レコンキスタ
世界情勢はとても入り乱れている。
北からはドワーフが急襲してルーシランドが壊滅寸前となり、西からはダークエルフが乗り込んで西ミッドランドが対応を迫られた。
そして東ミッドランドは、ルーシランドとアラクシャクの南進に耐えていた。戦線を支えているのはグレイフィールド伯。緒戦はまくられたものの、すぐに押し返して膠着状態へと持ち込んだ。そこへアンドルーが私兵を率いて加勢するというので、俺たちも便乗して恩を売ろうと画策していた。
翌日、俺たちは丸テーブルを囲んで打ち合わせに入った。
「誰か、兵法の心得のあるものは?」
これに挙手したのはジャスミンのみ。
彼女は、しかし苦い笑みを浮かべた。
「ただし机上の学問として、ですが」
「俺よりはマシさ。もし戦になったら指揮をとってもらえるか?」
「構いませんが、兵が女の言葉を聞くでしょうか」
「そこは厳しく律しておく。だいたい、上の命令を無視すれば困るのは兵自身だからな。それに、ほら、ミッドランドを建国したのも女じゃなかったか」
「それは物語の中のお話にございましょう」
「王家は史実だと言い張っていたぞ。それに、君は加護を受けた従者だ。もっともらしい噂を流せば、一時的な信用は得られるだろう」
イメージ工作というやつだ。実際にどういう結果が出るかは、ジャスミンの腕次第だが。
彼女はふっと小さく笑った。
「ご命令とあらば従います。ただしひとつお願いが」
「なんだ?」
「陛下も現場にいらしてください。ご威光をお借りしながらであれば、兵たちもボクの言葉に従うでしょうから」
「分かった」
ジャスミンの言うことももっともだ。それに、王は城にこもっていてもいいが、現場に行けば兵の士気も上がるらしいからな。
しかしそうなると、大雪山への対応が手薄となる。なにせ俺とエリスとジャスミンが戦争に出る。残りはグヴェンとマリアとモニカ、それにモーガンだ。
うーむ。
「グヴェン、大雪山攻略の指揮を任せたい。できるか?」
「は、はい! できます!」
指名されると思っていなかったのか、グヴェンは慌てた様子で立ち上がった。
これはえこひいきではない。マリアもモニカもモーガンも、先頭に立ってなにかをするタイプではなく、サポートで輝くタイプだった。これに対してグヴェンは、サポートに回すといまいち冴えない。適材適所だ。
「では決まりだ。作戦を進める」
*
五日後、俺は兵を率いてグレイフィールド北東部に入った。
我が軍の士気はさして高くない。なにせ無関係な他国同士の戦争に首を突っ込むのだ。兵たちの不満は容易に見て取れた。それに、長剣を担いだ修道女がうろついていることや、指揮官が男装の麗人であることに対し、少なからず困惑をおぼえている兵もいるようだ。
が、俺は演説した。
「生存するために、我々はまず手を取り合わねばならない。農民の出身であろうと、女であろうと、出家していようと、罪人であろうと、同じだ。皆がひとつの目的のために動く。王も例外ではない。祖国の復興を願うものは多かろう。その夢をかなえるためにも、まずはこの戦に勝利し、生き残らねばならない。大国に恩を売っておけば、我が国も安泰となる。勝利のための最適な配置をした。諸君らの力を貸してくれ。俺も力を貸す。以上」
納得してもらう必要はない。
今後のために必要な戦だ。これは避けがたい。どうあがいても始まるのであるから、あとは勝利するしかないのである。そのためには、選り好みせずに手を組むしかない。
とはいえ、これはさほど悲壮な戦いではない。
アラクシャクは、ルーシランドに便乗して南下しただけの小国である。俺たちが参戦せずとも、いずれグレイフィールド卿が追い払ったことだろう。そこへアンドルーまでもが参戦したのだ。すでに勝利の約束された戦場なのである。
