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驕れる者は久しからず

 翌日、よく晴れた中庭にてレオン隊とアンドルー隊の交流会がもよおされた。

 というか、なんらの説明もなかったのに、当然のように二部隊制なんだな。バラバラに挑んで勝てるのか。

 ともあれ自己紹介だ。

「いまさら説明は不要かと思いますが、私が伝説の勇者、ギンズバーグ伯爵です。戦闘では、前衛にて槍を振るいます。加護は紫電。過去にもいちど魔王の首を討ち取りました。経験者ですので、なんでも相談してください」

 そして散発的な拍手。

 人数が少ないから地味だな。

「わたくしはモーガン・ストロベリーフィールド。見ての通りエルフよ。加護を受けたのは火焔。火をつけたいものがあったら言って? いつでもお役に立つわ。趣味はソーマでキマりながらヤることよ。ぜひ仲良くしましょうね」

 娘がいるんだぞ。自重してくれ。

「ジャスミン・スティンガーです。ボクは疾風の加護を受けました。武器は銃剣だから、遠距離でも近距離でもどちらでもいけるよ。戦闘はお任せあれ」

 完璧なスマイル。アンドルー隊の少女たちが露骨にそわそわした様子を見せた。

 何度も言いますが勇者は俺です。

 最後は娘だ。

「従者グヴェンドリン。大地の加護を授かりました。剣の腕には少しばかり覚えがあります。技は戦場にてご覧に入れましょう」

 いまのところ剣より拳って感じだがな。

 なおエリスは疾風だった。どんな加護を受けるかは、本人の資質によるということか。


 さて、次はアンドルー隊だ。

「アンドルー・イグドラシル。加護はありません。今回の戦いに参加できること、とても光栄に思います。特にギンズバーグ卿とミス・ストロベリーフィールドの活躍は、亡き父からよく聞かされました。イグドラシルの名に恥じぬよう、私も死力を尽くして戦いたいます。どうぞよしなに」

 父親が病死したことで、叔父たちと王位継承権で揉めているのだったな。焦った国王が、彼をここにねじ込んだ理由も分からなくはない。功をあげさせ、叔父たちを黙らせたいのだろう。

 続いてダルそうなチンピラの金髪少女。

「ちぃす。あたし、マリア・ブラックホール。十七歳。こないだ斬首刑にされた盗賊の娘だよ。親は死んじゃったけど、あたしは加護のおかげで助かっちゃった。あ、えーと、加護は陰翳いんえい。コソコソしながらバックからヤるのが得意だよ。ま、適当によろしく!」

