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最終節 終血の紅(9)

 言下に、レイリィが動いた。

 いや、正確には動くのは見えなかった。

 知覚した瞬間の感想を言うなら――『レイリィの姿が視界の中で膨張した』それに尽きる。

 ステップはたった一足。たった一足の初速で、あんなに遠くに教壇に居たはずのレイリィが、既に自分の迎撃圏内にまで接近していた。


 まさに瞬く間。

 電光石火とはこういう攻撃のためにある言葉なのか。

 一瞬だけ自分が寝ていたのかと疑いたくなるような光景だった。


 まるで天から落ちた白銀の迅雷が地面で砕けて、一直線にこちらへ一矢を伸ばした――端的に喩えればそんなところだろうか。 流麗な銀髪が逆立ち、さながら持ち主の感情が憑依した怒髪天のようだ。


 その右手に振りかぶられているのは、途方もなく直線的な渾身の一閃。

 留め切れない怒りが込められた袈裟角度からの斬撃をエティクスで受け止める。


 刹那。

 グン、と、自分の足が床にめり込んだような感覚を覚えた。

 あまりの斬閃の重さに、受け止めたこちらが意識的に分かるほどの荷重をかけられたのだ。

 そして一拍遅れて、鼓膜を引きちぎらんばかりの撃音。

 両腕に激しい痺れが走る。


「くぅっ!」


 巨大な槌で叩きつけられたのかと勘違いしてもおかしくない圧迫感が全身を突き抜けて足もとに流れた。

 間近に差し迫った蒼の双眸と視線が重なる。

 その合間で鍔ぜり合う刃と刃が猛々しく紅い火花を吐き散らした。

 まるで視線と視線の摩擦が具現化するかのように。


「……さすがに大口を叩くだけはある。私の動きに付いてくるか!」


 憎悪の籠った言の葉がさっきよりも間近から聞こえる。

 聞こえるだけだ。言葉を返すだけの余裕がない!

 こんな細身の刀身でクレイモアサイズのエクティスと互角に圧し合えることが、まずもって異常だ。


 技量と疾さだけでなく、体力も地力もある。

 騎士長の名が伊達ではないどころか、やっぱり人間としても規格外の身体能力だ。

 もし私が窮血鬼でなかったら――今の一太刀を見切れずに粉々に切り裂かれていたのではないだろうか? 反芻すると背筋が冷える想像が脳裏を巡る。

 いや、怯えてる暇はない!

 

  向かい来る力押しをなんとか弾き返し、出来た隙の合間に後方に飛び退く。

 

 しかし、一呼吸を置く間もなくレイリィは踏み込んでくる。

 普段からは想像できない、野獣じみた躍動感を纏った疾駆で、身の丈ほどもある長剣を鞭でも振るみたいに軽々と叩きつけてくる。


 そのくせ一撃ずつが金槌の殴打のような重さだ。どうなってるんだこの人はっ!?

 さばくだけで精一杯で反撃の糸口が掴めない。


 激流の中に身を投げ出されたかのような連撃が角度を変えて襲ってくる。

 縦横無尽な剣閃を受け止めていると、旋回する燕を相手にしている気分になる。

 合わせようもなくただガードしているだけ。同じ造形の剣で戦っていれば、とっくに私の方が粉砕されているだろう。


 手数で押されるかもしれないと予想はしていたが、これほどとは。

 だが、その時だ。


「つぁッ!」


 数にして十数閃目。

 気の焦れたひと振りだろうか?


 今までの執拗で的確な攻撃とは明らかに違う、僅かに私の急所から外れた角度の一閃が、真正面から馬鹿正直に飛び込んできた。

 完全に力んでいる。失策もいいところだ!


 判断するや否や、私は交え続けていた剣を引き、素早く体勢を半身に開いた。

 予想通り、高速の凶器が私の耳元を掠っていく。


 間一髪という言葉に相応しく、剣が掠めて散逸した髪の毛が、私の頬を撫でた。

 初めてこの間合いで、身体で捌いて回避した。

 反撃を叩きこむならここしかない!

 考えるよりも身体が先にそう判断し、足が勝手にレイリィに一歩踏み寄る。

 完全に懐に入り込んだ――だが、そこまで来て、私の頭は身体とは別の予測をはじき出した。


 〝どちらか〟を確かめるために、目が千切れるかもしれないくらいの横目で、レイリィの空振った剣先を確認する。


 するとやはり――空を切ったばかりの歪曲した剣先が、早くもこちらに翻っていたのだ。

 ただの空振りでこんな早くに切り返しの体勢を作れるはずがない。


 フェイント。

 隙を作り出すための疑似餌。誘い。

 即座に切り上げを中止するように脊髄に命令を下すと、すぐさま両手が身体の側面に沿って剣を展開させた。


 紙一重。重心に些細な乱れの一つも無い弧線を緊急回避した。

 そのまま釣られていれば、完璧に胴が抜かれていた。

 それも切りつけられる程度では済まなかっただろう。


 この近距離であの長剣を食らえば、それこそ真っ二つになってしまいかねない。

 そして、僅かに怯んだレイリィの刃を前方に押し返した。


 力だけの勝負ならこちらに分がある。

 懐に入って超近接戦になれば、多分、体術の面でも私が上だ。

 なんとかお互いが牽制し合っているこの瞬間に、次の一手を考えなければ――


「――なんとなくだが」


「……!?」


ふいに、ぽつりとレイリィが構えたままこぼした。

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