群雄割拠
俺たちは馬車でベロ宮殿へと連行された。
ま、連行というより歓待のような扱いだったが。食事の席を用意され、俺たちはコマネチとテーブルを囲んだ。
「我がルーシランドだけでなく、隣国ヴィンランドやアラクシャクも独立した。世はふたたび戦乱を迎えるだろう」
唐突に演説が始まった。
国が増えれば争いも起きる。そんなことは分かりきったことだ。しかしいま俺の興味をひいているのは、目の前にあるステーキと赤ワインだった。辺境のくせしやがって、メシだけはうまい。
コマネチは揚々と続けた。
「シェバ、パールサ、ヒンドスタン、ヴァンラン……。南方でも国々が独立していると聞く。中には魔王軍と内通している国もあるのではなかろうか」
「ルーシランドは?」
「さあ、どうだろうな。ともかく、卿も身の振り方を考えておいたほうがいい。そうだな、たとえば……。独立して、ルーシランドの属国になるとかな。いまなら手厚く保護してやるぞ」
「ありがたい提案ですが、ちと距離が遠すぎますな」
まったく面倒なことになった。
ギンズバーグ領が隣接しているのは、レッドフィールド領とエルフの国だけ。レッドフィールド伯はおそらく独立しないだろうから、俺たちの領土に攻め込んで来たりはしないだろう。となるとエルフがどう出るか、だ。
もしぶん取られれば、婆さんのビールも飲めなくなる。
だが真の問題は、国家の乱立だ。どうも王の死だけが理由とは思えない。魔王軍が裏で工作したとしか考えられない。
俺はグラスを置いた。
「そういえば、王都はどちらがとったのです?」
「西だよ。叔父のほうだ。正直、あのボンクラに支配させておくのはシャクだが……」
「では東の王都はどこに?」
「さあな。パープルフィールドでも召し上げるのではないか。これでパープルフィールド伯が抵抗すれば、もっと面白いことになるぞ」
完全に他人事だ。
ま、自分以外の勢力が争い合えば、ライバルが弱体化することになるからな。コマネチにとってはうまい話なんだろう。
「なんだか領地が心配になってきました。せっかくご招待いただいて申し訳ないのですが、早急に帰国したい」
「許可できない。卿にはここでしてもらいたいことがある」
「なんです?」
「私に忠誠を誓え。さすれば爵位を授ける。現在の領地と同じ広さの土地を与えてやるぞ」
「本気ですか?」
こんなクソ寒い北国の土地を?
まあギンズバーグ領よりはマシかもしれないが。そもそも、俺もこの近くの出身ではある。
コマネチはステーキを切り分けて一気に頬張り、赤ワインで流し込んだ。
「どうしても帰りたいというのなら、人質として娘を置いていけ」
「ゲスめが」
「ああん? 思えば、舌禍は卿の特技であったな。王を前にすると口を滑らせずにはいられんのか」
「娘だけはご容赦願います」
「ふん。勘違いするなよ。こちらとしても、そんなガキなど預かりたくもないのだ。ただ、こういうときには身内を使うものだからな」
まあ常套手段だな。俺が逆の立場でもそうしたかもしれない。しかし娘だけはダメだ。置いていくわけにはいかない。
「では爵位をいただけば、娘の自由は保証していただけると?」
「まあそうなる。しかしそのときは、代わりに卿には残ってもらう。不服か? 卿にとっても悪い話ではなかろう。いまの領地を捨てよと言っているわけではないのだ。それとも私に対して、形式的にでも忠誠を誓いたくないと」
「いえ、あまりに私にとって都合がいいので、なにか裏があるのではないかと」
本当は忠誠を誓いたくないだけだ。なにが哀しくてこんなカイゼル髭にペコペコせねばならんのだ。
コマネチはふんと鼻を鳴らした。
「では紫電を置いていけ。アレがレプリカであることは知っているが、卿にとってはなくてはならぬものであろう」
「そ、それは……」
はい来た。あんな槍どうでもいいです。娘とは比べ物にさえならない。だがすぐに「ハイ」と返事しては怪しまれる。悔しそうな態度をとらねばな。
コマネチは余裕の態度でカイゼル髭をなでた。
「いずれかだ。娘を置いていくか、槍を置いていくか」
「回答は明日でも?」
「よかろう。おおいに悩むがいい。一晩で答えが出せるならな! ファホホホ」
もう答えは出てるんだよなぁ。
*
部屋に案内された俺は、ベッドで大の字になった。
あとは寝るだけだ。
誰も見てないなら悩むフリなどする必要もない。ぐっすり寝て明日に備えよう。
すると、突如ダーンとドアが開かれた。
まさか演技がバレたのか? 早すぎるだろう。
駆け込んできたのはグヴェンだ。
「伯爵! 伯爵!」
「なんだお前か。もう遅いんだから、早く寝なさい」
「わ、私……私を置いていってください! このグヴェンドリン、人質にでもなんでもなります!」
「えぇっ……」
