王
やや強行軍ではあったものの、三日後にはホワイトフィールド領へ到着した。とはいえ、ここはまだ北方エリアの玄関口に過ぎない。
開戦までは十数日。
三日かけて大雪山へ向かい、そこからさらに山を登りつつ本陣を目指せば、期日にギリギリ間に合うかといったところだ。
王都から来るメッセージは「とにかく山を攻めろ」の一点張り。これが陽動である可能性など考えたくもないといった態度であった。
まあいい。要するに、出来る限り早く終わらせればいいのだ。
耐久力のある大型モンスターは無視し、ザコの密集しているポイントだけを攻める。ゴブリンなどは、どんなに数が多かろうが関係ない。なにせこちらには神槍があるのだ。少し魔力を使えば一掃できるはずだ。レプリカがちゃんと機能してくれれば。
ホワイトフィールドにも町はある。領主には事前に通達が行っているから、俺たちはどこでも歓迎された。なにせこの地から魔王を追い払う勇者だけでなく、王の孫まで来ているのだからな。
三日後、大雪山のふもとの町で、俺たちは初めて魔王軍と遭遇した。
ゴブリンとハーピーの混成部隊だ。数は分からないがとにかく多い。半狂乱で町を破壊している。陽動ではなく、この先に本陣があると思わせるような本気ぶりだ。しかし数こそ多いものの、大型モンスターの姿はひとつも見当たらなかった。
「よし、行くぞ」
俺はスケイルアーマーをバンバン叩いて具合を確認し、馬車を飛び出した。
槍は屋根の上に据え付けてある。あまりに長すぎて、中に入れると邪魔になるからな。二メートル半はある。
ゴブリンは小柄な人型モンスターだ。とにかく数に任せて襲いかかってくる。まあモンスターというか、たぶん会話の通じる連中なのだが、表向きは会話の通じない魔物という扱いになっている。そのほうが殺しやすいからな。
ハーピーは半人半鳥のモンスター。会話が通じるかどうかは不明。歌いながら空を飛び回り、急降下して足の鉤爪で攻撃してくる。
町の人間はすでに逃げ出したようだが、モンスター軍団はムキになって無人の家々を破壊し続けていた。町を破壊せよとでも命じられたのだろう。そして、おそらくそれ以上の判断をしていない。
全員が外に出たところで、俺は簡単に指示を出した。
「敵はザコだ。緊張することはない。しかし戦いに夢中になりすぎるな。大事なのは仲間を信じること。見捨てないこと。冷静でいること。危なくなったら大声で呼んでくれ。俺が必ず駆けつける。では行くぞ。絶対に深追いはするな」
俺は先陣を切って駆け出した。あのタイタスがこしらえた鎧はじつに軽い。俺の戦法にマッチしている。
ふと、突進する俺の脇を火球がすっ飛んでいった。猛火はゴブリンの群れに直撃し、彼らの身体にまとわりついて長々と燃え続けた。
空でキャーキャー叫びまくるハーピーは、ジャスミンが射撃で一匹ずつ撃ち落としていった。
敵はしかし最低限の訓練を受けているのだろう。パニックになりながらも、一部がすぐさま臨戦態勢となり、手にした槍をこちらへ投擲してきた。一本や二本じゃない。それこそ雨あられのごとく降り注いだ。俺は魔力を込めた紫電で一気に薙ぎ払った。
やや遅れてアンドルーが来た。彼は、飛んでくる槍に圧倒されてしまい、目を見開いて棒立ちになっていた。
もちろんカバーは用意してある。グヴェンが魔法の盾を起動させ、周囲に半透明なドームを展開させた。飛んできた槍は、強固なバリアによってすべて弾かれた。
マリアとモニカはどう参加していいか分からない様子だったが、わけも分からず突撃されるよりはマシだ。しばらく見学していて欲しい。
俺は敵陣に突っ込み、魔力を解放して槍をぶん回した。稲妻を帯びた神槍が、周囲のゴブリンを紙のように切り裂いていく。
大きくひと薙ぎしただけで、ゴブリンたちはズタズタの死骸となった。刃を遮るものはなにもない。触れれば血飛沫が舞う。
若かったころは、この強さに我ながらシビレたものだ。世界の頂点に立った気がした。なにせこのザコどもは、数だけはいるのに俺さまに手も足もでないのだ。
しかしいまあらためてやってみると、こんなのはただの労働であった。森に入って虫を好きなだけ殺してこいと言われるようなものだ。負けはしないだろう。しかし興奮が持続しない。いきおい機械的な作業となる。
