第1節 始まりの赤(7)
シャルの怒声のような凛とした声に、沸いていた室内が不穏な静けさに包まれる。
それに気づき、司祭は振り返って、一旦手元の紙を覗き見、私たち三人に残念そうな視線を投げた。
「ルベウス=ジークフリードは……失格だ」
「っ!?」
死刑宣告のような言葉の刃が閃いた。私のひとひらの希望を絶つ、引導の断言。
破滅的な気分というのを経験したのは初めてじゃない。むしろ、抱えた弱い性根からよくあることだ。
しかし、それでも。
自分の足もとに大きな穴が空いて、それに落ちるように床に膝をつくという感覚は初めてだった。
これは夢じゃない。突き付けられた然とした現実なんだ。頑張れば回避できるような、鈍くさい相手の斬撃なんかじゃない。
磔刑だ。
「失格って――ルビィは、ルビィは試験相手に全勝してるんですよ!? 一勝もしていない人を通してルビィが通らないのは、どう考えたっておかしいですっ!」
はは。馬鹿だなぁ、ミスト。
そんな言い方したら泣き虫なシャルが泣いちゃうじゃないか。
いや。
いつの間にか泣いているのは、私だ。
床に染みた、いくつかの水滴が途方もなく哀れだ。
「事前に伝えている通り、合否は試合の勝敗だけで決するものではない。試合の内容、実力の伸び代などを厳正に吟味して、名誉ある聖騎士団を背負って立てる人材を我々なりに登用したつもりだ」
内容。
勝敗に関しては、私は10人の対戦相手を圧倒した。
ただ一つのトラブルを除いては、なんら支障の無い完璧ぶりで。
落ちた原因をあげるなら、きっと、それしかない。
「ルベウス=ジークフリードくん……君は〝人の血〟がだめだそうだね」
「――はい」
変えようのない現実と自分自身の首肯が、更に目を熱くさせた。
〝人血恐怖症〟
それが私の抱えた病の名前だ。
人の血というものに極端な嫌悪を抱く。言うなれば、それだけ。
ただそれだけの恐怖症に、私は、この十七年の間悩まされ続けてきたのだ。
その事は当然ながら、この二人も先刻承知だ。
「だけどっ!」
「だけども何も無いのだよ、シャルリエル君。私も彼女の試合を見ていた。はっきり言って、ここに集まった入団志望者の誰よりも強い。剣技だけで見れば、既に正規騎士団員と肩を並べる程だろう。いや、それさえもーー」
「だったらなおさらですよ!」
ミストが懇願するのを遮るように、しかし、と強い口調で司祭が継ぐ。
「彼女の10戦目の後の様子を見て、残念ながら騎士団には入れられないと判断を下したのだ。誤って頬にかかってしまった〝たった一滴の相手の血〟で身動きできなくなるほど震える彼女を見てな」
十戦目の相手はそれまでの相手とは違った。おそらくあれは正規団員だったんだろう。
相手に斬撃を与えるのは禁止とされた試合規定だったが、最後の男の人との一戦は激しい打ち合いとなった。
剣戟の最中に、私の払った剣が彼の頸筋を掠めてしまったのだ。
その返しの一振りを受け止めた相手の剣が吹き飛んで私の勝ちとなったのに。
不運なことに、その時に飛んだ血の一滴が私の顔についた。
そうなれば、もう私は、それを自分で拭き取ることもできない。
あらゆる身体的機能が麻痺する。戦慄と換言してもいい。
血が嫌い。大嫌い。
そして、そこまで血を嫌悪する自分が、それ以上に大嫌いだ。