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第2節 零の白(2)

 もしかしたらわざとかもしれない。傷心の私に気をかけてくれているのだとしたら、先生の演技は完璧だ。十分に気を紛らわせてくれている。


 ――けれど、そこに笑いを添えてくれる仲間が、二人もいない。


 それがどれだけ寂しいことか。

 ふいに空いた間に、二人の顔が浮かび、冷たい吐息が胸からこぼれた。


「やっぱり相当滅入っているみてぇだな」


 一転して神妙に言いつつ、先生は後ろ手に襖を閉めて、その場に右足をかばいながら腰を下ろした。

 先生の格好は奇をてらった、の一言に尽きる。

 全身をだらんとした、マントともローブともつかない余裕のある服を着ていて、見知らない花の押絵が薄青色の布地に散りばめられている。


 和服というらしい。

 この家屋のデザインも、その服を普段着としている奇天烈な国によるものだそうだ。

 私も今似たようなものを着ている。

 浴衣という、和服の簡素なものだ。


 初めは下着をつけないということにかなりの違和と羞恥心を感じていたけれど、慣れれば開放的ですごく寝つきがいい。

 いずれもこの辺りでは流通していないものだ。

 なんでも先生は、その遥か東国の地で何年か滞在をしていたそうだが、詳しいことは話してくれない。

 先生には珍しい、真剣な口調の質問に私は俯いた。


「……先生は悲しくないんですか?」


 私とほぼ同じ歳月、彼女らに教えている先生だ。悲しくないわけがないのに。

 しかし、私の切り返しに、先生は腕を組んで真顔で答える。


「あぁ、さほど悲しくはないね」


「っ!? なんで! 自分の弟子が死んだのよ!?」


「あいにく俺も一線を退いたとはいえ、何百戦と積んだ騎士なのよ。身内が死ぬ悲しみってやつには、もう感覚が麻痺してやがる。涙はおろか屁のひとつすら出ねぇ」


「だからってそんな言い方ないでしょう!?」


「それが本音だ。隠す方がダメだろ?

 ――けどなルビィ。騎士になるっていうのはそういうことだぞ? 遅かれ早かれ身近な人間の死に触れることになる。そう言う意味では、こんな早くに友人を失った経験ってのは……」


「やめてよッ!!」


 友達を失った経験が私のためになる、とでも言いたいのか……!?

 先生の言葉の先を遮っておいてよかった。その先を聞いていたら、いくら先生でも許せなかっただろうから。

 でも。


「……やめてよ……っ」


 擦り切れるような声が出て、自然と目が熱くなって、布団の端で目を押さえた。

 きっと、先生の言いたいことというのは正しい。

 先を見据えるという見方をすれば、ここは騎士である私が、遅かれ早かれ乗り切るべき関門に他ならないのだろう。


 けれど――。

 今はそんな綺麗事なんてどうだっていい。

 ただ目を瞑った時に映る二人の姿が愛おしくて仕方がないんだ。

 理屈も道理もそこに踏み入れるはずがない。踏み入ったって、それで割り切れるもんか。


 確かに先生の言うことは合理的で無駄がない。反論のしようがない。

 だから、なんだ。

 理路整然だけが私じゃない。


 私はルベウスだ。一人の人間だ。悲しいことは、どうあっても悲しいんだ。

 もし、この感情が慣れなんかで薄れていくのだったら――


「騎士なんて……」


 布団ごしに漏れた私の声に、先生は困った顔で、新月の夜闇みたいな黒髪を掻いた。

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