俺が押しまくっているのを見て、マリアとモニカも参戦した。マリアはクロスボウを撃ち込み、モニカは氷の矢を撃ち込んだ。ふたりとも意外とコントロールがいい。
俺はさらに踏み込んだ。
敵の前線は崩壊している。こちらが槍を振るえば、敵は十数という単位で死んだ。手足が千切れ飛び、やや遅れて血液が雨のように降り注いだ。モンスターは恐怖に目を血走らせ、絶叫しながら逃げ惑った。
グヴェンはアンドルーの盾となっている。そしてそのアンドルーはあまり踏み込んでこないから、前線は俺が独占できた。おかげで遠慮なく槍を振り回せる。
しばらくすると大地は死骸だらけとなり、一部は散り散りになって山へと逃れた。
無事、魔王軍から町を解放できたというわけだ。
「また英雄譚にあらたな伝説を刻んでしまった……」
俺のジョークに、誰も愛想笑いさえしてくれなかった。笑みを浮かべているのは、死骸に無駄玉を撃ち込んでいるジャスミンのみ。美人なのにもったいない。少女たちもドン引きだ。
アンドルーが落ち込んだ様子でやってきた。
「すみません。まるで戦いに貢献できず……。最初の攻撃でひるんでしまい、足が動きませんでした」
「いえ、ご無事でなにより。そのうち慣れるでしょう」
アンドルーはまだ体が震えるようで、歩いているだけなのに何度も転びそうになった。こういうのは頭だけ冷静でもダメだ。理性とは無関係に体が勝手に震える。場数を踏むしかない。
ともあれ、これで大雪山に入る準備ができた。
敵は開戦前に町を襲ったのだ。こちらから仕掛けても文句は言うまい。問題は、本当にこの場所がアタリなのかということだけだ。
山を見上げていると、背後から誰かが騒ぎながら来るのが聞こえた。伝令兵だ。ワーワー言っているが、遠すぎてまるで聞き取れない。よほどの用件なのだろう。必死で馬を急がせている。
俺たちも戦いが終わったばかりでまだ息が上がっている。呼吸を整えつつ伝令の到着を待った。
「国王陛下、崩御! 国王陛下、崩御!」
「……」
ん?
聞き間違えか?
崩御? 死んだってことか? あの爺さんが? ウソだろ?
伝令は転げ落ちるように下馬し、必死の形相でアンドルーへ駆け寄った。
「殿下! 国王陛下が崩御されました!」
「ど、どういうことだ……」
「おそらく老衰かと……。しかし問題は、ジョン殿下が王位を継承すると宣言されたことにございます! 急ぎ王都へお戻りください!」
ジョンというのは、アンドルーと継承権を争っていた叔父だ。あまり印象にない男だが、兄が亡くなったのをチャンスとばかりに、虎視眈々と王位を狙っていたのだろう。
アンドルーはふらりとして馬車に身を預けた。
「そんな……。叔父上、なぜです……」
後方に控えていた私兵たちも、アンドルーに駆け寄った。
「私の馬をお使いください」
「殿下、お気をたしかに」
「いますぐ王都へ戻りましょう!」
あのジジイ、クソめんどくせータイミングで死にやがったな。
これから大雪山を攻めなきゃならないし、もしハズレだったら次の手を打たなきゃならないってのに。
謀殺ではなく老衰ってのがせめてもの救いか。
アンドルーはしばらく目をつむり、じっと黙考している様子だった。簡単な問題じゃない。心の整理もつかないだろう。
彼はやがて目を開き、自分の足でまっすぐに立った。
「分かった。王都へ向かおう」
決断したか。
彼はこちらへも向き直った。
「ギンズバーグ卿、しばらく戦列を離れます。大雪山の攻略は継続してください。のちほど伝令を送ります」
「かしこまりました。旅のご無事をお祈りしております」
「皆さんも」
かくしてアンドルーは私兵たちと王都へ向かった。
ま、急げば一週間もかからず着くことだろう。そのとき叔父上とどんな交渉をするのかは知らないが。いずれにせよ、彼らのどちらかが国王となる。そしてそんな事情とは無関係に、魔王軍は侵攻を開始するはずだ。
俺たちが山登りしてる最中に、国が滅ぶなんてことにならなきゃいいが。ま、勇者は政治に口を出す立場にはないからな。誰が王になろうと、その王に従うのみだ。
「どうするの?」