俺は本陣に腰をおろし、布陣図を眺めた。
見事になにもない平原だ。地名の由来も適当。雪の多いホワイトフィールドの南にあるから、なんとなく色あせてグレイフィールドだという。なおブラックフィールドはない。
グレイフィールド軍は、ここでアラクシャクを足止めしているだけでなく、別の場所でルーシランドの残党狩りも担当している。主戦力を残党狩りに当てているから、対アラクシャクにはギリギリの戦力しか投入していない。アンドルーの精鋭が加勢したことでようやく天秤が傾き始めた。
地形による有利不利はナシ。数の上では優勢。
やがてアンドルーとグレイフィールド卿の使いが来て、このたびの参戦を讃える声明を伝えてくれた。すでに結果が見えているとはいえ、兵は多ければ多いほどいい。味方の被害が減るし、なにより、俺たちに手を出せばこれだけの数で反撃するぞというメッセージにもなる。
ジャスミンが唇に手を当て、しばし考え込んだ。
「東ミッドランド軍が南から戦線を押し上げる格好……。それもかなりの数ですね。ボクたちが南から同行したところで、ただ後ろからついていくだけの遊兵となってしまいます。ここは両軍の接触が始まるのを待ち、敵の脇腹をついて陣形を崩すのがよろしいかと。それも踏み込みすぎず、あくまで嫌がらせに徹するべきです」
「なるほど、それはいいアイデアだな。下達してくれ」
などと返事をしたが、正直よく理解できていない。とにかく横から邪魔するってことだよな。いいんじゃないか。見物してるだけでも勝てるんだし。
どの軍の編成も、おもに槍兵と弓兵だ。騎兵はごく少数。
かつてのミッドランド統一により、表向き戦争というものがなくなっていたから、諸侯は限定された部隊しか揃えることができなかった。銃もあるにはあるのだが、金ばかりかかっていまいち効果が薄い。
ともあれ、我が軍は横から弓で射かける。こちらへ来るものは槍兵で追い返す。逃げ出せば騎兵が蹴散らす。という作戦になった。
戦闘が始まったらしく、遠方から兵たちの声が聞こえてきた。まったく見えないから現場からの報告を待つしかないが。
ややすると伝令から、敵の一角が崩れたとか、東ミッドランドの武将が負傷したとか、そういう情報が散発的に入ってきた。
「陛下、ボクも現場へ向かいます」
「死ぬなよ」
「仰せのままに」
ジャスミンはかしこまった様子で辞儀をすると、マントをひるがえして颯爽と本陣を出た。
加護もあるし大丈夫だろう。
しばらくすると、ふたたび伝令が駆け込んできた。
「報告! 奇襲成功! 敵軍は総崩れにございます!」
「結構」
まあ南側からの圧が凄いからな。アラクシャクが敗走するのは目に見えていた。そこに便乗するんだから、この奇襲が失敗するわけがない。なんにせよ役に立ててよかった。
別の伝令兵が駆け込んできた。
「現場より進言! 修道女の部隊が、追撃を強く主張しておる模様!」
「却下すると伝えよ」
「はっ!」
軍学の心得がなくともこれくらいは判断できるぞ。
確認をとってきたのは評価するが、無計画な突出は許さんからな。エリスだけならいいかもしれないが、周囲の兵まで巻き込むことはできない。
とはいえ勝ち戦だ。とっとと帰って一杯やりたい。祝賀会の準備は、城を出る前に済ませてある。ここのワインはけっこういける。
別の伝令が血相を変えて駆け込んできた。
「報告! 魔王軍です! 魔王軍が出ました! エルフ領からです! 数は不明! 大型モンスターの姿もある模様!」
「はっ? えっ? 魔王軍? なんで?」
いやいやいや、まったく状況が理解できんぞ。
しかもエルフ領から?
