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幸運の勇者

「始まったわね」

 エリスは立ち上がり、キリリとした顔で告げた。

 まさか、ドワーフの砲撃があることを知っていたのか?

 兵士たちが慌てて剣を抜いた。

「怪しいヤツめ! なんのマネだ!」

「静かに。動けば死ぬわ。私じゃなくて、あんたらがね」

 エリスの警告と同時、チュンと音がして、弾丸が兵士の剣を弾き飛ばした。

 外から狙撃されたのだ。

 兵士たちはすくみあがった。

「状況を説明するわ。北からドワーフたちが攻めてきたの。ただしこの城は安全よ。彼らと話をつけてあるから。ま、ベロ宮殿でふんぞり返ってるコマネチには消えてもらうけどね」

 意味が分からない。

 俺は思わず立ち上がった。

「どういうつもりだエリス」

「あんたがいつまでもチンタラやってるから、麗しき旋風のエリスが駆けつけてあげたのよ。どう? 勇者に救出されるプリンセスの気分でしょ?」

「わりと居心地がよかったんだが……」

「浮気しなかっただけ褒めてあげる。けど、どうせ酒浸りの毎日だったんでしょ?」

「ビールは飲んでないぞ」

「当たり前でしょ! ここにはビールがないんだから! どうせワインばっかり飲んでたはずよ! 素直に白状なさい!」

「うむ、ワインは飲んでた……」

 なんなのだこれは。兵士たちの前で説教されているぞ。恥ずかしいからあとにしてくれないだろうか。

 エリスは高らかに宣言した。

「ルーシランドは間もなくドワーフの支配下に入るわ。ただし、このギンズバーグは独立国として存在することを許された。あんたは王になるのよ!」

「ウソだろ……」

 いや、そりゃ策がなかったのは事実だが、いきなり王になれって言われても……。

 エリスは満足顔だ。

「大丈夫。策を考えたのは私じゃないわ。あとで東ミッドランドの使者から説明があるはず。詳しい話はそっちから聞いて。あ、あと私のことも雇いなさい。兵士として働くわ」

「うん……」

 戦いたいだけだろ。


 その後、遠方に炸裂する大砲の爆発音を聞きながら、俺たちは東ミッドランドの使者を迎えた。

「お久しぶりです、ギンズバーグ伯爵。いえ、国王陛下。我が国の王より親書をあずかって参りました」

 記憶にある顔だ。

 魔王軍が出たばかりのころ、王都に来るよう言いにきた伝令兵だったな。東側の家臣だったらしい。

 彼は文官に巻物を渡すと、ふたたび下がってひざまずいた。

 俺はその巻物を受けとり、中を確認する。


 要約するとこうだ。

 東ミッドランドはエルフの仲介を受け、ドワーフ軍を動かした。ドワーフはルーシランドを攻撃する。ギンズバーグ領は独立を確約された。東ミッドランドの繁栄のため、力を貸して欲しい。

 そしてアンドルーの署名。


 俺は伝令兵に尋ねた。

「こちらにとってずいぶん都合のいい話に見える……」

「我が国とドワーフは一時的な協力関係にありますが、長期的な同盟関係というわけではありません。よって、貴国に北方の同盟国となっていただきたく思っております」

「飛び地の属国というわけか。しかし我らは、敵でも味方でもないドワーフに囲まれている……。あまり過大な期待をされても応じられぬと思うが?」

「ひとまずはアラクシャクの南下を牽制していただければ、それで十分にございます」

「分かった。受け入れよう。我が国は、東ミッドランドに対し、最大限の協力をすることを誓う。お望みとあらば臣下の礼もとる」

「陛下もお喜びになりましょう」


 というわけで伝令兵は嬉々として帰国した。が、この城の兵士たちにとっては面白くなかろう。せっかくミッドランドの支配を脱してルーシランドとして独立したのに、いつの間にか農民出身の男の支配下に置かれてしまったのだ。しかもそいつは東ミッドランドにこびへつらっている。

 俺は場内の兵士に告げた。

「諸君、聞いての通りだ。本日よりこの地はギンズバーグ王国として独立し、東ミッドランドと同盟することにした。不服と思うものには、国外への退去を許可する。猶予は七日。しかし逆に、残ったものたちは歓迎する。もしルーシランドに縁故のものがあるならば、ここへ呼び入れても構わない」

 彼らの行き場はもはやない。つまりはドワーフの下で働くか、俺の下で働くか、その二択だ。

 文官のひとりが蒼白になり、唇を震わせながら進言した。

「陛下への忠誠はないのでございますか?」

「ない。先日の作戦で、俺の故郷は破壊されたのだ。そのとき彼は言ったぞ。これは戦争だとな。情けをかけたところで、誰も褒めてはくれぬと」

「しかしそれは……あんまりでございましょう……」

「では国外に退去してよいぞ。もし俺がいなければ、この地もドワーフのものになっていたところだ。ドワーフのもとで働きたければそうするがいい」

「……」

 しかし表向き彼を言い負かしたところで、結局は納得などするまい。機会があれば牙を剥こうとするはずだ。かといってこの人物を処分しても始まらない。無用な憎しみを買うだけだ。