そうとう思いつめたのであろう。まさかの号泣である。
お父さんは胸が痛いぞ。
「私、なんの役にも立てていないし、剣のほうも全然だし、人質になるしか能のない人間です……。ですので伯爵、私を人質にお使いください! この身はどうなろうと構いません!」
「いや、待て。早まるな。お前を見捨てたりしない。ちょっと耳を貸せ」
そして俺は、あれが演技だったことと、最初からレプリカを置いていく気だったことをこっそり告げた。
するとグヴェンは泣きやむどころか、さらに大声で泣きわめいた。
「なんで言ってくれないんですかぁーっ! 伯爵のバカーっ! うわああああああんっ!」
顔をくしゃくしゃにして叫びながら部屋を飛び出してしまった。
なんなんだよもう。
あんな大声で騒いじゃって。
だが作戦としては好都合か。娘に泣かれてやむをえずレプリカを置くことを選択した、というストーリーにできる。
しかしあんなに泣かせてしまうとは、さすがに心苦しい。できるなら、頭をなでてよしよししてやりたい。まだ十三だぞ。はぁ。
*
翌日、俺は談話室でコマネチに決断を告げた。
「かような次第にて、心苦しくはあるのですが、槍をお預かりいただきたく……」
「そうか。ま、昨夜の騒ぎを聞けば、そうなるだろうとは思ったが。娘にあんなに泣かれてはな」
コマネチの言葉で、グヴェンも昨日の感情をぶり返したのだろう。目に涙をためてハナをずるずるとやりだした。
「娘の出国を許可していただけたこと、心より感謝いたします」
「よかろう。槍は丁重に保管する。ただし、様子を見たらすぐに戻ってくるのだぞ。ひと月を超えたら没収する」
「はい……」
もうここへ戻ってくる気はない。だから好きに使ってくれ。二メートル半あるから、高いところにある枝も切り落とせるぞ。
*
かくして俺たちは馬車を借り、ギンズバーグ領へと帰国することになった。
そろそろ魔王軍の侵攻が始まるはず。しかし国は西と東に分かれてしまった。いったいどちらに攻め込む気なのやら。宣戦布告した国が開戦直前に分裂するなんて、滅多にあることでもなかろうしな。
馬車に揺られながら、俺たちは今後のことを話し合った。
「これからギンズバーグ領へ向かう予定だが、途中で降りたいものは正直に言ってくれ。あまり遠回りはできないが、できる限り対応したい」
これにまっさきに返事したのはマリアだ。
「あたし帰るとこないから一緒に行くー。モニカどーすんの?」
「私……かなり西のほうだから……私も一緒に行く……」
となるとあとはジャスミンだが。
彼女は窓から景色を眺めていたが、爽やかな笑顔で振り返った。
「もちろんボクも同行します。いま帰っても家族が混乱するでしょうから」
モーガンもグヴェンも特になにも言わない。
ということは、全員でギンズバーグ領に入るということだ。
*
二週間以上かかったが、特に戦闘に巻き込まれるようなこともなく、無事に帰国できた。
しかし宿で聞く限り、各地で国家間の戦闘が始まっているようだった。そしてとっくに時期を過ぎたにも関わらず、魔王軍の動きはないのだという。戦わずして勝つ、という策か。今回の魔王軍はかなり小賢しい手で来る。前回は物量だけが頼りって感じだったのに。
麦はすでに収穫されていた。
それはいいのだが、領内にやたらテントが張られていた。しかも立てられた旗にはイグドラシル家の紋章。近衛兵だろうか。もしかしてすでに攻め込まれたあとだったりして……。
馬車を止めると、兵士が駆け寄ってきた。
「ギンズバーグ伯爵! ご無事でしたか!」
「いったいなにが……」
「城で陛下がお待ちです。詳しい話はそちらで」
「うむ……」
陛下、か。ジョンが来るわけないから、アンドルーのほうだろうな。パープルフィールドには行かなかったのか。
城に入ると、謁見の間でアンドルーが待ち構えていた。
「ギンズバーグ卿、よくぞ無事で!」
「はい。勇者とその従者、全員無事でございます。しかしなぜこの地へ?」
これにアンドルーは苦い表情を浮かべた。
「はじめパープルフィールドを頼ったのですが、滞在を拒否されてしまいまして……。それでレッドフィールド卿のもとへ向かったら、今度はこの地へ案内されたのです」
「なんと……」
「ギンズバーグ卿さえ構わなければ、ここを臨時の王都としたいのですが、いかがでしょう」
「王都!? ここが?」
こんなクソ田舎が……。
待て。ビールの密造がバレるぞ。いや、いまはそんなことを言っている場合ではない。しかし……。
アンドルーは笑顔で告げた。
「ここの特産品は武器になります。なかなか質のいいビールでした」
「うぐ……」
「先日、寺院から来た修道女に教えてもらったのです。いえ、責めるつもりはありません。どこでもやっていることでしょう。ただし、申し訳ないという気持ちがあるのでしたら、私に力を貸してください」