大雪山はどうなってるんだ? いまそこに娘たちがいるんだぞ。転移門を使ったとするなら、衝突した可能性が高い。クソ。考えたくもない状況ばかりが脳裏をよぎる。
指揮はジャスミンに任せてある。槍のレプリカも持ってきた。いま俺が大雪山へ向かっても問題なかろう。
いや、しかし焦るべきじゃない。まずは情報を集めないと。
俺は側近に告げた。
「魔王軍について、アンドルー陛下とグレイフィールド卿に確認をとってくれ」
「はっ!」
まったく……。
エルフとも戦争になるのか。
すでに西からはダークエルフ、北からはドワーフが来ている。そこへ来て今度はエルフだ。もしかすると連中は、はじめからこうなることを知っていたのかもしれないな。魔王軍と裏で通じていたか。
疑い出せばキリがないが。
ああ、グヴェンは無事だろうか……。
伝令兵が来た。
「アラクシャク、完全に撤退しました! 代わって魔王軍との戦闘となっております!」
撤退? 共闘しないのか?
魔王軍がアラクシャクに加勢したことは間違いない。しかし同盟ではないということだろうか。そうでなければアラクシャクも帰らんだろう。
まさかこれも陽動だと?
俺は伝令に応じた。
「罠かもしれんな。スティンガー将軍に、少しでも異変を感じたら兵を引くよう伝えてくれ。踏み込みすぎてはいかん」
「はっ!」
ジャスミンも向こうで指揮をとっているはずだから、あまり口を出すべきではないのだろうが……。なにせこっちも落ち着かないからな。見えていないぶん、気ばかり急いて仕方がない。
また伝令が来た。
「グレイフィールド陣営より、魔王軍についての情報が届きました。ゴブリンが約二千体、ハーピーが約千体、ゴーレムが十数体とのこと!」
報告が早いな。両陣営の間に情報交換所があるから、そこから情報を持って帰ったのかもしれない。
それにしてもかなりの数だ。ゴブリンやハーピーはいいとして、ゴーレムまで投入して来たか。魔王軍が大雪山の東ルートを使ったならば、アラクシャク経由で到達できる。さらに迂回すればエルフ領からの侵入も可能だ。中央ルートのグヴェンとは遭遇していない可能性もある。
「アンドルー陛下より報告! 情報によれば、魔王軍は、南東の転移門からやってきた可能性が高いとのこと」
「南東!?」
「陛下は領内から敵を一掃するまで兵を引かぬ構えだそうです」
「分かった」
敵はずいぶん遠征してきたようだな。
南東の湿地帯はヴァンラン王国の支配下だ。彼らも魔王軍と手を組んだというわけか。あるいは国王の許可なく転移門を使用し、そのままエルフの国に入ったか。誰が味方で誰が敵なのか判断できない。
いずれにせよ、大雪山の転移門は今回もハズレということになる。
また人が来た。伝令にしては格好が妙だ。軍装ではなく、城の兵士の格好をしている。そいつはこちらに近寄ると、小声でこう報告した。
「陛下、城より報告です。幽閉していたグリゴリー・コマネチが塔から脱走しました」
「えぇっ……」
あの野郎、このタイミングでカマしてきやがったか。
しかし脱走してどこに行くつもりなんだ? いまやルーシランドはドワーフの支配下にある。グレイフィールドで戦っている残党に助けを求める気か? まさかアラクシャクに亡命する気じゃ……。
「すでに捜索の手配は済ませました。捕らえましたらまたご報告差し上げます」
「うむ、引き続き頼む」
全員で城を空けるもんじゃないな。
いや、誰かが残ったところで、こんなのは阻止できないか。逃げたら死罪って言ってあるのに。
はぁ、酒を飲む暇もない。これはいかんぞ。
どうにかせねばと左右をキョロキョロしても、さっきから槍しか目に入らない。これはもう行くべきなのでは。
「陛下、なにを……」
俺が槍を掴んだのを見て、側近が目を丸くした。
「これより戦場における全権をスティンガー将軍に委任する。俺は兵として前線に立つ。この場は任せたぞ」
「な、なんと……」
ドン引きするのは分かる。俺も逆の立場だったら転職を考える。
だが、出るべきだ。
魔物が来ているのに、勇者が座っていてどうするというのだ。きっとこの意見には嫁も賛同してくれるはずだ。
(続く)