 策はある。いい策かどうかは知らぬが。

 俺はこう続けた。

「だが無闇に土地を奪うのは俺も本意ではない。民に恨みはないしな。よってのちに余裕があれば、ルーシランド再建の働きかけをしていくつもりだ。いまはそれしか言えない」

 すると文官も胸に手を当て、頭をさげた。少しは冷静になってくれたらしい。


 *


 その後、会議室にて、俺を救出に来た従者たちと再会した。

「ちぃす! 来ちゃった! マリアだよん!」

 軽いノリで入ってきたのはマリア。

 銃剣をいじくりながら不服そうな顔で現れたのはジャスミンだ。

「威嚇射撃しか許可されませんでした……」

「次は好きなだけ撃てる戦場を用意しておくよ」

 続いてモニカ、モーガン、エリス、そしてグヴェンもやってきた。

「伯爵! ご無事でなによりです!」

「同感だ。会えて嬉しいぞ、グヴェン」

「ふふー」

 子犬みたいだな。

 抱きしめて高い高いしてやりたい。

 まっさきに腰をおろしたエリスが、こう切り出した。

「で、どこから攻め落とすの?」

「待て待て。まずは情報を集めるのが先だ」

「私はドワーフが相手でも構わないけど」

「俺が構うんだ。政治的情勢を考えれば、アラクシャク以外には手を出せない。タイミングも悪くないしな。連中はいま、ドワーフの出現に混乱しているはずだ。急いで仕掛ければ優位に立てるだろう」

「じゃあ攻めるの?」

「いや、本土は攻めない。東ミッドランドが失地回復のため北上するだろうから、その戦いに加勢してもいいと考えている」

「決まりね」

 決まってないぞ。あくまで構想の段階だ。

 グヴェンが不安そうに口を開いた。

「伯爵、人間同士で戦うのですか?」

「そうなるな。だがそれは兵士がやる。エリスは兵士として志願したから使うが、その他のものには強制しない。というより、ほかにやって欲しいことがあるしな」

「というと?」

「大雪山の転移門が、ふたたび活発化しているという情報が入った。魔王軍が動き出すかもしれない。この地は登山道の中央ルート上にあるから、襲撃を受ける可能性が高い。従者諸君には、その対応に当たってもらいたい」

「はい!」

 それと、もう伯爵ではなく国王なのだが……。まあいいか。どうせ傀儡政権みたいなものだしな。

 俺は深く呼吸をし、ソファに背を預けた。

「それにしても、ドワーフどもはどうやって山を超えたんだ?」

 人が空を飛べるわけもないから、穴を掘ってやってきたと考えるほかないが。

 エリスは肩をすくめた。

「機械で空を飛んでるみたい」

「はっ?」

「なんか鳥みたいな……とにかく飛んでるのよ。それで上から爆弾落としてる」

「空を? どうやって?」

「だから機械で」

「意味が分からない」

「私にも分からないわよ! 聞かないで!」

「すまん」

 ドワーフは機械をいじくるのが得意だったな。ゴーレムみたいなのは博物館で見たことがあるんだが。まさか空まで飛ぶとは。やはり争うべき相手ではない。


 ところで、じつはもうひとつだけ決めねばならないことがある。

 これより我々は「転移門への対応」と「アラクシャクへの対応」を同時に進めることになるわけだが、俺自身がそのどちらへ出向くかということだ。あるいは国王らしく、城でふんぞり返っているという選択肢もある。

 俺は大部隊を指揮したことはないが、個人戦の経験はある。したがって適しているのは大雪山だ。

 もし戦場で兵に命令を出せば、いたずらに被害を拡大させてしまうおそれがある。現場はプロに任せたほうがよかろう。

 となると今度は、その指揮を誰に任せるかが問題となってくる。この城には軍師なんて気の利いたものはいない。戦上手の名将もいない。

 いっそドワーフに破れたルーシの諸将でも保護するか。

「誰かある」

「ここに」

 俺は側近を呼び寄せ、敗残兵の積極的な保護を命じた。ひとまず俺の領地に入れてしまえば、ドワーフたちも手を出せまい。そして逃げてきた兵士に恩を売り、こちらの兵として取り込むという魂胆だ。


