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第3節 移りゆく澄(15)


 とっさに宵空の果てまで轟くくらいの大声で、その人物の名を呼んだ。

 全身の肌が興奮で逆立っているようだ。

 路地のそこかしこから歪な反響を経て、私の声が私に帰ってくる。


 たった一瞬だけだったが、確実に彼女と目があった。あの蒼すぎるひとみの眼力は、相変わらず雄々しくて凄まじい迫力に満ち溢れている。簡単に忘れるものか。

 民家の屋根から屋根へ飛び移る瞬間だったらしい。既に白金色のローブの姿は見上げる夜空のどこにも無い。


「そっちか!」


 上空を左から右に通過していった。

 だんだん暗さにも慣れてきたせいか、路地のかなり奥に右へ折れる道があるのが見えた。

 遠いけれど他に道が無いなら仕方がない。ここからでは左右の民家は断崖のように切り立っていて、屋根に上る余地もなさそうだ。


「逃がすもんか!」


 無駄な迷いを捨てて、もう一度両足に気合を着火させた。

 脱兎のごとくというほど足は速くないつもりだが、持久力には自信がある。必ずどこに逃げようと追い詰めて見せる!


 右に折れた所で、遥か前方から剣戟の音が聞こえてきた。

 誰か他の騎士が切り結んでいるのか? だとしたら足を止めているはずだ。

 細い道を一直線に駆け抜ける。一秒でも二秒でも早く、早く、早く。高鳴る心臓の音が脈打つ秒針となって足を急かしてくる。


「ぐあぁぁぁぁあぁっ!」


 ズグリ、と肉をき裂く独特の音とともに、遠巻きで男の悲鳴が上がる。

 上で何が起こっているのか分からない。何人が剣を構えているのかも、何人が既に斬られているのかも。

 ただ分かるのは――レイリィが恐ろしい速度で、次々と向かってくる人間を斬り伏せていることだけだ。

 悲鳴も加速度的に増えている。

 まったく身のこなしといい、人間離れにも程がある。

 どこか上に登れる場所はないか?

 このまま分岐路の選択を誤れば、最悪の場合行き止まりを引いてしまう。


「あれならっ」


 しめた!

 右の家。裏口の門前に、屋根に上る石造りの階段がある。

 進路を通路から切り替えて、数十段続く緩やかな階段を一気に駆け上がった。

 登りきると、閉塞していた視界が一気に空に近づき、開けた。

 それでも高低差のあるレンガの家々が立ち並び、さながら樹海のように煩雑とした景色を造り上げている。

 けれどこれで追える幅が広がる。必ず見つける。そのために遠路を経てここまで来たんだ!


「くそっ、どこだっ? レイリィーー!」


 さっきまで続いていた断末魔が途切れた。おそらく、この騒ぎに気付いて追ってきた騎士たちの第一波を、あらかた蹴散らしたのだろう。造作もなく、手際鮮やかに。

 足場に注意し、目指していた方向へと屋根を飛び移る。


 落ちて大けがするような高さではないものの、もし踏み外しでもしようものなら、また振り出しからだ。

 プレートメイルを着ていないから身軽だとはいえ、細心の注意で、なるべく飛び移る距離が短い場所を選び、慎重に進む。


 ――と、その時。


「ぐぅっ!」


 反射的に、激しい血の臭いに右手で鼻と口を押さえた。

 目の前の壁面を右に行けば、先ほどの断末魔を上げていた人間たちが転がっているだろう。直感がそう叫んでいる。

 そんなものを見て固まっている暇なんてない。だとすれば、少し遠回りをしてでも、惨状を見ずに迂回した方が良さそうだ。


 判断するや否や、まわれ右をして走りだし、一つ前の屋根から別の方向へと乗り移って進みなおした。

 かなりのロスだ。こうしている間にもレイリィは先に――――……っ!


 と、その矢先。

 すぐ前方の曲がり角に何かの気配を感じて、私は猛っていた足をしずめて壁際にかがんだ。

 何か、この左先に何かが居る。

 乱れる呼吸を必死に殺して、出来る限り、出来得る限りの慎重さで、左曲がりの壁に頬を付け、ゆっくりと右目を壁面の向こうに飛ばすと……。


「っ!」


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