「召し上げですか?」
「そうはしません。ここはあくまであなたの領地。ただ、私の兵に居場所と食料を提供して欲しいのです」
「はぁ、できる限りのことは……したいのですが……しかし貧しい土地ゆえ、食料が足りるかどうか」
「足りないぶんはレッドフィールド卿が支援を約束してくれました」
「であれば是非に」
食料なんてほとんどないから、こちらは場所を提供すればいい。あるいは修道女のビールでも飲ませるという手もあるが。そうすると俺のぶんのビールが……。
ふと、階下から声がした。
「な、なんだお前は! 止まらんか! うぐっ」
兵士のうめき声がした。
かと思うと、ダーンとドアが開き、ひとりの修道女が入ってきた。フードを深くかぶっているから顔は見えない。少なくともビールの婆さんじゃないことは分かる。もっと若い。
「ただいま。戦争するのよね? 私も混ぜなさいよ」
「……」
言葉を失った。俺だけでなく、グヴェンも。
聞き覚えのある声だ。長い睫毛の奥の鋭い眼光、にこりともしない冷淡な顔立ち。かつての麗しき旋風。疾風の加護のもと、長剣を振り回していた女剣士。
嫁だ。
唐突に帰ってきやがった。
「ん? 玉座のガキは誰よ? あんた、まさか城とられたの?」
「ちょっと待て。頭が高いぞ。このかたはいまの国王陛下だ」
「あらそう。ちっともあの爺さんの面影ないわね。まあいいわ。当然知ってると思うけど、私はかのエリス・ピュアハートよ。それで、戦争はいつなの? こっちはいつでも行けるわ」
やはりこの城は防御に向いていない。いともたやすく蛮族の侵入を許してしまった。
アンドルーが唖然としてしまったので、代わりに俺が応じた。
「エリス、よく来てくれたな。しかし戦争するかどうかはまだ決まってないんだ。陛下が慎重に検討を重ねている」
「ふぅん。じゃあ決まったら呼んで。食事の支度してるから」
「……」
えっ?
さも当然のように、ちょっと出かけてました的な感じで、ここに帰ってくるのか? 本当に? というか、寺院に入っていたはずでは?
エリスが去ったので、俺は慌ててアンドルーにひざまずいた。
「大変失礼いたしました。どうにも礼儀をわきまえぬ田舎者にて……」
「いえ、構いません。たしかに面食らいましたが……」
そうだった。
前の国王も、俺が怒らせたというより、八割は嫁が怒らせたようなものだった。残りの二割は間違いなく俺だけど。つい勢いで便乗してしまったのだ。
するとエリスがすっ飛んできた。
「あんた、フライパンどこ?」
「フライパン? 棚にない?」
「どの棚? そこらじゅう棚だらけよ」
「分かった。いま行く」
アンドルーが手でどうぞと促したので、俺は辞儀をしてエリスとともにキッチンへ向かった。
*
狭苦しい厨房だが、たしかに棚だらけであった。まあ俺は配置を把握しているから、フライパンはすぐに発見できた。
彼女は顔をしかめている。
「それはこの棚じゃなくて、こっちの棚でしょ」
「君がいない間にルールが変わったんだよ」
「新しい女でもできた?」
「そんなわけないだろ。こっちはずっと君の帰りを待ってたんだぞ」
「笑えるわね。ビールの婆さんと結婚しなさいよ」
「……」
このズケズケとした物言い。懐かしさでショック死しそうだ。
まだなにか探しているのか、エリスはいろんな引き出しや棚をあさりまくった。
「まな板は?」
「それはこっち」
「なんで場所変えたの?」
「俺が使いやすいように置き換えたんだよ。いいじゃないか別に」
「私の帰りを待ってたなんてウソね。どうせ血に飢えたバーサーカーだとでも思ってるんでしょう?」
「思ってるけど、帰ってきて欲しいってのは本当だ」
するとエリスはぐっと顔を近づけてきた。
もうすぐ三十だというのに、さらに美人になったように見える。というより俺も大人になって、好みが変わったのかもしれないが。
彼女は俺の顎から、力づくでヒゲを引き抜いた。
「いてっ」
「剃り残し」
そう言って、頬にキスをしてきた。
「なにするんだ急に」
「いいでしょ、したくなったんだから。なんなの? ダメなの?」
「ダメじゃない……。けど、なにもかも急すぎる」
「私もそう思う。けど始まったのよ。国王はここに居候するんでしょ? てことは、戦場の最前線ってことよ。また私とあなたとで世界を変えるわよ。まさか萎えてないわよね? フニャフニャだったら承知しないから」
「フニャフニャではない」
「ならいいわ。料理の邪魔だから出て行って。できたら呼ぶから」
「はい……」
やべーやつが来てしまった。
この状況を望んでいたはずなのに、まったく素直に喜べないぞ。心なしかグヴェンも困惑気味だったしな。
(続く)