第2節 零の白(1)
わずかの期間ながら師であり、騎士団に拾い上げた恩師であるはずのレイリィの突然の裏切りから一週間。
昏迷の淵を歩むルベウスが選ぶ道とは?
〝元〟聖騎士団団長、レイリィ=シアンの裏切りから一週間が経とうとしていた。
そのまま教会の入り口で失神していたところを発見され、翌日の夜に目を覚まし、放心したまま過ごしていたら、いつの間にか騎士団の医務室のベッドの上で一週間を過ごしていた。
その間に色々なことがあったらしい。
秘宝指定された『ルナンの黒十字』を強奪された教会は、レイリィを『異端者』と定めた。
無類の英雄は一夜にして裏切りの賞金首に、剣聖は剣鬼へと成り下がったのだ。
約五年間続いた英傑の物語は、凄惨な形で幕を落とすこととなる。
現在、騎士団では代理となる人間を選別中とのことだ。
ようやく頭にかかったもやが晴れてきた昨夜に、一旦、家へと帰っている。
騎士達は、一部を除いて、今は暇を与えられている状態だ。
といっても、それは団長を失った指揮系統の麻痺という形なのだから、どちらかといえば凍結という言葉が相応しいか。
「おぅ。もう起きてたか」
スッと、薄緑色の襖が敷居をなぞってすべる。
布団の上であぐらをかきつつ、六畳一間の真ん中で自分の剣をじっと見つめていた私は顔を上げた。
「先生? 早いね」
「ゆっくりお前の寝顔でも拝もうかと思ってたんだけどなーっ。うはっはっはは!」
まだ時間としては、陽も上がっていない暗がりのはずだ。
行燈に照らされるだけの暗闇が巣食う部屋の中。
昼過ぎまで惰眠を貪ることが多い先生がこんなに時間に起きているなど、奇跡か徹夜かのどちらかだろう。多分、後者だろうけれど。
「私の寝顔を見て何しようっていうのよ」
「んー? えろいこと!」
馬鹿なのかな?
「……十七歳に本気で手を出す気なの? しかも自分の子供同然でしょ、私って」
「いやいや。そんな補正が気にならんほどお前は成長したよ。このまま行けば良い嫁さんになるわな。貰っちゃってもいっかな?」
「まさか、そのために私を拾ったとかじゃないよね?」
「おお、名案だなソレ! そういうことにしとこう!」
「そこは意地でも否定してくださいっ!」
「恩を着せといて強要か! かっかっか! 我ながらナイスなタクティクスだ!」
「人間として最低なんですけど!!」
「へへへ、安心しなよって。嘘だよ嘘。八割は嘘だ」
「のっ、残りの二割は?」
「割とマジ」
「マジかよッ!」
いつもの馬鹿過ぎるやりとりだった。