 さて、人を集めるのはいい。しかしこの国はあまり裕福でないから、過剰に人を呼び込めばすぐに食糧難となるだろう。いま暴動が起きれば、他国につけ入る隙を与える。

 手っ取り早いのは、アラクシャクを攻めて、賠償金でがっぽり儲けることだが……。

 かくして人は戦争に備えるために、別の戦争を始めてしまうというわけだ。

 いや、しかしそれは愚策だろう。アラクシャクに乗り込んでも、いらぬ恨みを買うだけだ。後々の戦闘で余計に金がかかる。

「うーむ、なにをするにも金がいるな」

 銀行から借りるという手もあるが、利子がかかる。

 ここは正攻法で、周辺国との貿易で儲けるか。どこもかしこも戦争のための物資が欲しかろう。しかし残念なことに、俺たちにはノウハウがない。どこかにプロがいればいいんだが。

 モーガンが草を握りしめて立ち上がった。

「お金が欲しいの? ならソーマの栽培で儲けましょう!」

「却下する」

 たしかに金になるビジネスだ。しかし歴史上、その商売はロクな結果を生まない。ビールの婆さんもそう教えてくれた。

 あ、そうだ。ビールの婆さんだ。

 彼女なら適任だろう。許可も得ていない密造酒で、商売を禁じられたエルフ相手に荒稼ぎした実績がある。彼女の助けを借りれば、少しは財政の足しになるのではなかろうか。

 モーガンは頬を膨らませた。

「温室の花を引っこ抜いてソーマを植えれば、すぐお金になるのに」

「癒しの花壇を危ない栽培所にしないでくれ」

 あとは婆さんが応じてくれるかどうかだが……。


 ふと、兵が駆けてきた。

「報告! グリゴリー・コマネチ陛下を保護! 謁見を求めています!」

 おっと、保護命令を出した矢先に、入れ替わりで逃れてきたか。ということは、向こうもハナからこちらを頼る気だったようだな。

 少しは強気な交渉ができそうか。

「通してくれ。すぐ行く」

「はっ!」


 *


 謁見の間へ行くと、コマネチが玉座に腰を下ろしていた。

「ギンズバーグ卿か、苦しゅうない。ドワーフの蛮行から我が領地を守りしこと、じつに大儀である」

 偉そうにふんぞり返ってはいるが、自慢のカイゼル髭が崩れてしまっている。よほど大慌てで逃げてきたのだろう。

 俺は鼻で笑った。

「誰の領地だと? 不敬罪に処されたくなくば、状況を考えて行動されたほうがよろしいぞ、コマネチどの」

「なんだと……。貴様、誰に向かって口を聞いている!」

「ここは俺の国だ。そのままそこに座っていれば、ドワーフに引き渡すことになる」

「ぐぐぅ……。分かった。席を譲ろう」

 彼はひとりではなかった。家臣を引き連れている。しかし武官はいない。身辺の世話をする召使いだけだ。名だたる武将はいまグレイフィールド伯と戦闘中なのだろう。

 俺が玉座につくと、コマネチは膝こそつかなかったものの、胸に手を当てて最低限の礼儀を払った。

「ギンズバーグ国王レオンである。よくぞ参られた、コマネチどの。して、ご用の向きはなにかな?」

「私を助けよ」

「もし助ければ、我が国はドワーフと対立しかねませんが……。なにかメリットがありましたかな」

「貴様! 誰がこの土地を与えたか忘れたのか!」

「覚えていたらどうで、忘れていたらどうだと言うのです? 事実として、いま私がここの国王であり、あなたはそうではないのです」

「ぐぐぅ……。では殺すというのか!? それとも、まさかドワーフに……」

 そんな酷いことをするつもりはない。かといって自由にさせておくこともできないが。旧臣がこいつに寝返る可能性があるからな。

「我が国への不法侵入により、逮捕させていただく」

「なんだと……」

「いえ、それはドワーフから保護するための方便ですがね。しかし自由行動は禁止させてもらいますよ。軟禁というやつです」

「では助けてもらえるのか!」

「結果としてそうなります。領地をもらったのは事実ですし、槍も返してもらいましたから。ただし私の故郷を攻めたことについては減点です。領地をくれたのだって、勇者である私を手元においておくための小細工でしょう。ま、結果としてこちらは助かりましたが」

「そうだ、助かったのだ。助け合いは大事だぞ。貴様も私を助けるのだ」

 俺はこの妄言を無視し、衛兵に告げた。

「塔へ連行せよ。うるさいようなら少々乱暴にしても構わん。なお脱走したら死罪と致す」

「はっ!」

 さすがのコマネチもおとなしくなった。

 悪政を敷いて民から嫌われた王ならともかく、これでも独立を果たした英雄だろうからな。誰かが担ぎ出さんとも限らん。扱いは慎重にせねば。

 ともあれ、コマネチを保護したということは、その部下を手に入れたも同然。戦争の得意なヤツが最低でもひとりは欲しい。グレイフィールド伯の健闘を祈ろう。


(続く)

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