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第3章 移りゆく澄(7)



「それはどんな内容なのですか?」


「ごく普通の神話ですよ。なかなか有名な部類なのですがね。ご存じない?」


「はい……恥ずかしながら」


 なんだ、そんなに有名なのか。

 ならば恥を忍んで聞くよりも、その辺の図書館などで調べた方が良かっただろうか……。


「ええと、あなたは――その格好を見る限りでは、聖教騎士団の方ですかねぇ? はは、なるほど。それならご存じないのも頷ける」


「どういう意味ですか?」


「武芸に勤しんでおられるのでしょう? 勉学に払う気は二の次で。……ああ、すみません。皮肉くさくなりましたが、嫌味ではありませんよ。単に私の持つ、国教所属の騎士様のイメージを述べただけですから……」


 ……やっぱり自分で調べた方がよかっただろうか。柄にもなく、ちょっと頭にきた。

 ええい、こうなれば上塗りの恥も上等だ。


「いえ、構いません。それでどのような内容なのですか?」


「うぅん、そうですね。実のところ、私もそこまで詳しく理解しているわけではありません。歌を詠むことはあくまで食べ物が欲しいから詠んでいるのであって、私は神話学者ではありませんからね。ですから、私にできるのは歌を詠むことだけです。そこからあなたが汲み取ることが、あなただけの物語になるのですよ」


 ……なんだか先生の事と言い、私ははぐらかされやすい気質なのだろうか。

 煙に巻きやすそうな顔をしているのかな?


 そんなわけないのに、そんなことのように思えてくる。

 わけのわからない言動を仕掛けられる頻度と、はぐらかされた実績を鑑みれば、そう言われても弁明し切れる自信がないから困る。後で鏡を確認しておくことにしよう。


「……分かりました。ではお金も持ちますので、もう一度謳っていただいてもいいですか?」


「もちろんですとも。ですが、ここでというのもいささか。もう一度この中で街の方々と同席でもよろしいでしょうかね」


 ちなみに今は酒場の外、星の瞬く満天の下で話している。

 寒期は過ぎたとはいえ、季節はまだ暖期の入り口だ。

 冷やかな夜気が風に乗って夜空で遊んでいる。

 いい加減気分が悪くて中に戻りたくもないのだが、こんな寒い中で、私の都合に彼を付き合すのも意地が悪いだろうか。


「構いません。良い詩はみんなに聴かれるべきです。お金だけ払ったからと言って独り占めするのは気がひけます」


「おっしゃる通りです。歌は語り継がれてこそ価値がある。一人でも多くの人の心に座してこそ、初めて発展を為すのです。お話の分かる方で安心しました。いやぁ、よっぽどその大剣で切り捨てられるのではないかと、すこし不安になりました」


「そんな。騎士はそんなに恐ろしいものではありませんよ。私たちはいつでもあなた方の味方です。それが騎士団の責務ですから」


「――国への義心だけでは人は動きません。そうおっしゃることができるというのは、あなたの義が深いからです。誇っていいほどに」


 私の義? そんな馬鹿な。私はただ、戒律にあるような文句を引用させてもらっただけだ。

 外面はいいだろうけれど、改まって褒められるようなことではないだろう。


「それでは中へ参りましょうか……」


 そう言った瞬間、再び鼻孔を掠めたお酒の臭気に胸が突き上げられ、げほげほと口元を押さえてむせてしまった。

 一滴も飲んでいないのに毒でも服しているような様だ。恥ずかしいったらない。

 すると詩人は心配そうに私の背中に手を置いた。

 と言っても鎧の上からだから、感触を感じることも無かったのだが。


「おやおや。大丈夫ですか? もしかして騎士さん、お酒が?」


「ええ……ですが、お気遣いなく」


 ううん、と咳払いを一つ打って身を起こす。

 もう少しの我慢だ。この歌を聴いたらオルロフさんに断って、先に宿へ帰らせてもらうとしよう。


 拳でお腹を数回叩きながら、もう一度顔をしかめるような空気の漂う酒場の扉を引いた。

 なんだか『あの時』の教会のドアと同じような感覚に捉われた。


 こればっかりは体質だからしょうがない。

 体質だ、で片付けられるような問題ならまだいい。

 血を恐れる騎士だなんて矛盾よりは、ずいぶんましだろう。

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