第3節 移りゆく澄(3)
何も畏れるものの無い、けれど叡智を併せ持つ本当の騎兵。
それが私の目標だ。達成できるなら地位はどうだっていい。
騎士長だろうが前線部隊だろうが自決要員だろうが、そんなのは関係ない。
要するに自分自身が納得できる自分が欲しいんだ。自己満足と呼ばれても仕方がない。
口に出す覚悟ほど安いものはないから、そんなに推して語るべきじゃない。
けれど時と場合によっては渾身の語気で理想を吐かないと、納得してもらえない時がある。
今がその時だ。だから、こうと決めたらお腹に力を入れて叫ばなきゃならないんだ。
これから対峙するであろう、途方もなく美しく強かな一人の剣姫と対等な舞台に立つためにも。
ここで言い淀んでつまらない負い目を感じないためにも。
退くわけには――いかない。
「……確かに、まぁ、そうだわな」
ふいに私の真横に並び立つ若い――たぶん、オルロフさんよりも若い男が頷いた。
「俺も知りてぇよ。なんで団長があんなことしたのかよ。驚いたっつうか、未だに信じられないからな」
「セルジット」
女騎士がそちらに向いて男の名前らしきものを呼んだ。
ちなみに、私にはここに居る人の半数名分も、名前を知らない。
というか、単純にあまり見たことがない人たちだからだ。
いつもは国境付近で他国の監視を行う、文字通りの〝精鋭〟たちなのだろう。
「だってそうだろう、ディーナ。あれがこの国の人間にとって『英雄』なら、俺たち騎士団の人間にとって『母ちゃん』みてぇなもんだ。誰でも気兼ねなく話せた唯一の人だろう。誰のどんな小さな悩みの相談にも全力で乗って、根性の悪いことをすりゃ雷みたいな怒声が飛ばせて、反省をすればこの上なく綺麗な笑顔を返してくれる。そんな当たり前だけど難しい事を当たり前にやってのけた、かけがえのない『母ちゃん』なんだよ」
セルジット、という男はとても親身な口調で語った。
過去に彼女と触れ合った一場面の数々を反芻しながら、ゆっくりと。
それはきっと、ここに居る全員と共有できる感情だ。
誰しも似たような経験があるから聞き入ることができる。それほどレイリィ=シアンという人間が持つ魅力は深遠なものだったのだ。
取り返しのつかないよう途絶された今だからこそ、より目立つわけだ。
普段から何気なく使っていたつり橋が突然なくなっていたみたいに。
失って初めてその大切さに気付く。
どこの汎用な物語だろうかと思うのだが、実際に自分が体験すれば理解できる。
きっと皆の気持ちは同じだ。偽りない彼女の動機を知って、胸に空いてしまった絆の虚穴を埋めたいのだ。
代用が利かないくらい大きな穴を。
「俺にはその気持ちがよく分かる。だから今のこいつを止めるようなこたぁ言えねぇ。俺がこいつの立場だったら、何言われたって聞く耳持たねぇだろうからよ」
いかにも快活な顔をくしゃりと歪めて相好を崩し、セルジットさんは無造作に私の頭を掻き回した。
こう見えて、いつも髪型には気を使っているからやめて欲しいんだけど……可愛がられているなら悪い気はしない。ということにしておこう。
「……好きにしろ。どうせ私の一存ではお前を止められやしない。隊長の目がそう言ってる」
「あ、やっぱり分かった?」
彼には珍しい、ひょうきんな声色が転がった。
そういえばオルロフさんは、話の最中もずっと視界の端でニヤニヤしていた。
私が梃子でも退かないことを百も承知で、周りに説得してみろとけしかけたのか。
……この腹黒上司め。




