第3節 移りゆく澄(11)
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その夜。
ローズ・ラウの聖騎士団支部に到着すると、一人に一室、部屋が割り振られた。
私の巡回の出番は明日の早朝かららしい。ということで、今は貸してもらった部屋で休憩中だ。
――とは言っても、これほど大きな水の都。地理を把握していないのはどうやら私だけらしく、先ほど頭に叩き込んでおくようにと、街全体の描かれた簡素な地図を受け取っていた。
地図をパッと参照しただけでも分かるように、本当に広い。
大きな通りが七つに、絹糸のように張り巡らされた小さな路地を見ていると、なんだかそれだけで頭がくらくらしてくる。
大まかな施設の位置配置を記憶して、地図は備え付けの木製机の上に放り、私は自分の大剣の手入れをしていた。
手入れといっても、別に砥石で研ぐほど使ってもいないので、刃こぼれなどが無いかをチェックするだけだ。
まともに人を斬ったこともないので血の付きようもない。だから錆の一つもなく、何年も前に先生からもらった代物にもかかわらず、両刃の刀身は未だに鏡面のような輝きと質感を維持している。
まるで観賞用の芸術品のようだ。きっと騎士にとっては名誉とは言い難いことなのだろうが、見ている分にはそれでいいのではないか、と思う不謹慎な私がいたりする。
手入れが終わってベッドに腰掛け、相変わらず艶めかしい刀身に見惚れていると、コンコン、と控えめなノックが部屋に転がった。
誰だろう? まだ交代の時間には間があるはずだが。
「ルビィ、起きているか?」
「はい」
オルロフさん。何だろう、こんな夜中に。
「ちょっと入るぞ――って、うおぉっ!?」
ドアの隙間からこちらを見るや否や、素っ頓狂な悲鳴が小さく上がる。
何にびっくりしたかと自分の手に目をやれば、なるほど、抜き身の大剣を持っているではないか。
決して広くもない部屋でそんなものを抜いていれば、それは驚いて当然だ。
突きつけられているのかと勘違いしてもおかしくはないだろう。
「あっ、すみません」
「……なんだ、眺めているだけか。驚くじゃないか! 危うく僕も抜きかけたぞ、ほら!」
柄に触れていない左手で、左腰の柄にかかる自分の右手を指差す。
呆れた顔つきでそんなポーズをされると、ちょっと面白い。笑いかけた。
「でも、いきなり女の子の部屋を開けちゃうのもどうかと思いますよ?」
「いきなりって、ノックしたじゃないか」
「入っていいとは言っていません」
「ノックに受け答えたのにか?」
「どうするんですか。私が着替えていたり、裸で寝ていたりしたら」
「……その発想は無かった」
えええーーっ。見かけによらずうっといなあ。もぅ。
とりあえずオルロフさんは私をもう一度見て、その姿が裸ではないことを確認し、部屋に入って後ろ手にドアを閉めた。
いやいや、例え話だって。
「何かご用ですか?」
「いや、これといって用は無いけど。隙間から灯りが漏れていたから、まだ起きてるのかと思ってね。明日は僕と一緒の行動なんだから動き出しが早いぞ? 寝なくて大丈夫なのか」
「ちょうどいま剣の手入れが終わったところですから、今から寝るつもりですよ。それに、今更なんですけど……本当に寝床が変わると寝つきが悪いものですね。いつもは浴衣だし……」
「ユカタ?」
「ええ、下着を付けない服なんですけど――」
「っ!?」
……ブッ、と噴き出された。なにかを飲んでるわけでもないのに。
私の一言に盛大にむせ返ったらしい。ぐほっ、げほっ、と後を引いている。
「……僕が奥手なのを知ってて、からかってるのか?」
「いえいえ、まさかそんなこと」
正直に言えば少しある。先生の影響だろうか、気をつけなければ。




