第1節 始まりの赤(12)
「斬れるのか?」
「っ!?」
その場にぽつんと落ちたひとつの問い。
途方もなくあっけらかんとした問いかけに身体が反応し、私の剣筋は乱れた。
しかし足も腕も身体も止まらず、迷いだらけの剣が慣性のままに彼女の胸元へと吸い込まれていく。
刃同士が交錯する音が教会のそこかしこで木霊に翻り、耳朶を打った。
同時に蒼白い火の欠片が切り結んだ点から爆ぜた。
見れば、レイリィは右手に持つ長剣――長刀ではなく、左手に逆手で持った小型のパリーイングダガーで、私の大剣の一太刀を受け止めていたのだ。
間近に迫った冷然とした美貌が、甘美な声色が、もう一度私に問いかけてくる。
鸚鵡返しのように。
狙い澄まして人の傷口を啄ばむ鴉のように。
「お前に斬れるのか? この私が。〝人間〟が?」
「くっ!」
「……ルベウス」
何かを確認するような目つきで私の眼の中を覗き込むと、溜息とともに私の名前を吐き出す。
互いの体温が感じられるほどまで近接してもなお、焦りが感じられない。
私など、すでに次の瞬間に死なないための一手を全身全霊で考えているというのに。
「まだ、脆いよ」
言うと、レイリィは右の刀をひと薙ぎし、こちらを押しのけた。
どうしようもなく無骨で無造作な長剣の一撃。
「っ、っ、……っ!!」
そんな一閃に、私は結んでいた剣を跳ね飛ばされ、それどころか私自身も床を勢いよく転がっていく羽目になった。
血の敷き詰められた薄い鮮血の水面の上で、視界が二転三転する。
「きっ、あ……ぁあぁぁぁぁ……ッ!!」
身を起こして自分の体を見て、まなじりが千切れる勢いで目を見張る。
さっきまで息の吹きかかる距離だったレイリィは遥か遠く、そして自分の全身には、この上なく不快感を煽る最悪の赤い液体が、全身にまとわりついていたのだ。
認識した瞬間に頭の奥からスッと熱が引き、透徹とした冷気が全身を侵して這いまわる。
もう身動きがとれない。
凍てつくという比喩が似合いすぎるくらいだ。
「な……んで。なんでなのレイリィさんっ!! 信じていたのに。憧れて、いたのに!」
かろうじて声が出る。
普段の私には到底できない、怯えきった犬のようなだらしのない声。
この期に及んで相手に縋るように。
自然と私の手は、自分の凍てつき震える肩を諌めようと抱いていた。
対して凛と研いだ牙を誇るかのごとく気高い声色で、
「何も知らないんだな。私はお前の偶像じゃない。一人の〝人間〟だ」
「だから殺めるんですか……? 目的が無くても!?」
「勘違いするな。目的なら、ある」
そう言い、レイリィは刀を腰の鞘に納めて私に背を向け、自分と同じくらいの背丈で佇む『聖者ルナン』の像と向き合った。