最終節 終血の紅(8)
なるほど。
レイリィが私の吸血鬼化を急いだ理由が分かった気がする。
今年は、隣国の軍事国家・セルガロッソとの不可侵条約の期限が切れる年だ。
既に国境付近では小競り合いが始まっていると聞く。
レイリィはそれを見越して、来るべき時に向けて戦力を整えようという思惑があったのかもしれない。
自分の命を餌にしてまで……なのか。
「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
先生は単刀直入な口調で、湯飲みをちゃぶ台に置きながら問いかけてきた。
そんなこと言わなくても分かっているだろうに。
改めて私の指針をしっかりさせようという、遠回しな優しさなのだろう。
「言うまでもありません。私は、レイリィを止めます」
殺すのではなく、止める。
はっきり言って、ありがた迷惑な話だと思う。
私の吸血鬼化を手伝うために自分の命を捧げる? そんな馬鹿げた話があってたまるか。
そんな発想をする馬鹿には目を覚ましてもらわなければならない。
受けるべき罰を受けてもらった後に、しっかりと私からも一発殴らせてもらう。
シャルとミストの事がそれで帳消しになるわけではないが……その謝罪も受けるべき罰だ。
無責任な死よりも、責任を持った償いをして欲しい。彼女の意思でだ。
「そうくるわな。しかし相手は仮にも騎士長の座に坐した猛者だぞ? しかもお前は血に窮する『窮血鬼』だ。はっきり言って、勝算は一割もない」
「ええ。ですから、先生にお願いがあるんです」
「お願い? なんだそれ」
そのお願いの内容を口にしながら、私は腰の剣を――エクティスを先生に差し出した。
私の提案に先生が絶句したのは、仕方のないことだったと思う。
†
「……それが……そんなものが貴様の覚悟か、ルベウス」
「――誰がなんと言おうと、これが私の答えです」
私の掲げた大剣。
そこには、剣を剣たらしめる最大の特徴が欠落していた。
そう。〝刃〟が無かったのだ。
両刃だった大剣の両側は綺麗に平面になり、剣先も尖った形を削り取られて長方形になってしまっていた。
もはや私の握っているものは剣じゃない。ただの剣の形をした鈍器だ。
『無刃の剣を造ってくれ』。
これが、私が先生にお願いしたことだった。
あの時、要望を切り出すや否や、先生は呆れた顔で言った。
――刃を削ぎ落とすこと自体は簡単だが、空気抵抗や重量比の関係でひどい悪剣になるぞ。本当にそうする気なら、それ専用に新しく剣をもう一本用意してやらんでもないが……。
ありがたい申し出だったが……もう時間がないこと、そして何より私はこの剣で戦いたいということを推し、渋る先生を説得してエクティスの刃を削り取ってもらったのだった。
「お前……!! どこまで人を舐めれば気が済むんだ! そんなもので私を殺すつもりか!?」
「言ったでしょう? 私はあなたを〝止める〟ためにここに来たんです。あなたの思惑通りにあなたを殺して吸血鬼なんかになるのは癪ですからね。――それに前言通り、私は剣技ではあなたに劣っているとは思いません。私が返り血を浴びる危険性がない分、これで対等だとさえ思います」
毅然と言い切る。
これは挑発なんかじゃない、私個人の意志だ。
いつまでもレイリィの下に居れば決して得ることのできなかった『私』の意志だ。
そしてこの意志は決して無力なんかじゃない。
訴えかければ必ず誰かに理解してもらえる、立派な信念なんだ。
私みたいな若輩者の直情がファセット先生やオルロフさんに尊重してもらえるなんて、実際に考えれば過ぎたる話だ。
だから、その期待を裏切らないためにも。
ここで退くという選択肢はない。
「……いいだろう。ここまで馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。もうお前なんかに期待はしない。お前は選択を誤った――ここで私を殺す気がないなら、お前が死ね」
「あんまり小物臭い台詞を吐かないでくださいよ。可笑しくて剣が鈍るでしょう? それが目的なんですか?」
「――減らず口はもう聞かんっ!」