 元気なピースサインが出た。

 そういえば途中の宿で、ブラックホールなる盗賊団が捕まったという話を聞いたな。まさかその娘とは……。

 最後は、頭からローブをかぶった小柄な魔術師だ。

「モニカ・グレイヴヤード……です……。わ、私はそのぅ……加護は氷雪ですけど……寒いのは苦手です……。えーと……十六歳です……。はい……」

 恥ずかしがりなのか、ローブのフードで顔を隠してしまった。


 ともかく、これで勇者と従者が揃ったというわけだ。

「ところで指揮は誰が? この小さなチームで、キャプテンがふたりというのはいささか問題があるように思えますがね」

 俺の皮肉を込めた質問に、アンドルーはそれでも笑顔で応じた。

「もちろんあなたに任せますよ。陛下は私に指揮をとらせたいようですが、現実的じゃありませんから。私のことはお飾りと思ってください」

「では遠慮なく。殿下をお守りするためにも、それが最良でしょう」

 しかしやりづらいな。

 前回は、俺の裁量だけで好き放題できた。今回はお飾りとはいえ王族を同行させることになる。気を遣いながらの旅になりそうだ。


 ふと、リュートを担いだ詩人がやってきた。宮廷に雇われた人間だろうか。

 彼を見つけたアンドルーは、困惑したような笑みを浮かべた。

「グスタフか」

「本日もよき日にございますな、殿下」

 顔に薄化粧を施した、道化師のような印象の男だ。彼はほっそりとした体で大袈裟な辞儀をして見せた。

「誇らしき勇者と麗しき乙女たち、お初にお目にかかります。詩人のグスタフと申します。どうぞよろしく」

「……」

 あまりの奇妙な雰囲気に、俺たちはなかば口ごもるように返事をした。「ウケるんだけど」と喜んでいるのはマリアだけだ。

 グスタフは気にした様子もなく、その場でくるりとターンした。

「本日は、勇ましく旅立つ皆さまのお姿を拝見しようと馳せ参じました。なにせ民衆は情報を渇望しておりますからな。ふむふむ。出戻りの中年勇者に、年齢不詳のエルフ……。それに没落貴族の娘に、罪人の娘、根暗な少女がふたり、と。これを英雄譚にするのは骨が折れそうです」

 なんだこいつは。ケンカ売ってんのか。

 そういえば十年前も詩人が来て、俺たちの姿をじろじろ見ていったっけ。勝手な異名をつけたのもきっとそいつだろう。

「なにこいつ! 感じ悪いんだけど!」

 マリアはかかとを地面にぶつけ、靴の先端から刃を飛び出させた。

「ひいっ! ま、待ってください! ちょっとした諧謔ジョークではありませんか! 詩人はこれを言うのが仕事なんですから。勘弁してくださいよホント」

 そんな仕事じゃないだろ。

 殿下も苦笑しているぞ。

 俺は一歩前に出た。

「異名を考えるのは君か」

「えっ? はぁ、まあそうですがね。ちょっと顔が怖いかなー、なんて……」

「俺のことはどう書いても構わん。しかしグヴェンのことは悪く書かないでくれよ。彼女はギンズバーグ伯爵の娘なんだからな」

 グヴェンからは「伯爵、特別扱いは困ります」とつっこみが入ったが、知ったこっちゃない。こちらにも譲れない線がある。

「麗しき旋風みたいな、カッコいいやつを頼むぞ」

「あー、あれはじつに気合の入った異名でした。なにせ前任はエリスのファンでしたから」

「彼女はエリスの娘でもある」

「けど、ちょっと麗しき旋風って感じじゃないな……」

 言いたいことは分かるが、もう少し言葉を選んでくれてもいいだろう。

 グヴェンもついに地団駄を出した。

「伯爵! 恥ずかしいのでやめてください! 私は異名などどうでも構いません!」

「そうか? お前がそう言うならいいが……」

 あんまりしつこく言っても嫌われそうだしな。

 グスタフはほっと息を吐いた。

「ま、なんとなく人柄は分かりましたよ。あとはこちらで想像を膨らませて脚色しておきますね。しかしスティンガー家は……。まあいいや。私の才能でなんとかしましょう。ふむふむ。なるほど。分かりました。それではこれで失礼します。いやー、難しい仕事だぁ」

 また大袈裟な辞儀をして、グスタフはいずこかへ去った。

 スティンガーというとジャスミンの家だな。なにか問題でもあるのだろうか。没落貴族とか言われていたが。

 当のジャスミンは気にした様子もなく、涼し気な眼差しで庭園を眺めていた。いや、しかし家のことを話題に出されたのに、聞いていないフリをするのはムリがあるだろう。あの澄ました表情の裏で、いろいろ考えているということか。

