第1節 始まりの赤(15)
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あの時――三カ月前の騎士団試験の時に、失格を告げられた私に助け船を出したのは、他ならぬレイリィ本人だった。
「茶番だと? こっちは真剣なんだぞ! 茶番の一言で片づけるんじゃねぇよっ!」
すぐさまその場で食ってかかるシャルを見つめつつ、女の人は白の美貌にゆっくりと笑みを灯した。底冷えするくらいに妖艶で、それでいて眼の蒼の中におぞましい煌めきを抱え持つ獣のようで。
シャルもその迫力に気圧されて目を見張り、閉口した。
割と気配とか予感などの感覚に鈍い彼女が。
「レイリィか」
と、司祭がその女性に目配せして言う。
同時に司祭に付き従っていた鎧姿の二人の男が片膝を折り、その女性の方向へ首を下げた。
その挙動が示すものはただ一つ。
「レイリィ……? まさか、あんたが!?」
うっ、と引き下がりながらシャルは狼狽した声で問いただす。
すると女は恭しく一礼に腰を折り、相変わらずな艶笑で私たちを――ここに集まった入団志望者の全員を一瞥した。
「皆の衆、はじめまして。私はここ、アウナス聖教騎士団を束ねるレイリィ=シアンという者だ」
ざわり、と驚嘆の念で空気が揺らぐ。
聖騎士団の騎士長。
つまり、この国で最強の騎士。
実力と智謀を兼ね備え、かの剣聖と称えられるクロロ=エクセルシアの再来とも名高い英雄。
それがいつの間にか目の前に居たのだ。動揺するには十分過ぎる理由だろう。
通称、蒼騎士。
この国の誇るもっとも美しい宝石の名を称号に冠する剣士。
私の目指す人、その人だった。
「なぜお前がここにいる? 今日は部隊を従えて西方の偵察に出向く予定では無かったのか?」
司祭の毅然とした言及に揺らぐこともなく、騎士長は司祭にゆったりとした目線を返す。
余裕に満ちている仕草が印象として強い。歴戦の騎士とは皆こういうものなのだろうか。
「あぁ。しかし近頃は西も静かなものだ。私でなくとも有能な部下は居る、そちらに一任してこちらに顔を出したというだけだ」
「難癖つけてまでお前が来ずともよいではないか。聖教騎士団の配属選考は教会上層、審問部の仕事だぞ」
辛辣とも言える言葉にも、レイリィは不敵な表情を崩さないままだ。
「つれないことを言うなよ。騎士団に配属されるということは、統べる役目の私としては一人一人の顔を覚えねばならんということだ。挨拶がてらこの場に来たのはそういうこともある。それに……」
区切ると、彼女は奥の司祭からこちらに視線を移した。
「今回は気になる子がいる」
私の前に立つ二人ではなく、間違いなく一直線に私に向けられた視線。
凍りついた怜悧な蒼色の視線に射とめられて軽く背中が粟立つ。
鋭利な氷柱で首筋を撫でられたような気分だ。敵意とも害意とも違う、超然とした雰囲気が胸を刺した。