間章
「二週間の禁固刑の後、黒十字回収の任務遂行で正式騎士階級へ特進か。……いやはや、喜んでいいのやら分からんね」
アウナス本教会のとある一室。
オルロフから手渡されたルベウスへの罪状及び勲章関係の書類に一通り目を通し、ファセット=ランジークは気だるそうに欠伸をかいてうそぶいた。
本やら羊皮紙やらが堆く積まれた部屋である。
中央には比較的その周りよりも片付いた小汚い机と椅子があり、和風の着物をまとった初老の黒髪はそこに足を組んで頬杖をついていた。
うっかりその辺の書類の巨塔をつつけば、すぐにでも部屋中に紙のなだれで溺れてしまいそうなほどの雑多具合だ。
普段は開かずの間となっているそこは、ファセットの暇つぶしの秘密基地である。
「……今回の一件、ルビィの単独行動は僕の責任です。僕がもっとしっかり彼女を制御できていれば、こんな事態にはならなかったでしょう。申し訳ありません」
迂闊に入れないその部屋の入り口で、金髪金目のプレートメイル姿の騎士・オルロフが丁重に腰を折る。
薄暗い部屋に放射状に延びる彼の影もそれに続いた。
「うんや? 俺だって入れ知恵しちゃったしねぇ。まぁ、その後ちゃっかりルビィに密偵をつけてやったわけだが」
「ええ。おかげでルビィ本人を回収することもできました。……しかし、なぜレイリィは黒十字を……?」
ファセットの放った密偵は、ルベウスには絶対に干渉するなという命令を下されていた。
命令に従い、密偵は終始傍観者としてルベウスとレイリィの交戦を観察していた。
そして、両者が神殿で相打ち、気絶したのを確認して姿を現すと――レイリィが絶え絶えの息で起き上がり、こう言ったという。
――こいつの命を買ってくれ。代金はこれでいいだろう?
と血まみれで倒れているルベウスを指さし、ルナンの黒十字を密偵に投げ渡したそうだ。
戦闘に関しては無装備だった密偵はレイリィの言うことに従い、ルベウスの傷の応急手当てを行って、身柄を近くの村へと運んだ。
レイリィの行方はそれ以来知れない。
「さぁな。だが、レイリィがスレイルの性格を模倣していたというなら検討がつく」
「というと?」
「ルビィに負けを認めた、ということだ。無駄にサバサバしてるっつうか……認めたくないことでも最後には割り切る度量があったからな、あいつには。それか、他に死にたくない事情でもできちまって黒十字が不要になったのか。どうやらねぇ」
「……今朝に調査隊が神殿から帰ってきたそうですが。レイリィのものと思しき引きずった血痕が地下のカタコンベに通じる穴へと続いていたそうです。あそこに祀られる〝英雄〟の従者だった者を葬る、深い穴です。まともに落ちていれば……生きているとは思えません」
「スレイルの遺体は?」
「健在でした。棺を開けた痕跡も無かったとか」
「ふぅん」
ファセットは感心するような響きで感嘆しつつ、オルロフに手渡された紙をまとめて、すぐ傍らの書類の山頂へと無造作に置いた。おそらく、もうファセットの目に触れることはないだろう。
オルロフはぞんざいに置かれた紙を眺めた。
「吸血鬼のことに関して人類の大陸進出時代についての古書を読み漁る中で、ひとつ面白い記述があった」
「面白い記述ですか」
「ジークフリードという青年が実は一人の人間ではなく多数の血族であったようにーー竜という存在もまた、開拓民にとって脅威となった、この大陸に元々住み着いていた一部族を比喩したものだったものではないか、という一説だ」
言葉の意味をすぐに理解したオルロフは弾いたように視線をファセットへと戻す。
「それは……つまり、魔物を討伐した英雄の歴史ではなく、原住民を征伐した殺戮の歴史こそがこの大陸の真実だと?」
「それが本当かは誰にもわからんよ。だが竜や魔物なんていう超常の存在が未だ確認されていない以上、十分にありうる一説だということさ。しかし大昔には馬に乗って剣を取る騎士のことを竜騎兵と呼んでいたこともあるらしい。なるほどそう考えてみれば戦争相手を邪悪な竜と揶揄するのは頷ける」
「なるほど……」
「それにだーー実は面白いのはここからでな、今でもその『竜』と揶揄された原住民の血に連なる部族がある、とのことだ。もっともその根拠はその部族に伝わる伝承でしかないようだが。それが東部山脈間の辺境の地、リュクゥルという小さな村だ」
「リュクゥル……まさか」
「そう、レイリィの生まれ故郷だよ」
過去に竜を屠る主役となった窮血鬼であるルベウスと、悪しき竜と揶揄された一族の末裔だったかもしれないレイリィ。
何か時代を超えた因果を感じるオルロフは、もしかするとルベウスとレイリィの因縁はこれで終わりではないのかもしれないという予感を覚えていた。
「ルビィに関してはその書類の通り、審問部会議の結論から軍紀違反ということで処理しますが……本当に良かったんですか? あなたの口添えがあれば禁固刑が減刑されたかもしれないのに……」
「いいんだよ。近頃あいつは調子に乗りすぎだ。身の程を知らん弟子には時にケツを叩いて叱ってやるのが〝先生〟ってもんだ」
「……ぶふっ。失礼」
「おいおい……お前、まだ下ネタ耐性ついてないのか。その辺だけは親父そっくりだな」
そんな奴が聖教騎士団団長で務まるのかねぇ、とファセットは嫌味くさく呟き、オルロフはひきつった苦笑いを浮かべた。