 モニカがローブの中でぶつぶつつぶやき出した。

「墨吐きのグスタフ……あんな男だったの……やっぱりクソだわ……頭にクソが詰まってるのよ……」

 なんか怖いぞ。

 アンドルーが苦い笑みを浮かべた。

「今後の計画は、休憩がてらあちらの四阿あずまやで立てましょう。メイドたちに紅茶を用意させました。遠方より取り寄せた特上品です」


 アンドルー殿下のご配慮により、俺たちは紅茶を飲みながらの打ち合わせに入った。

「魔王軍の出現場所は特定できてるんでしょうか?」

 俺はそう言ってビスケットを齧った。焼き立てらしく、サクサクしていて香ばしい。王族ってのはいいモン食ってやがんな。

 アンドルーはティーカップにさえ手を付けない。

「前回同様、北東の大雪山に現れたようです」

「またあそこに転移門出したの……。あそこ寒いんだよなぁ。それで、細かい配置は?」

「さすがにそこまでは。というより、まだ敵の布陣も終わっていないようです」

「じゃあ出て来たばっかりってことですか」

「魔王からの宣戦布告によれば、開戦まで約半月といったところです」

「あいつら、そういう手続きはするんだよなぁ……」

 前回もそうだったらしい。

 俺はガキだったからロクに事情も理解していなかったが。そして理解していなかったがゆえに、無邪気に敵を殺すことができた。

 アンドルーはこう続けた。

「陛下は、開戦までに魔王の首を刎ねよと仰せです」

「やはり……」

 つまり魔王軍が正々堂々と「半月後に始めよう」と通達してきたのに、こちらは「そんなの関係ねぇ」とばかりに刺客を送りつけるということだ。蛮族の宣戦布告など、まともに受け取る気はないということだな。

 前回は姑息な奇襲で勝てた。魔王の首を刎ね飛ばしたのは俺だ。

 ま、さすがに今回は対策してくるだろう。

「理解しました。しかし無闇に攻めるわけにはいきません。およその配置が判明するまでは」

「斥候が入手した情報は最優先で送らせましょう」

「陛下は、こちらのサポートにどの程度の戦力を割くおつもりだと?」

「おそらくは五百名程度かと」

 大隊規模だな。といっても俺たちと一緒に戦ってくれるわけではなく、ほとんどが偵察と補給に回る。情報も物資も後方から送られてくるのだ。古い英雄譚のように、勇者が歩き回って情報を集めたり、店で薬草を買ったりする必要はない。


 それはいいのだが、俺がアンドルーとクソ真面目な会話をしている間、なぜか娘とモニカが急速に仲良くなっていた。

 なにが書かれているのかは不明だが、モニカの持ち込んだ書を覗き込み、やたらと興奮していた様子だ。怪しい魔術書だろうか。同じく覗き込んだジャスミンは肩をすくめ、マリアは目を丸くし、モーガンは余裕の笑みだった。まさか、やらしい書物じゃないだろうな。


 俺は紅茶をすすり、咳払いをした。

「期間は約半月。あまり時間がない。明日にでも出発しましょう。各自準備を」

「装甲を施した馬車を用意させました。進行ルートはギンズバーグ卿に任せます」

「助かります」

 防御の手薄なところから一気に突破するしかない。

 敵の配置はまだ不正確らしいが、それでもいまある情報だけでも精査したほうがいい。徹夜というわけにもいかないから、今日のうちに読めるだけ読んで、馬車の中で意見のすり合わせという感じか。

 大雪山は前回も攻めた。少しばかり理解がある。

 布陣も済んでもいないのに宣戦布告してきたということは、敵には短期決戦の用意があるということだ。俺たちを引きつけておいて、予想外の方向から王都を落とす作戦かもしれない。

 王にも少し注意換気しておいたほうがいいかもしれないな。どうせ高みの見物のつもりで気を抜いてるだろうから。

「して、神槍はいつお借りできるので?」

 俺がこう尋ねると、アンドルーはにわかに渋い表情を見せた。

「じつはその件なのですが……。現在、陛下の命により、槍は封印されている最中でして」

「封印? それは解いてもらえないんですか? 明日、もう出るんですよ?」

「勇者には、宮廷魔術師の作成したレプリカを与えることになったようです」

「いやレプリカって……。それ、ちゃんと機能するんですか?」

「独自にさだめた基準はクリアしています。ギンズバーグ卿には、それで我慢してもらいたいと」

「えぇ……。はい、まあ、殿下がそうおっしゃるなら……」

 そこらで売ってる槍よりはマシだと信じたいが。

 王はよほど俺を警戒しているらしい。勇者が神槍で大活躍してしまえば、アンドルーの活躍が薄らいでしまうからか。しかしそんなことを言っている場合ではなかろうに。

 どうせ俺の評判など地に落ちているのだ。ちょっと活躍したところで、「またあいつがしゃしゃり出たのか」くらいのものだろう。それに、詩人の裁量で、個人の活躍などいくらでも書き換えられる。

 前回勝ったからって、かなり慢心しているな。大丈夫なのか。


(続く)

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