! できます!」

 指名されると思っていなかったのか、グヴェンは慌てた様子で立ち上がった。

 これはえこひいきではない。マリアもモニカもモーガンも、先頭に立ってなにかをするタイプではなく、サポートで輝くタイプだった。これに対してグヴェンは、サポートに回すといまいち冴えない。適材適所だ。

「では決まりだ。作戦を進める」


 *


 五日後、俺は兵を率いてグレイフィールド北東部に入った。

 我が軍の士気はさして高くない。なにせ無関係な他国同士の戦争に首を突っ込むのだ。兵たちの不満は容易に見て取れた。それに、長剣を担いだ修道女がうろついていることや、指揮官が男装の麗人であることに対し、少なからず困惑をおぼえている兵もいるようだ。

 が、俺は演説した。

「生存するために、我々はまず手を取り合わねばならない。農民の出身であろうと、女であろうと、出家していようと、罪人であろうと、同じだ。皆がひとつの目的のために動く。王も例外ではない。祖国の復興を願うものは多かろう。その夢をかなえるためにも、まずはこの戦に勝利し、生き残らねばならない。大国に恩を売っておけば、我が国も安泰となる。勝利のための最適な配置をした。諸君らの力を貸してくれ。俺も力を貸す。以上」

 納得してもらう必要はない。

 今後のために必要な戦だ。これは避けがたい。どうあがいても始まるのであるから、あとは勝利するしかないのである。そのためには、選り好みせずに手を組むしかない。


 とはいえ、これはさほど悲壮な戦いではない。

 アラクシャクは、ルーシランドに便乗して南下しただけの小国である。俺たちが参戦せずとも、いずれグレイフィールド卿が追い払ったことだろう。そこへアンドルーまでもが参戦したのだ。すでに勝利の約束された戦場なのである。


 俺は本陣に腰をおろし、布陣図を眺めた。

 見事になにもない平原だ。地名の由来も適当。雪の多いホワイトフィールドの南にあるから、なんとなく色あせてグレイフィールドだという。なおブラックフィールドはない。

 グレイフィールド軍は、ここでアラクシャクを足止めしているだけでなく、別の場所でルーシランドの残党狩りも担当している。主戦力を残党狩りに当てているから、対アラクシャクにはギリギリの戦力しか投入していない。アンドルーの精鋭が加勢したことでようやく天秤が傾き始めた。

 地形による有利不利はナシ。数の上では優勢。


 やがてアンドルーとグレイフィールド卿の使いが来て、このたびの参戦を讃える声明を伝えてくれた。すでに結果が見えているとはいえ、兵は多ければ多いほどいい。味方の被害が減るし、なにより、俺たちに手を出せばこれだけの数で反撃するぞというメッセージにもなる。


 ジャスミンが唇に手を当て、しばし考え込んだ。

「東ミッドランド軍が南から戦線を押し上げる格好……。それもかなりの数ですね。ボクたちが南から同行したところで、ただ後ろからついていくだけの遊兵となってしまいます。ここは両軍の接触が始まるのを待ち、敵の脇腹をついて陣形を崩すのがよろしいかと。それも踏み込みすぎず、あくまで嫌がらせに徹するべきです」

「なるほど、それはいいアイデアだな。下達かたつしてくれ」

 などと返事をしたが、正直よく理解できていない。とにかく横から邪魔するってことだよな。いいんじゃないか。見物してるだけでも勝てるんだし。


 どの軍の編成も、おもに槍兵と弓兵だ。騎兵はごく少数。

 かつてのミッドランド統一により、表向き戦争というものがなくなっていたから、諸侯は限定された部隊しか揃えることができなかった。銃もあるにはあるのだが、金ばかりかかっていまいち効果が薄い。

 ともあれ、我が軍は横から弓で射かける。こちらへ来るものは槍兵で追い返す。逃げ出せば騎兵が蹴散らす。という作戦になった。


 戦闘が始まったらしく、遠方から兵たちの声が聞こえてきた。まったく見えないから現場からの報告を待つしかないが。

 ややすると伝令から、敵の一角が崩れたとか、東ミッドランドの武将が負傷したとか、そういう情報が散発的に入ってきた。

「陛下、ボクも現場へ向かいます」

「死ぬなよ」

「仰せのままに」

 ジャスミンはかしこまった様子で辞儀をすると、マントをひるがえして颯爽と本陣を出た。

 加護もあるし大丈夫だろう。


 しばらくすると、ふたたび伝令が駆け込んできた。

「報告! 奇襲成功! 敵軍は総崩れにございます!」

「結構」

 まあ南側からの圧が凄いからな。アラクシャクが敗走するのは目に見えていた。そこに便乗するんだから、この奇襲が失敗するわけがない。なんにせよ役に立ててよかった。

 別の伝令兵が駆け込んできた。

「現場より進言! 修道女の部隊が、追撃を強く主張しておる模様!」

「却下すると伝えよ」

「はっ!」

 軍学の心得がなくともこれくらいは判断できるぞ。

 確認をとってきたのは評価するが、無計画な突出は許さんからな。エリスだけならいいかもしれないが、周囲の兵まで巻き込むことはできない。

 とはいえ勝ち戦だ。とっとと帰って一杯やりたい。祝賀会の準備は、城を出る前に済ませてある。ここのワインはけっこういける。


 別の伝令が血相を変えて駆け込んできた。

「報告! 魔王軍です! 魔王軍が出ました! エルフ領からです! 数は不明! 大型モンスターの姿もある模様!」

「はっ? えっ? 魔王軍? なんで?」

 いやいやいや、まったく状況が理解できんぞ。

 しかもエルフ領から?

