第1節 始まりの赤(13)
手を伸ばすと、像が両手で抱くように握っている黒い十字架を取り外し、手にとった。
「それはーーっ!」
それが何かは知っていた。
アウナス聖教を国教と定める、この国における象徴に指定された秘宝。
創始者である聖者ルナンの遺物、ルナンの黒十字だ。
「こういう事さ」
肩越しに十字架をこちらに示し、いつもの得意げな口調でうそぶく。
それがいつもの倍の倍くらい、真剣に憎らしく高慢に聞こえる。
「……卑劣な事を!」
「卑劣? 何を言うんだ。こうして堂々と正面から入って奪うのに、卑劣も何もないじゃないか?」
「だから、そういうことじゃ――」
「そういうことだろう? 弱者は地に這いつくばって、震え遠吠えることしかできない」
紡ぎたての絹糸のような白銀の長髪を躍らせながら、レイリィは段を下り、こちらに歩み寄ってくる。
それでも私の体は言う事を聞かない。
もし自由に動けたとしても、空拳で敵う相手じゃない。
入団してからの三カ月、彼女の下で、それを痛いほど体で学んできたのだ。
「例えそれが正論だったとしてもだ」
悠々と、血を踏んで飛沫かせながら歩く。
誰これ構わず混ぜられた血。
血。血、を。
「うぅッ……!! がはっぁ」
もう一度私は胃の中の残物を余さず目の前に吐き散らした。
「武の神に愛されながら人の神に見離されたとでも言うべきなのかな、お前は。考え方によっては必然という取り方もできる。フフ……皮肉なものだ。哀れという慰めも不似合いなくらい」
「――お前は憐れだ」