表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花 日記  作者: 崎谷慈臣
2/2

クロッカス -焦燥ー

「お前、浮気してるだろ」


 一瞬、彼に何を言われているのか解らなかった。


 私も彼も社会人で、繁忙期に入っていて忙しく、なかなか休みが合わなかったから、会ったのはほぼ一か月ぶりだった。


 彼、梨本貴史なしもとたかしとは、高校からの友人の杉坂叶菜すぎさかきょうなの紹介で、付き合いだして二年になる。二人とも高卒で就職したから、お互いの交友関係は会社の人以外、大体知っているはず。

 最近は電話もあまりしなくなったし、メールも事務的でなんだか冷たくなってきて、もしかして浮気してるのかもと思っていたから、彼の言葉は青天の霹靂へきれきだった。


『疲れているから家でのんびりしたい』という彼の要望で、私の家で前々から見たいと思っていた映画を見ている最中。それも、主人公が恋人に泣く泣く別れを告げるシーンで、独り言のように言われた。

 

「してないけど。どうしてそう思ったの?」

 元々高校の時から、男友達と呼べるような人なんて存在していないから、彼が疑っているのは会社の人だろう。

 疑われるとしたら、最近彼女のことで悩んでいるとかで、女性社員に相談している同僚の松野維まつのゆきくらいかな。といっても、友人兼同僚の竹内夢果たけうちゆめかと他数人を交えて、飲みがてら愚痴を聞いたりしていただけだし、やましいことなんか何もないんだけど。


「しらばっくれんなよ。杉坂に聞いて、もう知ってんだよ。証拠の写真だって持ってるんだ」

「証拠って、いつ撮られたものなの?見せてくれない?」

「今は持ってない、杉坂に預けてきたんだ」


 叶菜に預ける意味が分からない。私が見せてと言えば、見せてくれるだろうに。

 彼は時々、こういうことをする。何か意味があるのかもしれないけれど、私にはまったく理解できない。


「貴史の男友達とか、私の知らない人に預けるんならわからなくもないんだけど、何で叶菜に預けたの?」

「別にいいだろ。杉坂の方が預けるのに都合がよかっただけだって。」

やっぱり、彼なりに理由があるらしい。


「てゆーか、浮気しといて謝りもしないわけ?証拠まであるって言ってんのに」

謝るも何も、そもそも私は浮気なんてしていない。あると言っている証拠だって、似ている誰かを撮ったものに違いない。

「証拠って、いつどこで撮られたものなの?」

「先週の土曜日、桜市の繁華街だけど。お前、ストライプのシャツに下はジーンズで、黄色いパーカー羽織ってたろ。同じの着てるとこ見たことあるし」


確かに、先週の土曜日に繁華街に行ったし、彼が言ったような服装だった。でも、気晴らしに一人で出かけたのだ。会話した男性なんて、本屋の店員さんくらいなのに。

「確かにその服装で繁華街に行ったよ。でも、男の人と話したのなんて、本屋で会計してくれた店員さんくらいなんだけど」

私がそう言っても、彼は納得してくれない。証拠として写真なんてものがあるなら仕方ないのかな。


「もう、その写真に写ってるのが私じゃないって、証明しないかぎり納得してくれないんでしょ」

「あぁ。信用できない」

「じゃあ、叶菜に言って明日写真持ってきてもらって。私もその証拠写真見てみたいから。話し合おう、どちらにしろこのままじゃだめだと思うし」

今日、彼に誤解だと証明するのは無理だ。明日、叶菜を交えて話してみるしかない。

「わかった。じゃあな」


 彼が帰ったのを確認して玄関に鍵をかけると、ベッドに潜り込んだ。

 泣いてはいけない。

 まだ、泣くわけにはいかない。

 涙を流すのは、貴史に潔白を証明してから。


 せめて、出かけたのが一人でなければ。友人にでも証明してもらえたのに。

 あの日、あの格好で出かけていなければ。人違いでこんなことにはならなかったのに。


 煩雑とした思いを消せないまま、会社に行く用意をした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