第2節 零の白(14)
それからしばらくオルロフさんは、獲物を吟味する鷹のような瞳で私を威嚇した。
温和な性格とはいえ、この人も死線をいくつもかい潜ってきた騎士だ。
作り出す威圧感が半端じゃない。
自然と握りしめた拳に汗が滲む。気を抜けば視線が斜め上に滑りそうだ。
それでもじっと、精悍な輪郭の中に座る黄金色と視線を切り結んで離さない。
猫に睨まれた鼠の気持ちがよく分かる。だが、私とて追い詰められた鼠だ。
最後には猫だって噛み千切ってやる。
もとより、今の私には三人分の気迫があるんだ。視線の圧し合いごときで負けるはずない。
――真っ直ぐに差し出した視線を受け切ると、オルロフさんは瞑目して大きく肩で息を吸い、そして吐いた。
それはこの人なりの敗北宣言だった。
「……ふぅ。さすがはこの三ヶ月間レイリィの下で見習いをしていただけはあるな」
悔しそうに頭をガントレットでがさつにかいてみせる。
してやられた、という様子をおくびも隠さず顔に出すあたりがオルロフさんらしい。
「ったく、もぅ……。頑固っていう悪いとこだけ吸収してどうするんだよ」
「じゃあ許可を?」
「どうせついてくるなって言ってもついてくるんだろ? あんまり拒否すると騎士団辞めるとか言いだしそうな勢いじゃないか。そうなったら君みたいな逸材を辞めさせた、僕の責任問題にでもなりかねん」
「ありがとうございます!」
心の底から感謝を込めて、あらんかぎりの敬意をオルロフさんに表した。
するとオルロフさんは、右手の人差し指だけを立てて目の前に押し出してきた。
「ただし、一つ条件がある」
「条件、ですか?」
「これから遠征に行く機会も多々あるだろう。そうなったらどんな状況であろうと、絶対に僕と離れるな」
なるほど。やはりまだ完全に無罪放免となったわけではないらしい。
それでなくとも私は見習い騎士だ。単独行動が許される地位じゃない。
「あらゆる意味で、君一人とレイリィが会うのは危険な気がするからな」
そんなに気を遣ってくれなくとも分かっている。
「分かりました。どこまでもお供します」
「……本当に分かってんのかね。このお姫様は」
清々しい呆れ顔に笑みを湛えて、オルロフさんは立ち上がった。