モーガンが分かりきったことを聞いてきた。
「もちろん計画を続行する。あったかい時期でよかったよ。前は秋だったからな。死ぬかと思った」
「わたくしがあたためてあげたじゃない」
「ああ、魔法でな」
火を起こそうと思ったときにすぐ起こせるのは、サバイバルでも役に立つ。
俺は仲間たちに向き直った。
「いま言った通りだ。作戦に変更はない。馬車にキャンプ道具が積んである。分担して運ぼう」
さすがに馬車のまま山へ入ることはできない。ここからは徒歩だ。ハイキングで健康になりすぎないよう、ビールも忘れずに持っていかないとな。
モーガンが肩をすくめた。
「ま、無駄足だと思うけどね」
「なぜ?」
「ここまで来たらわたくしにだって分かるわ。魔力の気配が弱すぎるもの。きっと上はスッカラカンよ。なにもないわ」
「つまりは予定より早く片付くってことだ。中央ルートから進もう。楽しい登山の始まりだ。こっちは出し惜しみナシで正面から仕掛ける。みんなも好きなように参加してくれ」
魔王がいない以上、魔力を節約しても仕方がない。出くわした瞬間に始末する。
ま、当然そう簡単にはいかないだろうがな。いつの時代も、モンスターよりも面倒なのが人間ってヤツだ。
*
実際、大雪山の攻略はあっけないほど簡単に終わった。もし魔王軍の本陣があるなら十日はかかると想定していたのだが、その半分の五日で転移門へ到達できた。山頂まで行く必要はなく、中腹まででいい。
たどり着いたのは、雪原と呼べるほどの広大なエリアだ。そこに半透明な魔法のゲートがひとつ、どんと置かれている。サイズはやや大きめの門扉といった感じだろうか。馬に乗った人間が通過できるかどうかといった高さだ。
蹴散らされたゴブリンたちは、そこから魔界へと逃げ込んだ。開けっ放しになっているから俺たちが入り込むこともできる。まあ入るメリットもないが。
「さて、下山するか」
俺は顔についた返り血を拭った。
分かってはいたがハズレだ。となれば、こんな寒いところに長居する理由がない。夏だってのに、雪の消えない寒さだ。いくら神の加護があるとはいえ、防寒着がなければ死んでしまう。
下山すると、俺たちはたちまち兵士に囲まれた。
祝勝会への招待という雰囲気ではない。完全武装している。
「ご苦労であったな、ギンズバーグ卿。帰還早々悪いが、武装解除しておとなしく城まで来てもらおうか。おっとムダな抵抗はやめたまえよ。私はいまルーシランドの国王なのだ。剣を向ければ大変なことになるぞ」
ルーシ伯グリゴリー・コマネチだ。
いつの間に国王になったのか知らないが、ずいぶんな態度だ。
俺は床に神槍のレプリカを転がした。
「争う気はない。しかし同じ伯爵同士、払うべき礼儀というものがあるだろう」
「聞こえなかったのか? それとも脳が理解を拒んだか? 私は国王だ。ルーシランドのな。独立したのだよ」
「王位継承のゴタゴタに便乗して独立とは……」
この皮肉に、彼はふんと鼻を鳴らしてカイゼル髭をなでた。
「王位継承? 卿はどこの王位のことを言っているのだ? 西ミッドランドかな? それとも東ミッドランドか? どちらの国も継承者は決まったようだぞ」
なんてことだ、東西に分裂しやがったのか。もはやミッドランドでもなんでもないじゃないか。
コマネチはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「ま、対等に扱って欲しくば、卿も独立して王となるのだな。いまや聞いたこともないような小国が次々と独立するありさまだ」
「結構。身の安全は保証していただけるんでしょうな?」
「もちろんだとも。なにせ卿らは、我が国からゴブリンを追っ払った義勇兵であるからな」
勇者を捕まえて義勇兵とは、ずいぶん低く見られたものだ。
俺が目で合図すると、仲間たちも武器を置いた。
「それで、アンドルー殿下は東西のどちらに?」
「東だよ。レッドフィールド伯が中心となって擁立したようだ」
なるほど。それならギンズバーグは独立しなくてよさそうだな。かといって西と戦争する気もないのだが、しかし勇者としてはともかく、伯爵としては王の命には従わざるをえない。確実に巻き込まれる。
(続く)