 大雪山はどうなってるんだ? いまそこに娘たちがいるんだぞ。転移門を使ったとするなら、衝突した可能性が高い。クソ。考えたくもない状況ばかりが脳裏をよぎる。

 指揮はジャスミンに任せてある。槍のレプリカも持ってきた。いま俺が大雪山へ向かっても問題なかろう。

 いや、しかし焦るべきじゃない。まずは情報を集めないと。

 俺は側近に告げた。

「魔王軍について、アンドルー陛下とグレイフィールド卿に確認をとってくれ」

「はっ!」

 まったく……。

 エルフとも戦争になるのか。

 すでに西からはダークエルフ、北からはドワーフが来ている。そこへ来て今度はエルフだ。もしかすると連中は、はじめからこうなることを知っていたのかもしれないな。魔王軍と裏で通じていたか。

 疑い出せばキリがないが。

 ああ、グヴェンは無事だろうか……。


 伝令兵が来た。

「アラクシャク、完全に撤退しました! 代わって魔王軍との戦闘となっております!」

 撤退? 共闘しないのか?

 魔王軍がアラクシャクに加勢したことは間違いない。しかし同盟ではないということだろうか。そうでなければアラクシャクも帰らんだろう。

 まさかこれも陽動だと?

 俺は伝令に応じた。

「罠かもしれんな。スティンガー将軍に、少しでも異変を感じたら兵を引くよう伝えてくれ。踏み込みすぎてはいかん」

「はっ!」

 ジャスミンも向こうで指揮をとっているはずだから、あまり口を出すべきではないのだろうが……。なにせこっちも落ち着かないからな。見えていないぶん、気ばかり急いて仕方がない。

 また伝令が来た。

「グレイフィールド陣営より、魔王軍についての情報が届きました。ゴブリンが約二千体、ハーピーが約千体、ゴーレムが十数体とのこと!」

 報告が早いな。両陣営の間に情報交換所があるから、そこから情報を持って帰ったのかもしれない。

 それにしてもかなりの数だ。ゴブリンやハーピーはいいとして、ゴーレムまで投入して来たか。魔王軍が大雪山の東ルートを使ったならば、アラクシャク経由で到達できる。さらに迂回すればエルフ領からの侵入も可能だ。中央ルートのグヴェンとは遭遇していない可能性もある。

「アンドルー陛下より報告! 情報によれば、魔王軍は、南東の転移門からやってきた可能性が高いとのこと」

「南東!?」

「陛下は領内から敵を一掃するまで兵を引かぬ構えだそうです」

「分かった」

 敵はずいぶん遠征してきたようだな。

 南東の湿地帯はヴァンラン王国の支配下だ。彼らも魔王軍と手を組んだというわけか。あるいは国王の許可なく転移門を使用し、そのままエルフの国に入ったか。誰が味方で誰が敵なのか判断できない。

 いずれにせよ、大雪山の転移門は今回もハズレということになる。


 また人が来た。伝令にしては格好が妙だ。軍装ではなく、城の兵士の格好をしている。そいつはこちらに近寄ると、小声でこう報告した。

「陛下、城より報告です。幽閉していたグリゴリー・コマネチが塔から脱走しました」

「えぇっ……」

 あの野郎、このタイミングでカマしてきやがったか。

 しかし脱走してどこに行くつもりなんだ? いまやルーシランドはドワーフの支配下にある。グレイフィールドで戦っている残党に助けを求める気か? まさかアラクシャクに亡命する気じゃ……。

「すでに捜索の手配は済ませました。捕らえましたらまたご報告差し上げます」

「うむ、引き続き頼む」

 全員で城を空けるもんじゃないな。

 いや、誰かが残ったところで、こんなのは阻止できないか。逃げたら死罪って言ってあるのに。

 はぁ、酒を飲む暇もない。これはいかんぞ。

 どうにかせねばと左右をキョロキョロしても、さっきから槍しか目に入らない。これはもう行くべきなのでは。

「陛下、なにを……」

 俺が槍を掴んだのを見て、側近が目を丸くした。

「これより戦場における全権をスティンガー将軍に委任する。俺は兵として前線に立つ。この場は任せたぞ」

「な、なんと……」

 ドン引きするのは分かる。俺も逆の立場だったら転職を考える。

 だが、出るべきだ。

 魔物が来ているのに、勇者が座っていてどうするというのだ。きっとこの意見には嫁も賛同してくれるはずだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